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132 菱和家の元旦
「ただいま」
「お帰りなさい」
「梓!お帰り!」
「‥‥親父」
「久し振りだな!明けましておめでとう!」
玄関先まで出迎えて来た母(正確には伯母)の真吏子と父(正確には養父)の翼
母とは定期的に顔を合わせてるけど、父の姿を見るのはその言葉通り久々だった
どっかの大企業の重役とかで(詳しくは知らない)、日本全国はおろか海外まで一年中飛び回っている父
忙しくしてはいるものの、“正月には必ず帰ってきて家族と過ごすこと”だけはどの年も欠かしたことがない
これは、父の信条らしい
ソファに座ると、親父は「待ってました」と云わんばかりの顔で、嬉々としてぽち袋を手渡してきた
これも、毎年恒例の風景───
「梓!ほら、お年玉!」
「もうそんなもん貰って喜ぶ年じゃねぇよ。普段から小遣いだって貰ってるし」
「何云ってるんだ、お年玉と小遣いは別だろ?まだまだ子供扱いさせてくれよ。正月気分も味わいたいし!」
そう云って親父はニヤニヤしてる
子供扱いって‥‥あと半年もすりゃハタチなんだけど‥
母さんは横でくすくす笑ってるだけで何も云わねぇし‥‥‥‥まぁ、一応息子らしく年に一回の正月気分とやらに貢献しとくか‥‥あって困るもんじゃねぇし、な
「‥‥‥あざす」
っつーか何だよこの袋に描いてあるやる気ねぇ顔したダセぇ猫は
用意したの母さんじゃねぇな、ぜってぇ
親父のセンスはマジで壊滅的だ
「お前、どこで年越ししたんだ?」
「‥ダチんとこ」
「ほぉ、友達と年越しか!俺も昔やったなぁ。朝まで起きてて、初日の出見に行ったりとかしてな!」
「‥‥俺もそれやってきた。だから今めちゃくちゃ眠みぃ」
「だらしないなぁ、俺は2日の昼までずーーーっと起きてたことあるぞ!」
「‥‥そんなに起きて何やってたの?」
「住んでた街の神社全部回ったり、とか」
「‥ふふ、くだんねぇ。‥‥でも、楽しそう」
「楽しかったぞー、前日から5円玉しこたま用意してな!あー懐かしい‥‥今からでも一緒に行くか?」
「行かねぇ。外寒みぃ。眠みぃ」
親父と俺は、“父と息子”っていうより“年の離れた友達”って感じ
親父は父親振りたいときもあるらしいけど(お年玉寄越してきたりとか)、この関係は俺が望んだこと
そして、親父もそれを受け入れた
父親のことを何一つ知らない俺は、「どう接していいかわかんねぇ」って正直に親父に伝えた
そしたら、
「別に俺を父親だと思わなくてもいい。君にとって都合のいいときだけの父親で全然いいし、書類上、戸籍上だけの父親でも全然構わない。関係云々の前に、君と家族になれるのがとても嬉しいんだ」
にこにこしながら、親父はそう云った
多分‥‥いや絶対に、“変人”なんだろう
でも、だから、この人たちの家族になることを選んだ
お陰で、十分過ぎるほど衣食住が満たされてる
クソ狭めぇボロアパートで極貧生活しかしてこなかった俺にとっては何もかもキャパオーバーするほどスケールがでか過ぎて、初めてこの家に来たときは正直ガチでドン引きした
でも超金持ちだってことを少しも鼻にかけないこの人たちは、何つーかさっぱりしてて、すげぇ居心地良かった
ただ、絵に描いたような家族ってのがいまいち慣れなくて、むず痒くなるときがあって
『家族団欒は、たまにで良い』
そう思った俺は「一人暮らしをしたい」と云った
折角恵まれた生活を与えてもらってるのに、なんてバカなことを‥‥そんな風に捉えられるだろうと思ってた
でも、この人たちは俺の考えや訴えを否定したりしなかった(但し、一人暮らしに関しては『定期的に帰ってくる』という条件付き)
その時だけじゃない
何時如何なる時も、俺の望みを叶えてくれた
今回、“家族で年越しする”っていう決まりを破ってしまうことも許してくれた
やっぱり、“変人”なんだろうな
母が、台所から声を掛けてきた
「梓、お腹空いてない?」
「ああ、大丈夫」
「じゃあ、甘酒でも飲む?」
そういや朝、神社で飲んできたな‥
「‥‥ん」
「真吏ちゃん、俺も!」
「はいはい。今淹れるね」
いつも思う
母さんは、親父のどこが、何が良くて一緒になったのかって
余計なお世話かもしんねぇけど、ほんとそう思う
マグに入った甘酒を、三者三様にして口に含む
あったけぇ、甘酒‥‥美味い
胃がじんわりしてきたところで、母が話を振ってきた
「最近、料理してるの?」
「ん。夕べと今朝も、ダチんとこで蕎麦と雑煮作ってきた」
「お前、渋いなぁ‥‥そんなもんまで作っちまうようになったのか」
「別に大したもんじゃねぇよ。母さんの見様見真似だし」
「やっぱそういうとこは真吏ちゃん譲り、なのかな。はは。将来は料理人か?」
「やだぁ。私の立場なくなっちゃう」
「そんなことないよー。妻の手料理はまた別物でしょー」
「‥ふふ、嬉しい!」
俺が云うのもなんだけど、この夫婦は年がら年中仲が良い
何で息子を前にしても相変わらずこんなラブラブ(死語)なんだろうな‥‥もう一生やっててくれ(云われなくてもそうするだろうけど)
「ほんと、すっかりハマったわね」
「うん。楽しいから。趣味の範囲でしかねぇけど、食ってくれる奴もいるし」
「そう。ふふ‥‥じゃあ、調理師免許とか取ってみたら?」
「調理師‥‥?‥‥‥でも、まだ一年ガッコあるし‥‥」
「おお!真面目ーー!ちゃあんと学校行ってるんだな、偉い偉い!」
「フツーだろ、ガクセイなんだから」
「とか云って、一年のときはサボりまくってたでしょ。っていうか殆ど行ってなかったでしょ」
「‥さーせん」
「『免許取りたてだったからテストだけやりに行ってあとは運転しまくってた』だっけ?あの話聞いたときほんと笑ったわ、ははは!」
「もー、笑い事じゃないってば!ただでさえ2年遅れてるのに、留年なんてしたらたまったもんじゃないと思ってヒヤヒヤしたんだから!」
親父はバカ笑いしてるけど、母さんには高校入学する前から散々心配迷惑苦労掛けまくった
この母親は、14歳の時点で九九すらままならねぇポンコツ以下の俺の学力をたった2年で中学卒業レベルまで底上げした
普段は物腰柔らかな佇まいしてっけど、内に秘めてる根性とか底力とか執念は並大抵のもんじゃねぇ
衣食住は勿論ガッコまで通わせて‥‥“普通の生活”を送らしてもらってることには、ものすげぇ感謝してる(伝わってるかどうかはわかんねぇけど)
っつーか留年なんてするかよ、してたまっか
「‥‥もうこれ以上ダブんねぇから」
「約束よ!?」
「はい約束します。‥‥‥っつうか仮に調理師の免許取ったとこで、それで食ってくかどうかまだ決めらんねぇ」
「はー‥‥うん、そうね。でも、経験積んどくのはアリなんじゃない?」
「経験、って‥‥」
「どっかの料理屋さんでバイトする、とか。実務経験積めば、中卒以上の学歴で試験受けられるみたいよ。趣味と実益兼ねられて一石二鳥じゃない?」
「‥‥実務経験て、どんくらいやりゃ良いの?」
「2年、だったかな」
「ふぅん‥‥‥‥」
確かに料理は好きだけど‥‥今が充実し過ぎてる所為か、そんなこと考えもしなかった
バンドに支障のない程度に‥‥‥‥皆にも、話しとかなきゃなんねぇか
「───親父。母さん」
「‥うん?」
「ちょっと早えぇけど、誕生日プレゼント強請って良い?」
「おう、何だ?」
「‥‥バイトする許可を、ください」
軽く頭を下げても何の反応もねぇから顔上げてみたら、親父も母さんもぽかんとしてた
「‥‥‥‥え、それが今年のプレゼント?そんなんで良いのか?」
「うん」
「───‥ふふっ」
「っははは!何を云い出すのかと思えば‥‥勿論、バイトは好きにやって構わないぞ。っていうか、ほんとにそれで良いのか?」
「うん」
ぶっちゃけると、去年の誕生日プレゼント(?)は『一人暮らしをする許可』、一昨年は『車の免許取得費用・約30万円』だった
「‥‥わかった。じゃあそうしよう。お前がその気なら、馴染みの店に口利きしとくぞ」
「‥‥‥‥」
何だそれ
正直めっちゃ助かる
コミュ障にとって最大の難関『面接』を受けないで済む
‥‥でも、それはなんか違うよな、やっぱ
「‥‥‥‥や、いい。自分の足で捜す。どうしても決まらんかったときは、頼むかもしんねぇけど」
「‥そっか!まぁ、自分が良いと思った店で働くのがいちばんだよな」
「‥んで、幾ら入れたら良い?」
「‥‥、何が?」
「バイト代。うちに、幾ら入れりゃ良い?」
母はきょとん、としたあと、溜め息を吐いた
「‥もう。そんなこと考えなくても良いわよ。自分で稼いだお金は、自分で好きに使いなさい」
「‥‥いや、でもさ、アパート代だって光熱費だって」
「「要ーらーなーい!!その気持ちだけでじゅーぶーん!!」」
‥‥綺麗にハモりやがった‥‥‥‥
「‥‥‥わかりました。有難うございます」
まぁ‥‥バイト代なんてたかが知れてるか
親父の携帯が鳴った
親父はそそくさと席を外した
その隙間を縫うかのように、母は口を開く
「ほんと、見た目からは想像できないくらい行動力あるよね、あなたは」
「そう、かな‥‥」
「そうよ。料理も一人暮らしも車の免許も、楽器もバンドも。バイトも、たった今『する』って決めたでしょ」
そうか‥‥そういうこと、なのか
自分の行動力とか全然意識したことなかった
そういや、いつだったか佐伯にも『真面目』って云われたっけ‥‥未だに何の自覚もねぇけど
「───一年のときとはまるで別人みたい。全然サボってないし」
「ん?」
「学校。楽しい?」
「‥うん、まぁまぁ」
「そう。‥‥一緒に年越しするようなお友達が出来て、ほんとに良かったわね」
まるで自分のことのように、嬉しそうにそう話す母
親っつーのは、こういうものなのかな‥‥今年はも少し帰ってくる回数増やそうか
友達、か‥‥‥‥‥あ、
「‥‥そういや、母さんの飯食いてぇって奴いてさ。冬休み中に連れてきて良い?」
「あら、そうなの?構わないけど‥‥もしかして、一緒に年越ししたお友達?」
「ん、そう」
「‥‥‥女の子?」
この顔は‥‥‥‥さっきとは違った意味合いで、嬉しそうな顔の母‥‥
「‥いや。男」
「あ‥、そう。‥何作ったら良い?」
「何でも良い、と思う。何でも美味そうに食う奴だから」
「ふふっ、それは作り甲斐があるわね」
期待を裏切っちまって申し訳ねぇけど、母さんならあいつを歓迎してくれる筈だ
「‥‥目ぇしぱしぱする‥少し寝てくるわ」
「そうしてらっしゃい。晩ご飯の時間になったら起こすからね」
「ん」
甘酒の入ったマグを携えて、自室に向かう
床には塵一つ落ちていなくて、ベッドには真っさらな布団が敷かれてあった
ここでしか喫わない煙草のヤニ臭さも無く、灰皿も綺麗になってた
俺が一人暮らしを始めてからも、『いつ帰って来ても良いように』と、母は定期的に部屋を掃除している
甘えさせてもらってんなぁ‥‥‥‥
机にマグを置いてベッドにダイブすると、柔軟剤の甘い香りがした
ついさっきまで、この腕の中にいたのに───もう顔を見たくなる
「───‥‥‥‥会いてぇな‥‥」
離したくない
離れたくない
手を繋いでたい
温さを感じたい
柔らかい髪に触れたい
紅潮した頬を撫でたい
抱き締めてたい
独り占めしたい
いつまでも腕の中に捕らえておきたい
ずっと、ずっと
どんだけあいつのこと好きなんだよ俺は
そういうこと想うなんて、やっぱ相当“毒され”てんな‥‥‥
っつーかあいつ「性感帯かよ」ってくれぇ首筋弱過ぎだろ
あの反応、初めて見た
もうちょいやってりゃ、また違う顔が見られたんだろうな‥‥ああほら、やっぱ顔見たくなっちまう‥
「‥‥‥‥‥」
眠てぇ‥‥瞼が重い‥‥‥寝るか‥‥───
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