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154 träningsläger③
ユイのことなどそっちのけで、編曲に努める3人
メインヴォーカルを張るということは基本的にギターはリフとバッキングのみ、場合によっては一切弾かないこともある
テクニカルなソロを弾くこともなくコードをジャカジャカ鳴らしていれば良いだけなので、特に根詰めて練習をする必要もないのだ
それを重々理解している拓真も菱和もアタルも、歌と歌詞をユイに丸投げしたところでどんどんアレンジを進めていく
確認の為に何度も奏でられる曲が耳に届く度に、先程聴いたばかりのときに溢れた風味がユイの口内に充満した
「んー、んー、んんーんーんーんーんー‥‥」
空で音色を奏でられてしまうほど、CDは何度も繰り返し再生されている
当然ながら、その曲に歌詞は無い
すっかり蚊帳の外に追いやられたユイは、膨れっ面をしつつサビのメロディをハミングした
「───一回合わせてみっか?」
切なげなハミングが聴こえ、放置していたことを少しだけ反省したアタルは、膝を抱えてつまらなさそうにしているユイに声を掛けた
「‥‥‥‥でも歌詞ないでしょ」
明らかにむくれ、いじけた言葉が返ってくる
「わーるかったっての!取り敢えず歌は“ららら”で良いよ。ワンコーラスだけ演ってみようぜ」
アタルは一旦ギターを置き、マイクのセッティングを始めた
その間、拓真と菱和は息を吐いたり伸びをしたり、休憩をとる
音のチェックをしスタンドからマイクを外すと、アタルはにこっと笑みながらユイに手渡した
「ほれ、立てって」
「むー‥‥‥‥」
マイクを差し出されたユイはゆるゆると立ち上がり、仏頂面のままマイクを受け取った
「ずっと聴いてたよな。入るとこ、 大丈夫か?」
「‥‥多分」
「ちょい止まっちまうかもしんねぇけど、勘弁な」
「それは、全然平気」
「ん。思いっきり歌え。たー、ひっしー、良いか?」
「うん」
「おっけー。いくよー」
スティックをくるくる回した後、拓真はカウントをとった
イントロ
変拍子
重なるリフとドラムパターン
ズレるタイミング
一回目ならまだ仕方ない
リフが終わるのを確認したユイは歌い出しのタイミングを見計らい、すうっと息を吸い込んだ
ピロピロしたギターとゆったりしたリズム隊の音に、ユイの声が重なる
サビのメロディーを“ららら”で歌っているだけだが、曲の完成度としては決して悪くはない
あーだこーだと思案し煮詰めたアレンジも現段階では上出来だと、全員が確信した
アタルがサビからAメロへの“繋ぎ”の部分に一フレーズ奏でると、曲は意気揚々としたまま進んでいく
手数の多いパターンが続く拓真はリズムを崩すことなく叩き続け、菱和は終始ゆったりとベースラインを築き、アタルは悠々とピッキングをした
合わせたのはワンコーラスのみ
未だタイトルすらない“その曲の味”が、再びユイの口内に溢れた
***
気付けば時刻は夕方
菱和が作った曲を演奏した後、その場のノリで流れるようにレパートリーを3曲ほど演奏した4人
そろそろ夕食の準備をばと、休憩をとることになった
「はー、汗かいたー。俺、先風呂入ってきて良い?」
「ああ。行ってこい」
このメンバーの中でいちばん汗だくになるのは、いつも決まって拓真だ
全身を使いパワーも用いる、ドラマーならではの“あるある”
拓真はいそいそと風呂場に向かった
その姿を見送ると、菱和が夕食の準備をするべくキッチンへと足を運んだ
「飯、何にしようか。鍋いっちゃう?」
「お、良いねー。お前は何が良い?」
「俺もお鍋で良いよ!早く食いたい!」
「じゃ、少し手伝って」
「うぃー」
「はーい!」
ユイとアタルは、喜んで菱和の手伝いをした
拓真が入浴を済ませた頃には、キムチ鍋が出来上がっていた
脱衣所まで酸味が漂っており、拓真はぱたぱたと居間に戻ってきた
「あー、美味そうな匂い」
「お帰り!もう食べ頃だよ!」
「マジー?グッドタイミングだわー」
「んじゃ、食いますか」
「頂きます!」
「まーす」
豚こま肉、韮、白菜、もやし、えのき、しめじ、擂り身に豆腐───ただ鍋に材料をぶち込んだだけの“男料理”だが、空腹の4人にとっては大満足の夕食となった
アタルが作った“お供”のドリンクは、ユイ以外の面々にはコーラとビールを1:1で割った“ディーゼル”、ユイにはコーラにライムジュース・ガムシロップ・ミントを加えたノンアルコールの“コーラモヒート”
談笑しつつの舌鼓は終始和やかだったが、ガツンとクる鍋と炭酸で胃は瞬く間に満たされてしまい、「〆は夜食に 」ということで話がまとまった
食事を済ませた4人は、各々思い思いに過ごした
ユイと拓真は居間でゲラゲラ笑いながら下らない話しを、菱和とアタルは食後の一服をする
「‥なぁおいチビ。お前先風呂入ってこいよ」
アタルが煙草の煙を吹かしながら、ユイに云った
「え、良いの?あっちゃんだって結構イイ感じで汗かいたでしょ」
「ああ。でも俺、も少し呑みてぇから」
「あ、そう‥‥。てか、アズは‥?」
「片付けあるから。行っといで」
「そ、か‥‥じゃあ、入ってくるね」
アタルと菱和に促され、ユイは拓真との話を中断してそそくさとバスルームに向かった
「行ってらー。あっちゃん、俺にもなんか作って」
「おう、じゃあ食後酒作ってやるよ」
注文を受けたアタルが冷蔵庫を漁る傍ら、食後酒作りをスムーズに進められるようにと煙草を咥えたままの菱和が食器を片付け始める
その気遣いに感付いたのか、アタルは軽く息を吐いて菱和が咥えている煙草を取り上げた
「‥お前も今入ってこいよ、あいつと一緒に」
突然の提案、取り上げられた煙草
更にはアタルに手にした食器まで取り上げられる始末
一気に手持ち無沙汰になった菱和は、若干困惑した
「‥‥‥、‥」
「何だよ、何も照れることもないべ?男同士だもんよ」
「いや、照れとかそゆのはねぇんすけど‥‥」
そう云って、頭を掻く
無論、菱和に照れはない
だが、ユイはどうか───以前自宅アパートで一緒に入浴したときのことを思い出し、苦笑いした
「ふふ。ひっしーも飯作ったり色々疲れたでしょ。ありがとね。片付けならやっとくからさ、行ってきて」
拓真がにこにこしてキッチンに来た
スポンジに洗剤を付けながら、アタルから食器を受け取る
「‥‥じゃあ、頼む」
「うん。ごゆっくり」
「風呂上がりの一杯、なんか適当に作っとくからな」
「ありがと」
もしかしたら、“二人きりにさせよう”とでもしてくれているのだろうか───そうではなかったとしても労いや心遣いに感謝しつつ、菱和はバスルームに向かった
***
『一緒に入ってこい』と云われたものの───自分は一向に構わないのだが、ユイが首を縦に振るかどうかはまた別の話
以前の“裸の付き合い”の際、ユイは身体をガチガチに強張らせ、まともに入浴する余裕など殆ど無かった
挙げ句の果てには『エロい』などと云い放ち、菱和を困惑させるどころか自らも困惑していた
ただ単に恥ずかしがっているだけで一度一緒に入ってしまえば何てことはなく、拒否こそしなかったもののまた身体を強張らせる可能性は十分にあると思った
───ま、そんときゃそんときだな
菱和は開き直り、取り敢えず着替えを携えてユイに声を掛けることにした
何も知らず、呑気に口元まで湯槽に浸かるユイ
息を吐くと、湯がぶくぶくと音を立てる
ユイは湯槽に浸かってから、ずっと歌詞のことを考えていた
託されたメインヴォーカルと作詞という大役、折角の良い曲を無駄にはしたくないという想いが脳内を支配していた
───あんま考えててもしゃーないか‥‥そろそろ頭でも洗おっかな。あっつくなってきた
湯槽から上がろうとした矢先、ノックの音がした
曇り硝子の向こう、脱衣所に人影が見える
「ん、だーれー?」
「‥‥俺」
「アズ?どしたの?」
「‥‥‥俺も入って良い?」
「‥え」
「あっちゃんが、『一緒に入ってこい』って」
「‥は!!?」
───ななな何云ってんのあの人‥!?
ユイは菱和の言葉を聞くや否やかっと顔が熱くなり、思わず肩を竦ませた
その拍子に、ばしゃ、と湯が跳ねた
「駄目なら良い。お前が上がるまで待つから」
「や‥駄目じゃない‥‥け、ど‥‥‥」
「‥‥じゃ、入って良い?」
「ん、うん‥‥‥」
ユイは返事をすると湯船の中で膝を抱えて縮こまった
逆上せかけていた身体は頭の天辺から足の爪先まで更に熱くなり、鼓動が早くなっていくのを感じる
何とか心を落ち着かせようと試みるが、なかなかそう上手くはいかない
そうこうしているうちにドアが開く音がし、菱和がひょこ、と顔を覗かせた
「‥お邪魔しま」
「ど、どぉぞ‥‥」
ユイはぱちぱちと目を瞬かせ、カッチカチの作り笑いをした
案の定といったところか、菱和は軽く吹き出しつつ浴室に入った
シャワーで軽く身体を流してから、すっかり縮こまったユイがいる湯槽に浸かる
一般家庭よりも幾分か広い浴室内、そして湯槽
大の男が二人同時に浸かってもそこそこ余裕があり、菱和のアパートの風呂のように身体が密着することもない
それでもユイは、広い湯槽に不釣り合いなほど小さくなっている
菱和は意地悪そうな顔をしてユイにくっついた
小さな身体は、また肩を竦ませる
「久々だな、一緒に風呂入んの」
「う、うん‥‥‥」
「‥‥何。‥また“エロい”とか云い出すの?」
「んなっ‥ぃ、云わないよっ!!」
「あっそ」
声を荒げるユイの横で、くすくす笑う菱和
心の準備をする隙さえも無いままどぎまぎしっぱなしのユイには、最早自分の赤面の原因が逆上せからきているものなのか照れからきているものなのかわからなくなってしまった
「もう身体洗った?」
「ううん、まだ‥‥‥‥ずっと、歌詞のこと考えてた。全然思い浮かばなくて‥‥あんな良い曲に俺が歌詞付けるなんて、ほんと畏れ多い‥‥」
ユイはまた口元まで浸かり、頬を膨らませて湯をぶくぶくと泡立たせる
改めて“太鼓判”を押され、菱和は満足そうに口角を上げた
「‥な、具体的にどんな味したの?」
「えと‥‥‥‥甘くて、爽やか。‥‥‥でも、ちょっとだけ苦い。上手く云えないけど‥‥なんか、“懐かしい”味がした」
ユイは“懐かしい味”が充満した口をもごもごさせ、何処を見るわけでもなくそんな感想を漏らした
「“懐かしい”、か‥‥‥‥‥。ま、歌うのはお前なんだから、お前が思ったままを形にすりゃ良いよ。ネタねぇと何も始まんねぇだろうけど。取り敢えず、なんか紙に書いてみたら?あんま無理そうなら、俺も一緒に考えるから」
「‥‥‥ん‥」
「‥頭洗ってやろうか?」
「‥‥自分でやる」
「遠慮すんなって。身体も全部洗ってやっから」
「い、良いってば!自分でやるよ!大体アズは今入ったばっかでしょ!ゆっくり浸かってなよ!風邪引くよ!」
「わかったわかった。じゃあ早く上がってやれよ。もうだいぶ顔赤いぞ。逆上せたんじゃねぇの?」
「っ誰の所為だと思ってんだよ!!」
「何だよ、俺の所為かよ?」
「や‥だって、突然来るから‥‥!」
「お前が行ったあとすぐあっちゃんに云われたんだもん」
「‥‥‥じゃあ、あっちゃんの所為だ」
「ふふ、それあっちゃんに云っても良い?」
「だ、駄目!!黙ってて!!」
「ははは‥‥!」
そんなやり取りを繰り広げつつ、二人は仲良く入浴を終えた
菱和は着替えを済ませるとさっと髪をまとめ、ユイの髪をドライヤーで乾かした
「‥‥あー、気持ちいー‥‥‥‥」
「ふふ、犬みてぇだな」
「‥‥ゴールデンレトリバー?」
「いや、豆柴」
「ぅもおぉ‥!」
やはり、小型犬にしか扱われない
しかし、嫌な気持ちはしなかった
柔らかく髪を梳く手付きが心地よく、本当に“トリマーに整えて貰っている犬になった気分”だった
ユイの髪がふわふわになった頃、菱和はドライヤーのスイッチを切った
「‥よし、終わり」
そう云うと、後ろからユイのこめかみ辺りに軽くキスをした
「ぅわっ‥!!」
「‥‥ん、そういや今日初めてだな」
菱和は澄まし顔で云った
こんなところで、まさかの不意打ち
風呂から上がったばかりだというのに、ユイの身体はまた火照り出した
***
火照った身体に、アタルお手製の“風呂上がりの一杯”がお待ちかね
ユイにはノンアルコールカクテルの代表格ともいえる“シンデレラ”
オレンジジュース・レモンジュース・パイナップルジュースをミックスしたもので、今回はレモンの比率が高く、熱の籠った身体がきりっと締まる気がした
菱和には“カンパリオレンジ”
カンパリにオレンジジュースを加えた至極シンプルなカクテルだ
拓真とアタルは食後酒の“ブラック・ルシアン”を飲み干し、共に一杯を堪能しようとユイと菱和を待っていた
皆で軽く乾杯を交わし、その後はまったりと談笑に耽った
22:00頃
他の3人が曲のアレンジの続きを始めようとするタイミングで、ユイはアタルが持ってきたノートとペンを居間に持ち込み、シンデレラを飲みつつ作詞に意識を向けた
とは云うものの、テーマが無ければ詞を書くのも難しい
暫くは地下から聴こえてくる音を聴きつつ、ペンを回しながらぼーっとしていた
『歌うのはお前なんだから、お前が思ったままを形にすりゃ良いよ』
菱和が掛けてくれた言葉と、曲の雰囲気、構成、“味”を反芻する
───アズは、どんな想いであの曲を作ったのかな‥‥『あっちゃんに頼まれたから』ってのは大義名分として、アズじゃなかったらあんな出来にはならなかった筈だよね‥‥‥‥
本人に訊くのがいちばん───そう思い立つと、ユイは3人の居る地下の防音室へと向かった
「───アズ」
アレンジを進めていた3人が声のする方を見遣ると、入り口にユイがぽつんと立っていた
名を呼ばれた菱和は、こくんと首を傾げた
「‥‥ん、どした」
「‥アズは、この曲作ってるときどんなこと考えてた?」
唐突に現れ唐突に問うユイに、菱和はきょとんとしてしまった
拓真とアタルはユイの質問の意図と菱和の回答に興味を唆られ、二人の顔を覗き込んだ
菱和はたじろいだが、徐に口を開いた
「‥‥んー‥‥‥‥‥何だろな‥‥結構色んなこと考えてたかもしんねぇけど、基本的には一心不乱だった‥かな」
「一心不乱‥‥」
「ん。‥‥やってくうちにあれこれ考えんの楽しくなって、ほんと夢中でやってた」
「‥‥、そっかぁ‥‥。じゃあ、いちばん最初にコード進行聴いたときのイメージみたいなものとかある?」
「イメージ‥?‥‥‥‥第一印象は、心ん中抉られるような感じした。‥あと、ちょっと切ない感じもした。‥‥あんま上手く云えねぇけど」
「へえぇー‥‥」
拓真が感心したように頷いた
アタルも、無論ユイも、興味深そうに菱和の話に食い入る
「‥‥ごめんな、抽象的なことばっかで」
「‥ううん、全然!どうも有難う!」
ユイは笑顔で菱和に礼を云い、ぱたぱたと階段を駆け上がっていった
恐らく作詞の参考にでもするつもりなのだろうことを、3人はすぐに気付いた
「チビなりに色々考えてんのな、あいつも」
「まぁ、チビなのは置いといて‥‥真摯だよね、いっつも」
「だな。期待しとくべ。その為にゃ、曲も良いもんにしねぇとな」
「だね」
「‥‥それにしても、お前のインスピレーションもなかなかのもんだな」
「んー‥‥どうなんすかね。‥でも、コードだけでも結構響いたから。正直、あっちゃんの頭ん中どうなってんのか知りたかった」
「ふはは、ご覧の通りだよ!」
3人はけらけら笑い、また曲のアレンジを進めた
居間に戻ったユイはノートに向かい、また菱和の言葉を反芻した
「‥‥抉られ‥‥‥‥」
それは、曲に心を奪われる感覚に似ている
聴く者の心を鷲掴みにし、捕らえて離さない魅力があるということ
そんな想いは、今まで沢山抱いてきた
数多の曲を聴き、その中でも特段“ハマった”ものを初めて聴いたときの衝撃は、決して忘れ得ぬもの
───そうだ、よく“電気が走る”とか云うけど、きっとそんな感じ。アズも、そんな感じがした‥ってことか
ふと、ユイは一心不乱に曲と向き合う菱和の姿を思い浮かべてみた
「──────あ」
“何か”が降りてきたかと思うと、一気にペンを走らせた
ユイもまた、感じたままを一心不乱にノートへと書き留めていく
何度か加筆修正を施し、全てを書き終えた頃には深夜1:00を回っていた
煙草を喫いに上がってきた菱和の目に、居間のカウンターに突っ伏しているユイの姿が留まった
そっと覗き込むと、ユイは深い寝息を立てていた
一先ずソファに置いてあったブランケットをユイの肩に掛けてやると、肘の下敷きになっているノートに気付いた
───‥‥‥‥どんな風に歌うんだか。出来上がりが楽しみだ
僅かに見えた歌詞の一部を目で追うと静かにほくそ笑み、菱和は安らかに眠るその頭を軽く撫でた
『立ち尽くす前に伸びる、たった一つの道
一つのことだけに縛られないで
もっと上手くやれるはずだから』
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