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ガレキ

BL・ML小説と漫画を載せているブログです.18歳未満、及びBLに免疫のない方、嫌悪感を抱いている方、意味がわからない方は閲覧をご遠慮くださいますようお願い致します.初めての方及びお品書きは[EXTRA]をご覧ください.

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  • 04/19/10:29

Overture-Whose is the power of that?

「───藤沢ぁ!!ツグ!!居るかぁ!!?」
 
 
 
ある日の昼休み
皆で屋上で駄弁ってたら、眩しいほどのド金髪なおっかない人がいきり立ってドアを蹴破って来た
その後ろから、おっかないオニーサン方総勢30人近くがぞろぞろと屋上に立ち入る
リーダー格風の金髪の人はとにかく殺気立ってて、屋上は忽ち物々しい雰囲気になった
もしかして千歳さんと継さんに喧嘩売りに来たのかと思ったけど、2人には好戦的な色が一切見えなかった
 
「柏木じゃん。どーしたん?」
 
継さんはこくんと首を傾げて、千歳さんは集団を一瞥しただけでその後のリアクションは無かった
どうやら喧嘩の心配はなさそうだと安堵した
柏木って人は、柵に寄り掛かって座ってる千歳さんの前に行ってわざわざ跪いた
 
「週末、北月(きたつき)の奴等とヤるからよ。今度こそ加勢してくれや」
 
千歳さんは白羽の矢が立ってるにも拘わらず、目も合わせようとしない
 
「‥‥やなこった。何で俺が」
 
「お前が強えぇからに決まってんだろ!!」
 
「強くねぇ。だから、加勢はしねぇ」
 
「そこを何とか頼むよ‥!この通りだ!!」
 
「‥‥‥面倒臭せぇ。無理」
 
柏木って人は土下座する勢いで千歳さんに食い下がった
取り巻きの先輩たちも、柏木って人の後ろで必死に頭を下げている
呆れ顔の継さんが、溜め息を吐いた
 
「勘弁してよ‥。この前も言っただろ。ボクタチ、平和に高校生活送りたいんだよ」
 
「今更何言ってんだよ!!このガッコ纏めたのお前らだろ!?」
 
 
 
え、マジで?
柏木って人の話が事実なら、千歳さんと継さんは自分達以外の3年生を───少なくとも、今屋上に来てる先輩達全員をたった2人でブッ飛ばしたってことになる
それまではこの柏木って人がこの学校の3年を牛耳ってたんだろう、多分
この2人、そんなに強いの‥‥?
トキもイナもヒカルくんも、目を見張ってた
継さんはボリボリと頭を掻いて、困ったような顔をした
 
「平和に過ごす為に已む無くヤっただけだっての。大体、お前らが勝手に突っ掛かってきたんじゃん」
 
「そりゃそーだけど‥‥‥‥でも、お前らの力がありゃぜってー勝てんだ。藤沢、ツグ、頼む!!今回だけで良いから‥!!」
 
屋上は、騒然とした
部外者の俺らは完全に蚊帳の外
先輩達の話を、固唾を飲んで聞き入った
 
継さんはさっきよりも大きな溜め息を吐いて、柏木って人と話をした
 
「‥‥お前ら、この前も錦西の奴等と揉めたんだってな」
 
「あ?ああ‥‥ちょっと、な」
 
「そんとき、千歳の名前でも出したか?」
 
「いや‥そんなことはしてねぇよ」
 
「ああそう。でも、他の誰かが千歳の名前言ったかもしんねぇよな?」
 
「それは‥‥‥‥」
 
「‥可能性はゼロじゃないよな。俺らは俺らの平和なハイスクールライフの為にお前ら全員ボコった。その話に尾鰭が付いて、“浦南には傍若無人な鬼畜が居る”なんてとんでもねぇ噂が流れた。さも俺らが『浦南を纏めた』って思われるようになってさ、噂を聞き付けた他校の奴等に絡まれるようになってその度に伸して黙らしてきた。それもこれもぜーーーんぶ俺ら自身の為。浦南のカオがーとか、そんなん全然考えてねぇし、個人的に絡まれたんなら問答無用でヤるけど、学校単位の話でお前らに貸せる力はねぇよ」
 
 
 
知らなかった
この学校の不良事情も、不本意ながら千歳さんと継さんが事実上この学校の“頭”に据えられているってことも、2人が喧嘩強いってことも
 
事実に尾鰭が付くのはもうはっきし言って仕方ないこと
特に『あの学校の誰それが強い』とかいう話は真実とはだいぶかけ離れてることが多かったりする
不良はそういう話が大好きだけど頭の悪い奴も一定数いるから、誰かが誇大に言い触らしたりして途中で解釈が捻じ曲げられていくんだ
だから、喧嘩をしてみたら思いの外強かったり弱かったりする
実際に拳を交えるまでは、噂はあくまで噂なんだ
 
「‥‥‥それにな、間接的に千歳の妹が被害被りそうになってんだよ」
 
「は‥どゆこと?」
 
継さんの言うことがいまいちわからない様子の柏木さんは、千歳さんと継さんを交互に見遣る
ヒカルくんが、はっとした
 
「───あ、この前すばるが錦西の奴等に囲まれてたのって‥もしかして」
 
「多分、こいつらと揉めた奴等の仲間かなんかだったんだろ。中学ん時剣道で全国行ってるし、おまけに千歳の妹だから、不良界隈ではそこそこ有名人なんだよすばるちゃんは」
 
「全、国‥‥」
 
「あいつ、そんな強かったのか‥」
 
マジかよ、こっちも驚きの真実だ
そこまで不良にどっぷり浸かってるわけじゃない俺らには、知る由もなかったこと
すばるに向かって日常的に悪態ついてるトキ、今までよく生きてられたな
 
「でも、不良でも何でもねぇただの15歳の女の子だ。幾ら剣道強えぇからっていっつも竹刀持ち歩いてるとは限らねぇし、男に集団で囲まれたら太刀打ち出来ねぇ。たまたまこいつらが妹の顔見知りで、この前はたまたま囲まれてるとこ通りかかったから事なきを得たんだ」
 
継さんが俺らに目配せしてきて、柏木さんは漸く俺らの方を見てきた
「え、こいつらが?」みたいな顔されたけど、俺らは素知らぬ振りをした
継さんは、柏木さん含む3年生全員と俺らに諭すように続けた
 
「‥‥‥この前が初めてじゃねぇんだよ、すばるちゃんが絡まれるのは。これからもそういうことがあっちゃ、すばるちゃんだって千歳だって困るんだよ」
 
「そー‥だった、のか‥‥」
 
漸く事態を重く見た柏木さんは、深刻そうな顔をした
 
「面倒臭い」っていうのも、千歳さんの本音だろう
でもその言葉の裏には、“大事な妹に余計な火の粉が降りかからないように”っていう純粋な兄の気持ちがあった
千歳さんは徐に立ち上がって、柏木さんに思い切り壁ドンした
 
「‥‥北月とも錦西とも、喧嘩でも何でも勝手にやんな。でももしその所為で妹とこいつらに何かあったら、もっかいお前らクシャクシャにすっからな」
 
そして、耳元でそう囁いた
 
「‥、‥‥───」
 
不謹慎にも千歳さんの壁ドンが素敵に見えた───のは、俺だけじゃない筈だ
柏木さんは、冷や汗をかいてた
前回、どんだけ“クシャクシャにされた”んだろう
 
千歳さんの牽制にどれほどの効果があったかはわかんないけど、すばると俺らに何かあった場合は千歳さんが多分継さんと共にどうにかしてくれるらしい
全国レベルで剣道の強いすばるのお兄さんだ、何とも心強い
千歳さんは踵を返してすとんと座り込むと、けろっとして不良が好きそうな話をし始めた
 
「‥‥‥‥そういや今年、東星(とうせい)にも気合い入った一年が来たみてぇ」
 
「え、東星って‥‥」
 
「東星は、殆どの生徒がどっかこっかのチームに所属してんだ。でも、中にはチーム自体が持て余すくらい強かったり我儘過ぎんのが一学年に何人かは居るんだと」
 
「俺らと、タメすか‥‥」
 
「‥‥相当無茶苦茶ヤるって話だ。かち合っても喧嘩すんなよ」
 
千歳さんは、俺らを心配してくれてるみたい
普段からあんま喋らない人だけど、言葉の端々に優しさが籠ってるのがわかる
先輩として、友達として、とても有難い話だ
 
「‥大丈夫す。俺らも、売られない限りヤんないすから」
 
イナはにこりと笑ってピースサインを出した
むざむざと無駄な喧嘩したくないもんね、全面同意です
継さんがニコニコしながら頷く
 
「それが良い。力は、わざわざひけらかすもんじゃねぇからな」
 
「向こうがその気だったら問答無用でヤりますけどね」
 
「あー、それなら俺、新しい技試したい」
 
嬉々としてその機会を待ち侘びるのは、ヒカルくんだ
 
「なになに、どんなの?」
 
「まだ内緒。でも名前だけは決めた」
 
「なんて?」
 
「“毒霧”」
 
「っ何だよそれ!!」
 
「やべー、全然想像出来ねぇ」
 
「ははは!ヒカルが技かけたら、案外イイとこいくかもしんねぇな!」
 
「プロレス部のホープですから!!」
 
再び和やかな雰囲気に包まれる屋上
今度は柏木さん始めその他3年生の先輩達が、すっかりと蚊帳の外だった

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Overture-千歳先輩のミニ講座

皆でスタバに行った日の話
 
 
 
明らか頭悪そうなトキとイナ
小柄で可愛らしいヒカルくんと継さん
長身でクールなアオ
スーパーイケメン、千歳さん
そして平々凡々な俺が、続々とスタバに入店する
 
周りの人達が、ジロジロ見てくる
完全に不良グループだと思われてるよね、そうだよね
ちらっと見たら睨まれたと思ってすぐに顔を逸らすけど、またジロジロ見てくる
オネーサンたちは、アオと千歳さんをニヤニヤしながら見てくる
2人とも長身で、アオはミステリアスな感じ、千歳さんはスーパーイケメンだから、特に年上のオネーサマ方にめっちゃ注目されてた
 
 
 
トキはいつも頼んでる杏仁フラペチーノ(現在はオーダー不可)
 
イナはバニラフラペチーノにチョコソースをカスタム
 
ヒカルくんはイナと同じバニラフラペチーノに、キャラメルソースをカスタム
 
アオと千歳さんはホット
 
継さんは新作の何とかフラペチーノ(横文字で長いから忘れた)
 
俺はいつもの、抹茶フラペチーノ
 
それぞれ頼んで、角の席を陣取った
席に着いても注目の的だった
もう、他人のことなんか放っとけば良いのにさ
不良だってフラペチーノ飲むんだっつーの
 
 
 
「ポン、手拭き取って」
 
千歳さんが言うと、継さんが紙ナプキンを千歳さんに手渡した
 
「───“ポン”???」
 
継さんのこと?
何で継さんがそう呼ばれるのか全くわからない俺らは、きょとーんとした
 
「‥‥‥‥?‥‥ああ‥“小さい”って意味。俺チビだからさ」
 
俺らのきょとん顔に気付いた継さんが、ニコニコ笑って教えてくれた
すかさず、ヒカルくんが尋ねる
 
「え、何語っすか?」
 
「アイヌ語」
 
「へえぇー‥‥‥‥じゃあ、“大きい”は?」
 
「“ポロ”。‥俺はそれしか知らねぇ」
 
継さんは、にしし、とはにかんだ
 
アイヌ語で、
ポロ は大きい、ポン は小さい
なるほど、覚えた
皆、こくこくと頷いた
てか、わざわざアイヌ語で継さんに渾名つけるなんて、千歳さん何者なんだろ
 
「───‥‥‥‥“イランカラプテ”」
 
千歳さんが静かに呪文を詠唱した
まさかの魔法使いだったとは‥‥“何が起こるかわからない”系の魔法かな、それってヤバくね?
皆が目を見張る中、千歳さんは澄まし顔で呪文の意味を教えてくれた
 
「‥‥、“こんにちは”って意味」
 
どうやら、呪文じゃなくてアイヌ語だったらしい
皆、盛大に噴き出した
 
「───ぶはっ!!!あはは!びーっくりしたあぁ!!」
 
「マジマジ、パルプンテ唱えたのかと思っちゃった!」
 
「焦ったああぁ‥!何だぁ、挨拶の言葉だったのかぁ」
 
「‥‥本来は、“Hello”みたいに軽い感じでは使われないらしい。改まった機会に男だけが使う言葉だったとか」
 
皆、へえぇーとかふぅーんとか言いながら頻りに頷いた
勿論、俺も
千歳さんて、博識なんだな‥‥他にも色々知ってそうだ
だから、訊いてみた
 
「他に、なんか知ってる言葉ありますか?」
 
千歳さんはコーヒーを一口飲んでから、次々と色んな言葉を教えてくれた
 
「‥‥“アイヌ”は人。“カムイ”は神」
 
「あ、それ聞いたことある!」
 
トキが人差し指を立てて閃いたようなポーズをとった
千歳さんは軽く頷いて、更に続けた
 
「“チセ”は家。“レラ”は風。“ピリカ”は綺麗とか可愛い。“ワッカ”は水。“イコロ”は宝物」
 
「ふえぇ、詳しい!何でそんな知ってるんすか!?」
 
「‥‥‥母親の田舎が、集落があった場所の近くなんだ」
 
なーるほど
 
その昔、北の大地にアイヌと呼ばれる民族が住んでいた
本州から開拓民が渡ってきたことでその生活はどんどん脅かされてしまったとかって、小学校の時に社会の授業で学んだ記憶がある
でもまだ僅かに集落が残ってて、アイヌの伝統を守ろうっていう組織もあるとか何とか
 
「確か、アイヌの人達って色んな物に『神が宿ってる』って考えてたんですよね」
 
アオが言った
何気にアオも詳しいな
イナもその話は知ってたみたいで、頷きながら言った
 
「アミニズム、ってやつか」
 
「あみにずむ??」
 
トキは何もわかってねぇ
 
千歳さんは、アイヌのアミニズムについて丁寧に教えてくれた
 
「‥‥動植物、自然現象、人工物、あらゆるものに神が宿ると信じられてきた。でも条件があって、『固有の能力を有しているもの』、『人間には不可能なことを行って様々な恩恵や災厄をもたらすもの』がそれに合致する。宗教上の神とは違って、人間と対等の存在‥‥‥‥らしい。アイヌ語ってのは文字が存在しなくて、全部口伝えなんだ。アミニズム的なものもコロポックルの伝説も、ずっと口頭で語り継がれてきた話」
 
「文字が、無い‥‥‥?」
 
「‥伝承者が居なくなると、失くなっちゃうんですね」
 
「そう。しかも、標準語ってのが存在しないから地方によって方言とか訛りがすげぇんだと。おまけに母語話者がもうかなり高齢だから、近い将来消滅する可能性が高い」
 
「絶滅危惧種の言語かぁ‥‥なんか、浪漫を感じるなぁ」
 
ヒカルくんが腕を組みながらうんうん、と頷いた
トキは再びなにか閃いたような顔をした
 
「あの。“有難う”って、何て言うんですか?」
 
「‥“イヤィラィケレ”。‥‥でもこれも“Thank You”みたいに気軽に使う言葉じゃないらしい」
 
千歳さんがまた詠唱した
多分、異常回復系の呪文───違う違う、“有難う”だ
今度は、トキが詠唱を試みた
 
「じゃあ、イヤィラィケレ!」
 
「え、いきなり何なの」
 
「いやだって、友達と皆でこんな美味いもん味わえてめっちゃ楽しくてさ、フツーの感謝じゃなくてものっっっそい感謝しなきゃな、と思って!」
 
ああ、そういうことか
っていうか、今使っちゃって良いタイミングなの?
でも、イナもヒカルくんもアオも同じ気持ちだったみたいだ
 
「‥イヤィラィケレ!」
 
「イヤィラィケレー!」
 
トキが杏仁フラペチーノを掲げると、皆揃って乾杯し出した
 
「‥‥くひひ。今度から使うか、“イランカラプテ”と“イヤィラィケレ”」
 
継さんが無邪気に笑ってそう言うと、継さんも千歳さんも乾杯に加わった
 
 
 
「───お兄」
 
気付けば、すばるがいた
背中に何か背負ってる
 
「‥すばる」
 
多分、窓の外からでも目立ってたんだろうな俺ら
 
「すばるちゃん、こんちはー」
 
「こんにちは、ポンさん」
 
継さんの渾名、すばるにも伝わってたのか
継さんと千歳さんって、相当仲良いんだな
 
「すばるすばる、“イランカラプテ”!」
 
トキはしたり顔でついさっき教えてもらった呪文、じゃなくてアイヌの“こんにちは”を詠唱、じゃなくて挨拶した
千歳さんに教わったんだろうことがわかったような顔したすばるは詠唱、じゃなくて挨拶を返した
 
「‥‥、イランカラプテヤン」
 
「わ!一段階進化した!!」
 
「最後になんかくっついてたね」
 
「“ヤン”?“ヤン”って何?」
 
語尾の“ヤン”について盛り上がる俺らを尻目に、千歳さんはすばるの今後の予定を尋ねてた
 
「道場、行くのか」
 
「うん。お兄も来てよ、皆『指導して欲しい』って言ってるよ」
 
「‥気が向いたらな」
 
多分、すばるが背負ってるのは剣道に使う道具か胴着かなんかだ
2人とも、兄と妹の顔になってた
 
 
 
「───“タアンペ ヘマンタ アン”?」
 
すばるが意地悪そうな顔をして、トキに向かって新たな呪文を詠唱した
多分、中の上くらいの強さの炎系の呪文だ
 
「え?え??」
 
「‥‥“これは何ですか”?」
 
千歳さんが訳してくれた
 
「杏仁フラペチーノ、ヤン!」
 
トキはニコニコして、すばるに飲み物を差し出した
受け取ったすばるは、何の躊躇いもなく口を付ける
 
「‥“ヒンナー”」
 
多分、“美味しい”って意味だ
顔が、そう言ってたから
 
「おーいおーい、間接キッスじゃん」
 
継さんが千歳さんに目配せしながら言った
千歳さんは、素知らぬ振りをしてる
 
「そういうの全然気にしないもんね、すばるは」
 
「そこがまた良いけどね、気を遣わなくて」
 
「ほーんと、女子力のカケラも無いもんなー」
 
トキはケラケラ笑った
 
「‥‥‥、“エパタイ”。“アプンノ パイェ ヤン”」
 
「わっ‥冷てっ!!」
 
すばるは満面の笑みでトキの頬っぺたに杏仁フラペチーノを突き返して、俺らに軽く手を振ってスタバから出て行った
また新しい呪文───今度のは、多分闇魔法だ
 
「‥‥今の、なんて言ったんですか‥?」
 
「‥“バカ野郎”。“さようなら”」
 
千歳さんは、少し棘のある言い方をした
皆、一斉に噴き出した
 
「あ、の‥‥すいません、でした」
 
トキは、ついいつもの調子ですばるに軽口を叩いたことを猛省し、兄である千歳さんに謝罪した
 
「‥‥‥‥、事実だから気にするな」
 
千歳さんは薄く笑って、コーヒーを啜った
 
多分、トキだから許されることだったんだろう
てか、この場に居る他の誰がトキと同じようなことを言ったとしても、千歳さんは笑って許してくれたと思う
千歳さんはあんまり感情を表に出すタイプじゃないけど俺らのことは気に入ってくれてるみたいだと、前に継さんが教えてくれた
そして、千歳さんが継さん以外の人間と一緒につるんだり出掛けたりするのは、継さんが知る限りでは初めてのことらしい
スーパーイケメンに気に入られるなんて、光栄の極みでございます
俺も、千歳さんは凄く素敵な先輩であり友達だと思ってる
妹想いだし、長身だし、イケメンだし‥‥あと、何気に優しいんだよな
 
その思いはその後何があっても覆ることはなかったんだけど、千歳さんがほんとはガチで『おっかない人だった』ってわかったのは、も少し後になってからのことだった

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Overture-メール

メールには、人柄が出る
電子の文字の中にも、その人柄が如実に現れることがある
連絡先を交換した俺らは頻繁にメールをする機会が増えた
個人的なやり取りも沢山したけど、継さんが作った“[V:9825]浦南[V:9825]”っていう名前のラインのグループに招待されたからグループトークも沢山した
因みに、千歳さんと継さんが居ないグループも既に存在してて、そっちの名前は“★浦南★”だ
たまに誰かが誤爆でもすると、次の日に全員に弄られる構図の出来上がり
 
 
 
トキは基本的に語彙力がない
 
『明日わ、スタバ行きたいヽ(*´∀`*)ノ』
 
こんな感じ
端的でわかりやすいんだけどさ
あと打ち間違いじゃないんだ、本気で“は”と“わ”の区別がついてないんだ
皆はわざとだと思ってるけどイナと俺の目だけは誤魔化せないぞ小学校からやり直せ
 
反面、イナは物凄く語彙力がある
 
『拝啓、高村朱央様。明日は、スターバックスコーヒーで貴殿と焙じ茶ラテを堪能致したい所存で有ります。楽しみにして居ります。敬具』
 
これを語彙力があるって言っちゃって良いのかどうかわかんないけど、いっつも堅苦しいメールを寄越す
難しい言い回ししてくるとその意味を調べる手間がかかる
何で手紙の出だしと結びの文言使ってんだよ意味わかんねぇ
 
ヒカルくんも、トキと同じくらい語彙力がない
 
『スタバ!!』
 
基本的に一言のみ、感嘆符を多用しててとにかく元気な印象
あと、主語述語が全くない時があるから、ヒカルくんが何をどうしたいのかを推察するのが極めて困難なことが度々ある
 
継さんのメールは、めっちゃ可愛い
 
『明日、スタバ行きたぃんだけど[V:9825]バニラフラペチーノ飲みたぃ[V:9825]でも新作のさくらフラペチーノも飲みたぃ(*≧∀≦*)どっチが良ぃと思ぅ??(人´3`*)~♪アカはまた[V:9829]抹茶ラテ[V:9829]飲むの??(*・ω・)つ■☆■ヽ(・ω・*)』
 
平仮名と片仮名が混ざってて読みづらいときがあるけど、絵文字とか顔文字とかめっちゃ使ってて女子みたいにめっちゃ可愛い
継さんとは、いちばんやり取りの回数が多い
 
千歳さんは、クールだと思ってたけど普通に顔文字とか使う人だった
 
『明日はスタバ行きたいらしいヽ(・∀・)ノ新作出たんだってさ♪』
 
トキと継さんを足して2で割ったような文章で、最初はギャップに噴いた
“らしい”っていうのは継さんがそう言ってるからってこと、でも多分千歳さん自身も行きたいんだと思う‥‥照れ隠しのつもりなのかな?
 
逆に、アオの方がクールだった
 
『スタバ行ってコーヒー飲みたい。』
 
まぁ、イメージ通りだったけどさ
シンプルで読みやすいスマートな文面は、アオらしいと思う
実は継さんと同じくらいやり取りの回数が多くて、いっつも決まってアオからの返信でやり取りが終わる
 
すばるがいちばん殺伐としてて、皆がスタバの話で盛り上がっててもただ一言
 
『わかった』
 
それ以降は、何も発言しない
そして千歳さん同様、ギャップに噴いた
メールにおいては継さんと千歳さんの方が女子力高い
ま、殺伐としててもそれがすばるらしいんだけど
 
 
 
友達に部活に、優しい先輩
勉強と、たまに喧嘩
高校生活は、未だかつてない充実感で満たされていた

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Overture-Pleiades

いつもつるむメンバーに、アオが加わった
トキ、イナ、ヒカルくん、アオ、俺、時々すばる
大体この5乃至6人で、休み時間や放課後を一緒に過ごした
 
紅一点のすばる
別に女子の友達がいない訳じゃないのに、何で女子じゃなくて俺らとつるんでんのかわかんなかった
そういやすばるの苗字も変わってんだ、雨の間って書いて“うるま”って読む
すばる は平仮名だから、最初にフルネーム聞いたときはギャップを感じた
トキは風景の写真を撮ることが多いけど、すばるは人物を沢山撮っていた
俺らも盗み撮りされてたことが何回かあって、あろうことかそれが学祭に展示されたんだけど、思いの外評価が高かった
 
 
 
何時だったかの放課後、遅くまで遊び歩いてた俺ら
その日はすばるは居なくて、男5人で繁華街を彷徨いてた
 
たまたま、路地裏で誰かが絡まれてるのを目撃した
暗くてよく見えなかったけど、多分隣街の錦西(きんせい)高校の制服だ
そいつが6人くらいで、一人を取り囲んでた
 
「おいおい、喧嘩かな」
 
「あーあー、可哀想に」
 
ただのカツアゲかと思って素通りしようとしたけど、トキとヒカルくんがあることに気付いた
 
「‥おい。女子だぞ」
 
「‥‥マジだ。セーラー着てる」
 
「行こう」
 
2人の目がキラキラした瞬間だった
 
「ん?あれって‥‥‥‥」
 
よくよく見てみたら、そのコが着てるセーラーにものっそい見覚えがあった
だってうちの学校のセーラーだったんだもん、当然だよね
そして、錦西の奴等に囲まれてたのはなんと、すばるだった
 
それがわかった途端、トキは一目散に駆けてって飛び蹴りをした
 
騒然とする路地裏、錦西の奴等もきょとーんとしてた
 
「よ、すばる」
 
「‥トキ」
 
すばるも、目を丸くしてた
 
そっからは、トキとヒカルくんの独壇場だった
イナとアオと俺はすばるを救出して安全な場所に確保、錦西の奴等をフルボッコにするトキとヒカルくんを静観してるだけだった
結果、勝ちました
決め手はヒカルくんのシャイニングウィザードだった
 
「すばる、大丈夫か?」
 
「‥‥アンタこそ、大丈夫?ヒカルくんも‥」
 
「俺らは全っ然何ともない!へーきへーき!」
 
「へへへ‥‥無敵だから!」
 
そう云って、2人はドヤ顔をした
それでも傷を負ってたから、すばるが近くのコンビニまで2人を引き摺ってって軽く手当てをした
イナは序でにって、飲み物を6個買ってきて俺らに配ってくれた
『どれが良い?』とか訊いてきたけど全部コーラだった
 
「錦西も案外大したことねぇのなぁ」
 
「そりゃ良かった。もし万が一抗争とかあってもだいじょぶそうだな」
 
そんな機会は是非訪れないでくれ頼むから
学校同士の抗争?一体いつの時代の話ですか?
そんなの、漫画とか映画の中だけの話だと願いたい
 
「バッカじゃないの。男って、ほんとバカ。喧嘩の何が楽しいの?余計な心配かけんな、バーカ」
 
「───いってえええええぇぇぇ!!!」
 
すばるはトキの頬っぺたの傷をビンタした
あの絶叫からして、喧嘩して殴られた時よりもダメージがでかそうだった
 
 
 
翌日の放課後
今日も今日とて男5人で繁華街へ繰り出そうと玄関まで来たら、またトキの下駄箱に手紙が入ってた
まーたあのオニーサン達か?懲りないねぇ
学習能力ゼロどころかマイナス25くらいだよ、ほんとに2コ上なのかな?
 
「トキ、読まないの?」
 
「読むまでもねぇじゃん、こんなの。どうせまた“来なきゃ殺す”とか書いてあるに決まってる」
 
邪険そうに手紙を見つめるトキ
こう何回も続いたら拒否反応起こして当然だよな
例えマジもんのラブレターが入ってたとしても、下駄箱にただの紙が入ってるだけでトラウマになっちゃうんじゃないかな
試しに、今度やってみようかな
 
「もし、そうじゃなかったら?‥‥読まないと後悔するような内容だったら、どうする?」
 
アオが、トキを宥めるようにしてそう言った
トキは唇を尖らせて、アオの言葉にほんの少しだけ期待を抱いたようだ
 
「‥‥読んでみたら?」
 
俺が駄目押ししたら、トキは唇を尖らしたまま手紙を開いた
一瞬目がキラキラしたと思ったら、あっという間に光を失った
トキが無言で手紙を寄越してきたからイナが受け取って、俺らは肩を寄せ合って手紙を読んでみた
 
 
 
“放課後、屋上で待ってるから[V:9825]絶対においで[V:9825]”
 
 
 
“読まないと後悔するような内容”だったってのがわかったのは良いんだけど、問題はこの手紙を書いたのが誰かってこと
ご丁寧に、手紙の主は下の方に自分の名前を書いてあった
 
“蓬立 継 (3年3組)”、と
 
 
 
図らずも、継さんからのラブレター
オニーサン達が書いた“殺す”よりもこのハートマークの方が脅しにはよっぽど効果的だ
てか継さん、意外に字が達筆でびっくりした
ハートも駆使するし、見た目も中身も可愛いんだなあの人は
 
 
 
「継さん、何の用事だろうな‥‥」
 
「まさか、この前のセンパイ達のこと考え直したとか?」
 
「いや、それは無いだろ。あの人らは継さんの嫌いな人種でしょ」
 
「そーかもしんないけどさ‥」
 
「‥‥‥‥、愛の告白だったりして?」
 
イナが言った
皆、黙った
 
継さんが、本気でトキにラブレターを書いたって?
まさか、そんなバカな
だって、トキも継さんも男だし
 
ひょっとしたら継さん、男が好きなのかな?
可能性がないってことはないよな、別に
でも、あの人は男が好きっていうより寧ろ“男の娘”って感じなんだけどな‥‥ほんと、それくらい可愛いから
 
トキと継さん───『それはそれでアリかも』なんて、ちょっぴり思ってしまった
まぁでも、継さんは可愛らしい外見に寄らず男気溢れる人だから多分違う
てか“男の娘”なんて絶対継さんに言えないし想像してたことすら罪だ、バレたら500%荼毘に伏すことになる
 
一体、何の用事なんだろうな───?
 
 
 
屋上のドアを開け放つと、継さんが出迎えてくれた
 
「お、来たか」
 
ニコッと笑う継さん
やっぱ、この人は可愛らしい
 
「久し振り。暫く見ない間に随分賑やかになったな」
 
そうだ、初めて継さんに会ったときはまだヒカルくんともアオともつるんでなかった
継さんに軽く頭を下げてから、トキが尋ねた
 
「‥‥あの、何かご用でしょうか‥?」
 
「うん。あのね、」
 
継さんは唐突にトキの肩を抱いて、上目遣いでトキを見ながら耳元に顔を寄せた
 
 
 
あれ、まさか、ほんとに、てか、やっぱり“そっち”の話だったの?
 
 
 
「‥‥‥‥お前ら、夕べ錦西の奴等ボコったんだってな」
 
いや全然違ったよ、不良が大好きな喧嘩の話でしたイエーイ
継さん、トキ、変な期待して本当にごめんなさい
 
「あ、はい‥‥あの、部活が一緒の女の子が絡まれてたんで、つい‥‥」
 
トキは若干ビビりながら夕べの真実を語った
 
「何かマズかったですか‥‥?」
 
「いーやー?なーんもマズいことなんて無いさ。女の子一人守れるだけの強さがある、それは大変素晴らしいことだよ。‥‥‥‥‥‥な、“千歳”?」
 
継さんが上を見ながら“チトセ”という名前を言うと、ドアの上んとこからいきなり大きい人が降ってきた
人が居たなんて全然気付かなかったから、ガチでびっくりした
3メートルくらいの高さからポケットに手を突っ込んだまま飛び降りて華麗に着地したその人は、某ヒーローライダーの歴代俳優に紛れててもおかしくない───いや、寧ろそれ以上と言っても過言ではないくらいのスーパーイケメンだった
 
継さんはトキから身を離して、今度はスーパーイケメンの肩を抱‥‥けるような身長差じゃなかったもんだから、腰を抱いた
2人の身長差、マジ半端ねぇ
こうして並んでると、美男美女カップルに見えなくもなかった
にこにこしながら、継さんはスーパーイケメンを紹介してくれた
 
「藤沢、千歳。夕べお前らが助けた女の子の兄貴なんだ」
 
「───え‥‥?」
 
すばる、お兄さんが居たのか
言われてみれば、どことなくすばるに似てるかも
でも待って、今“藤沢”って‥‥すばるの苗字は、“雨間”だ
 
「‥‥、カテーのジジョーってやつ」
 
兄妹なのに苗字が違うという矛盾を察知した俺らに気付いたのか、スーパーイケメンは頭を掻きながらボソリと呟いた
なんてことだ、声もイケメンだ
 
「夕べ妹ちゃんから話聞いて、お前らに直接礼言いたくなったんだと。でも自分から声掛け辛いとか抜かしやがるから、仕様がなく俺が橋渡ししたってワケ。もし勘違いさせちゃってたら、悪かったな」
 
継さんは少し呆れた顔をして事情を説明してくれた
なるほど、そういうことだったのか
スーパーイケメンは照れ屋さんなのか‥‥この人も存外可愛らしいとこあるんだな
 
「‥‥‥‥すばるとは、住んでる家が違って。心配ではあんだけど、なかなか傍に居てやれないから‥‥本当に、助かった」
 
スーパーイケメンが深々とお辞儀をした
きっと、その行為だけで貴方に惚れてしまう人達が男女問わず世界中に沢山いると思います
同性の俺でも、妹思いなスーパーイケメンには感涙ものです
 
「当然のことをしたまでです。もし先輩の妹じゃなかったとしても、多分喧嘩してました」
 
「女の子一人に男5、6人で囲むなんて、卑怯の極みだもんな」
 
「まぁ、すばるだったから余計ムカついたのも事実」
 
「それはあるね、大事な友達だからね」
 
口々に話す俺達を、継さんとスーパーイケメンは穏やかに見ていた
 
「‥‥ガッツあるねぇ、お前ら。ほんと、気に入った。連絡先教えてくれよ、仲良くしようぜ!」
 
継さんはニコッと笑って、ケータイを取り出した
俺らは、和気藹々と連絡先を交換し合った
そういえば、アオの連絡先をまだ知らなかったから一緒にメモリに入れた
因みに、継さんに勧められてスーパーイケメンとも連絡先を交換した
アオの名前と、“継さん(3年3組)”と“千歳さん(3組4組)”の名前が、俺のケータイの電話帳に増えた
 
「もし錦西の奴等がなんか言ってきたらすぐ教えろよ、どうにかすっから。‥‥あと、いつでも好きに使って良いからな、屋上」
 
「‥基本、ココは上級生のテリトリーなんだよ」
 
イナが、こっそり教えてくれた
この設定、ヤンキー漫画とか映画の鉄板ね!
 
この日から千歳さんと継さんという素敵な“友達”が出来て、俺らは屋上に出入りするようになった

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Overture-色が無い世界

「え、アオも“Little Wing”好きなん?」
 
「うん。射し込んでる光の感じが良いなぁって」
 
「ああ、良いよねー。あの淡い感じがさぁ‥‥」
 
「何だっけ、“天使の梯子”?」
 
「え、そんな言い方すんの?知らんかった」
 
「天使といえば、羽もがれた天使の表情も良かったよね」
 
「うんうん。てかさ、何であいつ一匹だけあんなことになったのかな」
 
「罪を犯した、とか?」
 
「“贖罪”の意味‥てことか」
 
「“食材”?」
 
「トキ、喋るのやめろ。アオにおつむの程度がバレる」
 
「‥は!!?どういう意味だよ!?」
 
いやほんともう喋らない方が良いと思う
黙って牛丼食え、口に紅生姜ブチ込むぞ
 
 
 
どうやら、全員“Little Wing”が気に入ったようだった
アオとも馬が合うってことがわかって、自然と口元が緩んだ
 
雲の隙間から射し込む光は、“天使の梯子”とも“光芒”とも言うらしい
あれ、ほんと幻想的だよな
実際に天使でも降りてきそうな雰囲気がして、結構好きだ
あの雰囲気出すのはちょっと難しそうだけど、今度部活で描いてみようかな───
 
 
 
牛丼をたらふく食った俺達は、少しだけ繁華街をうろついてから解散した
アオは途中まで俺と帰る方向が一緒だったから、並んで歩いた
時間は、21:00になってた
 
「ごめん、こんな時間まで付き合わせて」
 
「全然。すげぇ楽しかった。トキもイナも面白い奴だし、めっちゃ笑った。こんな笑ったの久々」
 
そう言って、アオは満足そうに口の端を上げた
 
 
 
ああ、何だろう
さっきも思ったけど、なんか変な感じする
俺その顔好きかもしんない
アオが笑うと安心するんだ
アオのこと“変態”とか言えないな、同級生の笑顔に癒されてる俺も十分“変態”だ
 
 
 
「天使の梯子、だっけ。雲の隙間から射し込む光」
 
「ああ、うん。‥‥光ってさ、白とか黄色とか、大体そんな感じで描かれるでしょ。でも“Little Wing”の光は、もっと沢山色使われてたよね」
 
「んー‥‥そう、なの?」
 
アオは首を傾げて、ちょっとだけ困ったような顔をした
そうだよね、そんなとこに注目するなんて普段油絵に親しんでない人からしたら変態だと思われても仕方ない着眼点でしかないよね
 
「紫とかピンクとか、緑も使ってたかな」
 
「‥‥そんなに色混ざってたんだ‥‥‥‥それが、見えればなぁ」
 
 
 
『見えれば』?
 
アオも、“Little Wing”見てたよね?
あれが『めっちゃ好き』って、言ってたよね?
さっきも、牛丼食いながら感想言ってたよね?
俺の頭はプチパニックになった
 
 
 
頭の上にはてなが浮かぶ俺を見て、アオはちょっと言いにくそうに呟いた
 
「‥‥‥‥俺ね、色盲なんだ」
 
「‥‥え‥?」
 
「色が、見えないんだ」
 
 
 
『色彩感覚ゼロでさ。色を塗るのは、苦手なんだ』
 
 
 
図書室でアオが言ってた言葉を思い出した
 
“苦手”ってか、多分“不可能”なんだ
 
さっきの困ったような顔は、俺が光にピンクとか使ってるとか変なこと言ったからじゃなくて、そもそも色が沢山使われてること自体わからなくて、本気で困ってたんだ
 
色が見えないなんて、全く想像出来ない
 
人間が識別する色は“光の三原色”と呼ばれる赤・青・緑の3つの光の組み合わせパターンによって作られてて、色を感じ取る錐体が正常に機能していれば正常に識別することが出来るんだって
一般的な色盲のイメージは“全部がモノクロームで見える”って感じだと思ってる人が多いかもしんないけど、実はそういう人は物凄く少ないらしい
 
アオは、どういうタイプの色盲なんだろう
赤が強い?青が強い?緑が強い?
それとも、全部モノクロに見えてる?
 
いずれにしたって、そんなことも知らずに色がどうのこうのと何のたまってたの俺、大バカじゃん
色が見えないことがアオにとって幸か不幸かはわからないけど、何も知らずに無邪気に話しまくってた自分が恥ずかしくなって、愚かに感じて、目の奥が痛くなった
 
 
 
「‥ごめ、ん」
 
「んーん。気にしないで。‥‥この前図書室で描いたやつもほんとは色着けてみたいんだけどさ、多分滅茶苦茶になっちゃうだろうからやらないんだ」
 
アオは、諦めたような顔をして笑った
ちょっと淋しそうなその表情が、心に刺さった
図書室で見た図鑑に載ってたパパラチアを思い出して、軽はずみに『色付ければ』なんてふざけたこと抜かした自分をカンバスでぶん殴ってやりたくなった
 
「色がわかんないのにデザイン画描いてるなんて、大概変だと思うだろ。でもデザインだったら、モノクロでも関係ないっしょ」
 
「‥、‥‥」
 
『そうだね』なんて
そんな上から目線なこと、口が裂けても言えない
 
 
 
「‥‥‥‥最初に見せてもらった絵、あれは鉛筆描きだったっしょ。色はわかんないけど、濃淡はわかる。だから、絵を描いてた時の気持ちにも入り込めた。‥‥それにね、スケッチブックのは色塗ってるのも幾つかあったでしょ。あれも、見えなかったけど、見えるような気がした。実際にはほんとにそんな気がしただけだったけど‥‥‥どんなに頑張っても色は見えないけど、俺はアカの絵が好きだよ」
 
アオは、言葉に詰まったみっともない俺にそんな言葉を掛けてくれた
 
多分、あの話し振りからアオは“全色盲”なんだろう
色盲の中でも特に珍しい“1色覚”ってやつ、稀少種だ
アオが見てる全てのものは、モノクロに写ってるんだ
 
「‥‥って、絵のこと何もわかんないし、まして色もまともに見えてない癖に『好き』とか言ってごめん。‥‥‥でも、ほんとに好きなんだ。濃淡、強弱、雰囲気。‥‥“萌え”たよ」
 
ゆら、と淡く揺れる笑顔が目の前にあった
 
ああ、また笑ってくれた
 
アオは、優しいな
俺に気を遣って言ってくれたのかな
それとも、本心で言ってくれたのかな
どっちにしても、アオの優しさが心に沁みた
恥ずかしさとか申し訳なさでいっぱいになってた胸の中が、すーっと楽になった
 
不躾とか無神経とか勝手なイメージ抱いちゃってごめんなさい、“変態”とか言ってごめんなさい
 
俺は、その笑顔に“萌え”ます
 
 
 
「───ねぇ。俺の名前の“蒼”ってさ、どんな色?」
 
「草の、色‥っていうのかな‥‥‥‥倉の屋根に青草を使ってたからっていうのが、“蒼”っていう漢字の成り立ちなんだって。そこからきてるのか、“草木が覆い茂る”って意味があるみたい。‥‥‥でも、蒼天とか蒼空とか蒼海とか、“青さ”に例えられることもある」
 
「草と空と海の色、かぁ‥‥‥‥意外と壮大な漢字だったんだ、“蒼”って。‥‥‥あ。でも“顔面蒼白”とかにも使うか。顔色悪い、みたいな」
 
「ああ、うん‥‥」
 
何それ、自虐?
字面も響きも綺麗な漢字だと思うな、“蒼”
 
「‥‥じゃあさ、アカの“朱”は、どんな色?」
 
「んーと‥‥‥‥いちばんよく見るのは、神社の鳥居かな」
 
「‥鳥居」
 
「生命の躍動と、災厄を防ぐ色として神社では多用されてるとか何とか‥‥‥‥縄文時代からあった色なんだって」
 
「ってことは、土器とか土偶にも使われてたんだ、きっと」
 
「多分、そうなんじゃないかな」
 
「流石は美術部。その辺も詳しいんだな」
 
こんなの、テストには絶対出てきやしない
 
「ただの無駄知識です」
 
「そんなこと。‥‥‥‥これからも沢山教えて、色のこと」
 
揺れる笑顔が、ひたすら優しかった
 
「‥‥、うん」
 
俺が頷いた後も、その優しい眼差しは俺に向けられてた
 
‥‥まぁ、アオの前髪うざすぎるからはっきりと目を見た訳じゃないんだけど
 
でも、なんか、心がドキドキともソワソワともつかない、何とも例えようのない感じになった

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Overture-信号機

土曜日
俺とトキとイナは、美術館に足を運んだ
今、俺の好きな画家の絵が展示されてるんだ
2人を誘うと、喜んで『行く』と言ってくれた
美術館に似つかわしくない、端から見れば“不良”な相貌の3人組が連れだって館内を闊歩するその姿に、周りのお客さんは引いてたっぽい
てか、確実に引いてた
美術館で週末を過ごすなんて、ただの頭イカれたバカ高校生だと思われてるんだろうな
事実バカっぽい見た目だから仕方ないか‥‥俺は別にフツーだと思うけど、テラテラしたライダースジャケット羽織ってるピアス男子と腰から工具ぶら下げてる茶色い頭のヤサ男なんて、ほんと場違いもいいとこだ
明らか教養なさそうでしょ?そんなの俺らが一番自覚してます、はい
この中の誰が美術なんかに興味があるだろうかって?それは俺です、イエーイ
こんなんでも、芸術に親しみ持ってんだぜっ
 
 
 
「あー、これ良いなぁ」
 
「わ、すげ」
 
トキとイナは、ばかでかいカンバスを見上げて頻りに感心した
絵のタイトルは、“Little Wing”
小さな天使が沢山飛んでる中、片方だけ翼がない天使が一人地上に取り残されてる絵だった
切なくて、痛々しくて、見る人によっては涙を流すと言われているものだ───って、パンフレットに書いてあった
今回の展示の目玉作品ではないんだけど、人目を引くものではあった
 
トキとイナも、美的センスはある方だと思う
トキは写真を撮ってるから元々そういう感覚はあるんだろう
でもイナは、何でかよくわかんない
友達になってもう4年経つけど、ほんとよくわかんない
 
 
 
『間も無く、閉館の御時間で御座います。御帰りの際は、御忘れものの無いよう御注意願います』
 
館内アナウンスが聴こえる
時計を見たら、16:50だった
 
「‥‥もうそんな時間か」
 
「何だっけ‥“何とか”くん、来れなかったのかな」
 
「ん‥‥」
 
そう、露木くん───アオをずっと待ってたけど、彼は一向に現れなかった
やっぱ、間に合わなかったのかな‥‥
 
「俺、ギリギリまで待ってるわ」
 
ちょっと肩を落としてしまったけど、アオを待つ序でに最後にもう一周だけしてこようと思った
トキとイナは外で待つと言ったから、俺一人で再び館内へと歩みを進めた
 
 
 
“Little Wing”の前に、パンフレットを持って佇んでる人がいた
ベロアっぽい黒のジャケットを着てダメージ加工されてるジーンズ穿いてて、靴は履きこなされたスニーカーだった
背はすらりとしてて服はきちんと着こなしてるんだけど、最早セットしてんのかしてないのかもわかんない髪がボッサボサ
とにかく、前髪がひたすらうざそう
 
 
 
あの人、見たことあるような気がする───てか、あれアオだ
 
気付けば俺は、一目散にアオに駆け寄ってた
 
 
 
「‥、この絵、すごく良い。全部見て回ったわけじゃないけど、これめっちゃ気に入った」
 
息急ききってる俺に気付いたアオは、穏やかに笑った
なんか知んないけど、ほっとした
 
「‥‥来れたんだ‥」
 
「殆ど滑り込みだったけど。もう帰っちゃったかと思ってた」
 
「ううん。待ってた」
 
「そっか。‥‥ありがとね」
 
アオは、また笑った
 
 
 
何だろう、不思議な気持ちがする
目は、前髪に隠れてて見えないんだけど
雰囲気、かな
何とも言えないんだけど、柔らかくて、ふわふわしてる感じ
アオは、笑うとめっちゃ雰囲気が変わる
 
 
 
トキとイナが出口で待ってた
2人を見て、アオは俺に尋ねてきた
 
「‥お友達?」
 
「うん。トキと、イナ。中学からの付き合いなんだ」
 
俺たちに気付いた2人は、アオに気さくに話し掛けた
 
「3組の、露木くん‥だっけ。5組の印南 京平でーす」
 
イナは、アオのこと知ってるっぽかった
何で?クラス違うのに?
てかイナは、アオに限らず、俺らの知らない何組の誰それの話をよくする
ほんと、イナはよくわかんない奴
どこで情報収集してんだろ、てか誰得情報なんだろ
 
「俺、7組の常磐 響。宜しくー」
 
「“トキ”と、“イナ”」
 
「ん!」
 
アオは2人を交互に見て、名前と渾名と顔をインプットしてるっぽかった
渾名を確認された2人はニコニコ笑って返事をした
アオも、笑って自己紹介した
 
「‥‥露木 蒼衣です。初めまして」
 
わー、アオってば紳士
こんなバカっぽい、事実バカ丸出しな同級生に対しても丁寧に挨拶してくれてるし
 
「露木くんのことは、なんて呼んだら良い?」
 
「親しい人は、“アオ”って呼ぶけど」
 
「じゃあ、俺らも“アオ”って呼んで良い?」
 
「うん」
 
元コミュ障ぼっちの俺と違って対人スキル及びバイタリティーが抜群のトキとイナは、いとも簡単にアオを渾名呼びする
 
「俺らこれから飯食いに行くけど、アオも行ける?」
 
「寧ろ、お邪魔しちゃって大丈夫?」
 
「アカから話聞いてたし、最初からそのつもりだったよん」
 
「じゃあ、ご一緒します」
 
初対面の同級生との初ゴハンに、一切物怖じしないアオ
俺なら絶対何回か遊んでからにする、と思う
トキとイナはもう慣れちゃったから何とも思わないけど、やっぱ最初はどこか一線引いちゃうんだよな俺は
 
とか言いつつ、アオをゴハンに誘ったの俺だった
 
何でかな、初めてなのに、アオとゴハン食べるのは抵抗ないような気がしたんだ
だから誘えたんだよ、多分
これって、トキとイナの影響?
それとも、アオのお陰?
アオも、人当たり良い方なのかな
どっちかってと、俺と同じ匂いがするんだけどな‥‥や、もしそうじゃなかったらめっちゃ失礼だよな
このことは黙ってよう、うん
 
 
 
何を食うか特に相談もしてなかった俺らは、トキとイナが並んだその少し後ろをアオと俺がついてく感じで繁華街方面に向かってだらだら歩き始めた
 
「おお。俺、今すごいこと発見しちゃった」
 
トキが、何か閃いたようだ
 
「え、何よ突然」
 
「2人って、信号機じゃん!」
 
そう言って、くるっと振り返ってアオと俺を見遣る
 
「───は???」
 
アオも俺も、イナも、トキが何言ってんのかさっぱりわかんなかった
 
「だって、“アカ”と“アオ”でしょ。赤と青といえば、信号機の色っしょ!」
 
正確には、“朱”と“蒼”なんだけどね
どっちも、信号機の色にするにはちょっと変だ
でも、トキは腕を組んでドヤ顔してた
 
「ああ、なるほどねー」
 
イナは、こくこく頷いた
 
「世紀の大発見。すごくね?」
 
「そこまですごい発見ではないと思うけど。大袈裟すぎだよ」
 
「えーーー?何だよ、もう。腹減ったからヤケ食いしてやるっ!」
 
「いつものことでしょ」
 
「うっせい!早く行くぞ!」
 
トキとイナの話を聞いて、アオはくすくす笑ってた
俺の横を歩くアオは、心なしか楽しそうだった
 
「アオは、何食いたい?」
 
「何でも良いよ。俺も腹減ってるから」
 
「バイト帰りなんだっけ?一仕事した後なら、腹減ってて当然だよなー」
 
「体力付きそうなもんにすっか」
 
「焼肉、とか?」
 
「そんな金ねぇ」
 
「じゃあ、何にする?」
 
「‥‥‥‥‥‥牛丼?」
 
「つゆだくで!」
 
「ギョク乗っけてな!」
 
「特盛り!味噌汁付き!」
 
「ああ良いな!でも豚汁も捨てがたい!」
 
「紅生姜のっさりー!」
 
「俺、紅生姜嫌い」
 
ここはテンション上げるとこだったのに、トキは『紅生姜嫌い』のたった一言で一瞬にしてその空気をブチ壊した

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Overture-Padparadscha

露木という変人?変態?と出会ってから3日後の昼休み
俺は絵の題材の参考資料を探しに図書室に赴いていた
ふと室内を見回すと、部屋の隅の方で熱心になにかを書いている様子の露木くんがいた
 
───勉強でもしてんのかな
 
気配を殺してそっと近付き、徐に後ろから覗き込んだ
 
 
 
「──────っうお!!!」
 
しんと静まり返っている図書室に響く、俺の叫び声
 
露木くんが書いてたのは、繊細で緻密な何かのデザイン画だった
勉強してたんじゃなくて、絵を描いていたんだ
今まで見たことのない斬新なフォルムと細部に渡る描き込みを目にし、思わず叫んでしまった俺
露木くんも含め、図書室にいる誰もが皆俺に注目する
 
「‥‥あ‥‥‥‥すいませ、ん‥‥」
 
畏縮して軽く頭を下げ恥ずかしそうにすると、露木くんはくすくす笑っていた
気を取り直して露木くんの隣に座り、小声で話し掛けた
 
「‥‥これ、露木くんが描いたの?」
 
「うん」
 
「‥‥‥‥すーげえぇー‥‥緻密‥‥感動‥よだれ出そう」
 
「ふふ‥‥どうも有難う」
 
「なにかのデザイン、だよね?‥‥蓮の花?」
 
「当たり。真ん中にこの石埋めたら綺麗かなーって、色々妄想してた」
 
露木くんの側には、宝石の本と花の図鑑が置かれていた
開かれている宝石の本のページを読み上げてみた
 
「‥‥“パパラチア”。‥‥“透きとおるような彩りが魅力的なオレンジでもピンクでもない、そのちょうど中間の色合いのものを「パパラチア・サファイア」という。ピンクが強すぎても、オレンジが強すぎてもパパラチアとは呼ばれない。「パパラチア」とは「蓮の花」という意味。その独特の美しい色みは「サファイアの王」とも呼ばれ、極めて産出が少ないことから「幻の石」ともいわれる”。‥‥‥‥ふーん‥‥すげぇ綺麗だなぁこの石」
 
「石のことはあんまよくわかんないけど、この“謂れ”が良いなぁと思って」
 
「“幻の石”とか格好良いね」
 
「厨二心擽られるよね」
 
「ははっ。ほんと。‥‥てかやっぱ、絵が好きなんだ?」
 
「絵っていうか、デザインに萌える」
 
「‥‥“もえる”?」
 
「‥‥‥‥萌え~」
 
露木くんは、無表情で手でハートの形を作って見せた
 
「ぷっ‥‥くく‥。‥‥露木くんて、絶対そういうキャラじゃないよね」
 
「うん。違う」
 
思わぬギャップを見せ付けられ、口元が歪む
堪らず吹き出し、くつくつと笑ってしまった
 
「‥‥でも、“萌える”っていうのはわかる。具体的にさ、どんなのが好きなの?」
 
「市松模様とか、入れ墨によく使われてるトライバルとか、雪の結晶とか。それこそよだれ垂らしそうになる。‥‥蓮の花のこのフォルムも、凄く好き」
 
そう言って露木くんは図鑑を捲り、蓮の花のページを開いて見せた
確かに、あの花は綺麗だ
御釈迦様が座してて極楽にも咲き乱れてるらしい花は、荘厳でちょっぴり畏怖もあって、凛としてて美しいと思う
露木くんのデザイン画を一瞥し、思い付いた妙案が口を滑る
 
「‥いっそ美術部入れば良いのに。‥‥あ、俺美術部なんだけどね。主線書くだけじゃなくてさ、これ色も塗ったらきっともっと楽しいよ」
 
露木くんは俺の言葉を聞いて、ゆっくりと俯く
 
「‥‥‥‥色彩感覚ゼロでさ。色を塗るのは、苦手なんだ」
 
「ふぅ‥ん‥‥」
 
俺は訝しげに、俯く露木くんの横顔を見ていた
 
 
 
昼休みが終わる少し前に、図書室をあとにした
並んで歩きながら教室へと向かう途中、思い切って露木くんに尋ねてみた
 
「ねぇ、土曜日空いてる?」
 
「‥‥、バイト終わったら暇だけど」
 
「露木くん、バイトしてるんだ」
 
「うん。ほぼ毎日」
 
「え、マジで!?」
 
驚く俺を尻目に、露木くんは軽く頭を掻いた
 
「‥‥‥‥俺、苦学生なんだ。‥‥‥わけあって親戚んとこで世話になってんだけど、学費とか面倒見てくれてて、少しでも足しになればーと思って。‥‥ほんとは『しなくて良い』、寧ろ『やめろ』って言われてんだけど、諸々申し訳なくて」
 
まだ知り合ったばかりで、露木くんのことはまだ何も知らない───“変態的な部分があるということ”と、“デザイン力に長けている”ということしかわかっていない
その私生活のほんの一部が垣間見え、少し複雑な気持ちになった
 
「‥‥そ、なんだ‥」
 
「で、土曜日は何があるの?」
 
「ああ‥‥友達と美術館遊びに行くんだ」
 
「美術館?」
 
「今ちょうど好きな画家の絵が展示されててさ。で、もし良かったら一緒にどうかなー‥と思って」
 
「ふーん‥‥‥何時から?」
 
「13時くらいからって約束してる。美術館は17:00で閉まっちゃうから‥‥で、そのあとはどっかご飯食べに行こーって話してるんだけど‥‥‥‥」
 
「‥‥土曜は早番だから、上手いことバイト終わったら行くよ」
 
「‥ほんと!?」
 
「うん。行けたとしても多分閉館ギリギリだと思うけど。あんま遅かったら、帰ってて良いから」
 
「全然大丈夫!っていうか、美術館行けなくてもご飯行こうよ!」
 
自分の好きな画家に共感してくれるかどうかは別にして、“露木くんが来てくれる”と思っただけで何故か俺のテンションは上がった
露木くんは口角を上げて、会釈した
 
「わざわざ声掛けてくれて有難う、高村くん」
 
「“アカ”で良いよ。仲良い奴は、みんな“アカ”って呼ぶ」
 
そう言うと、露木くんはふんわりと笑った
 
「‥‥‥‥じゃあ、俺も“アオ”って呼んで。親しい人は、そう呼ぶから」
 
「そっか。露木くん、下の名前“アオイ”だっけ」
 
「覚えててくれてたんだ」
 
「男で“アオイ”って、あんまいないから」
 
「そうなんだよね。よく女と間違えられるんだ」
 
今までの“あるある話”を聞いたところで俺とアオは分かれて、それぞれの教室へと入っていった

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Overture-変人②

購買の自販機に佇む俺と、前髪がうざい生徒
彼は小銭を出しながら、尋ねてきた
 
「何飲む?」
 
「‥‥‥‥ヨーグルファーム」
 
注文を受けた彼は、自販機へ小銭を投入する
ヨーグルファームと呼ばれる紙パックに入ったジュースを2つ買い、その一つを俺に寄越す
 
「どーぞ」
 
「‥‥どーも」
 
「絵、見せてくれたお礼。遠慮しないで飲んで」
 
傍らにいる生徒は紙パックからストローを取り外し、紙パックに挿して飲み始めた
『そういうことか』と少し納得し、俺もストローを紙パックに挿した
 
 
 
「──────タカムラ、アケオ」
 
「‥‥え‥」
 
口内の液体を飲み下した彼は、俺の名前を呟いた
急に名前を呼ばれて、俺は目を丸くした
だって、俺、名乗ってないんだもん
 
「スケッチブックに書いてあったから、名前」
 
そうだった
筆記体で書いてあったんだ、名前
 
「あ、ああ、うん。そう」
 
「“アケオ”って、変わってんね。どういう字書くの?」
 
「‥‥朱色の“朱”に、中央の“央”」
 
「ふぅーん‥‥‥‥。‥‥綺麗だね」
 
その目もとは見えないけど、少し口角を上げて彼はそう言った
俺はまた目を丸くした
 
「‥‥どうしたの?」
 
「や、昨日も“綺麗”って言われたばっかで‥‥二日連続で自分の名前褒められるなんて、思ってなかったから」
 
「ふぅん‥‥でも、『どういう字書くの?』は、よく訊かれんじゃない?」
 
「まぁ、ね」
 
「‥‥だよね」
 
彼はくす、と笑った
 
人の絵を盗み見るような無作法で不躾で無神経な奴
そう思っていた彼の、柔らかい表情
その顔を見て、心なしか違和感を覚えた
第一印象は決して良いものではなかったけど、『わざわざジュースを奢ってくれたのだから不躾だったことは水に流そう』と思った
 
 
 
「ヨーグルファーム好き?」
 
「うん。この自販の中じゃ、一番好き。量も多いし」
 
「わかる。量も質もいちばんだよね」
 
「うんうん」
 
「‥‥高村くんて、筆圧濃いよね」
 
「え?あ、うん。直したいんだけど、なかなか‥‥」
 
「直さなくて良いと思う」
 
「そ、かな‥‥」
 
「うん。あの強弱、結構好き」
 
「‥強、弱?‥‥‥‥てか、そんなとこ見てたの?」
 
「全体的に見た。けど、『あ、ここ』っていうとこにしっかり強弱ついてて見易かった」
 
「‥‥変わった着眼点をお持ちのようですね」
 
「そう‥?‥‥あと、『これ描いてるときどんな気持ちだったんだろうな』って想像したら、すげぇ楽しかった」
 
「‥‥‥‥それでなにかわかった?」
 
「公園の絵。‥‥あれ見て『相当苛ついてたんだなー』と思った。他の絵よりも刺々しかったから」
 
「あー‥‥当たってる‥‥‥ちょうどくさくさしてたときに描いたんだ、あれ」
 
「やっぱり?」
 
「‥‥、てか、人が絵描いてるときの心理状況探るなんて、なかなか変態だね」
 
「よく言われます」
 
彼の変態振りは、日常茶飯事なのか?
だってそうでしょ、描いた人間の心理状況探って『楽しい』とか抜かす奴は紛うことなき変態ですよ
トキもイナも、そんな感想は一度も言ったことがない
見透かされてたなんて、思わなかった
心の中を覗き込まれているような気がした
でも、何でか“気持ち悪い”とか“気色悪い”とか思わなかった
だから、正直に彼にそう伝えた
 
 
 
「‥‥‥‥、嫌いじゃないけど」
 
「‥‥そう言われたのは初めて」
 
 
 
『嫌じゃない』って言われたのが嬉しかったのか、彼は静かに笑った
よくわからないところで、彼とは意気投合したっぽい
どちらからともなく顔を見合わせて、くすくすと笑った
 
 
 
「露木ーーー!先生呼んでるぞーーー!!」
 
大きな叫び声が廊下に響く
生徒が一人、階段から身を乗り出してこっちに向かって叫んでた
 
「つゆ、き‥‥?」
 
目の前にいる“露木”と呼ばれた彼に向き直ると、その口角がふ、と上がった
 
「‥‥‥‥露木、蒼衣。俺の名前」
 
前髪が鬱陶しくて勝手に人の絵を覗き込んでその詫びにジュースを奢ってくれた彼の名前が、ここで漸く判明した
聞き慣れない“露木”という名字にきょとん、としてしまった
この国には、変わった苗字が存在するんだなぁ
 
「今日、日直なんだ。‥‥またね、高村くん」
 
そう言って、露木くんは徐に歩き出し、階段へと消えていった
 
一人残された俺は、彼が昇っていった階段を暫し見つめていた

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Overture-変人①

とある日の昼休み
トキは部活の集まりがあるってんでそれに参加、イナは部員でもないのに何故かそれに混ざるって言って、2人で写真部の部室に行った
 
昼食もそこそこに切り上げて、俺は中庭に向かった
スケッチブックとルーズリーフ、筆記用具を持ち、お気に入りの場所でスケッチに勤しむ
2人が居ないときは、それが俺の昼休みの過ごし方だった
 
花壇を椅子代わりに腰掛け、周囲を見渡す
校庭で遊ぶ生徒たち、花壇に咲く花、スケッチの対象はあらゆるところに満ち溢れている
時間も忘れ、結果的に授業をサボってしまうこともしばしばあった
 
───今日は良い天気だ、スケッチ日和やね
 
上機嫌で、スケッチブックを下敷きにしルーズリーフに絵を描いていく
描いては下に放り、終わったところで回収をする
夢中で描き続けている俺の足元には、ルーズリーフが次から次へひらひらと舞う
 
 
 
そのルーズリーフたちがとある生徒に次々と拾われているとも気付かずに、俺は鉛筆を走らせていた
 
「‥‥‥‥」
 
俺の足元に落ちているルーズリーフを一枚一枚拾い、描かれている絵をしげしげと眺める生徒
全ての絵を見終えると、俺がルーズリーフを放るのを待つ
そしてそれを拾い、またしげしげと見つめる
 
「───‥‥‥‥ん」
 
俺の傍らに、ルーズリーフを眺める生徒が居たことに漸く気付いた
顔を上げると、うざったそうな前髪で目元がよく見えない長身の生徒が俺の放ったルーズリーフを全て手に持っている
 
───うっざい前髪だな‥‥目の前見えてんのか見えてないのかもわかんねぇ
 
正直にそう思い、訝しげにルーズリーフを眺める生徒を見た
 
「‥‥あの。何してんの?」
 
「‥‥‥‥、‥‥早く次のやつ描いて」
 
全ての絵を見終えた生徒は、俺の顔へと視線を落とした
 
───見えてんのか、一応
 
怪訝な表情のまま、またルーズリーフに絵を描き始めた
描き終えるとまた下に放り、傍らにいる生徒がそれを拾い上げる
その生徒は徐に俺の隣に座り、今度はスケッチをする手元を覗き込んできた
一度気付いてしまうとなかなか意識せずにはいられなくなり、一旦手を止め、溜め息を吐いた
 
「‥‥はー‥‥‥‥あのさ、何なんさっきから?人に見られてると思ったら気になって集中出来ん」
 
「気にしないで続けて」
 
「いや‥‥そういうわけにもいかんくてね」
 
俺はスケッチブックを抱え込み、暫し黙りこくった
隣に座る生徒は俺を一瞥すると、また一からルーズリーフを眺め始めた
 
───あーも、今日は無理
 
そう思って、スケッチを切り上げることにした
 
「‥‥‥‥もう描かないの?」
 
「ん。それ返して」
 
手を差し出し、ルーズリーフを返すように隣の生徒に促した
隣の生徒は大人しくルーズリーフを手渡したが、ガードの甘くなったスケッチブックを俺の手からひょい、と奪い取った
 
「あ!!ちょっと‥!」
 
隣の生徒は咄嗟に反対側を向き、スケッチブックをぱらぱらと捲り出した
 
石膏やフルーツのデッサン
自分の手のデッサン
トキとイナにモデルになってもらったクロッキー
それらを一つずつ、しげしげと見つめる生徒
 
───全部見終わるまで、返してくれそうにないな‥‥別に減るもんじゃないから良いけど
 
諦めて溜め息を吐き、スケッチブックを眺める生徒に声を掛けた
 
「‥‥絵、好きなの?」
 
「‥‥‥‥たまにここで何か描いてるの見掛けてて、気になってた」
 
隅から隅までスケッチブックに描かれた絵を見つめる生徒
時折感心したように頷き、唇を触る
どうやらその仕草は、彼の癖のようだ
 
彼が、俺の描いた絵が気になっていたのか、はたまた俺自身が気になっていたのかはわかんなかったけど、取り敢えずスケッチブックを見終わるまで待ち続けた
 
 
 
「───どうも有難う」
 
ぱたん、とスケッチブックを閉じ、返してきた生徒
立ち上がってその場を去ろうとしたけど、その生徒に突然手首を掴まれた
俺はビクついて、咄嗟に振り返った
 
「な‥‥」
 
「自販行こ。何でも好きなもの奢る」
 
自分の顔を見ているのであろう目の前の生徒
鬱蒼とした前髪から、その目を覗くことは出来ない
彼の意図が全くわからずも、俺は小さくこくりと頷いた

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Overture-Silver bladet 閉店後

「ただいま帰りました」
 
「あ、アオ。お帰り。今店閉めるから、ちょっと待ってて」
 
「‥‥手伝うよ」
 
「良いよ。バイト終わりで疲れてるでしょ」
 
「別に」
 
「‥‥有難う。‥‥‥‥さっきまでね、学生さんが3人来てたんだ。アオと同じ制服着てた。面白いコたちだったよ」
 
「ふぅーん‥‥」
 
「‥‥‥‥アオ。バイト、やめたら?」
 
「‥‥‥何で?」
 
「なんか、今日来たコたち見たらさ、青春真っ盛りーみたいな感じでほんとに楽しそうだったんだよ。仲の良い友達と夜遅くまで遊び回ってご飯食べたりしてるんだろうなーと思ったら、アオにも是非そういう青春を送って欲しいなーと思っちゃって。同居人一人養うくらいの収入ならあるし、家賃とかも入れなくて良いから、アオもバイトやめて青春しちゃいなよ」
 
「‥‥‥‥」
 
「‥‥‥、アオ?」
 
「‥‥‥‥俺は忙しい方が合ってるから」
 
「うーん‥‥。でもさ、週7でバイトしてる高校生なんて聞いたときないよ」
 
「いい例が目の前にいて良かったじゃん」
 
「‥‥はー‥‥‥‥バイトに割いてる時間がなくなったら、今まで出来なかったこともたっくさん出来るようになるよ?」
 
「‥‥‥‥、例えば」
 
「え?‥‥青春、とか?」
 
「どうしても俺に青春して欲しいみたいね」
 
「うん。是非謳歌して欲しい」
 
「十分謳歌してるよ。バイトしてる日々も案外悪くないですよ」
 
「そうか‥‥」
 
「‥‥‥‥一応、心配してくれてんだよね」
 
「一応じゃなくて、本気で心配してるんだけどな」
 
「あとぅます、暁さん」
 
「どいたまして。‥‥さて、飯にしよっか。手伝ってくれてありがとね」
 
「俺、先風呂入る。ベタベタして気持ち悪い」
 
「うん。じゃあ飯作って待ってる」
 
「先食べてて良いよ」
 
「『ご飯はなるべく一緒に食べましょう』って約束でしょ」
 
「‥‥はい」

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Overture-Silver bladet

部活が、楽しかった
初めて触った油絵の具
筆を入れるカンバス
頭がクラクラするような臭い
全てが未知の経験で、俺は思い付くままに絵を描きまくった
換気を怠ればすぐに体調不良を起こしそうなほど、油絵の具の臭いが充満する室内
その大事な換気も忘れ、無我夢中でキャンバスに絵の具を塗りたくる
 
部員は全部で15人くらい
同級生も何人か居たけど、クラスが別だから特に関わり合いは無かった
それでも、何人かの人と話すようになって、掌を10Bの鉛筆で真っ黒にしたり学ランの裾を絵の具汚しちゃったりして楽しく過ごしてた
 
 
 
「アカ」
 
振り返ると、トキとイナが教室のドアから呼び掛けていた
俺は椅子に腰掛け、自分よりも大きなキャンバスを目の前にナイフを握っていた
今日は俺を入れても3人くらいしか部活に参加してなかった
それを良いことに、2人は手で鼻を覆って室内へ入ってくる
まぁ、人が多くても少なくても2人がズカズカ部室に入り込んでくるのはいつものことなんだけど
 
「なんだ、まだ帰ってなかったの?」
 
「補講受けてたー。ってかこの部屋ヤバくね?頭クラクラすんだけど」
 
「換気しろってんだよ、このアホウは。何遍言やぁわかんだよ?」
 
2人は他の部員に頭を下げながら、揃って窓を開け始めた
 
「夢中になりすぎなんだよ。そのうち倒れんぞ?」
 
「ん、そんでまた壮大でわけわかんねぇもん描いてんのねお前って」
 
「余計なお世話だし」
 
「まぁ、センスだけは良いよな、アカは」
 
「はぁ?何よ、“だけ”って。センス“も”良いの!」
 
俺たちはケラケラと笑い合った
 
「ところで高村くん、もう終わる?」
 
「あ、はい。ただいま」
 
「じゃあさ、皆で何か食べに行こ」
 
「お、良いっすねー」
 
「早く片付けて下来いよ、待ってっから」
 
「うぃーっす」
 
2人が居なくなり、静まり返る室内
他の部員は、まだカンバスとにらめっこしてる
開け放たれた窓際に立ち、外の空気を吸った
赤と青、空に二つの色が混ざり合う夕刻
 
「‥‥‥‥‥‥ゆーやけ‥‥」
 
そう呟いた後、少しぼーっとしてから、俺は絵の具や筆の片付けを始めた
 
 
 
ファストフード店で軽く食事をとり、いつものように街をぶらついた
ギターの弾き語りやラジカセの前でダンスの練習をしたり、アクセサリーや雑貨を売る若者がいる商店街
その若者たちに紛れ、徐に歩みを進める
 
「あ。なぁ、これからイイとこ行かね?」
 
トキが思い出したように言った
俺とイナは、顔を覗かせる
 
「なになに?」
 
「めっちゃ好みの店見つけたから、連れてってやろうかなと思って」
 
「お、何の店?」
 
「シルバーアクセ」
 
「ほうほう」
 
「こっからすぐだからさ、ちょっと見に行かない?」
 
「良いけどさ、その店何時までやってんの?」
 
「21時、だったかな」
 
「じゃ、早く行きましょか。トキちゃんオススメのお店」
 
イナはニコニコしながらふーんと唸り、トキのお奨めの店へと思いを馳せた
 
「‥‥あれ、そういや今日すばるちゃんは?」
 
「『“赤い日”だからお休み』ってさ」
 
“すばる”は、トキと同じ写真部の女の子
黒髪ロングで、ちょっと近寄りがたい雰囲気のあるつんとした女子だ
中学時代に剣道をやってたらしく、強くて逞しいコだった
知らぬ間にトキと仲良くなってて、俺らが街をぶらつくときはいつもくっついて来るのだが、今日は体調不良の為学校自体休んでいたらしい
同じ部活に所属してることもあってか、来られない場合の連絡は決まってトキに来た
 
「そうなんですね。てか本人の前でそれ言ったら殴られるから止めようね」
 
「向こうが言ってきたんだよ、『今日は流血して死ぬほど腹痛いから無理』って」
 
「あっそう。女なのに、しかも折角そこそこ可愛いのに、男の俺らにそういうこと平気で言っちゃうとこほんと残念だな、すばるは」
 
「そうね。中身がオヤジだよね」
 
「可愛いのに勿体無いよなーほんと。写真もすげぇ良いの撮るのに女子力無さすぎだ、あいつは」
 
「‥‥てか、“女子力”て何よ?」
 
「‥わかんね」
 
女子力は低いかもしれないが男としては親しみやすく付き合いやすいと、俺らは思っていた
月に一度訪れる“赤い日”の痛みに耐えているすばるを、心から憂いた
 
 
 
 
時刻は20:00頃
トキは率先して歩き、俺とイナをシルバーアクセの店に連れていった
商業施設が立ち並ぶビル街
その一角の、木造りの小さな店だった
 
店の前には『Silver bladet』と書かれた看板が下がっている
トキは木製のドアを開け、店内へと入った
俺とイナもトキに続いて入店する
店内も木目調で、歩く度に木の軋む音がする
シルバーアクセが所狭しと並んでいて、目がチカチカした
 
燻んだシルバーに映える、ターコイズや瑪瑙
細かなデザインや細工
金属の匂い
そのどれもが俺たちの心を擽り、次第にデザインや宝石の色に目を奪われていった
 
「‥‥一日中居たくなるな、この空間」
 
「この店にあるもの、殆ど店長さんの自作なんだって。奥に工房があるみたいよ」
 
「ふえぇー‥‥‥‥めっちゃいい腕してるやん」
 
「な、良い店っしょ?」
 
「うん、良いね」
 
感心しつつ、店内を物色する
イナはネックレスを手に取り、トキに話し掛けた
 
「お前、これ好きそう」
 
「おお、好き好き!‥‥お幾ら?」
 
「えーと、8000円ですね」
 
「‥‥‥‥、俺バイトしよっかなぁ‥‥」
 
「そんなに気に入った?」
 
「うん、これめっちゃ欲しい」
 
俺たちは興味津々に店内を物色し続けた
 
 
 
ふと、店員が歩み寄り、話し掛けてきた
 
「いらっしゃいませ」
 
「あ、こんにちは。‥じゃなくて、こんばんは」
 
店員は、こくんと首を傾げてにこりとした
 
「‥‥確か、前にも来てくれたよね?」
 
「あ、はい。先週来てます。覚えてて貰えて良かったー。この店あんまり気に入ったもんで、今日はマブダチ連れて来ました」
 
「有難うございます。ゆっくりしてって下さい」
 
店員は笑って軽く会釈した
俺はさっきトキが言っていた情報を店員に尋ねた
 
「あの。ここにあるもの殆ど店長さんの自作だって聞いたんですけど」
 
「はい。僕の手作りです」
 
「え、じゃあオニイサンが店長さん、ですか‥?」
 
「‥‥峯里と言います。宜しくね」
 
店員は胸につけたネームプレートを指差し、ニコリとした
ネームプレートには“MINEZATO”と書かれている
 
「若くてイケメンっしょ」
 
トキが俺の肩をぽん、と叩いた
 
「てか、最初に言ってよ。この人が店長さんだって」
 
「あれ、言わなかったっけ?」
 
「言ってないっつの!」
 
「まぁまぁ。アカ、これ見てみ。アカの名前みたいなすげぇ綺麗な“朱”」
 
「ふゎ、すげぇ‥‥」
 
イナは俺を宥めるように話し掛けてきて、徐に掌を開いた
イナの掌の上には、朱色の石が埋め込まれたブローチがコロンと転がってた
 
 
 
「───‥‥きみ、“朱”っていう名前なの?」
 
店長の峯里さんはイナの話を聞き、俺の名前に興味を持ったようで話し掛けてきた
 
「あ、いえ。‥‥朱色の“朱”に中央の“央”で“アケオ”っていいます」
 
「“アカ”は、俺がつけた渾名です。な」
 
トキが俺の肩に腕を回してニヤニヤした
 
「“朱央”くん、か。綺麗な名前だね」
 
「恐縮です」
 
「そこはさ、“シュオウ”って言っとけば良いんでないの?」
 
「いやいや。てかいつまでその話すんの」
 
「だってかっけーじゃん、“シュオウ”って」
 
「結果“シュオウ”じゃなかったけどな」
 
「俺さ、イナの苗字も最初“インナン”だと思ってたかんね」
 
「まぁ、音読みするとそうだね。残念ながら、ちょっと捻ってんのよね」
 
「変わってるよねほんと、インナミって」
 
また名前の話で盛り上がっちゃうし、何遍同じ話すんだろな
大体“シュオウ”なんて名前の奴には漫画の中ででもなきゃお目にかかれないよ、多分
 
「きみは、“インナミ”くんって言うんだ?」
 
峯里さんは、楽しげに俺らの話に混ざってきた
 
「はい。略された結果、“イナ”になったんですー。下の名前は京平です」
 
イナは、にしし、とはにかんだ
 
「“アカ”くんに“イナ”くんね。‥‥‥‥じゃあ、きみは?」
 
峯里さんは最後にトキの顔を見た
トキは“待ってました”とばかりに、にんまりと笑った
 
「‥常磐 響です」
 
「‥‥、“トキワ”だから“トキ”くんなんだね」
 
「そうです。俺だけ“まんま”です」
 
満面の笑みでそう話すトキ
俺とイナは、じとりと見つめた
 
「ずるいよな、自分だけスマートで」
 
「略し過ぎー」
 
「何言ってんだよ、アカもイナも超素敵なあだ名だろー?名付け親の俺に感謝して欲しいくらいだよ、マジで」
 
「‥‥トキにも変なあだ名つけてやろうか」
 
「それが良い。そうしよう」
 
「やめろよ、今更。“トキ”って結構気に入ってんだから」
 
暫しの間、新しいあだ名を提案する俺とイナ、それを拒否するトキの応酬が続く
 
「‥ふふふ、面白いねきみたち」
 
峯里さんはじゃれ合う俺たちを微笑ましそうに眺め、くすくす笑った
 
 
 
***
 
 
 
「これ、なんていう石かな‥‥」
 
「赤いからルビーじゃないの?」
 
俺はイナが持っている朱い石の付いたブローチを手に取り、峯里さんに尋ねた
 
「あの。店長さん。この石ってなんて名前ですか?」
 
「ああ、それは“ファイヤーオパール”。その名の通り『炎を象徴する石』で、持ち主の個性を引き出す力、創作意欲に火をつける力がある。やる気がないときは轟轟と燃えるけど、暴走しそうなときは加減する。エネルギーを適度にコントロールする効果があるんだ」
 
峯里さんはニコニコしながら石について説明をしてくれた
俺たちは頷きながらブローチを見つめた
 
「へえぇ‥‥アカにぴったりじゃん、色も朱色だし」
 
「創作意欲爆発しても変てこりんなもの描き過ぎなくて済むんじゃない?」
 
「“変てこりん”は余計なお世話です」
 
悪口を言ってきたトキをじとりと睨んだ
 
「‥‥その石は凄く珍しいんだ、なかなか出回らなくてね。加工するのも勿体無いかなーと思ったけど、何となくブローチにしてみた次第です」
 
「いやいや、素敵過ぎます」
 
「すっげぇ細かいよな、この回りの細工!」
 
「石が引き立つね」
 
ブローチの細工は炎を模したデザインになっており、ファイヤーオパールをより一層際立てている
感心している俺たちを見て、峯里さんは目が細くなった
 
「そんな風に言ってもらえて、嬉しいな。これ、実は結構自信作なんだよね」
 
「でしょうね!てか、店長さん石のこと詳しいんですね」
 
「まぁ‥‥シルバーと相性抜群だし、流して貰ってるとこあるから色々覚えました」
 
「あ、じゃあ俺の誕生石使ったアクセありますか?俺、9月生まれなんですけど」
 
トキは自分を指差し、峯里さんに尋ねる
 
「9月ならサファイアかな。色んな色があるけど‥‥‥‥えーと、こっちはカワセミブルーのサファイア。これはイエローサファイア」
 
峯里は軽く店内を見渡し、バングルを2つ手に取ってトキに差し出した
深いブルーの石が付いたものと透明度の高い黄色の石が付いたバングル
トキは忽ち目をキラキラさせた
 
「うぉ!めっちゃ綺麗!」
 
「超~オシャレなバングル」
 
「はー‥‥どっちも素敵ですね」
 
「高くて買えないけどな!」
 
「まぁ、学生のうちはな‥‥こういうのはまだ分不相応だ」
 
「うんうん。ラーメンとかハンバーガーで満足してるようじゃまだまだだな、俺ら」
 
「石とかシルバーとかそういうガラじゃねぇもんなぁ‥‥こういうの似合う大人になりたい」
 
「俺もー」
 
トキはバングルを腕に嵌めて翳していた
学生特有の青臭いノリが微笑ましくなったのか、峯里さんはニコニコしながら俺たちの会話に耳を傾けていた
 
トキはふと店内の時計に目をやった
時刻はあと5分ほどで21:00になるというところだった
 
「もうお店閉める時間ですよね?」
 
「ああ、うん。そうだね、ぼちぼち」
 
峯里さんも時計を見た
トキは申し訳なさそうな顔をして、峯里さんに頭を下げた
 
「あの。買い物目的じゃなくてすいません。しかも閉店間際まで居座っちゃって‥‥」
 
「いえいえ。気に入ってくれたんなら、俺も嬉しいから」
 
「今は財布が淋しいので、金貯めてまた来ます」
 
「良いよそんなこと気にしなくて。えーと‥‥トキくん、アカくん、イナくん。いつでも気軽に寄ってってください」
 
峯里さんは確認するように俺たち一人一人の顔を見て、深く頭を下げた
俺たちも、揃って頭を下げる
 
「有り難うございます、また来ます!」
 
 
 
Silver bladetを後にし、並んで駅までの道を歩く
 
「店の雰囲気も良かったけど、店長さんも良い人そうだったな」
 
「うん。また行きたくなるね」
 
「また行こうよ」
 
「そうね、次はすばるちゃんも一緒に」
 
「んだ。じゃあ、帰るか」
 
「したっけ、また明日学校でー」
 
イナは駅のホームへ、トキは駅に隣接しているバスターミナルへ、俺は連絡通路を通って駅の北口へと向かい、それぞれ帰宅の途についた

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Overture-はいすくーるろけんろー②

「ヒカル、今日部活?」
 
「おう。副部長が肉離れんなっちゃってさ、代わりに俺が試合出るかもしんねぇんだ」
 
「マジかよ!俺ら、観に行くよ!」
 
「まだわかんねーけどな。時間あったら是非観に来てくれよ」
 
「絶対行く!末町の総合体育館だっけ?」
 
「アカ、あれ作ってよ。応援グッズ」
 
応援グッズ??団扇とか、か?お安い御用だ
ヒカルくんの名前を真ん中にでかく入れよう
“光”って漢字でも良いし、“HIKARU”にしてもカッコ良さそうだ
赤と黄色で派手派手にして、ギンギラのモールで飾り付けして‥‥
 
「ああ、うん。良いよ」
 
「‥‥ほんとに作る気か?」
 
「え?」
 
「え??」
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
「‥‥‥‥そんならさ、マスクのデザインしてくれよ」
 
「うん。良いよ。どんなのが良い?」
 
「え?」
 
「え??」
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
「‥‥‥‥ぶはっ!!そんな真剣なカオしちゃってさ!マジで頼んじゃうぞっ!」
 
ヒカルくんが肩パンしてきた
重い一発だった
今まで何回か喧嘩をしてきたけど、ヒカルくんが本気を出したら多分俺らは勝てないと思う
格闘技をやってる人のパワーとガキの喧嘩の違いはそこなんだろう
 
「ヒカル、部活頑張れよ」
 
「応!!じゃあな!」
 
ヒカルくんは、ニコニコ笑顔で部室へと駆けてった
 
 
 
俺らはというと、この日は揃って部活がない日だった
というわけで、イナのホムセン巡りに付き合う予定だった
 
トキの下駄箱の中に、手紙が入ってた
トキはラブレターかなってワクワクしながら手紙を開いたんだけど、全部読み終わる前に汚物を摘まむようにして俺らに見せて寄越した
手紙には、
 
“放課後、体育館裏で待つ。来なきゃ殺す”
 
と書かれていた
トキはがっくりと肩を落とした
絶対女子が書いたんじゃない、汚い字
この手紙を書いたのが誰なのかは、大方の予想がついた
 
どうせ暇だし、殺されちゃ敵わんなということで、俺らは体育館裏に行った
そこで待ってたのは、案の定“あの人達”だった
 
「───あ!継さん、こいつらすよ!」
 
「んあー?」
 
“ツグル”という名前の人を囲む、オニーサン達
わかっちゃいたけど、やっぱりあんたらだったのね
この人達にだったら120%殺されたりしない、それがわかっただけでももううんざりして引き返したくなった
オニーサン達の目的は、この“ツグル”という人に俺らをどうにかしてもらおうってことなんだろう
恐らくこの人も3年生の筈だ、同学年の人に敬語を使ってるってことは多分強い人なんだろう
“ツグル”と呼ばれた人は、面倒臭そうに頭を掻きながら立ち上がった
 
背はヒカルくんと同じくらいかな
顔も女の子に間違われてもおかしくないくらい、小柄で可愛らしい人だった
でも髪の色はイナよりももっと明るい茶色‥‥っていうより金だ、ド金髪だ
そこはかとなく、不良っぽい雰囲気が漂ってた
 
「よー、生きの良い1年が入学してきたって聞いてさ。なんか、2年くらい前にこいつらボコボコにしたんだって?」
 
“ツグル”って人は、少し眠そうな目をして俺らを見た‥‥‥‥いや、あれは多分眠いんじゃない───俺らを“値踏み”してる
 
トキにもそれがわかったのか、俺らの前に一歩出て“ツグル”って人に歩み寄った
 
「しました。‥‥でも、ちゃんと理由があるんすよ。聞いてくれますか?」
 
「うん。聞くよ。何?」
 
トキは、毅然とした態度で話し始めた
 
「こいつ、アカっていうんですけど、絵を描くのが好きなんです。俺らよくこいつのスケッチについて歩ってんすけど、2年前もそうだったんす。のんびり絵を描いてたら、突然この人達にカツアゲされそうになって、挙げ句この人達がこいつのノートビリビリに破り捨てたもんだから、頭にキて喧嘩しちゃいました」
 
“ツグル”って人は俺らの顔を一瞥してから、ニヤーっと笑った
 
「ふーん。‥‥‥‥なんか、お前らの話と全然違うなぁ。こいつらはさ、お前らにカツアゲされかけたって言ってたんだよ。どうなってんだ?どっちが本当の話?」
 
オニーサン達は、ぶるぶる震え出した
喧嘩の強い先輩を連れてきたら俺らが大人しくなるとでも思ったのかな?
てか、オニーサン達、嘘吐くなよ
 
「‥‥俺らは、カツアゲなんてダサいことしません」
 
ムカついたから本音を言ってやったら、トキとイナは軽く噴き出した
“ツグル”って人は、真っ直ぐ俺の目を見つめてきた
 
「‥‥‥‥‥‥。だよな。ダセェよな、カツアゲとか。しかも、年下の奴等に」
 
“ツグル”って人は、ニコっと笑った
男の人に対して失礼な表現かもしんないけど、なんか、この人は笑うとすごく可愛かった
そんで、俺らに軽く頭を下げてきた
 
「はー‥‥‥‥わざわざ時間取らして悪かったな」
 
「いえ。誤解は解けましたかね?」
 
イナが言うと、“ツグル”って人はこくんと頷いた
 
「誤解も何も、お前らの言うことの方が真実味あるし。すげぇヤられ方だったけど、粗削りな感じがした。恐らく喧嘩もろくに知らねぇ奴が無茶苦茶ヤったんだろうなと思ったよ」
 
この人、エライ観察眼だ
そう、俺らの喧嘩デヴューは我武者羅でしっちゃかめっちゃかだった
 
「‥‥お前ら、名前は?」
 
「常磐です。常磐 響。こいつは高村 朱央。そっちは」
 
「印南 京平です」
 
トキが言う前に、イナは自ら名乗った
 
「そ、っか。俺は、蓬立 継。‥‥こいつらに限らず、誰かに因縁つけられそうになったらいつでも言いな」
 
ホウタツ、って、どんな字書くのかな?変わった苗字だ
継さんは軽く手を振ると、そのまま何処かに行こうとした
 
「あ、あの‥‥継さん‥」
 
「こいつら、俺らを‥‥」
 
「お前らさぁ、高3にもなってみっともねぇと思わねぇのか?こいつらにヤられたことまだ根に持ってんのかよ?高村、だっけ?こいつの言う通り、やってることがダセェんだよ。いつまでもグダグダと、ケツの穴の小せぇ奴等だなぁ」
 
しどろもどろになってるオニーサン達を一瞥した継さん
笑ってるように見えたけど、目が笑ってなかった
オニーサン達は、継さんの眼光に相当ビビってた
可愛らしいし、上背もないけど、そんなに強いのかこの人は
ちょっとだけ、継さんの喧嘩を見てみたくなった
 
「大体俺はお前らの用心棒じゃねぇんだよ。てめぇのケツくらいてめぇで拭きな。こんな話、“千歳”が聞いたら百叩き程度じゃ済まねぇぞ。あいつはお前らみてぇな女々しい野郎が大っっっ嫌いだからな」
 
オニーサン達は、“千歳”と聞くと更に戦いた
 
後でわかったことだけど、“千歳”って人と継さんは他校の生徒からも恐れられてる札付きの不良で、この学校のナンバー1とナンバー2だった
だからって別に、この人達の強さを笠に着ようなんて“ダサい”ことをするつもりは無かった
 
「‥‥あ、そうだ。これやるよ。今日のお詫び」
 
継さんはポケットからチョコレートを出して、俺らにくれた
長時間ポケットに仕舞いっぱなしだったのか、ちょっと溶けかけてた
 
「あ、有難うございます‥」
 
「ん。んじゃ、またな」
 
震えるオニーサン達を残して、継さんは去っていった
オニーサン達の用事もなくなったことだし、俺らもホムセンに行くことにした
 
少なくとも、継さんは、オニーサン達が恐れるような人じゃないんじゃないかなって、そう思った
俺らの話を信じてくれたし、チョコもくれたし、きっと良い人だ
チョコが好きな人に、悪い人はいないんだぜ!

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Overture-はいすくーるろけんろー①

無事、高校に進学した俺達
学力レベルの幅が広くて校風も自由、天才も秀才もバカもアホもゴッチャゴチャに入り乱れたなんかよくわかんない高校
それが俺達の進学先、浦南(うらなん)高校だった
 
校風が自由ってこともあって、トキはずっと憧れだったらしいピアスを開けた
イナは、元々染めてた茶髪を更に明るくして、序でに腰からウォレットチェーンを提げた
俺はダサダサの髪型からふわふわのウルフヘアーにして、スモーキーアッシュに染めた
制服はちょこっとだけデザインが加えられた学ランで、女子はとっても可愛いセーラー服
今までずっとブレザーに見慣れてたから、セーラーが眩しくて新鮮に見えた
 
もしかしたら、彼女の一人くらい出来たりするのかな
放課後の教室でお喋りしたり、帰りに手を繋いで帰宅したり映画とか海とか行ったり……なんて素敵な高校生活だろう!
 
彼女が出来るかもしれない期待もあったけど、部活への思いも同じくらいに膨らんでた
高校生になったら、美術部に入ろうって決めてた
油絵とかやるのかな、デッサンもクロッキーも楽しみで堪らない
 
浦南には、トキのお目当ての写真部もあった
新年生歓迎集会とかいう行事で上級生達がやった部活動紹介だと、美術部も写真部も週3のペースでやってるらしい
土日は自主活動だし皆で遊ぶ時間も無理なくとれそうだし、俺らは迷わず入部を決めた
 
イナは、やっぱり部活はやらないみたい
だけど、中3の後期から春休みの間に3コ上のお兄さんの影響で漫画少年から工具マニアへと変貌を遂げていた
腰のウォレットチェーンに日替わりで工具をぶら下げて歩くほどの工具バカになってしまった
因みに、自室の壁には見たこともない工具が沢山飾られてある
きっと明日には、別の工具が腰からぶら下がってる
放課後は俺のスケッチとトキの撮影に、イナの工具屋とかホムセン巡りに付き合う時間が加わった
 
 
 
入学から2週間経った
クラスは離れちゃったけど、俺らは休み時間に集まって下らない話をしてた
昼も毎日一緒に食べてるし、今日もその予定だ
連れだって学食の方に向かって歩いてたら、見覚えのある人達とすれ違った
 
「‥あ!!!お前ら!!!」
 
向こうも気付いたみたい
河川敷で俺らがボコボコにした、あのオニーサン達だった
 
「あれ、ここの生徒だったんだ。こんちはー」
 
「その節はどうもー」
 
トキとイナは、気さくに手を振った
 
「何でここにいんだよ!?」
 
「何でって‥‥俺ら、一年すよ」
 
「ここに進学したってのか‥!?」
 
「そうすよ。っていうかバカだからここにしか進学出来なかったんすよ」
 
「Iランクでも奇跡的に入れたんですよねー、ふふふ」
 
因みに俺はEランク
ろくに勉強してなかった2人よりはちょっと上って感じ
っていうか、フツーに勉強してればIランクなんて、そこまで落ちることの方が難しいから
 
「てか、今3年生?2コ上だったんすね」
 
襟に、学年証の“Ⅲ”のピンが留まってる
じゃあ、河川敷で喧嘩したときは高1だったんだ
てか何でカツアゲしようとしたんだろな、俺らなら上手くいくと思ったのかな?
それとも、ひょっとして高校デヴューのつもりだったのかな?ちょっとくらい意気がってみようか、みたいな?
 
「一年間被ってることだし、宜しくお願いします」
 
イナは、腰から提げてるレンチをくるくる回しながらニコニコ笑った
 
「だっ、誰がお前らなんかと宜しくするかっ!!!」
 
オニーサン達は青い顔でそそくさと去っていった
別に、イナは“レンチで殴ろう”とかそんなこと少しも思っちゃいないのに
てか、お洒落のつもりかもしんないけどジャラジャラ五月蝿いんだよな
 
そんなら俺も油絵の具用のナイフでも持ち歩こうかな、なーんてね
 
 
 
学食で飯食ってたら、声を掛けられた
 
「なーなー、あんたら1年だよな?」
 
「ん?ああ、そうだよ」
 
トキはカレーを頬張りながら生返事をした
 
話しかけてきた人は、背は小さめだけどガタイがすごく良かった
髪はツンツンのキンパで、ギラギラのつり目がカッコイイ感じ
首からネックレスをぶら下げて、学ランの中に着てる赤いTシャツが印象的だった
 
「いや、さっき3年の先輩達と仲良さそうに喋ってたからさ。あの人達結構“やんちゃ”らしいんだけど、あんたらも喧嘩とかすんの?」
 
「いや。あの人達とは2回くらい拳を交えたけど、俺らは基本的に自分からはやんないよー」
 
イナも、生卵が乗った牛丼を頬張りながら答えた
 
そう、中学時代から始めた喧嘩は全部、自分達から進んでやることはなかった
大体が売られた喧嘩を買って、報復に来た奴等は返り討ちに、負けたら負けたでそのまんまにしておいてた
 
「っつーかさ、“やんちゃ”の“や”の字も感じないほど弱かったよな、あの人達」
 
「そーだねー。もう2年前かぁ、懐かしいなぁ」
 
「え、じゃあ‥‥“浦南の生徒相手に連勝した中坊3人組”って、あんたらのこと?」
 
何ですと?何時の間にそんな話広まっちゃってんの?
彼の話を聞いた他の生徒の方々が、ちらちらこっちを見てくる
食堂が、次第にザワザワとし始めた
え、何?俺ら、ってか、“浦南の生徒相手に連勝した中坊3人組”って、そんなに有名人だったの?
 
「んー、他にそういう3人組が居ないんだったら、そうかもしんないね」
 
「マジかよ!すげぇじゃん!!」
 
「別に大したことないよ。あの先輩達が激弱だっただけで」
 
「でもさ、倍の人数いたんだろ?それで連勝?フツーにすげぇじゃんか!」
 
「てかさ、何でその話知ってるの?」
 
そう、そこ
俺がいちばん知りたかったとこね
イナ、ナイス質問
 
「もしかして、あんたも3年?」
 
「いんや、俺は1年。“噂の中坊”のことは先輩に聞いたんだ。俺プロレス部なんだけど、先輩達もやんちゃなの多いからそういう人達の話は逐一耳に入ってくんだよね」
 
なるほど、そういうことね
この人プロレスやってるんだ‥‥てか、この学校にプロレス部なんてあったんだ
 
「俺、“栄 光”ってんだ。気安く“ヒカル”って呼んでくれ」
 
「写真部所属の常磐 響でっす。“トキ”で良いよ」
 
「俺は印南 京平。帰宅部です。“イナ”って呼んで」
 
トキもイナも、ヒカルくんに自己紹介した
2人に遅れて、俺もヒカルくんに挨拶した
 
「‥‥高村 朱央。“アカ”って呼ばれてる。‥部活は、美術部」
 
「ん!ヨロシクな!」
 
ヒカルくんは、白いギザギザの歯を見せてニコっと笑った
 
サカイ、ヒカル───後でわかったことだけど、漢字で書くと“栄光”‥‥俺の“シュオウ”なんかより遥かにカッコイイじゃんか
 
高校に入って、初めて出来た友達
実はヒカルくんもかなり“やんちゃ”だってわかったのは、まだもう少し後になってからだった

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Overture-ちゅーがくせいにっき③

「アカ、おはよー」
 
「お早う」
 
「あのさ、これ」
 
2人が初めて喧嘩をした日から3日後
トキはまた照れ臭そうな顔して、あの時ビリビリに破かれた筈のノートを返してきた
捲ってみたら、綺麗にテープが貼られてて、ちょっと感動した
 
「‥‥大変だった、でしょ。ありがとね」
 
「んん、いや。俺らも、いっぱい踏んづけちまったしさ。俺、このノートの絵、結構好きなんだよ。だから、破かれたとき完全頭キちゃって‥‥ほんと、ごめん」
 
俺だって、マブダチの大事なものが壊されたりしたら怒るし、バラバラになったんだとしたら例え元通りにならなかったとしても最大限努力して直すよ
だからって喧嘩までは出来ないと思うけど、多分
 
「んーん。ほんとに、有難う」
 
俺は思わずノートを抱き締めた
 
「ジグソーパズルみたいで楽しかったよ」
 
どうやら、イナも一緒に修復作業をやったようだ
 
表紙は靴の痕がついてたけど、軽く拭いたのか喧嘩の日よりは少しだけ綺麗になってた
新しいノート買ってくれただけじゃなくて、このノートを元通りにしちゃうなんて
この時は、正直涙腺に響いた
もう、2人の気持ちがめちゃめちゃ嬉しかった
嬉しかったけど、ほんと、バカだなぁ、と思った
 
 
 
男子って、基本バカだと思うんですよ
 
街を歩いてて“イイ女”を見かけたら、やれおっぱいがでかすぎるとかお尻がコンパクトでキュートとかそういう話するし
 
“横断歩道の白い部分だけ渡らないと落ちるゲーム”したり
 
放課後の帰り道で石ころを金鍔かなんかの和菓子に見立てただけのただの石蹴りをしたり
 
河川敷で友達のノートが破られたくらいで喧嘩しちゃうし
 
喧嘩して負けたら人数増やして報復に来たりとか───
 
 
 
トキとイナが伸した高校生達が、俺らの中学に報復にやって来た
放課後に校門で待ち伏せしてて、俺らは逃げられなかった
人気のない場所に連れてかれて、正直チビりそうになってた
だから、この学校の制服のデザインした奴は(以下省略)
 
「懲りないね。この前、俺ら2人に負けたのに。まだやんの?」
 
「るっせぇな。だから人数増やしてきたんだよ。ボコボコにしちまうからな」
 
「やってみろよ。バカ野郎」
 
「てかさー、中坊相手に何でそんなムキになってんの?あんたらほんとにコーコーセー?恥ずかしいと思わないの?」
 
「っ黙れよ!!!おい、お前ら」
 
イナの煽りに頭に血が上ったらしいリーダー格風のオニーサンが、残りのオニーサン達に目配せした
ああ、ヤバい
また始まっちゃうの
どうしよう───
 
 
 
「───アカ。下がってろ。ってか、隙見て逃げろ」
 
‥‥え?
 
「え‥‥?」
 
「喧嘩するようなタイプじゃないもんね、アカは。大丈夫。行って」
 
なになに何なのこの2人
俺一人だけ、“逃げろ”って?
 
「な‥‥そんなこと出来な」
 
「お前さ、人殴ったことある?」
 
「無い、けど。でも」
 
「アカの手は、お絵描きする為にあるんでしょー」
 
「そーそー。人をぶん殴るにゃ勿体無い。痛めたら絵描けなくなるぞ」
 
目の奥が、ずんとした
まさか、この前もそんなつもりで守ってくれてたの?
何なんだよこの2人、男前過ぎるじゃん
でもさ、俺一人だけ逃げるなんて、そんなの卑怯じゃん
そんなの、駄目だ
 
「だ‥」
 
「何ゴチャゴチャ言ってやがんだ!?殺すぞ!!」
 
「だから、やってみろっての。バーカ」
 
トキがベロを出して中指を突き立てた
 
オニーサン達が、一斉にトキとイナに襲い掛かってきた
 
 
 
目の前で起きてるマジ喧嘩にすっかり足が竦んじゃった
この前は4人だったけど、今回は6人
トキもイナも喧嘩が強いってのはわかったけど、多勢に無勢だ
黙って見てることしか出来ない俺の目の前で、トキとイナは次第に崩れ落ちてった
 
 
 
「───‥めろ」
 
トキもイナも、歯を食い縛ってた
 
「‥もう、やめろ」
 
2人は俺を守ってくれたんだ
だから、俺も──────
 
「っやめろおおおおおおっっっ!!!!!」
 
俺は、オニーサン達目掛けて持ってた鞄をフルスイングで投げ付けた
 
「いてっ‥んだよ何処のどいつだ───」
 
オニーサンが言い終わる前に、飛び掛かってた
倒れたオニーサンに馬乗りになって、足が竦んだことなんか忘れて無我夢中でグーパンした
 
「俺のっ、大事なっ、マブダチにっ、何してくれてんだよっ!!!」
 
俺も頭に血が上ったみたいで、ひたすらグーパングーパンアンドグーパン
気付いたら、オニーサンは顔面血塗れで失神してた
ぶっちゃけ、皆引いてた
 
「───‥‥ははっ。アカ、やるねぇ」
 
「俺らも休んでる場合じゃないなっ!」
 
俺のグーパンに勢い付いたのか、トキとイナは立ち上がってまたオニーサン達にかかっていった
 
 
 
「お前、手大丈夫か?」
 
「うん。平気」
 
「びっくりしたぁ。アカって、あんなでかい声出るんだね」
 
「俺も、びっくりした‥‥」
 
「はははっ!がなった自分がいちばんびっくりしてるってか!‥‥てかあいつら、また来るかもしんねぇな」
 
「ま、そーなったらそーなったでしょ。アカ、次はやるなよ」
 
「え‥何で」
 
「だから、言ったでしょ。アカの手は、絵を描く為にあるんだって」
 
「‥‥‥‥、絵も大事だよ。‥‥だけど、友達も大事」
 
「‥‥‥‥‥アカったら、もう‥‥」
 
「ふふっ。サイコー。‥でも、怒らせたらヤバいな」
 
「みたいだね。キレたら何するかわかんないタイプだったんだ、アカは」
 
「そー、だったんだね‥‥」
 
知られざる自分の姿を目の当たりにして、俺自身もちょっと不思議な気持ちだった
 
結局、この日も喧嘩に勝った
あのオニーサン達は群れて強くなった気でいるタイプの人種だったらしく、この日を境にすっかり鳴りを潜め、報復に来るようなことも無かった
 
初めて人を殴った
正直、手が痛かった
俺にあんな力があったり、喧嘩が出来るなんて思いもしなかった
だけど、やってやれないことはなかった
手を怪我するリスクよりもマブダチが傷付く方が嫌なんだって、この時、そう強く思った
 
それからちょいちょい俺も喧嘩に混ざるようになった
手首捻ったりして、暫く絵を描けない日もあった
でも、トキとイナのお陰で、すごく充実した中学時代を過ごせた
 
高校に進学しても、きっと3人で変わらず過ごすんだろうな───そう思ったら、わけもわからず胸がドキドキした
 
よもや『中学時代に高校生をぶっ飛ばしたのを皮切りにだいぶ“馴らした”3人組』として名を馳せることになるなんて、バカな男子中学生だった俺達は誰一人とて想像もし得なかった

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Overture-ちゅーがくせいにっき②

2人と話すようになって、つるむようになって、まともに友達がいなかった俺は毎日新鮮に生きてた
トキとイナはいっつも俺のらくがきノートを見て、頻りに感心してた
 
「アカさー、こんな絵上手いんだから、美術部入れば?」
 
「部活は高校入ってからにしようかなって」
 
「何で?」
 
「今は、拘束されるより自由に描きたいな‥って」
 
「なるほど。そのスタイルの方がアカに合ってるかもね」
 
「自由にのびのびーって感じ?部活だと強制感あるもんなぁ」
 
「‥‥2人は部活、やらないの?」
 
「高校行って写真部あるなら入部するかもー」
 
「トキ、写真好きなんだ?」
 
「うん」
 
「アカがスケッチしてる間に、結構撮ってるよ」
 
「え、そうなの?知らなかった。見せてよ」
 
「んんー?ケータイのカメラだし、大したもんねぇよ」
 
そう言って、トキはケータイを見せてきた
海とか川とか森とか、風景の画像が沢山
トキは謙遜してたけど、結構良く撮れてた
 
「‥‥これ、好き」
 
中でも俺が気に入ったのは、夕日に佇むブランコの写真
哀愁を帯びたブランコっていう題材も良いけど、光の加減が何とも言えず良かった
 
「お、マジ?俺もそれ気に入ってんだよね」
 
トキはにこっと笑った
 
「イナは、なんか部活とか考えてんの?」
 
「俺は帰宅部で良い」
 
そう言って、イナは漫画を読み始めた
 
放課後よくスケッチしにいく場所があるんだけど、2人はよくついてきて、俺がスケッチ終わるのをケータイゲームしたり漫画読んだりしてずっと待ってた
出来上がったら感想をくれて、褒めてくれて
帰りが遅くなったら、ラーメン屋とかマックとか行って‥‥なんか、楽しかった
 
3人で居ると、何でか落ち着いた
急かしたり茶化したりしないで、絵が仕上がるのを待っててくれる2人の空気が居心地良かった
 
 
 
ぼっちじゃなくなったのは良いんだけど、トキとイナはやっぱり“やんちゃ”だった
 
それがわかったのは、2人とつるむようになって2ヶ月後くらいのことだった
 
 
 
 
 
いつも行く河川敷で、のんびりスケッチしてた放課後
俺達は、カツアゲされそうになった
 
「ねーねー。そこの中坊クンたち。お金持ってる?オニーサンら喉乾いて死にそーなんだけど、今金無くてさー。ちょっくら恵んでくんない?」
 
確か、何とか高校ってとこの制服着て、ニヤニヤしてるガラ悪い高校生が4人
あっという間に囲まれて、俺はひたすらビビった
 
「えと、あの‥‥」
 
「なーにー?オニーサン達ビンボーなの?カーイソー。‥‥でも、生憎俺らも金持ってないから恵んでやれないんですわ。すんませんね」
 
ビビる俺を他所に、トキはオニーサン達を無視してケータイをポチポチし始めた
イナも、漫画から目を離そうとしない
何なのこの2人、俺ら今カツアゲさてれんだよ?しかも高校生に
何でこんな平然としてられるの?
 
「お前ら、葵中だろ?あんまナメてっとこの辺歩けないようにしちゃうよ?」
 
因みに、うちらの制服、ブレザー
しかも、胸ポケに校章付き
せめて学ランだったら学校までバレないで済んだかもしんないのに
この制服デザインしたやつ、爆発しろ
いやそれより、今すぐのび太くんちの机ん中入ってタイムマシン乗ってデザインする前に戻って考え直してくれ
『凝ったブレザーじゃなくて、ありふれた学ランにしよう』って───
 
「おい、聞いてんのか?このガキ」
 
高校生が一人、苛ついてトキのケータイを取り上げた
トキはゆっくり高校生を見上げた
 
「これ、新刊じゃん。これ買えるくらいなら金持ってんだろ?」
 
イナも漫画を取り上げられた
高校生が鋭い着眼点で指摘する
その能力、カツアゲじゃなくてもっと別な方向に生かしとけよ
 
「で、そこのボクちゃんは何描いてんの?」
 
当然、俺もノートを取り上げられた
あー、まだ描きかけなのに
 
「何だよこいつ、川の絵なんか描いて何が楽しいのかね?」
 
はい、此処は河川敷です
川と橋以外は特に描くものがございません
貴方方には理解出来ないかもしれませんがとっっっても楽しいです、はい
 
「つーか、根暗」
 
「オタク?完全陰キャでしょ」
 
「おい、裸婦画ねぇのかよ?」
 
「無いなー、全部風景ばっか」
 
「何だよ、くそつまんねー」
 
ノートをぱらぱら捲ってはケラケラ笑う高校生達
裸婦画があったら楽しいのですか、そうですか
中坊のらくがきノート見るよりコンビニのエロ本読んでる方がよっぽど有意義な時間過ごせると思いますね
 
「あー、面白くねぇなぁ」
 
裸婦画がなかった腹いせかなんか知らないけど、高校生は俺のノートをビリビリと破き出した
 
「あ、ごめんねぇ?手が滑っちゃった」
 
何てへぺろしてんだ、ふざけんな
誰がどう見ても確信犯だろうが
あと5ページくらいで全部埋まったのに、何てことしてくれんだよ
裸婦なら今度描いてやるから、やめてくれよ
や、でもモデルが何処にも居ない
トキとイナ、裸婦画のモデルになってくれるかな‥‥あ、裸婦だから女じゃないと駄目だ
 
「あーすっきりした。なんか白けちまった」
 
「お前、そんなことでストレス発散すんなよ。ボクちゃん泣きそうになってるぞ」
 
うるせぇな、泣きたくもなるさ
あんたらにはわかんないかもしんないけど、一生懸命描いたんだぞ
たかが一冊の大学ノートを全部埋めるのに、こっちは人生懸けてんだよ‥‥ああ、今のは言い過ぎだったかも
とにかく、何時間、何日掛けたかわかんない
折角あと5ページで全部埋まったのに
 
 
 
「───返せ。そのノートも、俺のケータイも漫画も」
 
涙目になってる俺の横で、トキが立ち上がった
済ました顔してるけど、声は怒ってるっぽかった
 
「は?何?今なんか言った?」
 
高校生達はおちょくるように、またノートを破いた
俺が描いた絵がバラバラに千切れて地面に落ちてった
 
「‥拾えよ」
 
「はぁ?」
 
「全部拾って、テープ貼って元に戻せ」
 
何言ってんの、トキ
そんなこと言ったら、オニーサンたちに───
 
トキは、殴られた
 
ほら、言わんこっちゃない‥‥って、一言も口には出してないけどさ
 
「トキ、大丈夫‥!?」
 
よろけたトキを、咄嗟に支えた
トキの口の端が、血で滲んでた
 
「バカじゃねーの。お前がやれば。ほら、拾えよ」
 
また、ノートの切れ端が地面にひらひら落ちた
トキは俺の腕をそっとどかして、にこっと笑った
口を拭って、イナに目配せする
 
「───アカはどいてな。止めんなよ、イナ」
 
その言葉を皮切りに、喧嘩が始まった
 
トキとイナは、俺を守るようにして高校生4人にかかっていった
河川敷で4対2の乱闘騒ぎ、何処の青春ムービーですか
 
「聞こえなかったのかよ!?『ノート拾って元に戻せ』ってんだよっっ!!!」
 
トキはノートをビリビリ破いてた高校生を殴る殴る
イナは、それを止めようと群がる残りの高校生達を蹴散らした
 
「折角アカが一所懸命描いたのに、さっ!!」
 
ドカッ とか、バキッ とか、人が人を殴るリアルな音が聴こえた
っていうか、ノートなんてもう良いよ
あんだけビリビリなんだからもう使い物にならないし
そんなこと思っても、喧嘩が止む筈なかった
トキのケータイも、イナの漫画も、もみくちゃに踏まれてた
 
「ね、ノートなんてどうでも良いから‥‥」
 
「アカに謝れ!!」
 
「何が『喉乾いて死にそう』だよ。死ぬ前にノート一冊買ってこいよ」
 
俺の声は、2人には届いてなかった
前言撤回するよ、ほんとノートなんてもうどうでも良いから
また買って、また描けば良いんだから
でも、もう手遅れみたいだ───
 
 
 
全てが終わった頃、河川敷に立っていたのは俺達3人だけだった
2人とも、倍の人数いた高校生をすっかり伸してしまった
てか、中学生に負けるなんてめちゃめちゃ弱いじゃんこのオニーサン達
 
「‥‥あー、ごめん。アカ、ノート」
 
トキは溜め息を吐いて俺に頭を下げてきた
まぁ、当然のことながら俺のノートも踏まれて更に無惨な姿になってたんだよね
でも
 
「‥‥もう、良いよ。‥‥‥‥有難う」
 
2人が俺の為に、俺のノートなんかの為に喧嘩してくれた
それだけで、目頭が熱くなった
 
2人は何も言わずに、ノートを切れ端を拾い始めた
破れて小さくなった端っこまで、丁寧に拾った
全部拾い終えたら、辛うじて原型を留めてる部分に切れ端を全部挟み込んで、トキの鞄に仕舞われた
 
「‥‥コンビニ、行こうか」
 
イナは軽く制服を払って、漸くトキのケータイと自分の漫画を救出した
 
「おう。ノートとジュース買いに行こうぜ」
 
2人はにこっと笑って、俺に肩組みしてきた
 
 
 
トキとイナは、コンビニで一リットルの紙パックに入ったコーラスウォーターと大学ノート一冊を割り勘で買った
店員さんからストローを一本だけ貰ってコンビニの前に座り込んで、3人でジュースを回し飲みした
 
「‥2人とも、怪我大丈夫‥‥?」
 
伸したは伸したんだけど、高校生から何発か浴びてたから、2人の顔には幾つか傷があった
 
「おう。全然平気」
 
「俺もー」
 
2人とも、ケロっとしてる
余裕綽々だ
 
「喧嘩、強かったんだね。知らなかった」
 
「ん?そうなのか?喧嘩なんて初めてやったよ、な」
 
「そうそう。今回が初めて」
 
「え?」
 
「え??」
 
マジかよ、デビュー戦?
全然そんな風に見えなかったけど
 
「俺ら、喧嘩強かったんだな」
 
「ふふ、いがーい」
 
2人はハイタッチして、なんか知らんけど喜んでた
そして、照れ臭そうにして真っさらな大学ノートを俺にくれた
 
「金、要らねぇから。当たり前だけど」
 
「また一杯描いて、俺らに見せてね」
 
2人とも、怪我してるのにイイ顔してた
さぁ、何を描こうか‥‥2人があっと驚くようなものを、喜んでくれそうな力作を、沢山描こうと思った
 
この日を境に、トキとイナは不定期に喧嘩をするようになった
それに俺も加わることになるなんて、この時は想像もしてなかったけど───でも、それはまた、別の話

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Overture-ちゅーがくせいにっき①

小さい頃から、絵を描くのが好きだった
 
買い物に行きゃ母親にペンとらくがき帳を強請って、何かってーと描きまくってた
らくがき帳が尽きればチラシの裏に
チラシが埋まれば壁や床に
母親にはこっぴどく叱られたけどね、当たり前だけど
 
中学校に入って、“マブダチ”が2人出来た
トキとイナ───2人は小学校から一緒で、バカコンビで有名だったらしい
中2で同じクラスになって、休み時間に席から立たず黙々とノートにらくがきをしてた俺に2人が声を掛けてきたのが始まりだった
 
「ねーねー。何描いてんの?」
 
無遠慮に覗き込んでくるトキ
 
「わ、めっちゃ上手い!これ、自分の手?」
 
その後ろから、イナが驚嘆する
 
トキは黒髪でツンツン、イナはフツーの髪型だけどめっちゃ茶色に染めてた
2人の第一印象は、“チャラい”感じ
後から知ったんだけど、中学に入ってちょっと“やんちゃ”になったみたい
小学校から持ち上がった友達が少なくて、2人のことは全然知らなかった
ってか、小学校から基本ぼっちだったから友達自体少ないんだけど
自虐です、事実です、俺はぼっちのコミュ障です
ただ、2人が“やんちゃ”だってのは噂で聞いてて、わざわざ自分から近付こうとなんて無謀なことは頼まれても絶対お断り案件な人種ってことだけは間違いないと思ってた
平々凡々に生きてきた俺はたじろぐしかなくて、ひたすら目を泳がせた
 
「‥‥あ‥」
 
「てかさ、いっつもなんか描いてるよね。このノート、全部そんな感じなの?良かったら、見して」
 
トキはにこっと笑って手を差し出してきた
あとから因縁つけられたりしたら確実にHPもMPも無くなりそうで嫌だなと思って、大人しくノートを手渡した
 
「‥ぅお!!すげぇ!!何これ!」
 
「わー、細かく書き込んでるなぁ」
 
トキもイナも、めっちゃノートに釘付けになった
ノートに描いてたのは、鉛筆とか文房具とか、身近にあるもののデッサンばっか
やんちゃな2人が、そんなもんを興味深そうに見てる
なんか、変な感じがした
 
「どーもありがと。目の保養になった」
 
「あ‥うん‥‥」
 
不良(?)がぼっちにノートを返してきた
やっぱり俺は、眼が泳いでた
完全に縮こまった俺を見て、トキは噴き出した
 
「そんなにビビるなよー。俺ら見た目こんなだけど、全然怖くないよ?」
 
「そーそー。オシャレしてるだけ。ね?」
 
「なー。‥‥タカムラだっけ?俺、常磐 響。“トキ”で良いよ」
 
びっくりした
俺の名前、知ってた
トキが自己紹介すると、イナもそれに倣う
 
「俺は、印南 京平」
 
「いん、なみ‥‥?」
 
「うん。あんま居ないでしょ。ちょっとレア苗字」
 
うん、インナミなんて聞いたことない
そういう苗字もあるんだなって、ちょっと感心してしまった
おっとりした笑顔で、イナは続けて言った
 
「“イナ”って呼んでね。宜しく」
 
「う、うん‥‥」
 
「もぉ、まだビビってんの!?別に俺ら、カツアゲしたりする気とかないから!ただ、高村が何描いてんのかずーっと気になってたの。ほんと、そんだけだから」
 
トキが軽く肩を叩いてきた
それだけでも、ちょっとビビった
この2人は“かなりやんちゃ”だって聞いてたのにな、何なんだこの爽やか笑顔
しかも、ぼっちの俺に興味持つなんて
なんか、噂と全然違うぞ
 
「高村くんさ、下の名前なんて読むの?確か、朱色の“朱”に、中央の“央”だよね」
 
「あ‥‥、“アケオ”」
 
「そうか、訓読みだったんだ。ずっと“シュオウ”だと思ってた」
 
「ふは、もし“シュオウ”だったら『なまらかっけー!』って話してたんだよね」
 
「“タカムラ シュオウ”。習字とか生け花とかの偉い師範みたいだよね。めっちゃ厳か」
 
俺の名前でそんなに盛り上がってたのか、全然知らなかった
や、知る由もなかったんだけど
てか、俺のフルネーム知ってたんだ
そっちの方が意外だった
だって、こういうやんちゃな人達とは住む世界が違うと思ってたから
俺に興味を抱くなんて青天の霹靂だから、マジで
 
「‥‥、“シュオウ”じゃなくて、ごめん‥」
 
気付けば、そんな言葉が口を衝いてた
 
「───ぶっははは!!何それ!!」
 
「高村くんて面白いね。くひひ‥」
 
2人は大爆笑だった
素で出た言葉だったけど、受けたらしい
 
その日から、トキとイナと俺は3人でつるむようになった
俺が2人から苗字で呼ばれたのはこの日だけで、あとはずっと“アカ”って呼ばれるようになった

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