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141 DATE③
時刻は18:30を少し回ったところ
まだまだ話し足りない4人だったが、夕食の時間を考慮し、ユイと菱和は店を出ることにした
帰り際、店先で我妻と苑樹が並んで二人の見送りをする
「君たちに会うの、ほんとに楽しみにしてたんだ。会えて良かった。わざわざ時間作ってくれて、有難うございました」
「いえ、こちらこそ有難うございました!超楽しかったです!また演りたいなぁ、なんて‥へへ」
「勿論。機会があったら、是非また」
「‥やった!」
ユイと苑樹は握手を交わし、互いに感謝の意を表した
「アズサちゃん、真吏ちゃんに宜しくねー」
「へいへい。‥‥有難うございました。連絡します」
「お待ちしてます。気を付けて」
二時間ほどの間に起きた強烈な驚きと感動、興奮、快感を胸に、silvitを後にするユイと菱和
我妻と苑樹の見送りに、ユイは名残惜しそうに何度も後ろを振り返っては手を振った
二人の姿が見えなくなると、我妻と苑樹は店に戻った
「‥‥涼ちゃん。セッティングしてくれてほんとにありがとね。直接彼等と会って話せて良かった」
「いいえー。なまら良いコたちでしょ?」
「うん。若くて、真っ直ぐで、逞しくて‥‥‥腕もセンスもあるし、将来が楽しみだ。他のメンバーにも、早く会いたい」
「ふふ。取材、出来ると良いねぇ」
「うん。‥‥‥‥‥ユイくんてさ、‥‥“OH”に似てるね」
「あ、やっぱそう思う?俺も、出会ったときからずっとそう思ってたんだよねー。あの天然で溌剌とした感じが“OH”そっくりだよね」
「うん。見てて楽しいし、なんか、可愛い」
「駄目駄目そんなこと云っちゃ。ユイくんはアズサちゃんのなんだから」
「‥‥え‥?」
「‥さっきね、アズサちゃんが教えてくれた。あの2人、“そういう”仲なんだってさ」
「そう、か‥‥‥って、別に他意はないよ!フツーに『可愛いな』って思っただけで‥」
「わぁかってるって!‥‥‥‥時に、“ゆきっちゃん”元気してる?」
「‥‥うん。今、ツアー回ってる」
「相変わらず忙しそうだなぁ。‥‥さ、俺らも飯食いに行こっか。その辺の話も訊きたいし」
「うん。ちょっと、呑みたいね」
「おやおや。そんなこと云ってると、ガチでしこたま呑ませちゃうよー?」
「いや、ほんとにちょっとだけ‥‥明日電車乗り遅れたらヤバいし」
「ふふ。っていうか俺も明日は店開けるから呑兵衛んなってる場合じゃないや」
「じゃあ‥ほどほどに、ね」
「そうね。そんじゃま、明日に向けてなんか力つくもん食いますか!」
***
「はー‥‥びっくりしたねー‥」
「ん。かなり想定外だった」
「ほんとね!でも、来て良かった!超楽しかった!ギター弾けたし、ENさんにも会えたし!てか、ENさん俺らの曲完全にコピーしてたね!ゾクゾクしちゃった!」
「しかも“DIG-IN”とか‥‥なまらアツかった。プロに叩いてもらえるなんて光栄だな」
「ほんと!夢みたい!連れてきてくれて、アリガトね!」
「どういたしまして。‥‥さぁて、飯食いに行くか」
「うん!あー、なんか腹減ってきたぁ‥‥うはは、グラタンだぁー!」
菱和の母が作るグラタンを待ち焦がれ、無邪気にはしゃぐユイ
菱和はふ、と口角を上げる
“デート中”に馴染みの店に顔を出した、ただそれだけの話
我妻が今のユイとの関係を予感していたとは、菱和にとってはこちらも想定外だった
別にわざわざ打ち明けることでもないと思っていた
だが、我妻ならば拓真やアタルのように引きはしない───そんな自信も、確実に菱和の心の何処かにはあった
我妻の話だと、以前、ユイの『菱和に対する気持ちを聞いた』とのこと
我妻はその時のユイの感情が“恋”だと断定したわけではないが、菱和から直接話を聞き、『やはり“そう”だったのか』と納得した
“そう”なったと告白しても、何の疑問も抱かなかった
寧ろ喜び、祝福してくれた
いつ、どんなときでも、どんなことがあっても───“男同士の恋愛”すら、“師”は“弟子”を受け入れ、歓迎する
少し年の離れた“友達”の幸せを、心から願っている
ただ、それだけの話だった
「───‥‥‥‥‥」
吐く息が白い
陽はすっかり落ち、行き交う人はほぼ居ない時刻
睦月の風が二人を近付ける
菱和は徐に、ユイに差し出すように手を伸ばした
「‥‥ん、?」
「‥繋ぎたくなった」
「‥‥‥、うん‥‥‥‥、!」
握られた手は、菱和の上着のポケットに仕舞われた
温いポケットの中
重なった手に、ぎゅ、と、力が籠る
早鐘が打ち付けるも、暖かさに頬が綻ぶ
───‥‥‥あったかい
小さな手は無骨で大きな手に包まれ、幸せを感じていた
菱和の実家がある、“あけぼの”と呼ばれる地区の高台
手を繋いだままゆっくりと坂道を上がっていくと、目の前に豪邸が姿を現した
去年の秋頃、この場所で
ユイや拓真をわざと遠ざける為、菱和は嘘を吐いた
ユイと、ユイを取り巻く全てのものを護ることが出来るならばと思い吐いた嘘だったが、その思惑とは裏腹に、深く傷付けてしまった
そのことに、自身も心を傷めた
そして、自分の中にあるユイの存在の大きさに気付かされた
ふと見上げた自宅
“過ち”を思い出し、胸がちくりとする
あのときは、こんな風に過ごせるなんて思っても見なかった
もう、触れることも、会うことも、自分の想いなど届くことはないのだと思っていたから
だけど今、自分の手を握っている小さな手
隣にいる、大切な人
もう、あんな哀しそうな顔はさせない
───二度と、絶対に
「‥‥またあとで」
菱和は名残惜しそうに、ゆるりと手を離した
人気のないところでなければ堂々と手を繋ぐことも出来ない
何とも歯痒いこと
大好きな人、大好きな手
大きくて、優しくて、あったかくて
本当は、ずっと握っていたい
でも、だけど、そんなことは叶わない
自分達は、同性同士
皆が皆、拓真やあっちゃんやリサみたいに受け入れてくれるとは限らない
アズは、ほんとに俺で良いのかな
俺が男でも、良かったのかな
時々、不安になる
アズは優しい、一緒に居られて嬉しい
だけど、でも、俺は───
『またあとで』
ユイは菱和の温もりが逃げないよう、小さな掌をきゅ、と手を握った
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