忍者ブログ

ガレキ

BL・ML小説と漫画を載せているブログです.18歳未満、及びBLに免疫のない方、嫌悪感を抱いている方、意味がわからない方は閲覧をご遠慮くださいますようお願い致します.初めての方及びお品書きは[EXTRA]をご覧ください.

NEW ENTRY

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

  • 05/03/04:08

143 「Inbilsk.」

「ほんとに何もねぇけど、どうぞ」

自室へと促され、ユイはわくわくしながら入る
8帖ほどの室内には、セミダブルのベッドとその横にある机、机の上の灰皿と椅子以外のものは特に何もなく、がらんどうとしていた

「な。『何もねぇ』って云ったろ。必要なもんは全部アパート持ってっちまったから」

決して菱和が謙遜していたわけではないということを悟りはしたものの、ユイは反論する

「‥ベッドがある。机も。椅子も」

「そんだけだろ」

そう云ってユイの頭をくしゃくしゃと撫でると、菱和はカーテンを閉めベッドに腰掛けた
布団は綺麗に整えられており、絨毯には塵一つ落ちていない
恐らく真吏子が掃除したのだろうと、察しがつく
シワをつけてしまうのが申し訳ないと思いつつ、ユイも菱和の横に座った

「ここで、勉強したり、ベース弾いてたんだよね」

「うん」

菱和はボトムのポケットから煙草を取り出し、がらんとした室内に紫煙を燻らせる

「‥‥タバコも、そうやって喫ってたんだ?」

「‥うん」

「てかさ、いつから喫ってんの?」

「中1、かな」

「じゃあ、ここに来たときにはもう喫ってたんだ?バレなかったの?」

「いや、窓開けて喫っててもバレた。でも、『喫い過ぎんな』くらいしか云われなかった。最初から止める気もなかったんだけどな」

「んー‥‥そーなんだ‥」

「‥‥怒るポイント間違ってるよな」

「ふふ、かもしんないね」

 

無骨で長い指先が従えるJPSから、ゆっくりと紫煙が立ち上る
怠そうに煙を吐く菱和
何を考えているのか全く読めないが、無防備であることは間違いないその横顔と仕種はユイが好きな一面
煙草を喫う人間の気持ちは一切理解出来ないが、JPSの香りは菱和にぴったりだと、ユイは常々思っていた

「───‥‥タバコが似合うって、良いなぁ」

「‥ん?」

「なんか、カッコイイ」

「‥‥そうか?」

「うん。アズもあっちゃんも、なんかカッコイイ。‥俺なら喫ってても全然カッコつかないだろうしさ。てか、タバコって美味しいの?」

「‥‥‥‥喫ってみる?」

「‥え」

「‥‥‥“大人の階段”、昇ってみる?」

徐に差し出された、人差し指と中指に挟まれた煙草
ちらりと見上げると、「どうぞ」と云わんばかりにこくんと首を傾げている
ほんの少しの罪悪感を胸に、ユイはフィルター部分を親指と人差し指で摘まみ一息吸った

「‥、ぷは‥‥苦‥」

しかし、吐き出した煙は肺まで吸い込まず、口内で留まったもの
菱和は、くすくす笑いながらアドバイスをする

「‥‥それじゃフカしてるだけ。肺まで入れてみ」

「肺まで‥?」

「鼻から息吸い込んで、深呼吸してみ」

「‥‥‥‥‥、‥はぁー‥‥」

「そうそう。そうやって喫ってみ」

怪訝な顔をしたユイは再び煙草に口を付け、今度は思い切り肺まで吸い込んだ

 

「───‥!!!っげほ‥‥っ、ぅえっ‥!」

吸い込んだ瞬間に呼吸が止まりそうな感覚がし、ユイは盛大に咳き込んだ

───まぁ、そりゃそうなるわな

予想通りの反応だったよう
勧めたのは時期尚早だったか

「大丈夫か?」

菱和はユイから煙草を取り上げ灰皿に置くと、その背中を擦りつつメイソンジャーに挿さったストローを口元に持っていった
ユイは慌ててシトラスティーを口に含む

「やっぱ初めてで11㎎はキツい、か」

「‥‥‥んん‥‥もう、おれ‥にどと、すわない‥‥‥」

激しく後悔したユイは目に涙を浮かべ、辿々しく決心の言葉を紡いだ

「その方が懸命だ。不経済で、不摂生で、何も良いことねぇ」

「‥‥じゃあ、何で喫ってるのさ?」

「さぁ。“ビョーキ”だからじゃね」

自分の人生に、煙草の必要性は皆無
やはり“煙草を喫う人間の気持ちは一生理解出来ない”と、ユイは悟った

 

「───‥‥‥‥喧嘩止めた理由さ、」

「‥、うん?」

「“叱られたから”、ってのもあんだ」

ユイの呼吸が落ち着いた頃
菱和はぽつりと、自分の過去を話し始めた
自分から過去の話をする菱和は、至極珍しい
ユイは真ん丸の目で菱和を見つめ、その話に食い入った

「‥‥中3から転校してさ。見た目“こんな”だからやんちゃなのに速攻目ぇ付けられて。母親が『若い癖に中学生の子供がいるビッチ』みてぇにバカにされて、ムカついたから喧嘩して。相手ボコボコにしちまって、当然親呼ばれてさ。そんとき、『どんなことがあっても手を出すのは駄目だ。二度とやるな』って云われてひっぱたかれたんだ」

「お母さん、に‥?」

物腰柔らかな佇まいの真吏子が菱和をひっぱたくところなど想像したくても出来ず、ユイは目を丸くする
菱和は薄ら笑いを浮かべながら頷き、話を続けた

「‥そのあとすぐ、『理由も聞かずに叩いてごめん』って謝られたんだけどな。で、二人でラーメンと炒飯と餃子食って帰った。‥‥なんか、真剣に叱ってくれたのはあの人が初めてで、ちゃんと“母親”になろうとしてくれてたんだ‥って思ったら、ぶっ叩かれたのに嬉しくなって。だから、“自分からは”やんねぇって決めたんだ。‥‥‥まぁ、リサんときとかは例外だけど」

その“例外”は、菱和自身が定めたもの
自らの危険を顧みず、大切なものを護ってくれた“あのとき”の気持ちが蘇ってくると同時に、菱和を叱った真吏子の気持ち、それが嬉しかったという菱和の想いが、十二分にユイに伝わった

「‥お母さんとの約束、守ってるんだ。良いお母さんだね。そんな風に、叱ってくれるなんて」

「‥‥あの夫婦、子供が出来なかったみてぇでさ。諦めてもう何年も経った頃に“甥が大怪我した”って報せが入って、病院飛んできて‥‥‥あの人たちは“あんなこと”があるまで俺の存在を知らなかったんだ。それでもちゃんと息子として接してくれてんのはマジで有難てぇ話でさ。施設に行くよりよっぽどマシだった」

「旦那さん‥アズのお父さんは、そのとき、なんて?」

「『息子が出来た。嬉しい』って」

「‥‥‥‥、それだけ?」

「フツーはそう思うよな?幾ら妻の甥とはいえ、頭はポンコツ、思春期真っ只中のどヤンキー。‥なのに、引き取るのをちっとも躊躇わなかったんだと」

「‥‥お母さんも凄いけど、お父さんも凄いなぁ‥‥‥難しい話はよくわかんないけど、戸籍とか手続きとか色々あるんでしょ。アズの将来も決まってくるし‥‥なんか、よっぽど信頼してないと『うん』って云えなさそう」

「ほんとな。あの夫婦にゃ、そんくれぇ深い“何か”があんだろうな‥‥なかなかの“変人”同士、流石は結婚するだけのことはある」

「はは‥そんな風には思わないけど‥‥‥お父さんとお母さんに感謝だ。アズが施設に行ったりしてたら、俺ら出会ってなかったかもしんないんだもんね」

感慨深そうに云うユイを一瞥し、煙草の火を消した菱和はボソリと呟いた

「‥‥‥‥そんなん、お前の親父さんにも感謝だっつの」

「え、う───!」

ユイは肩を抱かれ、菱和と共に仰向けの状態で後ろへばふ、と倒れ込んだ

突如、真っ白な天井が現れる
横を見ると、ゆっくりと瞬きする菱和の顔
菱和の左腕はユイの首の下にあり、腕枕状態
ユイの左手は菱和の左手に自然と重なっており、ぎゅ、と包まれる
菱和は手を握ったまま、右腕で徐にユイの腰を抱き寄せ、溜め息を吐きながらその頬に愛おしそうに顔を摺り寄せた

「‥‥‥‥正月お前んち泊まって、少し二人っきりになったろ」

耳元で囁く嗄れた声に、早鐘が打ち付ける

「う、うん‥‥」

「そんなに時間経ってねぇのに、ここ帰ってきてすぐ、お前の顔見たくなった」

二人きりになった時のことを反芻すると、徐々に顔が熱くなってくる
あまり見られたくないと思うも、腰に回っていた手はするりと頬を撫でて来て、ユイはその顔を覗き込まれた

「‥‥ついさっきまで“こんな風に”腕の中に居たのにな、って」

心臓が、どく、と鳴る
甘く優しい視線が、ユイの瞳を捉えて離さない
やり場のない緊張を何処かへ吐き出したくなり、ユイは包まれている手をぎゅ、と握った

「‥‥‥そんなに‥好きでいてくれてる、の」

「“そんなに”どころの話じゃねぇよ」

「‥じゃあ、どれくらい‥‥?」

「‥‥お前が想像してるよりもずっと。‥‥ずぅっと独り占めしてたい」

そう云って、目を閉じた菱和はユイの髪を優しく梳いた

壊れ物か宝物のように酷く慈しみ、温もりを確かめる手付きや仕種
まるで自分の身体が大切なもののように思えてしまう
体温も匂いも鼓動も感じるこの距離が、この上なく幸せだ
だが、『ここまで愛でられている』という嬉しさと同時に、『こんなに愛でられて良いものか』とも思ってしまう

「‥‥俺もだよ、そんなの。‥叶うものなら、ずっとこうしてたい。‥‥でも時々、不安になるん、だ。ほんとに俺で良いのかなって‥‥‥アズが好きでいてくれてるのを信じてない訳じゃないし、アズのこと大好きだ、よ。ただ、俺に自信がないだけ、で‥‥」

素直に心境を吐露したユイの言葉に、菱和はゆっくりと瞳を開けた

「‥‥‥‥お前“で”良いんじゃねぇ。お前“が”良いんだ。‥‥幾ら自信が持てなくたって、それが“お前”だって云うんなら十分」

そう云って、ユイの額にキスを落とす

「‥‥これからも、そういうことはちゃんと云ってな。前にも云ったけど、言葉に出さねぇと伝わらねぇから。『こんなこと云ったら迷惑かも』とか思ったりすんなよ」

「ん‥‥」

「‥‥‥だってさ、“平等”なんだよな?」

「う、ん」

「なら、遠慮しちゃ駄目だ。そこはちゃんと、な」

「‥うん。アズも、ね」

「うん。‥‥‥‥もう、責任取れよ」

「‥‥、何の?」

「こんだけお前のこと好きになっちまった責任」

「そ、な‥どうやっ、て」

「自惚れろよ、もっと。“一人の人間をここまで惚れさせた”って思い上がれ。少しずつで良いから。‥‥それが自信になるから、きっと」

 

そんなのは烏滸がましい、畏れ多過ぎる
自分なんて取るに足らない存在だって、アズには相応しくないって、とんと自信の無さが沸き出る
揺るぎない思いを寄せてくれることがただただ嬉しくて、俺には勿体無いことのように思えてならない
でも俺だって、引くくらいアズのこと好きなんだよ
言葉じゃ云い表せないくらい、それこそ多分、アズが想像してる以上に大好きなんだよ
俺はアズみたいにはなれない
思い上がるなんて以ての外だと思うけど、そう思うことも“平等”じゃないんだね、きっと
『少しずつで良い』って、“こんなん”でも『好き』って云ってくれた
だから、今度からは、ちょっとだけ思い上がってみようか
アズのあったかい『好き』が、俺の糧になる───

 

「‥‥ほんとに少しずつだけど、待ってて」

「なんぼでも待つよ。でも、無理はすんなよ。‥‥‥‥‥な、“ちゅー”して良い?」

いつもなら同意を求めず“不意打ち”をかましてくる筈だが、今のは『自信がない』と云った自分への気遣いか
深過ぎる優しさに溺れそうになる、ひ弱な自分の心
今なら、溺れてしまっても良いか──────

 

ユイがほんの少し頷くと、菱和はその頬を引き寄せ、軽く唇を重ねた
顔が離れ、ぱちぱちと目を瞬くユイに反し、菱和はゆっくりと瞬きをしている
一抹見つめ合った後、二人はまた唇を重ねる
離れた瞬間に吐息が混ざり、深い息遣いがじわじわと脳を麻痺させていく
余裕のないユイを、菱和は悪戯に煽る

「───‥‥っ、‥‥‥‥」

ちゃんと出来ているだろうか───

 

ユイの不安を他所に、菱和は腕を抜いてふわりと上体を起こした

見上げたその表情は、“情欲”

菱和のこんな顔を見るのは、初めてだ
今一度、ユイの心臓がどくん、と鳴った
握ったままだった手に細く長い指先が絡まり、力が籠る
またもやり場のない感情をぶちまけるように、ユイがその手を握り返す
それが合図かのように、菱和は再び口付けを続けた
BlueJeansとJPSの香りが鼻を擽る
吐息が漏れる度に昂っていく
『どうなってしまうのだろう』『どうなっても良い』
脳内は相反する感情に支配され、他のことを考える隙など無い

菱和は甘美な目でユイを見下ろし、その唇をつ、と舐めた
ぬるりとした生温かい感触に、ユイは思わず肩を竦ませる
ユイの瞳を捕らえると、口角を上げた菱和はボソリと一言呟いた

 

「───‥‥甘い」

 

カタラーナの甘さか、それとも───

 

いずれにしても、今まで体感したことのない刺激にユイの全身は粟立つ感覚がした
独占欲に塗れた漆黒の瞳に吸い込まれそうになり、どんどん動悸が早くなる

余裕がないのは菱和もまた同じだった
無我夢中でユイを求め、食むように何度もキスを繰り返す

無骨な掌が頭を撫で、細く長い指がふわふわの髪の毛に絡み付く
その刺激にも堕ちそうになるユイは、しがみつくように菱和の服を掴んだ

 

やめて
やめないで
離して
離さないで
もう、どっちなの
わかんない
何もかもどうでも良くなるくらい
甘くて優しい“好き”が溢れる
ちょっとタバコ臭いアズのキスが、すごく好きだ

 

散々互いを堪能し唇を離すと、は、と息が漏れた
ユイは若干肩で息をし、眉間に皺を寄せ、切なげな顔で菱和を見上げた

───何だよ、“足らねぇ”のか?

一見困ったような表情だが、菱和には“まだ求めているような気がしないでもない”顔にしか思えなかった
しかし、“これ以上”は『自分も歯止めが利かなくなる』と予見する
名残惜しそうにふ、と笑み、覆い被さるようにユイを抱き締めた
ユイも、大きな肩に腕を回し、菱和を抱き締める

「‥‥‥びっくりした?」

「‥し、た」

「やっぱり?めっちゃバクバクいってる」

「だ、って、いきなり“ぺろ”ってしてくるんだもん‥!」

「だって、舐めたくなるくれぇ好きなんだもん」

ユイは顔を真っ赤にし、顔を歪ませて唇を尖らせた
耳まで暑くなったこの身体を、一体どうしてくれようというのか
そんな気持ちを知ってか知らずか、菱和はユイをからかうようにくすくす笑った

『自惚れろよ。思い上がれ』

そんなことが出来るようになるまでに、悠久の時を費やすことになるかもしれない
その時まで、待っていてくれるだろうか
いつまでも、好きでいてくれるだろうか
先のことを憂いても仕方のないこと
今、確実に胸の中にある想いは、たった一つ───

「‥‥アズ、好きだよ。大好き、だ」

「ん。‥大好き。ユイ」

二人はありったけの“好き”を伝え合うと、ベッドに寝転がったまま特に何を語るわけでもなく、二人きりの時を大いに慈しんだ

拍手[0回]

PR
URL
FONT COLOR
COMMENT
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
PASS

TRACK BACK

トラックバックURLはこちら