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11 "サツキ”
「どうよ?俺ら。プロから見て」
「“プロ”呼ばわりはやめてってば。‥‥元気なバンドだね、とっても。楽しそうなのが伝わってくる」
「そっか!お前のお眼鏡に敵ったんなら云うことナシだぜ!」
「はぁ。意味が分かんない。‥‥‥‥リズム隊は申し分ない。若干粗削りなとこもあるけど、基本的には丁寧で落ち着いてる。小うるさいギター2本、きちんと支えてる」
「そりゃ狙い通りだな。やっぱ性格出んだなぁ、楽器って。はは」
「開き直るな。‥‥‥ギターが“ハネてる”のが、どうしても気になるんだよね」
「‥‥それ、俺?」
「ううん。もう1人の方。アタルとはまた違った意味でガチャガチャしてるし」
「ははっ!まぁ、それがあいつの良いとこであり、悪いとこでもある。ってことで勘弁してくんねぇか」
「まぁ‥‥良いんだけど。元気なのは良いことだ、し」
「気になるとこあったら、遠慮しねぇでバシバシ云ってくれ」
「云ったね。容赦しないよ。万が一心折っちゃっても責任取らないよ」
「構わねぇよ。あいつらにもお前にもフォローするし。お前から云われたんだったら、納得もするだろうよ」
「あ、そう。‥‥‥‥‥ただ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥もう一人のギターのコは、今後“化ける”可能性が一番高い気が、する」
「“化ける”、か。‥‥お前がそんなこと云うなんて、よっぽどだな」
「リズム隊にも云える話だし、あくまで可能性の話だけど。‥‥‥ね、アタルだって楽しみにしてるんじゃないの?」
「まぁな。‥‥今でもこれからも、あいつらは俺の自慢だ」
「‥‥‥、そう‥‥」
***
アタルの姉・亜実の結婚式まで一ヶ月を切っている
Hazeの面々は、レパートリー以外に、余興で演奏する曲にも力を入れて練習に励んでいた
「───そういやさ、ピアノ入れようと思ってよ」
「ピアノ?」
「ああ。"To Be With You"辺りに入ってたら結構良いんじゃねぇかと思って」
とある練習日、アタルからそんな提案があった
「良いけどさ、誰が弾くの?俺ら誰も鍵盤弾けない‥‥」
「アテがあんだ。普段はジャズバーでピアノ弾いてる奴。JAMにも時々来て弾いてんだ。結構前から知り合ってはいたんだけど、なーまら人見知りで口説くの苦労したぜ」
アタルは大袈裟にそう云いながら、眉の端を下げた
「そんなら、無理に口説かなくても良かったんじゃないの?」
「‥ま、個人的にお前らにも紹介したくてな。何つーか、すげぇ奴なんだよ。とにかく『ジャズやらせたら右に出る者はいねぇ』‥‥と、俺は思ってる」
「ジャズかー。渋いなぁ」
「ジャズって難しいもんね!出来るだけでも尊敬しちゃうよ!」
「な。‥‥近いうち、打ち合わせ兼ねて来てもらう予定なんだけど。どーよ?」
「良いよ、別に」
「問題無いす」
「ピアノ入ったアレンジ、凄く良さそう!楽しみだね!」
自分達の演奏やレパートリーに鍵盤楽器が入るのは初めてのこと
どんな人物なのか、どんな演奏をするのか───誰もが、どのような仕上がりになるのかを想像しては愉しみながら練習に勤しんだ
***
翌週
件のピアノ奏者の都合がついたとのことで、アタルから『早めに集合』との連絡が入った
ユイ、拓真、菱和の3人は放課後になると足早に帰宅し、Silbitへと急いだ
「こんにちはー!」
「おや、3人お揃いでいらっしゃい。アタルくん、スタジオ入って待ってるよ」
我妻の歓迎に軽く応え、アタルが待つBスタジオへと足を運ぶ3人
ドアを開けると、アタルの他にもう一人──────
ウェリントン型の眼鏡をかけており、茶髪に緩いパーマがかかっている小柄な人物が、スタジオに置かれているアップライトピアノの前に座していた
とても中性的な顔立ちをしており、初対面の3人には、少なくとも現時点ではその人物の性別を判別出来ないほどだった
「お、来たか」
ニカッと笑むアタルを他所に、件の人物はちらりと3人を見遣るが、さほど興味がないのかすぐに顔を逸らした
「"サツキ"ってんだ。宜しくな。‥こいつら、俺のバンドメンバー」
3人にサツキを、サツキに3人を紹介したアタルは、軽く首を振って3人に目配せをする
「こんにちは!ユイです!」
「拓真です、始めまして」
「ども。菱和です」
3人はすぐさま挨拶をしたが、サツキは目も合わせようとしない
「‥‥‥、宜しく」
そう、小さく返事をした
『冷たい』『ツンとした人』『不機嫌そう』
そんな印象を与える態度だった
───なんか、とっつきにくそうな感じの人だなぁ‥‥
現に、ユイは特にそう感じていた
アタルは軽く息を吐いてサツキの肩をぽん、と叩いた
「こいつ、人見知り中の人見知りでよ。なかなかOK貰えなくて‥‥でもな、この前も話したけどめちゃくちゃすげぇんだよ。ピアノは勿論、ジャズギターも弾けんだぜ。絶対音感あるし、どこで弾くんでもちゃーんと演奏代貰ってるし」
ドヤ顔でサツキの情報をぺらぺら喋るアタル
サツキが『実はとてつもない人物である』と認識したユイのテンションは、一際上がった
「え、プロ!!?すげぇ!!」
「いつの間にプロの人と繋がっちゃってんの、あっちゃんったら」
「‥‥バンドやってて、飲み屋で働いてれば、繋がってもおかしくはねぇと思うけど」
「でもさ、ヤバくない!?バンドもバーテンもやってて良かったね、あっちゃん!」
「まぁなー」
アタルの人脈の広さを称賛する3人と増長するアタルを尻目にサツキは赤面し、背中からアタルを引っ張って小さくあたふたし始めた
「余計な事云わなくて良いから‥!早く始めてよ!」
「何だよ、良いじゃん。減るもんじゃなし」
「そんな、自慢するほどのことでもないし‥」
「お前さ、それ"謙遜"ってんだぞ。もっと自慢しとけよ。折角上手ぇのによぉ?」
「そんなことないから!いちいち大袈裟なんだってば!」
3人は、アタルとサツキのやり取りをぽかん、と傍観していた
"とっつきにくそう"という第一印象は拭えないが、アタルとは至極打ち解けているように見えていた
───まだ会ったばかりだもんね、俺らとは。‥よし、俺も頑張ろう!
気を取り直すことにしたユイは、自分もサツキに恥じぬ演奏をすると決め、気合いを入れた
***
「んじゃまず、俺らの生の雰囲気掴んでくれ」
「‥‥うん」
予めアタルから楽譜を渡されていたサツキは、それを眺めながら余興で演奏する予定の曲をそれぞれ1回ずつ聴いた
時折目線を上げてはユイたちを見遣り、再び楽譜に視線を落とす
2曲、3曲と進んでいく中、その様子は一切変わらなかった
「───、ワンコーラスだけ"To Be With You"やってくれる?」
演奏が終わると、楽譜を台に立て掛け、颯爽と身体をピアノに向けた
指を静かに鍵盤に置き、構える
「おう。たー、頭からもっかい」
「おっけー」
「え、‥」
てっきり「ここから細かい打ち合わせが始まる」と思っていたユイはきょとん、とした
拓真のカウントに反応が遅れ、ギターの音がズレる
「‥早く。時間が惜しい」
演奏がストップすると、ピアノに手を置いていたサツキは一度その手を降ろし、低い声でそう呟いた
さも「お前の所為で」と云わんばかりに、ユイが立っている足元の辺りを軽く睨んだ
自分の姿を直視されてはいないものの、ユイには鋭く突き刺さった
「っすみません!!拓真、ごめん!」
「はいはい。もっかいねー」
「ボーっとしてんなよ。やるぞ」
改めて、拓真はカウントを取った
AメロとBメロは、ユイが弾くストロークギターとアタルのヴォーカルのみ
リズム隊が加わるサビから、サツキのピアノも乗ってきた
サツキはコードに則って自由に弾いているだけだったが、一音一音が4人の演奏にピタリとハマっていた
他の楽器に劣らぬ強いピアノの音が、ガン、と4人に伝わる
ピアノはスタジオの端に備え付けられており、4人に背を向けて弾かざるを得ないのだが、細い指がダイナミックに鍵盤を滑るのがちらりと見えた
───凄い。凄い!
自分たちの演奏に、何の違和感も与えず混ざるピアノ
技術もさることながら、僅かな時間の中でHazeというバンドの音を掴み、捉えるサツキは、やはり只者ではなかったと思わざるを得なかった
***
「凄いね、ピアノ!も、何回も鳥肌立っちゃった!」
「俺も。ぞわっとしたわ。繊細だけどダイナミックだった。流石、プロだね」
「あんな感じなんだな、鍵盤入ると。あの人が弾いてるから余計なのかもしんねぇけど。すげぇ自然だった」
「ほんと。あっちゃんの人脈もバカに出来ないね」
「うん!あっちゃんと繋がってくれて感謝だね!」
「結局、全部にピアノ入れることになったしね。曲調が豊かになって、心強い」
「あの人なら造作もねぇんだろうな、そんくらいのことは」
練習後、ユイと拓真と菱和はサツキのピアノに甚く満足し、大絶賛した
見た目通りの繊細な演奏も、小柄でありながらの大胆な演奏も熟すサツキは、プロフェッショナルを謳うに相応しいピアニストであると思ったらしい
結局、余興で演奏予定の楽曲全てにピアノを入れることに決定したようで、快諾を得られたことにも安堵する
サツキは、歓談中の3人を傍観していた
眼鏡の奥の色素の薄い瞳が、屈託のない笑い声を発する無邪気な姿を捉える
その傍らにいるアタルは煙草を吹かし、何か云いたげなサツキの横顔を思議した
「アタル」
唐突に聴こえた小さな声
サツキは対象から目を逸らさず、アタルに問う
「ん?」
「云ったよね、『フォローする』って」
「ん、するよ。ちゃんと」
「‥ちょっと、“意地悪”してきて良い?」
「‥ああ。程々にな」
ふわりとニヤついたアタルを一瞥すると、軽く笑みを返したサツキは颯爽と“対象者”の許へ向かった
「俺、一服してくる」
「俺もトイレ行ってくるわ」
「行ってらっしゃい!」
2人を見送り、その場に留まるユイ
「───ちょっといい?」
まるでタイミングを見計らっていたかのように、サツキが声を掛けてくる
ユイは諸々の胸の内を伝えようと、笑顔で向き直った
「あ、はい!あの、今日はほんとに有難うございました!あの、俺、」
「もっと真面目にやってくれる?結婚式の余興なんて凄くおめでたい舞台だけど、浮かれるのはまだ早いんじゃない?あと、チューニングからしっかりやって。常識でしょ。楽しむのは良いことだけど、常に自分のペースで演奏しちゃってたら皆に迷惑掛けるって自覚してる?ズレも多いし、はっきり云って不快。耳障りなの」
サツキは冷たい態度で、矢継ぎ早にユイの笑顔を跳ね返す
その言葉も、態度も、確実にユイの心を抉った
あまりの衝撃を受けたユイは、数秒間固まってしまった
次第に狼狽し始めた大きな瞳を冷たく見下ろすと、サツキは「やれやれ」と云わんばかりに軽く溜め息を吐いた
「アタルから云われてるの、『遠慮せずバシバシ云え』って。きみはメンタルも演奏も特に不安定だから、はっきり云うね。頼まれた以上、こっちも本気でやってる。次、少しでもチューニング狂ってたりぼーっとしてるようなことがあったら帰るから。輪を乱してるのは、きみだからね」
サツキの言葉や態度は、明らかに棘を生やしていた
サツキが放った感情の全てが、無邪気な心を押しつぶそうとしている
それは、ユイにも十二分に伝わっていた
さりとて
自分のペースで突っ走るとズレてしまうことは想像に難くない
メンタルも演奏面も不安定であることは自覚している
輪を乱すとすれば、自分以外には当てはまらない──────サツキが突いてきたことは、ほぼ事実
反論の余地が見付からない
さりとて
敵意すら感じられる態度
いやに刺々しい言葉
相手に何かを伝えるにも、“云い方”というものがあるのではないか
こんなに冷たい感情をぶつけられたのは、何時振りだろう
「‥‥気を付けてよね」
踵を返すサツキ
目も合わせようとしない去り際
「は、い‥‥」
意図せず溢れ出そうになる流涕を堪え、ユイはぐぎゅ、と下唇を噛んだ
あんな云い方しなくても良いじゃないか
でも
やっぱ
皆に迷惑掛けてたのかな
いつも、皆は「お前はそれで良い」って云ってくれる
皆が合わせてくれるのは、皆が優しいから
皆が上手いから
でも、それに甘えてた
それはわかってる
下手なのも、気持ちが不安定なのも、よくわかってるよ
でも、だからって
あんな云い方しなくても──────
───悔しい
“慙愧に堪えない”
その言葉が、今のユイにはぴったりだった
「ん、どした?サツキは?」
ふらりと現れたアタルに、ユイは肩を竦ませた
「‥帰った、んじゃないかな!」
悔しくて泣きそうになっていたことを悟られまいと、何とかいつも通り屈託のない笑みを浮かべ、アタルに向き直る
「はぁ。そっか」
作り笑顔が張り付いているのが、手に取るようにわかる
向き直る直前の如何にも沈痛な背中を反芻し、アタルは小首を傾げた
「“プロ”呼ばわりはやめてってば。‥‥元気なバンドだね、とっても。楽しそうなのが伝わってくる」
「そっか!お前のお眼鏡に敵ったんなら云うことナシだぜ!」
「はぁ。意味が分かんない。‥‥‥‥リズム隊は申し分ない。若干粗削りなとこもあるけど、基本的には丁寧で落ち着いてる。小うるさいギター2本、きちんと支えてる」
「そりゃ狙い通りだな。やっぱ性格出んだなぁ、楽器って。はは」
「開き直るな。‥‥‥ギターが“ハネてる”のが、どうしても気になるんだよね」
「‥‥それ、俺?」
「ううん。もう1人の方。アタルとはまた違った意味でガチャガチャしてるし」
「ははっ!まぁ、それがあいつの良いとこであり、悪いとこでもある。ってことで勘弁してくんねぇか」
「まぁ‥‥良いんだけど。元気なのは良いことだ、し」
「気になるとこあったら、遠慮しねぇでバシバシ云ってくれ」
「云ったね。容赦しないよ。万が一心折っちゃっても責任取らないよ」
「構わねぇよ。あいつらにもお前にもフォローするし。お前から云われたんだったら、納得もするだろうよ」
「あ、そう。‥‥‥‥‥ただ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥もう一人のギターのコは、今後“化ける”可能性が一番高い気が、する」
「“化ける”、か。‥‥お前がそんなこと云うなんて、よっぽどだな」
「リズム隊にも云える話だし、あくまで可能性の話だけど。‥‥‥ね、アタルだって楽しみにしてるんじゃないの?」
「まぁな。‥‥今でもこれからも、あいつらは俺の自慢だ」
「‥‥‥、そう‥‥」
***
アタルの姉・亜実の結婚式まで一ヶ月を切っている
Hazeの面々は、レパートリー以外に、余興で演奏する曲にも力を入れて練習に励んでいた
「───そういやさ、ピアノ入れようと思ってよ」
「ピアノ?」
「ああ。"To Be With You"辺りに入ってたら結構良いんじゃねぇかと思って」
とある練習日、アタルからそんな提案があった
「良いけどさ、誰が弾くの?俺ら誰も鍵盤弾けない‥‥」
「アテがあんだ。普段はジャズバーでピアノ弾いてる奴。JAMにも時々来て弾いてんだ。結構前から知り合ってはいたんだけど、なーまら人見知りで口説くの苦労したぜ」
アタルは大袈裟にそう云いながら、眉の端を下げた
「そんなら、無理に口説かなくても良かったんじゃないの?」
「‥ま、個人的にお前らにも紹介したくてな。何つーか、すげぇ奴なんだよ。とにかく『ジャズやらせたら右に出る者はいねぇ』‥‥と、俺は思ってる」
「ジャズかー。渋いなぁ」
「ジャズって難しいもんね!出来るだけでも尊敬しちゃうよ!」
「な。‥‥近いうち、打ち合わせ兼ねて来てもらう予定なんだけど。どーよ?」
「良いよ、別に」
「問題無いす」
「ピアノ入ったアレンジ、凄く良さそう!楽しみだね!」
自分達の演奏やレパートリーに鍵盤楽器が入るのは初めてのこと
どんな人物なのか、どんな演奏をするのか───誰もが、どのような仕上がりになるのかを想像しては愉しみながら練習に勤しんだ
***
翌週
件のピアノ奏者の都合がついたとのことで、アタルから『早めに集合』との連絡が入った
ユイ、拓真、菱和の3人は放課後になると足早に帰宅し、Silbitへと急いだ
「こんにちはー!」
「おや、3人お揃いでいらっしゃい。アタルくん、スタジオ入って待ってるよ」
我妻の歓迎に軽く応え、アタルが待つBスタジオへと足を運ぶ3人
ドアを開けると、アタルの他にもう一人──────
ウェリントン型の眼鏡をかけており、茶髪に緩いパーマがかかっている小柄な人物が、スタジオに置かれているアップライトピアノの前に座していた
とても中性的な顔立ちをしており、初対面の3人には、少なくとも現時点ではその人物の性別を判別出来ないほどだった
「お、来たか」
ニカッと笑むアタルを他所に、件の人物はちらりと3人を見遣るが、さほど興味がないのかすぐに顔を逸らした
「"サツキ"ってんだ。宜しくな。‥こいつら、俺のバンドメンバー」
3人にサツキを、サツキに3人を紹介したアタルは、軽く首を振って3人に目配せをする
「こんにちは!ユイです!」
「拓真です、始めまして」
「ども。菱和です」
3人はすぐさま挨拶をしたが、サツキは目も合わせようとしない
「‥‥‥、宜しく」
そう、小さく返事をした
『冷たい』『ツンとした人』『不機嫌そう』
そんな印象を与える態度だった
───なんか、とっつきにくそうな感じの人だなぁ‥‥
現に、ユイは特にそう感じていた
アタルは軽く息を吐いてサツキの肩をぽん、と叩いた
「こいつ、人見知り中の人見知りでよ。なかなかOK貰えなくて‥‥でもな、この前も話したけどめちゃくちゃすげぇんだよ。ピアノは勿論、ジャズギターも弾けんだぜ。絶対音感あるし、どこで弾くんでもちゃーんと演奏代貰ってるし」
ドヤ顔でサツキの情報をぺらぺら喋るアタル
サツキが『実はとてつもない人物である』と認識したユイのテンションは、一際上がった
「え、プロ!!?すげぇ!!」
「いつの間にプロの人と繋がっちゃってんの、あっちゃんったら」
「‥‥バンドやってて、飲み屋で働いてれば、繋がってもおかしくはねぇと思うけど」
「でもさ、ヤバくない!?バンドもバーテンもやってて良かったね、あっちゃん!」
「まぁなー」
アタルの人脈の広さを称賛する3人と増長するアタルを尻目にサツキは赤面し、背中からアタルを引っ張って小さくあたふたし始めた
「余計な事云わなくて良いから‥!早く始めてよ!」
「何だよ、良いじゃん。減るもんじゃなし」
「そんな、自慢するほどのことでもないし‥」
「お前さ、それ"謙遜"ってんだぞ。もっと自慢しとけよ。折角上手ぇのによぉ?」
「そんなことないから!いちいち大袈裟なんだってば!」
3人は、アタルとサツキのやり取りをぽかん、と傍観していた
"とっつきにくそう"という第一印象は拭えないが、アタルとは至極打ち解けているように見えていた
───まだ会ったばかりだもんね、俺らとは。‥よし、俺も頑張ろう!
気を取り直すことにしたユイは、自分もサツキに恥じぬ演奏をすると決め、気合いを入れた
***
「んじゃまず、俺らの生の雰囲気掴んでくれ」
「‥‥うん」
予めアタルから楽譜を渡されていたサツキは、それを眺めながら余興で演奏する予定の曲をそれぞれ1回ずつ聴いた
時折目線を上げてはユイたちを見遣り、再び楽譜に視線を落とす
2曲、3曲と進んでいく中、その様子は一切変わらなかった
「───、ワンコーラスだけ"To Be With You"やってくれる?」
演奏が終わると、楽譜を台に立て掛け、颯爽と身体をピアノに向けた
指を静かに鍵盤に置き、構える
「おう。たー、頭からもっかい」
「おっけー」
「え、‥」
てっきり「ここから細かい打ち合わせが始まる」と思っていたユイはきょとん、とした
拓真のカウントに反応が遅れ、ギターの音がズレる
「‥早く。時間が惜しい」
演奏がストップすると、ピアノに手を置いていたサツキは一度その手を降ろし、低い声でそう呟いた
さも「お前の所為で」と云わんばかりに、ユイが立っている足元の辺りを軽く睨んだ
自分の姿を直視されてはいないものの、ユイには鋭く突き刺さった
「っすみません!!拓真、ごめん!」
「はいはい。もっかいねー」
「ボーっとしてんなよ。やるぞ」
改めて、拓真はカウントを取った
AメロとBメロは、ユイが弾くストロークギターとアタルのヴォーカルのみ
リズム隊が加わるサビから、サツキのピアノも乗ってきた
サツキはコードに則って自由に弾いているだけだったが、一音一音が4人の演奏にピタリとハマっていた
他の楽器に劣らぬ強いピアノの音が、ガン、と4人に伝わる
ピアノはスタジオの端に備え付けられており、4人に背を向けて弾かざるを得ないのだが、細い指がダイナミックに鍵盤を滑るのがちらりと見えた
───凄い。凄い!
自分たちの演奏に、何の違和感も与えず混ざるピアノ
技術もさることながら、僅かな時間の中でHazeというバンドの音を掴み、捉えるサツキは、やはり只者ではなかったと思わざるを得なかった
***
「凄いね、ピアノ!も、何回も鳥肌立っちゃった!」
「俺も。ぞわっとしたわ。繊細だけどダイナミックだった。流石、プロだね」
「あんな感じなんだな、鍵盤入ると。あの人が弾いてるから余計なのかもしんねぇけど。すげぇ自然だった」
「ほんと。あっちゃんの人脈もバカに出来ないね」
「うん!あっちゃんと繋がってくれて感謝だね!」
「結局、全部にピアノ入れることになったしね。曲調が豊かになって、心強い」
「あの人なら造作もねぇんだろうな、そんくらいのことは」
練習後、ユイと拓真と菱和はサツキのピアノに甚く満足し、大絶賛した
見た目通りの繊細な演奏も、小柄でありながらの大胆な演奏も熟すサツキは、プロフェッショナルを謳うに相応しいピアニストであると思ったらしい
結局、余興で演奏予定の楽曲全てにピアノを入れることに決定したようで、快諾を得られたことにも安堵する
サツキは、歓談中の3人を傍観していた
眼鏡の奥の色素の薄い瞳が、屈託のない笑い声を発する無邪気な姿を捉える
その傍らにいるアタルは煙草を吹かし、何か云いたげなサツキの横顔を思議した
「アタル」
唐突に聴こえた小さな声
サツキは対象から目を逸らさず、アタルに問う
「ん?」
「云ったよね、『フォローする』って」
「ん、するよ。ちゃんと」
「‥ちょっと、“意地悪”してきて良い?」
「‥ああ。程々にな」
ふわりとニヤついたアタルを一瞥すると、軽く笑みを返したサツキは颯爽と“対象者”の許へ向かった
「俺、一服してくる」
「俺もトイレ行ってくるわ」
「行ってらっしゃい!」
2人を見送り、その場に留まるユイ
「───ちょっといい?」
まるでタイミングを見計らっていたかのように、サツキが声を掛けてくる
ユイは諸々の胸の内を伝えようと、笑顔で向き直った
「あ、はい!あの、今日はほんとに有難うございました!あの、俺、」
「もっと真面目にやってくれる?結婚式の余興なんて凄くおめでたい舞台だけど、浮かれるのはまだ早いんじゃない?あと、チューニングからしっかりやって。常識でしょ。楽しむのは良いことだけど、常に自分のペースで演奏しちゃってたら皆に迷惑掛けるって自覚してる?ズレも多いし、はっきり云って不快。耳障りなの」
サツキは冷たい態度で、矢継ぎ早にユイの笑顔を跳ね返す
その言葉も、態度も、確実にユイの心を抉った
あまりの衝撃を受けたユイは、数秒間固まってしまった
次第に狼狽し始めた大きな瞳を冷たく見下ろすと、サツキは「やれやれ」と云わんばかりに軽く溜め息を吐いた
「アタルから云われてるの、『遠慮せずバシバシ云え』って。きみはメンタルも演奏も特に不安定だから、はっきり云うね。頼まれた以上、こっちも本気でやってる。次、少しでもチューニング狂ってたりぼーっとしてるようなことがあったら帰るから。輪を乱してるのは、きみだからね」
サツキの言葉や態度は、明らかに棘を生やしていた
サツキが放った感情の全てが、無邪気な心を押しつぶそうとしている
それは、ユイにも十二分に伝わっていた
さりとて
自分のペースで突っ走るとズレてしまうことは想像に難くない
メンタルも演奏面も不安定であることは自覚している
輪を乱すとすれば、自分以外には当てはまらない──────サツキが突いてきたことは、ほぼ事実
反論の余地が見付からない
さりとて
敵意すら感じられる態度
いやに刺々しい言葉
相手に何かを伝えるにも、“云い方”というものがあるのではないか
こんなに冷たい感情をぶつけられたのは、何時振りだろう
「‥‥気を付けてよね」
踵を返すサツキ
目も合わせようとしない去り際
「は、い‥‥」
意図せず溢れ出そうになる流涕を堪え、ユイはぐぎゅ、と下唇を噛んだ
あんな云い方しなくても良いじゃないか
でも
やっぱ
皆に迷惑掛けてたのかな
いつも、皆は「お前はそれで良い」って云ってくれる
皆が合わせてくれるのは、皆が優しいから
皆が上手いから
でも、それに甘えてた
それはわかってる
下手なのも、気持ちが不安定なのも、よくわかってるよ
でも、だからって
あんな云い方しなくても──────
───悔しい
“慙愧に堪えない”
その言葉が、今のユイにはぴったりだった
「ん、どした?サツキは?」
ふらりと現れたアタルに、ユイは肩を竦ませた
「‥帰った、んじゃないかな!」
悔しくて泣きそうになっていたことを悟られまいと、何とかいつも通り屈託のない笑みを浮かべ、アタルに向き直る
「はぁ。そっか」
作り笑顔が張り付いているのが、手に取るようにわかる
向き直る直前の如何にも沈痛な背中を反芻し、アタルは小首を傾げた
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