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Overture-変人②
購買の自販機に佇む俺と、前髪がうざい生徒
彼は小銭を出しながら、尋ねてきた
「何飲む?」
「‥‥‥‥ヨーグルファーム」
注文を受けた彼は、自販機へ小銭を投入する
ヨーグルファームと呼ばれる紙パックに入ったジュースを2つ買い、その一つを俺に寄越す
「どーぞ」
「‥‥どーも」
「絵、見せてくれたお礼。遠慮しないで飲んで」
傍らにいる生徒は紙パックからストローを取り外し、紙パックに挿して飲み始めた
『そういうことか』と少し納得し、俺もストローを紙パックに挿した
「──────タカムラ、アケオ」
「‥‥え‥」
口内の液体を飲み下した彼は、俺の名前を呟いた
急に名前を呼ばれて、俺は目を丸くした
だって、俺、名乗ってないんだもん
「スケッチブックに書いてあったから、名前」
そうだった
筆記体で書いてあったんだ、名前
「あ、ああ、うん。そう」
「“アケオ”って、変わってんね。どういう字書くの?」
「‥‥朱色の“朱”に、中央の“央”」
「ふぅーん‥‥‥‥。‥‥綺麗だね」
その目もとは見えないけど、少し口角を上げて彼はそう言った
俺はまた目を丸くした
「‥‥どうしたの?」
「や、昨日も“綺麗”って言われたばっかで‥‥二日連続で自分の名前褒められるなんて、思ってなかったから」
「ふぅん‥‥でも、『どういう字書くの?』は、よく訊かれんじゃない?」
「まぁ、ね」
「‥‥だよね」
彼はくす、と笑った
人の絵を盗み見るような無作法で不躾で無神経な奴
そう思っていた彼の、柔らかい表情
その顔を見て、心なしか違和感を覚えた
第一印象は決して良いものではなかったけど、『わざわざジュースを奢ってくれたのだから不躾だったことは水に流そう』と思った
「ヨーグルファーム好き?」
「うん。この自販の中じゃ、一番好き。量も多いし」
「わかる。量も質もいちばんだよね」
「うんうん」
「‥‥高村くんて、筆圧濃いよね」
「え?あ、うん。直したいんだけど、なかなか‥‥」
「直さなくて良いと思う」
「そ、かな‥‥」
「うん。あの強弱、結構好き」
「‥強、弱?‥‥‥‥てか、そんなとこ見てたの?」
「全体的に見た。けど、『あ、ここ』っていうとこにしっかり強弱ついてて見易かった」
「‥‥変わった着眼点をお持ちのようですね」
「そう‥?‥‥あと、『これ描いてるときどんな気持ちだったんだろうな』って想像したら、すげぇ楽しかった」
「‥‥‥‥それでなにかわかった?」
「公園の絵。‥‥あれ見て『相当苛ついてたんだなー』と思った。他の絵よりも刺々しかったから」
「あー‥‥当たってる‥‥‥ちょうどくさくさしてたときに描いたんだ、あれ」
「やっぱり?」
「‥‥、てか、人が絵描いてるときの心理状況探るなんて、なかなか変態だね」
「よく言われます」
彼の変態振りは、日常茶飯事なのか?
だってそうでしょ、描いた人間の心理状況探って『楽しい』とか抜かす奴は紛うことなき変態ですよ
トキもイナも、そんな感想は一度も言ったことがない
見透かされてたなんて、思わなかった
心の中を覗き込まれているような気がした
でも、何でか“気持ち悪い”とか“気色悪い”とか思わなかった
だから、正直に彼にそう伝えた
「‥‥‥‥、嫌いじゃないけど」
「‥‥そう言われたのは初めて」
『嫌じゃない』って言われたのが嬉しかったのか、彼は静かに笑った
よくわからないところで、彼とは意気投合したっぽい
どちらからともなく顔を見合わせて、くすくすと笑った
「露木ーーー!先生呼んでるぞーーー!!」
大きな叫び声が廊下に響く
生徒が一人、階段から身を乗り出してこっちに向かって叫んでた
「つゆ、き‥‥?」
目の前にいる“露木”と呼ばれた彼に向き直ると、その口角がふ、と上がった
「‥‥‥‥露木、蒼衣。俺の名前」
前髪が鬱陶しくて勝手に人の絵を覗き込んでその詫びにジュースを奢ってくれた彼の名前が、ここで漸く判明した
聞き慣れない“露木”という名字にきょとん、としてしまった
この国には、変わった苗字が存在するんだなぁ
「今日、日直なんだ。‥‥またね、高村くん」
そう言って、露木くんは徐に歩き出し、階段へと消えていった
一人残された俺は、彼が昇っていった階段を暫し見つめていた
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