NEW ENTRY
[PR]
138 「Bottoms up, down the hatch! It's time to start all over again!」
「暫く弾いてないから、ちょっと緊張してきた」
「んなこと云ってる割に、めっちゃ愉しそうな顔してっけど」
「あ、そう?バレた?」
「なまら顔に出てる」
「へへ‥‥や、楽しみだよ。今、すげぇワクワクしてる」
「‥‥だろうな」
「嫌じゃなか、った?」
「あいつの無茶振りには慣れてる。‥‥それに、ENさんのドラム聴いてみたいしな」
「ふふ、だよね!‥‥取り敢えず、イントロだね」
「だな。暫く弾いてねぇからグダるかもしんねぇけど、勘弁な」
「“アレ”をグダらずに弾ける方がおかしいよ。ポールもビリーも『弾くのしんどい』って云ってたって、なんかの記事で読んだことある。‥あ、でも確かポールは2日3日で弾けるようになったって‥‥2テイクでOK出たとか」
「俺もなんかで読んだことあるわ、それ。ほんと、あのバンド全員バケモンだよな」
「ほんとね!」
「‥‥どんな味すんの?」
「“Colorado Bulldog”の味?コーラだよ。炭酸キツめのやつで、ブッシャアァーーって!」
「『ぶっしゃあぁーー』ね‥‥ま、そんな感じで演りますか」
***
ポール・ギルバート
“光速ギタリスト”の異名をとる彼のギターは超絶テクニカルで、その速弾きは世界最速と謳われる程の実力を誇るプレイヤー
世界中のギターキッズ達を魅了し、苦しめてきた───ユイが最も敬愛するギタリストの一人だ
ポールの光速ギターとも対等に渡り合うスリーフィンガー・ピッキングやライトハンド奏法を駆使した速弾きを始め、多彩なテクニックを擁するベーシスト、ビリー・シーン
齢50を越えた今もなお世界中のベーシストたちの羨望の的であり、菱和も尊敬するプレイヤーだ
ポールとビリー
ロック界における神───或いは“バケモノ”が2名在籍する世界屈指のモンスターバンド、MR.BIG
少しでも彼に近付きたくて、何度も何度も彼らのプレイを観、弾いてきた
無論、“Colorado Bulldog”もそのうちの一つ
ジャズ要素とハードロックが絶妙に組み合わさったゴリゴリのファストナンバーで、とあるギターの解説サイトでは「練習の際には腱鞘炎に十分注意を」と喚起するほど
それもその筈、テンポは驚異の270で初っ端から高速3連のフレーズがあり、シャッフルと共に雪崩のように展開していく
ジャジーなベースと軽快でテクニカルなスティックワークのドラムで構成されるAメロから息つく暇も与えず激しいBメロへと流れ、そのままサビへと続く
ソロパートにはギターとベースのユニゾンと、それぞれの限界すら超越した瞬速のフレーズ
その後ろで刻むドラムは、右足で瞬間的な4連打を叩き出しながら左足でハットペダルを操作するという妙技を繰り出す
最早、全てのパートが超人的───というよりも変態的だ
畏れ多くも“RIOTのドラマー・EN”のドラムで大好きな曲を演奏出来るというまさかの展開
非常に昂ったユイは、武者震いがした
我妻はユイと菱和の愛機に近い機材を選び、既にBスタに楽器をセッティングしていた
「お!店長、用意良いね!」
───あんにゃろう‥‥もし俺らが断ってたらどうする気でいたんだかな
如何にも、我妻の目論見通りに事が運んでいるシチュエーション
感心しギターを手に取るユイに対し、用意周到な“師”に苛ついた菱和は目を細める
2人は楽器を構え、軽く指を慣らしてからイントロやユニゾン部分を合わせ始めた
オリジナルのイントロのギターはレガートとピッキングの組み合わせで、フィンガリングストレッチは常軌を逸するレベルであり、手の小さいユイにとっては至難の業だ
一音一音を正確に弾くことを念頭に置きながら、徐々にスピードを速めていく
続いて、フルピッキングのパターンでも弾いてみるが、視覚的には捉え易くもとにかく速い上に運指は意外と複雑で、何度か躓いてしまう
それでも、めげずに練習を重ねる
菱和もユイのギターに重なるように、高速3連の部分を弾いた
細く長い指先がしなやかに指板の上を滑り、ダイナミックなポジション移動を繰り返す
手の大きさや指の長さは関係ないのだが、やはり大きければ、長ければそれだけ有利ではある
菱和の大きな手を、羨ましく思う
あともう少しだけ手が大きければ───何度もそう思った
でも
『手の大きさなんて関係ねぇんだよ。んなことより、大事なのは“上手くなりてぇ”って気持ちがどんだけでかいかってことだ。手の小さいギタリストなんか、世界中にごまんといるぞ。だから、指の所為にしてねぇで沢山弾きまくれ。んな小せぇ手でも、十分“戦”えんぞ』
嘗て、伸び悩んでいた時期にアタルから掛けられた言葉を思い出す
この身体に生まれついた以上、願っても大きくならないものは仕方がない
指が短くて届かないなら押さえ方を工夫し、その分速くポジション移動すれば良い───手が小さいというハンデは、技術で補うしかないのだ
アタルの言葉は挫折しそうになった心を何度も奮い起たせ、“変態”と揶揄されるほど尋常ではない練習量で培った技術で幾つもの壁を乗り越えてきた
───これが、俺の“武器”
“戦闘態勢”宛ら、何かに取り憑かれたように夢中でピッキングに没頭するユイ
華奢な指先が紡ぎ出す音に付随する底知れぬ“想い” “情熱” “気迫” が、菱和にも伝わっていた
「‥‥なんか、良いね。“若い”なって感じ」
「そうね。全力で、我武者羅だよね」
「‥‥‥‥‥昔を思い出すね」
「‥‥ん」
我妻と苑樹は、スタジオの外で2人の様子を静観していた
爆音を奏でるユイと菱和を、バカみたいに音楽に向き合っていた当時の自分達と重ね合わせる
バカみたいな申し出をバカ素直に聞き入れた2人に恥じぬよう、『バカになって演奏する』と誓い、頃合いを見計らってスタジオの扉を開けた
「俺も少し音出して良いかな」
苑樹はドラムセットの椅子に座り、ミディアムテンポでシャッフルビートを刻み出した
見た目からは“あの”ドラムを叩いていたとは想像もつかないほど、穏やかで温厚そうな相貌の苑樹
シャッフルも、この程度ならば拓真でも余裕で叩けるであろうレベルのものだったが、彼が本気を出すのはきっと“これから”───ユイと菱和は、そう思った
苑樹が身体を慣らしている間、我妻はマイクのスイッチを入れ、咳払いをしつつ声を出す
「ぅんんっ‥あー、あー、あー、あーーー。‥ん。‥‥苑樹、大丈夫?」
「うん。良いよ。お2人は?」
「おっけー!宜しくお願いします!」
「‥‥グダったら責任取れよ」
「そんな怖い顔止めてよ、アズサちゃんもユイくんみたいに笑顔!ね!」
にべも無い態度や表情はいつものこと
それを理解した上で『笑顔』とは、悪乗り以外の何物でもない
我妻のしたり顔に苛ついた菱和は、親指を思い切り弦に叩きつけた
ガシ、という音と同時に、震動を捉えた咆哮がアンプから轟と飛び出てきた
普段は無口で無表情な菱和の、楽器による感情表現───怒りに満ち満ちた重低音に、他の3人は肩を竦ませる
「あ、ちょっと‥一応、そのベース売り物‥‥展示品だから」
「んなもん用意したてめぇが悪りぃんだろ」
「アズサちゃん、もうその辺で止めて。マジで」
「るせぇ」
我妻の言葉を無視し、当て付けたように容赦なく弦をガンガン叩きまくる
その手を止めようとしない様子に我妻は若干青い顔をし始めたが、菱和とて“本気”でやっているわけではなかった
ただの悪ふざけ───『互いに遠慮しない間柄』だということを物語る、菱和と我妻ならではの“戯れ”
無論、それはユイにも苑樹にも伝わっており、微笑ましく感じた2人は堪らずくすくす笑った
「ふふ。そんだけインパクトあるベースなら安心だ。テンポ、これくらいで良いかな」
苑樹はハイハットを踏み、テンポを確認した
恐らくは、原曲の270より少し遅い程度
それでも十分速いが、楽器隊としては有難いこと
3人が頷くと、苑樹は全員に目配せした後にこりと笑み、カウントを取った
ギター、ベース、ドラムの、怒濤の唸りが流れる
どっと押し寄せる音の波に悪寒が走った我妻は、思わず口角を上げた
出だしの高速3連は、一先ずキマった
文字通り、束の間のブレイク
ギターとベースのリフとドラムのシャッフルによるイントロ8小節を見送ると、マイクを構えた我妻が大きく息を吸った
『 ポーカーで絶好調、オンザロックで意気揚々
誰だい、あのいい女?3時に連れ込んでやったぜ、何で1時や2時に送らなかったんだ?
その次に覚えているのは、部屋中を這いずり回ってた記憶
彼女はテーブルの上で踊り、血走った目で月に咆えるぜ
もうフラフラ、完全にコントロール失ってる
そういや俺…ずっと独りじゃねぇか
最後の呼び出し、酒は自宅だ
その次に覚えているのは、地獄のような気分
最後の女の愛撫の感触が残ってる
まるで悪夢だ』
ほぼギターの音がないAメロを、リムの軽快な金属音とジャジーなベースラインが作り出す
菱和と苑樹は目配せしつつリズムをキープし続け、我妻は悠々と歌う
Bメロから激しいノリに変わり、我妻の声にも力が入る
苑樹はトラディショナルグリップに替えてシャッフルを刻み、菱和のベースと並走する
ほぼ出番のなかったAメロへの鬱積をぶちまけるようにユイはギター掻き鳴らし、サビ直前のチョーキングで、無意識に、十二分に一同を煽った
『 野蛮なコロラドブルドッグ
今宵も飲むぜ
首輪を引っ掛けて、鬼のように疾り回れ 』
サビは掛け合いのようになっており、ユイと苑樹も我妻に負けじと声を張り上げる
愈々、ソロのパート
我妻のヴォーカルが途切れると、ユイは一つの高速フレーズを弾き、一オクターブ高音で同じフレーズを弾く
これをもう一度繰り返すのだが、そこでベースが加わりユニゾンとなる
2人は互いに顔を見合わせユニゾンを弾き切った後、すぐに顔を逸らした
限界すら凌駕したソロを迎える、それが合図だった
菱和はイントロからずっと踵でリズムを刻み続けていた
頭も指も身体も脚も、全てがそのリズムに乗り、苑樹のドラムに食らい付く
ギターソロの後半は更に複雑な運指になるも、それぞれのソロが絶妙に重なる
そこには、“変態的”なドラムも存在していた
ドカドカと撃ち抜いてくるバスドラの4連打が、2人のソロに食い込む
がなるシンバルに煽られ、指も気持ちもハイポジションまで一気に昇り詰める
───やべぇ!!指が止まんない!!
気が狂いそうになるほど気持ち良い
瞳の奥に快感が滾る
幾度となく味わってきたそれは、ここにいる全員が感じている
マジでどうにかなっちまいそうだ
身体中の血管が沸騰して爆ぜてしまうような気がする
散々振ったコーラの缶から中身が一気に弾けて泡が噴き出すような───
───『ぶっしゃあぁーー』か。云い得て妙だ
菱和は、ユイの共感覚に共鳴出来ているような気分になった
楽器隊の凄まじいパフォーマンスを無事に聴き終えた我妻は、再びマイクを構える
『 俺の愛しいロリータ
男を食い物にするあの娘は、俺をモーテルNo.6に置き去りにした
…どうだったかって?
骨まで脱がされて、俺の心はバッチリ盗まれたぜ 』
漸く、再び訪れたAメロで昂りは一旦治まったかに思えた
だが、僅かに音が途切れた瞬間に全員が息を吸い込み、Bメロと大サビを迎え撃つべく一気に熱を吐き出した
野蛮で粗暴なコロラドブルドッグは今宵も女漁りに精を出し、月夜に吼える
止まらない
止められない
このまま快楽の絶頂へと
───皆で一緒に、イこう
- トラックバックURLはこちら