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ガレキ

BL・ML小説と漫画を載せているブログです.18歳未満、及びBLに免疫のない方、嫌悪感を抱いている方、意味がわからない方は閲覧をご遠慮くださいますようお願い致します.初めての方及びお品書きは[EXTRA]をご覧ください.

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  • 05/03/04:01

142 Gratin & Minestrone …'n' Crema Catalana

錆び付いた鉄製の門を開け放つと、ばかでかいガレージと美しく剪定された樹で埋め尽くされた庭が目に入る
上物は三階建てで、シンプルな外観だった
洒落たインターロッキングが玄関まで伸びており、靴の音が閑静な夕刻に響く

どこかの会社の重役である菱和の父が所有するものなだけあり、如何にも金持ちが住んでいそうな豪邸
このレベルの土地や建物は、自宅周辺には存在しない
ユイはそわそわ、キョロキョロしながら菱和の後ろを歩いた

 

「どうぞ」

素朴な木製のドアを開け、菱和はユイを促す

「お邪魔しま、す」

木製のドアの先は、4.5帖はあるだろうかという広さの、大理石の玄関
天井は吹き抜けになっており、きらびやかな電飾が下がっている
傍らには花が生けられており、壁にはプリザーブドフラワーのリースが掛かっている
その中央に括り付けられた小さなポプリから、フローラルの可愛らしい香りがした

腰から提げたウォレットチェーンを鳴らしながら、菱和は長い玄関ホールを颯爽と進み、リビングへ向かった
大豪邸に気後れするユイも慌てて靴を脱ぎ、菱和の後を追う

リビングに近付くにつれ、こんがりと焼いたチーズの香りがしてきた
ユイがリクエストしたグラタンが、目下完成といったところだろうか

「ふぁ‥良い匂い‥‥」

「な。‥‥ただいま」

振り向き、ふ、と笑むと、菱和はリビングへ続く焦げ茶色のドアを開けた

 

「‥あ、お帰り梓。今、ちょうど出来たとこ」

2、3冊ほどの雑誌を抱えた物腰柔らかな女性が穏やかに笑みながら、息子の帰りと来客を歓迎した

見た目の年齢は30代半ば
身長はユイと同じくらいだろうか、体型は細くすらりとしている
少し垂れ気味の目とつんとした高い鼻が薄いナチュラルメイクに映え、菱和の血縁者であるという雰囲気がそこはかとなく醸し出されていた
漆黒の艶髪は項の上で纏め、首には華奢なピンクゴールドのネックレス
ぱりっとした空色のスプライトのシャツ、その裾はゆるりと結ばれており、下にはネイビーのマキシロングワンピース
そして足元には、如何にも高級そうなふわふわとしたワインレッドのスリッパ

“淑やかで清楚な女性”
それが菱和の母、真吏子の第一印象だった

「“ユイ”。正月、泊まらしてくれた。俺の母親」

菱和はユイと真吏子を手短に紹介した

「───は、お、お邪魔しま‥初めましてっ‥‥アズ‥“菱和くん”と同じクラスの、石川です‥っ‥‥」

真吏子が纏う大人の女性の雰囲気に意識を取られていたユイは、慌てて頭を下げた
わざわざ愛称呼びを打ち消し他人行儀に挨拶をするユイに、菱和も真吏子も思わず噴き出した

「普段通りで良いっての。なに緊張してんの」

「ふふ。いらっしゃい。寒かったでしょ、どうぞ」

真吏子は柔らかく笑み、ユイを招き入れた

 

洗面所で二人並んで手を洗い、序でに嗽も
ちらりと横を見遣ると、ユーティリティーと硝子張りの浴室らしきものが目に入る
いずれも今まで見たことがない広さで、まるで何処かの高級ホテルのような造り

「───どしたの」

ゆったりと体当たりされ、ふと顔を上げると、鏡の中で首を傾げた菱和と目が合う

「ん、や‥別に‥‥‥てか、お母さん、美人だ、ね。結構似てて、びっくりした」

「まぁ‥血は繋がってるから、多少似てるとこもあんのかもしんねぇな」

「‥‥アズんち、でかいね。‥何もかも」

「‥‥‥‥‥、もしか、引いてる?」

「いや、そんなこと‥」

「ない?‥‥ぶっちゃけ俺、最初ドン引きしたよ」

「そ、なの‥?」

「ある日突然、『今日からここが君の家』とか云われてみ。フツーに引くから。‥‥なんも、ほんとフツーにしてな。居心地悪りぃなら、飯食ったらすぐ帰ろ」

「や、そゆわけじゃないけど‥‥」

 

「ねぇー、もうごはん食べるでしょー?」

リビングの方から、真吏子の声

「うん、食う」

菱和は真吏子に聞こえるように、少し大きめの声で返事をした

「飯食って腹一杯になったら、少しは気も紛れんじゃね」

「う‥ん‥‥‥‥」

その時、きゅうう、という、何とも切ない音が洗面所に響いた
その正体は、ユイの腹の虫だった

「あ」

緊張、気後れ、驚愕、圧倒───そんな心理状況であっても、腹の虫は鳴るようだ
まるで自分自身のように空気の読めない胃袋に、些か怒りを覚える
口を結んで見上げると、菱和は目を瞬いていた

「‥‥‥ふふっ」

「も、やだぁ‥!恥ずかし‥‥!」

「‥ははっ‥‥ほんと、腹減ったな」

菱和は歯を見せて笑い、赤面するユイの頭をくしゃくしゃと撫でた

時刻は間もなく19:30
腹の虫が鳴いてもおかしくはない時間だ
一足先に菱和が洗面所を出、ユイは鏡を覗きこみ、軽く頬を揉んでからその後を追った

 

「このパン、“eichel”の?」

「うん。‥あ!こら!」

「‥‥美味ぇ」

母の制止も聞かず、つまみ食いをする菱和
さく、かり、と、香ばしい音がする
悪戯にパンを囓り母に窘められている姿は、至極お茶目に見えた
やはり実家という場所故か、あれは“素”の姿なのだろうか───クールで大人びた印象の菱和が、何とも子供らしく感じた

「ユイくん、こっち来て座ってて」

「あ‥はい」

真吏子に促され、ユイはダイニングテーブルに向かう
パンを咥えたままの菱和が「ここに座るように」と椅子をちょいちょい、と指差した
着席すると、華やかにテーブルに並んだ品々に一瞬にして視覚と嗅覚が奪われる

「───わ‥」

ユイのリクエストのグラタンは程よく焦げ目が付いており、蕩けたチーズが空腹の胃をより刺激する
無論、ホワイトソースから手作りだ
スープは、以前菱和に作ってもらったことのあるミネストローネ
“eichel”のフランスパンは厚さ1㎝程にスライスされ、こんがりと香ばしいガーリックフランスに様変わり
サラダにはフルーツトマト、サニーレタス、ツナ、更にブロッコリースプラウトが散らされていた
見た目にも楽しい品々
味もさぞ格別だろうと、ユイは目をキラキラさせた

「───凄、い。美味しそ‥‥」

「ユイくん、苦手な食べ物は?」

「はい、無いです!」

「良かった。紅茶、飲める?」

「‥はい!」

真吏子はにこりと笑み、冷蔵庫から取り出したメイソンジャーにストローを挿してユイの前に置いた
中は琥珀色の液体で満たされており、レモンとオレンジの輪切りとミントが入っている

「‥‥‥、‥‥綺麗」

「ちょっと浸けとく時間足りなかったかも‥‥甘さ足りなかったら入れてね」

そう云って、蜂蜜が入ったハニーディスペンサーを傍らに置いた
このような形態の飲み物を初めて見るユイは、繁繁とドリンクを見つめた

「“メイソンジャー”ってんだってさ」

菱和は後ろからカトラリーを差し出すと、そのままユイの横に座った

「‥めいそん、じゃー?この、瓶みたいなの?」

「そ。飲み物の他に、サラダとか入れて食うんだって。層になって、見た目すげぇ綺麗なんだよ」

「へぇー、なんかお洒落!」

「でも、いっつもドレッシング入れて振っちゃうから結局ぐちゃまちになっちゃうのよね。‥‥‥じゃあ、食べましょっか?」

「ん。頂きます」

「っ頂きます!」

菱和は軽く手を合わせ、早速スープに口を付けた
ユイもぱん、と手を合わせて、スプーンを取る

心待にしていたグラタン
スプーンを入れると、表面にかかっているパン粉がざく、と鳴る
掬い上げると、チーズがとろりと伸びた
ペンネ、ほうれん草、パンツェッタ、そしてしめじが、とろみのあるホワイトソースに塗れている
濃厚な香りを放つ湯気に息を吹き掛けてから、ユイは口に含んだ
何度か咀嚼し飲み込んだところで、真吏子が尋ねる

「‥‥どうですか?」

「──────すんっっっごく美味しいです!ベーコンが、“じゅわ”って!ほうれん草が甘くて、きのこも美味しい!今、口の中めっちゃ幸せです!」

「そう、お口に合って良かった」

語彙力が欠落した単純な感想にも真吏子は喜悦と安堵を浮かべ、微笑んだ

グラタンを更にもう一口食むと、ユイはミネストローネの器に手を付けた
初めて菱和のアパートに一泊した日の朝に食べたものでもあり、実はグラタンと同等に興味を唆られていた
トマトの酸味が香る赤いスープには、キャベツ、セロリ、1㎝角のじゃがいも、輪切りにされたウインナ、フジッリが入っている
スプーンで掬い、口へと運ぶ

───あ、

野菜の甘味とウインナの脂分が溶け出した程好い酸味が、じわりと口内に広がった
余り物の食材で簡単に作れてしまうものではあるが、独特のコクと深みは手作りならでは

菱和のミネストローネと、どことなく似た風味も感じられた

 

『俺が云うのも何だけど、むっちゃ料理上手いよ』

菱和の言葉に、一切偽りはなかった
その絶妙な味は、例え飲食店で同じものを出されても『プロが作ったもの』と何の疑問も抱かないだろうと思えた

謙遜の必要性など皆無だというのに、自分の腕を“人並み”だと評価する菱和
真吏子の料理の腕前は、脈々と息子に受け継がれていると感じる

───アズは、こんな美味しいものを沢山食べて育ってきたんだ‥‥料理上手のお母さんって、良いなぁ

そう思い、満面の笑みで食事を頬張るユイ
その姿をゆったりと眺めていた菱和は、真吏子に云った

「なかなか良い食いっぷりっしょ」

「そうね。あなたの云ってた通り、『何でも美味しそうに食べる』。作った甲斐があったわ。ふふ‥‥」

ユイは怪訝な顔をし、菱和と真吏子を交互にちらちらと見遣った

「‥あ、ごめんなさい。笑ったりして‥‥梓が家に友達を連れてきたの初めてだから、何だか嬉しくて。バンドも一緒にやってるんでしょ?‥‥本当に、有難う」

そう云って、真吏子はありったけの謝恩を込め笑む
ユイははた、と食事の手を止め、嚥下した後自らの心境を吐露した

「‥‥‥俺の方こそ、仲良くしてくれて、嬉しいです。バンドもそうだけど、ゴハン作ってもらったり勉強見てもらったり‥‥今日も、一緒に出掛けてすごく楽しかったで、す」

少し照れ臭そうに言葉を口にする素直で純粋な心が、真吏子の胸に沁みた
穏やかに笑み、感慨に耽る

「そう。‥‥何だか嘘みたい。こんなに素敵なお友達が出来るなんて。‥ね、学校通ってて良かったでしょ?」

「ん‥‥まぁ」

菱和は首を傾げながら口を結び、軽く頭を掻いた

 

「今日は何処に行ってたの?」

「ずっとぶらぶらしてた。‥な」

「うん。雑貨屋さん行って、お昼にたこ焼き食べて、靴買って、喫茶店行って‥‥あ、楽器屋さんも行きました」

「silvit?」

「はい!」

「‥‥昨日、急に『来い』っつーから。軽く顔出すだけのつもりだったんだけど‥‥」

「だけど?」

「‥‥‥‥また無茶振りさせてきやがった」

「ふふふっ。相変わらずね、そういうとこは」

「母さんに『宜しく』って。何を宜しくすんだか知んねぇけど」

「そう。私もまたお店に顔出しに行こうかな」

「‥あ、そっか。お母さんと店長、同級生なんだっけ」

「そうそう。超奇妙な偶然」

「‥高校の時ね。結構仲良かったの。‥‥あのときからベース弾いてて、バンドもやってて。よく差し入れ持ってライヴ観に行ってたわ。まさか、プロになるなんて思わなかったけど」

「へぇー!店長、すげぇ‥!」

「すげぇのはベースだけだろ。頭は完全にイカれてやがる」

「‥そこは流石に私もフォロー出来ないわ」

我妻の庇護を放棄した真吏子の言葉に、ユイは堪らず噴き出した

 

***

 

談笑しつつ、手間と愛情が詰まった手料理に舌鼓
和やかな夕食の時が、終わりを迎える

「‥ご馳走様でした!」

「お粗末様でした。お腹一杯になった?」

「はい!大満足です!」

「それは良かった。‥‥二人とも。まだ入るなら、デザートにカタラーナ食べない?」

「食いてぇ。食う?」

「‥うん!食べたい、です!」

「今用意するから待ってて。ユイくんは、紅茶が良い?それともコーヒー?」

「あ‥じゃあ、紅茶で」

「俺やるよ。‥‥お前は座ってな」

菱和は席を立ち、飲み物を用意すべくキッチンに向かった
真吏子がカタラーナを準備する傍ら、菱和がポットの湯をマグに注いでいく

キッチンで肩を並べる母子、二人は家族
特段珍しい光景ではなさそうだが、ユイは何とも云えない不思議な気持ちになった

 

ふんだんな花の香りの紅茶と、深みと酸味のあるコーヒーの香りと共に、直径10㎝程のココットに入ったカタラーナが置かれた
予め冷蔵庫に移してあった器が汗をかき始めている

「‥ひょっとして、これも手作りですか?」

「うん。お口に合うと良いけど」

夕食はおろか、デザートまで手作り
その気遣いと優しさ、惜しまぬ手間に痛み入る

「‥頂きます!」

ユイは溢れんばかりの嬉しさに笑みを零し、手を合わせた
スプーン入れると、表面のカラメルがぱり、と音を立てる
口に含んだ途端、カスタードとバニラエッセンスの香りが鼻を抜けた
まだ少し凍っていたカタラーナが、カラメルのほろ苦さと共に口の中でゆるりと、円やかに溶けていく

「‥美味いっ!」

「美味ぇな」

「うん!サイコー!」

真吏子はコーヒーに口を付け、柔らかく微笑んだ

「甘いものも好きなのね」

「めっちゃ大好きです!」

「ほんと、何でも食うよな」

「ん‥‥そのわりに、背は伸びなかったよね‥おかしいな、何でかな‥‥」

「‥‥俺は今のサイズがちょうど良い」

 

『俺よりでかくなくて良かった。めちゃくちゃ抱き締め易いから』

 

「───んぐ‥っ‥‥」

菱和の言葉がどういった意味を含んでいたかは定かではないが、以前云われた言葉が脳裏を過り、ユイは軽く噎せた

「大丈夫?」

「‥はぃ‥‥すいませ‥」

一瞥すると、菱和は素知らぬ顔でコーヒーを啜っている
余裕綽々な態度に細やかな反抗心が芽生えたユイは、軽く息を整えてから真吏子に尋ねた

「‥あの。アズって、どんな子供でしたか?」

菱和の顔付きが、若干変わった

「なに聞いてんだよお前は」

「だって、気になるんだもん」

『さっきのお返し』と云わんばかりに、ユイは唇をつんと尖らした
二人の意図が何となく汲み取れた真吏子は、くすくす笑いながら話し出した

「そうねぇ‥‥‥‥ここに来たばかりのときは、私に隠れてまだ少し喧嘩してたわね」

「え‥そうなん、だ」

「我妻くんのとこ行くようになってからよね、ぱったりと止めたの」

「‥‥楽器弾くにゃ、手ぇ怪我してらんねぇから」

「ふー‥ん‥‥」

「あとは、うーん‥‥‥ほぼ勉強とベースしかしてなかったよね」

「‥‥‥そう?」

「そうよ。呼んでもなかなか部屋から出てこないの。ひどい時だと食事も摂らないで、一晩中没頭してたっけ」

「‥‥全然覚えてねぇ」

「‥嘘ばっかり!もしかして『栄養失調で倒れてるんじゃないか』って心配したんだからね。そういうの何ていうか知ってる?“親の心子知らず”って云うのよ」

「‥知らなくてさーせん」

菱和といえど、母には頭が上がらない様子
真吏子と共にくすくす笑い出すユイを、菱和は横目でじとりと見つめた

『家族が呼んでもなかなか部屋から出てこない』
『時には食事も摂らず、一晩中没頭する』

───俺も、そんな感じだったな。‥‥てか、今でもそうか

ユイにも身に覚えがある
父や兄の呼び掛けなど一切耳に入らず、只管ギターを掻き鳴らしていた
自分にもそんな時期があり、菱和も同じだったのだと感慨に耽る

「‥ね、アズの部屋見てみたい!」

「俺の部屋?‥‥何も置いてねぇよ」

「良いよそれでも!アズが育った部屋、見たい!」

「‥‥そ。じゃあ、これ飲んだら行くか」

「うん!」

「ふふ。ゆっくりしてってね」

「有難うございます!ご馳走様でした!」

名残惜しそうにカタラーナを完食し、それぞれ紅茶とコーヒーを飲み干すと、二人は夕食の時に出されたメイソンジャーを携え、菱和の部屋がある2階へと上がって行った

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