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Overture-色が無い世界
「え、アオも“Little Wing”好きなん?」
「うん。射し込んでる光の感じが良いなぁって」
「ああ、良いよねー。あの淡い感じがさぁ‥‥」
「何だっけ、“天使の梯子”?」
「え、そんな言い方すんの?知らんかった」
「天使といえば、羽もがれた天使の表情も良かったよね」
「うんうん。てかさ、何であいつ一匹だけあんなことになったのかな」
「罪を犯した、とか?」
「“贖罪”の意味‥てことか」
「“食材”?」
「トキ、喋るのやめろ。アオにおつむの程度がバレる」
「‥は!!?どういう意味だよ!?」
いやほんともう喋らない方が良いと思う
黙って牛丼食え、口に紅生姜ブチ込むぞ
どうやら、全員“Little Wing”が気に入ったようだった
アオとも馬が合うってことがわかって、自然と口元が緩んだ
雲の隙間から射し込む光は、“天使の梯子”とも“光芒”とも言うらしい
あれ、ほんと幻想的だよな
実際に天使でも降りてきそうな雰囲気がして、結構好きだ
あの雰囲気出すのはちょっと難しそうだけど、今度部活で描いてみようかな───
牛丼をたらふく食った俺達は、少しだけ繁華街をうろついてから解散した
アオは途中まで俺と帰る方向が一緒だったから、並んで歩いた
時間は、21:00になってた
「ごめん、こんな時間まで付き合わせて」
「全然。すげぇ楽しかった。トキもイナも面白い奴だし、めっちゃ笑った。こんな笑ったの久々」
そう言って、アオは満足そうに口の端を上げた
ああ、何だろう
さっきも思ったけど、なんか変な感じする
俺その顔好きかもしんない
アオが笑うと安心するんだ
アオのこと“変態”とか言えないな、同級生の笑顔に癒されてる俺も十分“変態”だ
「天使の梯子、だっけ。雲の隙間から射し込む光」
「ああ、うん。‥‥光ってさ、白とか黄色とか、大体そんな感じで描かれるでしょ。でも“Little Wing”の光は、もっと沢山色使われてたよね」
「んー‥‥そう、なの?」
アオは首を傾げて、ちょっとだけ困ったような顔をした
そうだよね、そんなとこに注目するなんて普段油絵に親しんでない人からしたら変態だと思われても仕方ない着眼点でしかないよね
「紫とかピンクとか、緑も使ってたかな」
「‥‥そんなに色混ざってたんだ‥‥‥‥それが、見えればなぁ」
『見えれば』?
アオも、“Little Wing”見てたよね?
あれが『めっちゃ好き』って、言ってたよね?
さっきも、牛丼食いながら感想言ってたよね?
俺の頭はプチパニックになった
頭の上にはてなが浮かぶ俺を見て、アオはちょっと言いにくそうに呟いた
「‥‥‥‥俺ね、色盲なんだ」
「‥‥え‥?」
「色が、見えないんだ」
『色彩感覚ゼロでさ。色を塗るのは、苦手なんだ』
図書室でアオが言ってた言葉を思い出した
“苦手”ってか、多分“不可能”なんだ
さっきの困ったような顔は、俺が光にピンクとか使ってるとか変なこと言ったからじゃなくて、そもそも色が沢山使われてること自体わからなくて、本気で困ってたんだ
色が見えないなんて、全く想像出来ない
人間が識別する色は“光の三原色”と呼ばれる赤・青・緑の3つの光の組み合わせパターンによって作られてて、色を感じ取る錐体が正常に機能していれば正常に識別することが出来るんだって
一般的な色盲のイメージは“全部がモノクロームで見える”って感じだと思ってる人が多いかもしんないけど、実はそういう人は物凄く少ないらしい
アオは、どういうタイプの色盲なんだろう
赤が強い?青が強い?緑が強い?
それとも、全部モノクロに見えてる?
いずれにしたって、そんなことも知らずに色がどうのこうのと何のたまってたの俺、大バカじゃん
色が見えないことがアオにとって幸か不幸かはわからないけど、何も知らずに無邪気に話しまくってた自分が恥ずかしくなって、愚かに感じて、目の奥が痛くなった
「‥ごめ、ん」
「んーん。気にしないで。‥‥この前図書室で描いたやつもほんとは色着けてみたいんだけどさ、多分滅茶苦茶になっちゃうだろうからやらないんだ」
アオは、諦めたような顔をして笑った
ちょっと淋しそうなその表情が、心に刺さった
図書室で見た図鑑に載ってたパパラチアを思い出して、軽はずみに『色付ければ』なんてふざけたこと抜かした自分をカンバスでぶん殴ってやりたくなった
「色がわかんないのにデザイン画描いてるなんて、大概変だと思うだろ。でもデザインだったら、モノクロでも関係ないっしょ」
「‥、‥‥」
『そうだね』なんて
そんな上から目線なこと、口が裂けても言えない
「‥‥‥‥最初に見せてもらった絵、あれは鉛筆描きだったっしょ。色はわかんないけど、濃淡はわかる。だから、絵を描いてた時の気持ちにも入り込めた。‥‥それにね、スケッチブックのは色塗ってるのも幾つかあったでしょ。あれも、見えなかったけど、見えるような気がした。実際にはほんとにそんな気がしただけだったけど‥‥‥どんなに頑張っても色は見えないけど、俺はアカの絵が好きだよ」
アオは、言葉に詰まったみっともない俺にそんな言葉を掛けてくれた
多分、あの話し振りからアオは“全色盲”なんだろう
色盲の中でも特に珍しい“1色覚”ってやつ、稀少種だ
アオが見てる全てのものは、モノクロに写ってるんだ
「‥‥って、絵のこと何もわかんないし、まして色もまともに見えてない癖に『好き』とか言ってごめん。‥‥‥でも、ほんとに好きなんだ。濃淡、強弱、雰囲気。‥‥“萌え”たよ」
ゆら、と淡く揺れる笑顔が目の前にあった
ああ、また笑ってくれた
アオは、優しいな
俺に気を遣って言ってくれたのかな
それとも、本心で言ってくれたのかな
どっちにしても、アオの優しさが心に沁みた
恥ずかしさとか申し訳なさでいっぱいになってた胸の中が、すーっと楽になった
不躾とか無神経とか勝手なイメージ抱いちゃってごめんなさい、“変態”とか言ってごめんなさい
俺は、その笑顔に“萌え”ます
「───ねぇ。俺の名前の“蒼”ってさ、どんな色?」
「草の、色‥っていうのかな‥‥‥‥倉の屋根に青草を使ってたからっていうのが、“蒼”っていう漢字の成り立ちなんだって。そこからきてるのか、“草木が覆い茂る”って意味があるみたい。‥‥‥でも、蒼天とか蒼空とか蒼海とか、“青さ”に例えられることもある」
「草と空と海の色、かぁ‥‥‥‥意外と壮大な漢字だったんだ、“蒼”って。‥‥‥あ。でも“顔面蒼白”とかにも使うか。顔色悪い、みたいな」
「ああ、うん‥‥」
何それ、自虐?
字面も響きも綺麗な漢字だと思うな、“蒼”
「‥‥じゃあさ、アカの“朱”は、どんな色?」
「んーと‥‥‥‥いちばんよく見るのは、神社の鳥居かな」
「‥鳥居」
「生命の躍動と、災厄を防ぐ色として神社では多用されてるとか何とか‥‥‥‥縄文時代からあった色なんだって」
「ってことは、土器とか土偶にも使われてたんだ、きっと」
「多分、そうなんじゃないかな」
「流石は美術部。その辺も詳しいんだな」
こんなの、テストには絶対出てきやしない
「ただの無駄知識です」
「そんなこと。‥‥‥‥これからも沢山教えて、色のこと」
揺れる笑顔が、ひたすら優しかった
「‥‥、うん」
俺が頷いた後も、その優しい眼差しは俺に向けられてた
‥‥まぁ、アオの前髪うざすぎるからはっきりと目を見た訳じゃないんだけど
でも、なんか、心がドキドキともソワソワともつかない、何とも例えようのない感じになった
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