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134 INVITATION
アタルの自宅から帰宅したユイ
辰司が用意していた夕食を食べ、暫し父との談笑を楽しむと、入浴を済ませて自室へ戻った
部屋に入るや否や、ベッドへとダイブした
枕に顔を埋め、溜め息を吐く
「‥はー‥‥‥亜実ちゃんが、結婚かぁ‥‥」
亜実は、ユイにとって姉のような存在だった
拓真の姉である葉子もまた、同じような存在だ
拓真ともアタルとも、幼い頃から家族ぐるみで付き合いがあり、皆一緒に過ごしてきた
実兄の尊のみならず、アタルや亜実、葉子にも可愛がって貰った記憶がある
亜実や葉子も、家族のように大切な存在だ
幼い頃の思い出を幾つも反芻すると、亜実が嫁ぐという事実に、嬉しさも、幾許かの淋しさも感じつつ
心底幸せそうな亜実の顔を思い出し、ユイはふ、と笑んだ
ふと思い立ち、ベッドから起き上がる
携帯を手に取り、誰かに電話を掛け始めた
電話の相手は、菱和だ
『‥‥もしもし』
「あ、アズ。こんばんは」
『ふふふ‥こんばんは』
「‥な、何で笑うんだよ」
『別に』
「‥‥‥‥今、話せる?あの‥‥特に用事はないんだけ、ど‥‥はは」
『ふふ‥‥うん。良いよ』
電話の向こうで、くすくす笑う声が聞こえた
『スーツ、いつ見に行こうか』
「あ、うん。まだ大丈夫かな‥」
『式は5月っつってたよな。それまでに買えば良いと思う。でも、スーツの他にもYシャツとネクタイも買わなきゃなんねぇから、あんま迷うようなら早めの方が良いのかしんねぇけど』
「そー‥‥だね‥俺、優柔不断だからなぁ‥‥」
『まぁ、冠婚葬祭っていつあるかわかんねぇしな。学生のうちは制服あるけど、今のうちに一着くらい持ってても良いと思うよ。‥近いうち、どっか見に行っか』
「うん、宜しく!色々教えて!」
『うん。‥‥っつーか、まだ休みあるしどっか行かね?』
「うん!行こ!PANACHEもまだ行ってないし‥あ、たこ焼も!いつ行く?」
『ああ、いつでも良いよ』
「じゃあ、明日‥‥って、急過ぎるか」
『良いよ、全然。‥‥‥‥したら明日、デートすっか』
「‥‥でー、と‥?」
『うん。初デート、だな』
“デート”
その響きを聴いた途端に、顔が熱くなる
そういえば、まだデートと呼べる行為をしたことがない
第一、菱和とデートをする場面を全く想像できない
剰え、デートに“たこ焼き”という取り合わせ───
───色気もへったくれもないな‥‥
ユイは俯き、黙りこくってしまった
『‥‥ん、なした?』
「や、何でも、ない」
『そ。‥‥迎えに行く?それともどっかで待ち合わせする?デートらしく』
「う‥、‥‥‥‥じゃあ、待ち合わせした、い」
『何時が良い?』
「俺は、何時でも‥‥」
『‥‥んー‥‥‥じゃ、11:00に‥‥駅前集合で』
「わかっ、た」
『‥‥そういや、たこ焼って昼飯に出来そう?』
「う、うん。結構大きいから、一パック食えばお腹一杯になると思う」
『そっか。‥‥じゃあ明日、どこ行きたいか考えといて』
「えーと、うん‥‥‥」
『‥‥あれ。ひょっとして、今からもうキンチョーしてる?』
「や‥そ、なことな‥‥くはない‥‥かな」
『ふふ。そっか』
「あ、アズは、緊張しな、い‥?」
『‥俺?‥‥緊張っていうより、楽しみ。かな』
「そっ‥‥か‥。あんね、俺、ほんとそういうの経験なくて‥」
『何云ってやがる、俺だって初めてだよ』
「‥‥、そ‥」
『嘘じゃねぇって』
「は、はぃ‥‥てか、ほんと、なんかやらかしたらごめん。今のうちに謝っと、く」
『何だそりゃ。‥まぁ、お互い初めてなんだし、肩の力抜いてこ』
「ぅ‥‥うん‥‥‥‥」
『ダイジョブダイジョブ。へーきへーき』
「‥何でそんな余裕なの‥‥」
『さぁ。何でかな』
「‥‥‥、ドキドキしたり、しないの?」
『“ドキドキ”?‥‥してるよ』
「へ‥」
『‥‥‥さ、明日の予定も決まったことだし、早めに寝るべ』
「う、うん。じゃあ‥‥おやすみなさい」
『ん。おやすみ』
「───‥‥‥‥‥“デート”‥‥」
通話が終わると、強烈に印象に残ったワードが思わず口に出た
デートらしいことなど、今までしたことがない
自分が思いつく限りのデートの風景
食事をしたり
映画を観たり
手を繋ぎながら肩を寄せ合って街を歩き
水族館や遊園地などの、所謂“デートスポット”と呼ばれるような場所へ出掛け───
「───ぅわわわ‥」
大好きな人とのデートだ、きっと楽しいだろう
だが、一先ず照れが先行してしまう
現に、菱和と手を繋ぎながら何ともベタなデートをしている様子を想像した途端、ユイは赤面してベッドに突っ伏してしまった
徐に顔を上げ、溜め息を吐く
「‥‥‥こんなんで、大丈夫かなぁ‥‥っていうか、集合時間しか決めてない‥‥‥‥」
かといって、壮大なデートプランなど思い浮かびやしない
デートの相手は菱和
長身ですらりとした菱和と、“ちんちくりん”な自分
並んで歩いていても、周囲から“恋人同士”だとは到底思われないだろう
恐らく菱和は気にはしないだろうが、“ちんちくりん”と一緒に街を歩かせるのが申し訳なく思えてしまう
果たして『菱和が自分とのデートを楽しんでくれるかどうか』と、一抹の不安を抱く
取り敢えず───
───何着てこうかな‥‥
ユイは徐にクローゼットを開け、衣装ケースを漁り出した
***
『お晩ですーアズサちゃあん!あけおめー、ことよろー!』
「‥‥‥ああ」
『何でそんなテンション低いのさー?ことよろだよ、こ・と・よ・ろ!』
「るせぇな。酔ってんのかよ」
「うーん、そうねー。お屠蘇の残り飲んでるーあはははー。アズサちゃんが『ことよろ』って云うまで電話切らないからね」
「はいはい。ことよろ。ほんとしつけぇな。‥で、なんか用かよ」
『あのさぁ、明日うちの店来てくんない?会わせたい人がいるんだよねー』
「‥は?」
『どうせ暇でしょー?』
「暇じゃねぇよ。勝手に暇人認定すんな」
『え、どっか出掛けるの?』
「ユイと“デート”」
「あらま!そうなの!そっか、じゃあユイくんも一緒につれておいでよー!」
「‥‥‥、明日じゃねぇと駄目なのかよ」
『うん。明日じゃないと駄目ー。店は休みにしたから、いつでもおいでねー!』
携帯から規則的な電子音が流れる
「‥‥このボケナス」
我妻への憎まれ口を呟くと、菱和は携帯をソファへと放った
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