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155 kärlek
「───なんだ、寝ちまったのか」
地下から、拓真とアタルが上がって来た
すやすや寝息を立てているユイを見遣り、半ば呆れたような視線を寄越す
「普段使わない頭使ったから余計疲れたのかねー」
「それはあるかもしんねぇな」
二人はくすくす笑いつつも、内心は一生懸命作詞に臨むユイの姿勢に感心していた
真摯に作曲中の心境を尋ねてきたことをゆるりと思い出すと菱和も少し口角を上げ、先程肩に掛けたブランケットごとユイを抱きかかえた
「寝かしてくるわ」
「おー、頼む。なんか飲むか?」
「ああ‥じゃあお願いしようかな」
「俺も俺もー」
「おーおー。何にすっかなー‥‥」
「気持ち良く入眠出来そうなのが良いな」
「ふはは。よっしゃ、わかり」
アタルは云い残されたリクエストを参考に冷蔵庫を開け、あれこれ思案した
拓真も、アタルの指示に従いグラスを用意する
二人がカクテルを用意する音を背に、菱和は階段を軋ませた
2階の一室へと運び込んだ小さな身体をベッドに横たわらせるとマットレスのスプリングが軋み、僅かに揺れる
「‥ん‥‥ふぁ‥」
枕に頭を置くと、ユイはふにゃりとした声を出した
よくわからない声だったが、それ以上何のリアクションもなく、完全に眠りに入っている様子
幼く安らかな寝顔
健気で無邪気な童顔
ただただ、可愛く、愛おしく思う
「‥‥‥‥やべぇ」
ボソリと呟くと、菱和はユイの唇にそっとキスをした
ほんの少し唇が動いたが、覚醒させるほどではない軽いキスだった
幾ら気心が知れているといっても、拓真とアタルの前で堂々とキスをすることはやはり憚られる
二人きりになれるタイミングが全く無いわけではなく、現在も状況的には“二人きり”だが、片やユイはすっかり夢の中
今まで、屡々菱和の腕の中で眠りに就いていたユイ
無骨な掌がいつも只管優しく頭や髪を撫で、ユイは眠りに入る瞬間まで菱和の温みを感じていた
菱和は菱和で、全てを自分に預けてくるユイをとても愛おしく想っている
幼い頃に淋しく不安な夜を過ごしたこともあったのだろうと思えば、傍らにいる自分が安心感を与えられるのであればと、片時も撫でる手を止めることはない
親が子を寝かし付ける感覚に似ているところも、あるのかもしれない
快く「一緒に入浴してこい」と勧めてくるくらいだ、ユイと菱和が同じ布団で一緒に眠ることも拓真とアタルは特に何とも思わないだろう
皆で雑魚寝も大いに結構なのだが、入眠前にユイを“ちょす”ことが出来ないことを、菱和は何となく歯痒く思った
それに、
───まだこめかみにしかしてねぇ
ユイがどう思っているかを度外視した場合の話だが、菱和はユイとのハグやキスを大いに愉しんでいる
すればするほど愛おしさが募り、何度も何度もしたくなる───菱和をそんな気持ちにさせるのは、ユイだけだ
合宿所に来てから菱和が覚醒しているユイにキスをしたのは入浴後の一回のみで、今したところでいつもの照れや赤面を見られることもなければ、必死にしがみ付いてくることもない
気持ち良さそうに寝やがって───
極僅かに加虐の心が芽生えた菱和は、ユイの寝顔を恨めしそうに見下ろした後、その唇をぺろりと舐めた
更に、鼻を摘まんだり頬を抓ったりして、安眠を妨害してみる
それでも、ユイが眠りから覚めることはなかった
「‥‥‥‥‥」
菱和は、ユイを“ちょす”のを止めた
だが、「後で覚えてろよ」くらいには思った
「‥‥おやすみ」
今度は酷く優しくユイを見下ろし、額に軽くキスを落として部屋を出た
***
カウンターに座している拓真とアタルは、降りてきた菱和を手招きして迎え入れる
「どうもな」
「いえいえ」
「かんぱい!」
「‥かんぱい」
「熱いから気を付けろよ」
薄暗いカウンターで、3人のグラスがカチ、と鳴る
グラスには濃い琥珀色の酒が入っており、アタルの云う通り熱をもっている
一見すると焙じ茶のように見えるが、香ってくるのはキツいアルコールの匂い
口を付けると、深みのあるブランデーの風味が口内に広がり、喉と脳を程よく刺激する
「あったかいのって、初めて飲んだ」
「どーよ?」
「‥‥なんか、まろやかだね」
「んふふー。実はな、卵黄入ってんだよ。就寝前の酒は“ナイトキャップ”って呼ばれてて、そのまんまの名前のもあんだけどよ。取り敢えずこれはブランデーと卵黄とオレンジで“なんちゃってナイトキャップ”」
「“なんちゃって”のわりには、めっちゃ美味いす」
「ね、気持ちよく寝れそうだよね」
「ん。‥‥これ飲んだら、寝る?」
「うん、俺はそのつもり。あっちゃんは?」
「俺も寝るわ。続きはまた明日やろうぜ。お前も、片付けとか朝飯の準備とかどうでも良いから、寝ろよ」
「うん‥‥」
「たー、お前どこで寝る?」
「別にどこでも」
「じゃあ、おめぇは取り敢えずチビんとこ行って一緒に寝てこいよ。俺らはテキトーに空いてる部屋使うから」
さも当然のことといわんばかりの、アタルの一言
菱和にとっては有り難くあるものの、余計な気を遣わせてしまっているような思いも湧いてきた
「‥‥‥‥‥」
「‥何だよ。一緒に風呂入るくれぇだから、寝るのも問題ねぇだろ」
「いや、そうすけど‥‥‥」
「不満か?」
「不満は、一切ないっす‥‥」
が、やはり気を遣わせてしまっている感が否めない菱和は、少し俯いた
その様子を見て察したのだろう拓真は、柔らかく笑った
「全然気にしないで大丈夫よ。ここでも、普段の二人らしくいてよ」
「そーそー。俺らの前では『堂々としてろ』って云ったろ?」
アタルも、呆れたように笑う
ユイと菱和に“普段らしく居て欲しい”と思うのは、拓真もアタルも同じだった
ユイと菱和の関係性や愛情の深さ、二人を取り巻く全ての事情を知っている以上、今更こちらに気を遣うことなどしてくれなくても構わない、と
それでも、菱和の性格を考えるとそういうわけにもいかないのだろう、とも───
「‥‥なんか、すいません」
案の定───唐突に謝罪の言葉が放たれ、アタルは少し大袈裟に溜め息を吐いた
「お前なぁ‥‥‥こっちはチビのこと色々感謝してんだぞマジで。さっきみてぇに運んでくれたり、他にも世話焼いてくれたりよぉ‥‥」
「ん‥それは‥‥俺が好きでしてることだから」
「あんね、ひっしー。“それ”が、有り難いんだよね。俺らにとっては」
「そー‥‥なのか‥」
「お前はもう、俺らには踏み入れれねぇとこまで入り込めてんだろ。ユイだってそれを受け入れてんだから、なーんの問題もねぇだろうに。‥だからな、あんまいちいち気ぃ遣うな」
「二人が仲良くしててくれると、俺らも嬉しいんだよね」
拓真とアタルの言葉を聞き、表情を見て、菱和は胸の辺りがじんわりとした
大切な幼馴染み、マブダチ、バンドメンバー───二人がユイと菱和の仲を受け入れていることこそ、菱和が有り難く感じている真実
「‥‥‥ありがと」
素直にその気持ちを口にした菱和へ、拓真とアタルは「どういたしまして」の笑みを向けた
最小限の灯りの下、深夜に味わうナイトキャップ
ユイが居ないことも手伝ってか、そこはかとなく“大人の時間”が漂う
のんびりと、静かに談笑しつつ、3人はナイトキャップを飲み終えた
***
温い
ほっぺの辺りに、枕じゃない感じがある
頭に、大きな手の感触がある
隣に誰かがいる
俺の大好きな匂いがする
この匂いは──────
「───‥‥ア、ズ‥」
「ん、起きたか‥‥おはよ」
「‥‥おは‥俺、下で‥‥」
「うん。詞書いてる途中で力尽きたみてぇだな」
「ごめ‥ここに運んでくれた、の」
「何てことねぇ。お前、軽いし」
目覚めたユイの隣にいたのは、云わずもがな菱和だ
就寝前、アタルに「一緒に寝てこい」と促された菱和はユイが眠るベッドに潜り込み、ちょっとやそっとのことでは目覚めなかったその身体をいつものように自分の腕に収めて眠り、先に目を覚ますと、いつものようにゆったりと髪を梳いていた
知らぬ間にベッドに寝かせてくれていたこと、一緒に寝てくれていたこと、目覚めるまで一緒にいてくれたこと───ユイの心に、安堵が広がった
「‥寝てる間に色々悪戯したんだけど、全然気付かねぇのな」
「え、そうだったの?な、何した、の?」
「ん?鼻摘まんだり、ほっぺ抓ったり‥‥」
菱和は夕べの“悪戯”を一つ一つ再現していき、仕舞いにユイの唇を舐めた
「───ぅひゃ‥!!」
「こんなことしても、全然起きる気配なかった」
「ぅもおぉ‥‥!」
照れに赤面、意味不明な奇声───やはり、覚醒時のリアクションはツボにハマる
菱和はくすくす笑い、ユイをぎゅ、と抱き締めた
二人は暫しベッドの中で談笑し戯れれ、愈々朝食を摂ろうと部屋を出る頃、時刻は9:00を回っていた
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