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137 DATE②
たまたま目に入ったコンビニの前で菱和の一服に付き合った後、2人は近くのカフェに入った
時刻はあと15分ほどで15:00になるところであり、“おやつタイム”にちょうど良い時間だった
ユイはマーブルパウンドケーキとミルクティーを、菱和はニューヨークチーズケーキとコーヒーをそれぞれ注文した
会計は1人800円ほど
先程たこ焼き代を出してもらったことをすかさず思い出したユイは財布を取り出そうとしたが、菱和に先手を取られた
「あっちと会計一緒で」
「‥あ!ここは俺が出す!」
「良いから」
「駄目!!」
「良いって。それより席取っといて。結構混んでっから」
菱和の云う通り、2人のように“おやつタイム”を過ごそうと入店する客が多く、店内はそこそこ混み合っていた
「むー‥‥‥‥!」
ユイは納得いかない様子だったが、席を捜しに渋々会計から離れた
菱和は注文した商品を一つのトレーにまとめてもらい、ユイが座る席に向かった
先に座って待っていたユイの表情は、明らかにむくれていた
何がそんなに気に入らないのだろうかと、だが可愛らしくも見え、思わず笑いが込み上げてきた
「‥‥そんなに奢られんの嫌?」
向かい側に座った菱和は、口角を上げつつ早速コーヒーに口をつけた
「‥‥‥‥何で出さしてくんないのさ」
「良いじゃん、別に」
「良くない!だって、2回も奢ってもらった‥!お金使わしてばっかで、申し訳なくて‥ほんと」
「そんなん気にしなくて良いから」
「‥でもさ!なんか、それって、平等じゃないじゃん!」
その言葉が、菱和の胸に引っ掛かった
今日のデートにおける金銭的な負担のウェイトは、明らかに菱和の方が高い
改めて振り返ってみると、確かに平等ではない
菱和は奢るという行為に対して損得勘定などを一切考えず『当たり前のこと』と思っていたが、ユイがむくれる理由がすとんと落ちていった
───ああ、そっか
いつだって対等でありたいと思う、それは互いに同じこと
「───‥‥ん。そうだな。平等じゃねぇな」
「もぉ、次からは絶っっっ対割り勘ね!!」
わざと頬を膨らませ不機嫌モードを続けるユイ
菱和はその頬を、指先でつん、と触った
「‥‥‥‥‥“次”も、あんの」
「‥、へ‥‥」
「‥‥これからも、こうやってデート出来る?」
「!‥‥あ、アズが良ければ、だけど‥‥うん‥」
「‥‥ごめんな、今日んとこは奢られといてくれる?」
「ん‥‥‥。‥ありがと、ね」
「どういたしまして。‥‥これ、一口食う?」
「‥良いの?てか、じゃあ、俺のも」
2人は自分が注文したケーキをフォークで一口分に切り、互いに一口ずつ頂戴した
ケーキの皿が空になり、飲み物もそろそろなくなってくるかという頃
菱和は母親に今晩の献立をリクエストすべく、携帯を取り出した
「そだ。夜、何食うか決めちまうか。何が良い?」
「あ、うん。そだね。えーと‥‥‥」
尋ねられたユイは、“おやつ”で満たされたばかりの胃と相談をする
───和洋中‥‥今までアズは全部作ってくれたよな。パスタはいっつも美味いし、肉じゃがも炒飯も美味かった。あ、あとカレーも。アズの母さんが作るパスタも食べてみたいけど‥‥んーーー‥‥‥‥なんか、ちょっとこってりしたもの食いたいな。チーズがどっさり乗ってる感じの‥‥
「───‥‥じゃあ、グラタン」
「ふーん‥‥‥そっちいったか」
「え、予想外?」
「てっきり和食いくんかなって」
「ってか、和食もめっちゃ捨てがたいんだけどさ。良い、かな」
「ん。連絡入れとくわ」
「ほんとにお邪魔して大丈夫‥?」
「ちゃんと話してあるから心配すんな。‥‥そろそろ我妻んとこ行ってみっか」
「うん!あー、ケーキも紅茶も美味しかったー!ご馳走さまでした!」
今からsilvitに向かえば、16:00には着くという頃合い
2人はカフェを後しに、silvitを目指して歩き出した
***
silvitの看板は“CLOSE”になっていた
2人は店舗の裏に回り、裏口から入店した
「こんにちはー!店長ー!」
ユイの声が響くや否や、我妻が事務所からひょっこりと顔を覗かせた
「お、来た来たぁ。お待ちしてました。どうぞ、こっちこっち」
我妻は手招きをし、2人を事務所の奥へと促した
促されるまま3帖ほどの小さな事務所へ入ると、見慣れない男性の姿があった
どうやら2人が来るまで我妻と談笑していたらしく、デスクの上に缶コーヒーが2つ並んでいた
「じゃーん!早速だけど、彼が会わせたい人!俺の“元バンドメンバー”の‥‥」
「初めまして。折田 苑樹といいます」
そう名乗ると、男性はぺこりと頭を下げた
ユイも菱和も、目を丸くした
我妻の元バンドメンバー、ということは───
「‥‥、‥“RIOT”の、メンバー‥‥!?」
「はい。“RIOT”の元ドラムです。今は、こういう仕事をしてます」
苑樹は、2人に名刺を手渡した
肩書きは2人もよく知っている音楽雑誌の編集記者で、名前の部分に“ORITA SONOKI”とルビが振られていた
思わぬ先客に、ユイと菱和は改めて目を丸くする
「‥“月刊ROCK-ON BEAT 編集部”。‥‥マジで」
「この雑誌‥!俺ら、よく読んでます!」
「そうなんだ。どうも有難う」
苑樹はにこりと笑い、軽く頭を下げた
その後ろから、我妻が肩を抱く
「えーとね、彼のことは“EN”って呼んであげてね」
「“えん”‥‥?」
「ああ、プロ時代の名前なんだ。下の名前の、苑樹の“苑”っていう字が音読みで“エン”だから」
「ふーん‥‥」
菱和は頷き、苑樹と名刺を交互に見遣った
「‥ね、店長のプロのときの名前は?」
「俺?“ZOO”だよ。“アズマ”の“ズ”を『ズー』って伸ばして、“ZOO”」
「‥‥動物園かよ」
「ふふっ、面白い!」
菱和の呆れた溜め息と、ユイの笑いが響く
「んーとね‥‥前から話してた、俺の愛弟子のアズサちゃん。それと、うちの店のお得意さんのユイくん」
「菱和です。断じて“愛弟子”じゃねぇっす」
「店長にはいつもお世話になってます!」
「ふふ。宜しくね」
苑樹はまた、にこりと笑った
我妻は、予め用意しておいた梅サイダーとコーヒーをユイと菱和に手渡す
促された2人は、その辺の椅子に腰掛けた
「菱和くんがベースで、ユイくんがギターだよね。音源は涼ちゃんから聴かして貰いました。ほんと、凄く良いバンドだよね」
「“りょーちゃん”?」
「‥‥こいつの下の名前」
「あ、そっか!そうだったね!」
「うん‥‥でね、苑樹が是非一度『生で音聴きたい』って云うもんだからさ。早速だけど、ちょっとスタジオ行こっか」
「──────は??」
面食らうユイと菱和に対し、のほほんとにこやかにしている我妻と苑樹
「‥‥あの、マジですか?」
「うん。大マジ」
「‥‥‥‥‥」
───ええええええ!!!
───何だそれ
第一線で活躍していた元プロが、アマチュアである自分達の音を聴きたがっている
まさかの申し出に、「一体何の冗談か」と思ってしまう
元とはいえプロ
自分達の演奏が確かな耳を持つ人間の琴線に触れたという、それはとても喜ばしいことだが───
ユイと菱和は互いに顔を見合わせると、黙りこくってしまった
その心中を察したかどうか定かではないが、我妻は2人の表情を窺うと軽く噴き出した
「もう、そんな不安そうな顔しなくても大丈夫だってば!歌は俺が歌うから!ね!」
「‥‥そういう問題じゃねぇ」
───こいつ、何もわかってねぇな‥‥このスカポンタン
菱和は下唇を軽く噛んだ
「ま、肩の力抜いてさ。楽しく演ろうよ。楽曲は、さっき話してたんだけど‥‥“Colorado Bulldog”とかどうかな?」
“Colorado Bulldog”はユイも菱和もお気に入りのバンドの一つ、MR.BIGの楽曲
全てのパートがイントロからガンガン攻めてくる、かなり難易度の高い曲だ
「‥‥‥てめぇ」
「もぉ、そんな睨まないでよ!アズサちゃん、弾けるでしょー?」
「‥‥ムカつく」
菱和には、我妻を睨む気力すら失せ始めていた
反面、ユイは少々乗り気になってきたようで、突然すく、と立ち上がった
「───アズ」
「‥‥ん」
「‥‥‥‥、やって、みない?」
真ん丸の瞳の奥に、一筋の輝きが見えた気がした
こういう状況であっても、只管愉しむ───ユイは、そういう性分だ
───“クソ度胸”、か
ユイに一瞥された菱和は大きな溜め息を吐き、観念したように椅子から立ち上がった
「ちょっと、練習しても良いですか」
「うん、どうぞ。Bスタ、開けてあるから」
ユイはこくりと頷き、菱和と共に事務所を出た
「じゃ、俺らも行こうか」
我妻と苑樹も、2人の後に続いた
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