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135 たこ焼き
クローゼットを漁った割には、結局いつもと何ら変わらない服装になってしまった
ユイは前日の夜に準備しておいた衣類を携え、着替えを始めた
トップスは袖の色が違うラグランのロンTの上に、モノクロのユニオンジャックがプリントされた白いTシャツを合わせた
Tシャツから覗くラグランの袖は、右が青と黒、左が緑と黒のボーダーになっている
ボトムはウエストで選んだ少しダメージの入ったシンプルなジーンズで、やや丈が長く脚にゆとりがある
2回ほどロールアップすると、漸くちょうど良いくらいのサイズだった
上着には、臀部が隠れるほどだぼっとしている大きめの黒いパーカーを羽織った
これはわざとサイズオーバーしたものを選び、毎年寒い時期になると大活躍するお気に入りのパーカーの一つだった
今一度鏡で今日のコーディネートを確認すると、財布と携帯をボトムのポケットに突っ込んで自宅を出た
菱和と待ち合わせをした駅前までの道程
バスに揺られ、車窓から外の景色を眺めた
冬期休暇中ということもあり、ユイと同じような学生らしき少年少女がちらほら
制服だったり私服だったり、将又ジャージにウインドブレーカーだったり、その姿によって外出の目的が何となく掴める
中には、ユイ同様デートに出掛けている人間もいるのだろう
───俺、これからアズとデートなん、だ‥
街並みが移り変わってゆく
バスが駅へと近付いていくのに比例し、心拍数が上がっていく
時刻は11:05
待ち合わせの時間を僅かにオーバーしており、バスを降りたユイは足早に駅前へと向かった
駅構内へと続く階段の麓
その傍らに怠そうに佇む、長身の男の姿が目に入った
───え、あれアズだよ、ね?
それは確かに菱和だった、が、何か普段とは違った雰囲気がし、声を掛けるのを僅かに躊躇う
「───アズ!」
自分の名を呼ぶ声が聞こえると、菱和は徐に顔を上げた
睦月という極寒の時期に、デコルテがざっくり見える薄萌葱色のトップス
その下に黒のロンTを重ね着し、腰にはいつものようにウォレットチェーンを下げ、更に、差し色の赤いチェックのネルシャツが巻かれていた
ダメージ加工が入った濃いグレーのジーンズの裾は、草臥れた8ホールブーツの中にくしゃくしゃに押し込まれていた
菱和もまた、普段の私服と何ら変わらない出で立ちだったが、いつもと大きく違うところが一つだけ───
───アズ、帽子だ
声を掛けるのに躊躇った理由は、これだった
帽子を被る菱和は、今まで見たことがない
だらりとしたニット帽を被っていることによって鬱陶しい前髪が更に鬱陶しく下がり、きちんと前が見えているのか定かではない
「ごめ‥‥待った?」
「いや」
息せき切った様子のユイを柔らかく見ると、菱和はふ、と口角を上げた
「帽子被ってるの、珍しいね。初めて見た」
「‥‥変?」
「んーん、めっちゃ似合う!」
「‥そ。ありがと。‥‥さて、行くか」
徐に歩を進める菱和
いよいよ、菱和との初デートが始まる───ユイは緊張しつつ、その後をついて歩いた
「後で我妻んとこ行って良い?夕べお前と話したあと電話来てさ」
「‥うん、全然良い!店長に会うの、今年初だ!」
「そうだな。なんか、『会わせたい人がいる』っつってたんだよな」
「え、俺行って大丈夫なの‥?」
「お前も『一緒に連れて来い』ってさ。今日、何時までイケる?」
「何時まででもオッケー!」
「そっか。晩飯なんだけどさ、休み前に『実家来る』って話してたろ」
「ああ、うん。‥‥ひょっとして、アズの母さんのご飯!?」
「うん。どう?」
「やった!!嬉しい!超楽しみ!!」
「じゃあ、夕方までに何食いたいか考えといて」
「うん!何がいっかなぁ‥‥ふふ」
「──────‥‥ってさ、そこまでしか考えてなかった」
「え?」
「デートのプラン。‥‥初デートなのに、ごめんな」
───そんなこと
「‥‥‥、寧ろ、そこまで考えててくれてて、嬉しい、よ。俺、『何着てこうか』ってことばっかずっと悩んでたもん‥‥」
「そうなん?‥‥そのパーカー、めんこいな」
「う、うん。お気に入りなんだ」
菱和があれこれ考えていてくれたことを知り、コーディネートばかり気にし過ぎていた自分が恥ずかしくなったユイは、パーカーのポケットに手を突っ込んだ
結局、午前中はノープラン
人混みを掻き分けて街をぶらつき、目に留まった店に適当に入店し、一通り物色して店を出る
この繰り返し
それでも、大好きな人と一緒に過ごす時間に心が躍る
ユイは次第に緊張状態から自分らしさを取り戻し、無邪気に雑貨を手に取り菱和に話し掛ける
菱和は、そんなユイを穏やかに見ていた
12:00を少し過ぎた頃、ユイの案内で件のたこ焼き屋へ向かった
繁華街から少し外れたところにある古びたプレハブ小屋
その傍らに、赤い幟がはためいていた
「はい、いらっしゃい」
「こんにちは!」
ユイは入店し、店主に軽く挨拶をした
狭いプレハブ小屋には、香ばしい香りが立ち込めている
油の跳ねる音が、一気に食欲を唆った
二人並んで、メニュー表に食い入る
「おすすめは、何だっけ」
「これ!出汁!あと、チリソース!」
「んじゃ、それで」
「はいよ。毎度どうも」
菱和はボトムの後ろポケットから財布を取り出し、千円札を店主に手渡した
「あ、お金‥‥」
「要らねぇ」
「駄目だって!割り勘にしなきゃ‥」
「良いって。こんくらい素直に奢られろよ」
前にも似たようなことがあった
いつかの放課後、PANACHEでレモンティーの代金を払おうとしたリサのことを思い出し、菱和はくすっと笑った
疾うに財布を仕舞った菱和を見て申し訳なく思い、ユイは眉間に皺を寄せた
「‥‥んな顔してっと、美味いもんも美味くなくなるぞ」
「むぅー‥‥‥‥。‥‥じゃあ今度、なんか奢らして。絶対だよ」
「ん。わかった」
菱和は、膨れっ面のユイの頭をぐしゃぐしゃと撫でた
「これは、おまけね」
店主はたこ焼きの他に、ペットボトルに入ったホットの緑茶と駄菓子を寄越した
「おっちゃん、いつもありがと!」
「はいよ。狭いけど、ゆっくりしてってね」
プレハブ小屋には、イートインのスペースが設けられている
出来立てのたこ焼きとおまけを受け取ると、二人はそこに座った
パックに入った8個のたこ焼き
湯気が沸き立ち、チリソースとマヨネーズの甘酸っぱい香りが忽ち唾液を分泌させ、踊る鰹節が胃を刺激する
出汁は使い捨ての小さな容器に入っており、ユイは何もかかっていないたこ焼きの上に満遍なく垂らした
「これこれ!めっちゃ美味いから!ね、先食べてみて!」
目をキラキラさせているユイに促され、菱和は割り箸を携え、出汁が染みたたこ焼きを一口囓った
「───あっっつ‥」
「‥ふふっ‥‥どぉ?」
「‥‥‥美味ぇ。こういうの食ったの初めて」
「そっか、良かった!ふわふわでじゅわーってしてて、美味いよね!」
「うん。超美味ぇ。何個でもいけそ。‥‥“明石焼き”って、こんな感じなんかな」
「“あかしやき”?」
「関西のどっかじゃ、出汁に付けて食うんだってさ。食ったことねぇからわかんねぇけど、こういう感じなのかもしんないな」
「へぇー‥‥」
ユイの云う通り、出汁の染みたたこ焼きはふわふわしており、口内はあっという間に出汁の香りに包まれる
続いて、チリソース味のたこ焼きを食す
甘酸っぱく香辛料の刺激もあるスイートチリソースと、相性抜群のマヨネーズが程好く絡む
「チリソースも、合うな」
「でしょでしょー!?良かったぁ、アズの口に合って!」
「今度は、タコパだな」
「たこぱ?」
「実家でたまにやってたんだ。たこ以外にも、チーズとか北寄入れても美味いし。みんなで突いてさ、結構楽しいと思うよ」
拓真やリサやアタル、カナや上田
和やかな雰囲気の中たこ焼き器を囲み、立ち込める香ばしい香りに、美味なたこ焼きを舌鼓───
───そんなの絶対楽し過ぎる
「‥うん!!」
そんな日がいつか必ず来ることを願い、ユイは大きく口を開けてたこ焼きを頬張った
「‥‥マヨ付いてんぞ」
「‥!!」
指摘されるや否や、細く長い指がユイの口元に付いたマヨネーズを拭い去る
指先は真っ直ぐ菱和の口へ向かい、マヨネーズはその口内へと消えていった
こんなこところで“不意打ち”を食らうとは予想だにしていなかったユイは堪らず赤面し、案の定菱和のからかうような笑い声が聴こえた
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