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160 avstämning
さっさと食事を済ませたユイは、一人地下に籠った
拓真とアタルは、ほとぼりが覚めるまでは自分達からユイに接するのを控えようと決めた
ユイがご機嫌斜めなのは、チェリーであることを再三弄られたから───無論、拓真とアタルに対してはそれが理由であり、単なる幼馴染み同士のじゃれ合いでしかない
だが、菱和に対する態度が二人へのそれと違うのは誰が見ても一目瞭然だった
早急にどうにかするべきだと考えた菱和は拓真とアタルに夕べの事の顛末を聞き出そうとしたが、二人とて菱和がユイに何かした場面を目撃したわけではない
食後にアタルが淹れたコーヒーを飲み、煙草を喫いながらゆっくりと記憶を整理していく
───確か、ぎゅーってして、あいつからキスしてきた。‥‥いや、俺がそう強請ったんだ。で、気付いたら俺が上になってて‥‥‥‥そうか‥ベロチューしたんだ。それから‥‥
「‥‥‥‥‥」
冷静に考えれば、ユイにとってはかなりの修羅場だったのではないかと思えてきた
剰え、酔った勢い───色々と“やらかした”感が否めない
難しい顔をしている菱和の横に、煙草を咥えたアタルが来た
「どした?」
「‥俺、夕べ、結構なことやらかしたかもしれません」
「思い出したんか?」
「ん、多分」
「そうか‥‥‥別に最後までヤった訳じゃねぇんだろうに?あんな短時間じゃ」
「そう、だとは思いますけど‥‥」
「ま、だいぶ酒入ってたからしゃあねぇよな。もしかしたら、ウイスキーとは相性悪いのかもなぁ。笑い上戸だってのがわかって、面白かったけどな!‥‥っつーか、飲ませちまった俺にも責任あるよな‥ごめんな」
「いや、飲んだのは俺だから‥‥‥美味かったすよ、ハイボール」
「‥そか」
「取り敢えず、“仲直り”してきます」
「ああ。俺らは風呂でも洗ってらぁ。ごゆっくり」
菱和は煙草の火を消すとアタルに軽く会釈し、颯爽と地下に向かった
***
「───ユイ」
菱和が地下室のドアを開け放つと、ユイは部屋の隅で胡座をかきながらギターを爪弾いていた
菱和の姿を認めると一気にバツの悪そうな顔をし、ぱっと顔を逸らす
菱和は室内に入り、ユイの前にしゃがみ込んだ
「‥‥夕べ、お前に何したか全部思い出した」
「‥‥‥‥、そぉ」
ユイは、変わらず菱和と目を合わせようとしない
それでも、言葉を返してくれたことに安堵し、菱和は話を続けた
「‥“ベロチュー”、したよな」
「‥‥うん」
「‥‥‥嫌だった?」
「ううん、別に‥‥」
「ほんとに?」
「‥‥うん。‥結構酔ってたもん、仕様がないんじゃない」
ユイは、やや棘のある云い方をした
唐突に加え無理矢理、おまけに酩酊状態───思い返すほどに、“最低だ”と思わざるを得ない
「‥ごめん。‥‥超失礼な言い訳だけど、完全酔ってた。自分でも、酔ったらあんな風になるなんて思わなかった」
菱和は、真摯に謝罪した
ユイが“そういうこと”に慣れていないのは菱和も熟知している
ならば、リラックスさせるなり段階を踏むなりして臨む場面───もっと云えば、幾ら制御が利かなかったとはいえ“この機会”にするべきではなかったと猛省した
謝罪の言葉を聞いたユイは泳がせていた目を止め、きょろ、と菱和を見た
「‥‥‥、アズは、‥‥」
「うん?」
「‥‥、酔った勢いで出来ちゃう人‥‥?」
「‥‥‥‥、何を?」
「‥その‥‥‥‥え、えっちな、こと‥‥」
そして、顔を赤らめながら夕べ感じたことをそのまま問う
“ベロチュー”以外に性的な行為に及んだ記憶がない菱和もまた、浮かんだ疑問をそのまま尋ねた
「‥‥‥‥俺、お前にえっちなことした?」
「く、“食いたい”っ‥て‥‥服ん中に、手‥」
「んん‥?‥‥‥‥‥ああー‥‥あれは、ほんとに“食いたい”って意味」
「‥へ」
「‥‥まんま、“食事をする”、って意味で」
「───はあああああ!!!??」
“食う”という言葉をそのままの意味で使った菱和と、やや歪曲して受け取っていたユイ
齟齬があったようだ
「何だぁ、そうだったんだぁ‥‥」
「‥何想像してたんだよお前は」
「だって、あの状況だったら“そう”だって思うだろ!!」
「“そう”、って?」
「も、だからぁ‥!今回ばかりはマジで心臓バクハツするかと思ったんだから!!『え、これ“しちゃう雰囲気”じゃん』って‥!」
「‥チェリーの割りには随分ませたこと考えてんのな」
「な、も‥うるさいなぁ!そういう流れだと思ったんだってば‥!あっちゃんだってアズに『任せれば』とか云ってたし、覚悟決めてたんだよ実は!!っていうか、“慣れてない”なんて嘘吐くなよ!べ、ベロチューだって全然“初めて”な感じじゃなかったし!も、頭ん中おかしくな───」
菱和は、照れ隠しからか矢継ぎ早に話すユイにこつん、と頭突きをした
「‥‥嘘なんか吐いてねぇよ。‥どうやったら“イイ”のかなって、考えながらやっただけ」
武骨な掌がユイの後頭部を覆う
さらりと流れる長い前髪から、漆黒の瞳が覗いた
「っ、だって、あんな‥‥‥あんな‥‥」
ユイの目は、再び泳ぎ始めた
「───‥‥気持ち良かったんだ?」
菱和の低い声に、夕べの“ベロチュー”の感覚が蘇ってきたユイはゾクリとした
舌が、唇が触れる度に
蕩けるような気がした
愛撫されていると思うと
おかしくなりそうだった
おかしくなってしまっても良いと思えた
求められて、嬉しかった
五感の全てが、菱和を感じていた
嫌じゃなかった
“イイ”と感じてた───
「ん、そ‥‥‥」
ユイは赤面し、肯定とも否定とも取れない曖昧な返事しか出来なかったが、菱和は“肯定”と受け取り、額を合わせたままにこりと笑む
「‥“しても良い”と思ってくれてたんだ?」
「‥‥‥『仕様がない』ってのが本音、だけ、ど」
「‥‥でも覚悟決めてくれてたのな」
「‥う、ん‥‥」
不本意ではあったかもしれないが、“事に及んでも構わない”と思っていたと云うユイを何ともいじらしく感じた菱和は、その頭を優しく撫でた
そして、再び謝罪する
「ごめんな、ほんと」
「‥‥‥“お酒の所為”ってことで、許して、あげる」
「ありがと。‥‥もう絶対無理矢理しない。約束する」
そう云って、ユイの手を頭をぐしゃぐしゃと頭を撫で回す
ユイも心が解れ、そっと菱和に寄り添った
菱和はユイの肩に腕を回し、また額を合わせた
「‥‥‥‥あのね。‥俺、ちょっと悔しかった」
「‥‥うん?」
「アズが、その‥‥経験ある、って聞いて」
「ああ、うん」
「でもそれは、俺らが出会う前の話でしょ。そんなんいちいち気にしてたらキリないよね。‥でも、俺の知らないアズを他の誰かが知ってるのは、悔しいなって思っ、た」
「あー‥‥、なんかそれ、嬉しい」
「そ、そぉ‥?」
「うん。嬉しい。なんか変な感じする。‥‥っつーか、経験ない割りにはすげぇこと考えてんのな」
「そういうの、したことないくせに、生意気かもしんないけど‥‥」
「そんなことねぇよ。‥‥っつかさ、経験してるしてないで優劣付けんなよ。あっちゃんも云ってたろ、『経験してりゃ偉いってもんでもねぇ』って。チェリーだろうが何だろうが、そんなことどうでも良いよ。俺も、いざ“そういうこと”になったらお前を悦ばせる自信ねぇしさ」
「お、俺は良いんだよ、別に、何だって‥‥」
「何だそれ。‥‥でもやっぱ、そういうことするならお前とが良い。‥っつーか、お前とじゃなきゃする意味がねぇ」
「‥は!!?」
「だって、そうだろ。キスだってえっちなことだって、好きな奴としたいじゃん。この価値観がズレてたら、どーしょもねぇけど」
「‥‥‥、‥‥」
「‥‥ん?」
「‥‥‥‥、俺も、アズと、が、良い‥‥」
「‥そっか、良かった。‥‥‥俺はいつでも良いけど?」
「な‥!!!ぉ、俺はまだ‥!!」
「わかってるって。お互いに、おんなじ気持ちになった時に、な」
「う、うん‥‥」
互いに同じ気持ちになった時
その時が、一刻も早く来て欲しいような、永遠に来て欲しくないような───
“事に及ばなくても、こうして隣に居られれば十分”
現時点で、二人のその想いはぴったりと重なっていた
「‥‥一つ、訊いても良い?」
「何?」
「今日の約束、覚えてる?」
「‥‥、海までドライブ」
「‥!覚えてたんだ!良かったぁ‥‥っていうか、運転出来る?」
「ああ、うん。酒はもう残ってねぇから。こう見えて、頭はすっきりしてんだ。さっきあっちゃんにも云われたけど、俺ウイスキーとは相性最悪なのかもしんねぇ。美味かったんだけどさ」
「ふーん‥‥合う合わないって、あるんだ」
「ま、どっちにしても今日は飲まねぇ。これ以上醜態晒すわけにもいかねぇし」
「醜態‥?かなぁ?」
「そうだろ。酒で失敗するなんて、情けねぇったら」
「‥‥‥‥‥さっきも云ったけど、俺、嫌じゃなかった、よ。どうすることも出来なかったし、アズいつもと違うからちょっと怖かったけど‥‥‥」
「‥怖かったんだ」
「正直云うと、ね‥‥‥‥ぉ、俺は‥‥なんもかんも、初めて、だから‥」
「‥‥‥云っとくけど、俺も初めてだよ。‥‥や、訂正する。“初めてみてぇなもん”」
「‥そ、‥‥」
「嘘じゃねぇ。っつーか、何で“慣れてる”って思うのか全然わかんねぇんだけど」
「‥‥‥‥、だよ」
「は?何?」
「っだから、上手だったの!!多分!今までそゆのしたことないし、アズとが初めてだからわかんないけどっ!!」
「‥‥‥‥‥、何で“上手”だと思ったの?」
「え‥そ、れは、何ていうか‥‥最初、は‥ドキドキし過ぎてヤバかったんだけど、そのうち、段々ふわふわしてきて、頭ぼーっとして‥‥その‥‥‥」
「‥‥‥‥気持ち良かった?」
「‥‥‥う、ん」
「そっか‥そりゃ良かった」
「‥‥、アズ、は‥?」
「気持ち良くねぇわけねぇじゃん。お前がイイと思ったことは、俺もイイんだよ」
「ん、‥お、俺が相手で、も?俺、全然、何も出来ないし‥」
「違う。相手がお前だからそう思えるんだよ。それはもう“上手い”とか“下手”とかそういう次元じゃねぇんだ。‥例えば、佐伯とかあっちゃんがすんげぇ“上手い”として、ベロチューなり何なりしたとしても、絶対お前との方が気持ち良い筈。それはめっちゃ自信ある。‥‥要は、“それくらい好き”ってこと」
「‥だ‥‥!!ぁ、う‥‥‥‥‥俺も、アズのこと、“それくらい好き”、だ、よ」
「‥良かった。嫌われてなくて安心した。あんだけ“酷でぇこと”したのに」
「嫌いには、ならない、よ‥てか、多分、嫌いになる方が無、理」
「‥‥何だよそれ。超めんこい」
「ゎ、ん!苦し‥!!」
無事“仲直り”をした二人
菱和はユイを思い切り抱き締め、自分の腕に収まる小さな身体も健気な心も真に“大事にする”と強く心に誓った
ギターごと抱き締められたユイは、今一度濃密な夕べを振り返り、騒ぎ出した心音が聴こえない振りをした
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