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136 DATE①
たこ焼きを一パックも食べれば、胃は十分満たされた
たこ焼き屋の店主から貰った駄菓子を食しつつ、二人は繁華街へと戻り、再びぶらつき始めた
「あ」
ふと、ユイが歩みを止める
菱和は振り返り、ユイの視線の先を追った
「‥靴屋?」
「う、うん。ほら‥一足失くなっちゃったから、さ。見てっても良い?」
冬休み前、お気に入りのスニーカーは工藤の手により所在がわからないままになっていた
今履いている靴もお気に入りのうちの一つなのだが、いちばんのお気に入りを失くしてしまったショックはなかなか拭えぬままでいた
言葉尻からも、その様子が窺える
思い出したくはない、重い過去になってしまった───それを上書きし、またお気に入りの一足を捜す腹積もりでいるユイ
───ほんと、健気なやっちゃな
そう思い、菱和はユイの頭を軽くぽん、と叩いた
「気に入ったの、見つかると良いな」
「‥‥うん」
二人は靴屋に入店し、物色を始めた
様々なメーカーを取り扱っている店舗のようで、店内は比較的賑わっていた
素通りしようとしたある一角で、ユイは立ち止まった
つんとした本革の匂いが、鼻を擽った
「あ、これあっちゃんがよく履いてるやつに似てる」
「“REDWING”か。云われてみればあっちゃんっぽいな」
「有名なメーカー、なの?」
「まぁ、そこそこ有名なんじゃね」
「アズはさ、どういうの好き?」
「‥靴?」
「靴、は、ブーツが多いよね?」
「そうだな、ブーツばっか履いてるわ。服はあんまこだわりねぇんだけど、靴はマーチン。今履いてんのも、マーチン」
「マーチン?」
「“Dr.Martens”。あとは、“CHIPPEWA”。‥‥‥あった、これだ。こんなやつ」
件のメーカーのものも店内に並んでおり、菱和は手に取りユイに見せた
「どくたぁ、まーちん‥‥ち、ぺわ‥?‥‥わ、めっちゃアズっぽい!ゴツくてカッコイイなー!」
「‥‥ゴツいのは良いんだけど、重てぇんだよな」
「そうなの?」
「持ってみ」
菱和が見せて寄越したのは、本革製の漆黒のブーツ
ストラップとインステップストラップが施されたスタンダードなエンジニアブーツだった
手渡されると、思いの外重みを感じた
「ぅお、結構ずっしりくるね‥‥足疲れない?」
「慣れ、だな。最初は堅てぇけど、革だから履いてりゃ馴染んでくるし、作りがしっかりしてるから長く履けんだ」
今まで革靴に縁のなかったユイは菱和の話に興味を抱き、頻りに頷いた
ゴツいブーツのコーナーを抜けると、カラフルなスニーカーが並ぶコーナーに出た
革の匂いから、ゴムの臭いへと移り変わる
「───あ、これ」
ふとユイの目に留まったのは、ハイカットのスニーカーだった
柄は、黒とピンクの市松模様だ
ユイの私服や私物は派手な色味や原色のものが多く、男気に入ったものにピンク色が使われていてもさほど気にはしていない様子
今度はユイの好みに興味を惹かれ、菱和はこくん、と首を傾げた
「ふぅん‥‥やっぱそういうのが好きなんだ」
「何だかんだ見て回るけど、結局いっつも“CONVERSE”か“VAN'S”になっちゃうんだよねー。‥‥あ、でもこれも良いなぁ」
ユイがもう一つ気になったのは、ユニオンジャック柄のハイカットスニーカー
こちらは、サイドジップが施されている
「履いてみれば?」
菱和に促され、ユイはその辺にあった椅子に腰掛けた
まずは、最初に気になった市松模様のスニーカーを試着する
軽く歩いてみて、感触を確かめた
「ど、かな」
「こっちも履いてみ」
次に、ユニオンジャックのスニーカーを試着した
先程同様、数歩歩き、履き心地を確かめる
「‥‥どっちが良いと思う?」
「‥俺はこっちのが好き、かな。今日の服に合ってる」
菱和が指差したのは、ユニオンジャック柄のスニーカーだった
「じゃ、これにする!俺もこっちの方が気に入っちゃった!あ、靴紐も見て良い?」
「わざわざ靴紐変えんのか」
「うん、俺の“ポリシー”!結び方も色々あってさ、スニーカーって結構奥深いんだよねぇ」
そう云って、ユイはいそいその靴紐のコーナーへ向かった
菱和はその後をついていき、ユイの横に並んだ
「‥‥‥ねぇ、どれが良いかなぁ。沢山あり過ぎて迷う‥‥」
原色からネオンカラーまで、カラフルな靴紐が並ぶ
唸りながら悩むユイの横で、菱和も靴紐を眺める
ユイが抱えるスニーカーをちらりとを見遣り、徐に靴紐を一つ手に取った
「‥‥‥‥、これとか」
「‥合う!」
「そ?」
菱和が選んだものは、青に黒いラインが入った靴紐だった
ユニオンジャックといえば、赤×青
ユイのイメージに、ぴったりと合致したようだった
お気に入りの靴と紐を携え、早速会計へと進む
サイズを伝え、店員は店の奥から新品の箱を取り出してきた
「箱はどうなさいますか?」
「処分してください。袋だけ貰えますか?」
「かしこまりました」
会計を済ませると、ユイは早速靴を履き替えることにした
椅子に腰掛けるとスニーカーの爪先を自分の方に向けて膝に乗せ、既存の靴紐を外し、購入した青の靴紐を開封する
「ちょっと待っててね」
ユイは鼻唄混じりで青い靴紐を通していった
「‥‥変わった通し方してんな。どうなんの?それ」
「んふふ。見てて!」
縫い物をするように器用に靴紐を通していくユイの姿を、菱和は興味深そうに見入った
一筆書きのように星の形が出来上がっていき、スニーカーの紐は瞬く間に星結びに仕上がった
「‥完成!」
「へぇ‥‥面白いな」
「でしょ!良かったー、ちゃんと全部覚えてた!」
両足とも星結びにすると、スニーカーを履いて紐を軽く整える
立ち上がり、菱和に感想を求めた
「ど、かな」
「似合ってるよ。お前っぽい」
「‥、えへへ‥‥」
「‥良かったな」
菱和は柔らかく笑み、はにかむユイの頭をぽんぽん、と叩いた
「さーて‥‥次どこ行くか」
「なんか小腹空いちゃった。おやつタイムとかどう?」
「じゃあ、どっか店捜すか。‥‥あ。あと、ちょっと一服さしてくんねぇ?」
「それなら、煙草喫えるお店行こ!」
「いいよ。どっかその辺に灰皿あんだろ」
菱和はユイが履いてきた靴が入った袋を提げ、颯爽と出口へ向かう
然り気無く荷物を持ってくれたことに、心が鳴る
菱和の気遣いに感謝しつつ、ユイは靴屋を後にした
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