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124 晦日①
「来たよー」
「お邪魔します」
「おーいらっしゃい。あがってあがって」
晦日の夕方
自室でギターを弾いていたユイは、来客の声に気付いた
一旦ギターを置き、階段をかけ降りると、尊が玄関で来客を迎え入れていた
「‥拓真!リサも‥‥どうしたの?」
「よー。今年は石川家で年越ししようと思ってさ。あっちゃんもあとで来るよ」
「菱和くん、年越し蕎麦と雑煮作ってくれるって」
尊が振り返り、笑む
食材らしきものがぎっしり入っているサミット袋を提げた拓真とリサの後ろには、同じく袋を提げた菱和がいた
「‥‥今晩は」
「アズ‥」
目を丸くするユイを尻目に尊はリビングへ向かい、拓真たちも颯爽と靴を脱いで上がり込む
階段で3人を見送ると、菱和がユイに話しかけながら玄関をあがる
「‥‥うちに泊まってる間、佐伯から電話きたろ。あんときに、『“ここ”で年越し出来ないか』って云われたんだ」
「そう、だったん‥だ」
「お前が俺んち来た日に、尊さんとあっちゃんに相談してたらしいよ」
「知らなかっ、た」
「サプライズ的なやつじゃね」
そう云って、少し口角を上げる
「実家で年越さなくて良い、の?」
「ちゃんと話して来たから」
「そっ‥か」
「‥‥蕎麦と雑煮、食える?」
「うん、好き」
「そ。じゃ、夜まで待ってて」
菱和はユイの頭をぽん、と叩き、リビングに入っていった
ユイは未だきょとんとしていたが、菱和の香水の香りを感じると、家族とだけでなく幼馴染みや菱和と晦日という日を過ごせるのだと次第に実感し、嬉しそうにリビングに向かった
数十分後
ボストンバッグを背負ったアタルが石川家に来た
呼び鈴を押さずあがり込み、人一倍テンションを上げてリビングに入ってくる
「よー、遅くなった!」
「あっちゃん、いらっしゃい」
「案外元気そうだなチビ!‥‥ほい、お前の」
アタルはユイの頭をぐしゃぐしゃと撫で回すと、バッグからスウェットを取り出し、菱和に手渡す
「俺のがいちばんサイズ合うだろーと思ってよ。寝るときに着な」
「ありがと。借ります」
菱和は軽く会釈して、スウェットを受け取った
皆がリビングに会し、テレビを観ながら談笑をする
“合宿”宛らの雰囲気が漂い、ユイはわくわくした
『石川家で年越しをする』と提案をしたのは、拓真だった
年末年始は確実に父と兄がいるが、普段のユイは自宅で一人で過ごすことが多い
今までも食事や家事の面で何かと心配することは多々あったが、数日前に過呼吸になったことでその心配は増すばかりだった
ユイが少しでも気を紛らわすことが出来ればと思い、拓真は前もって尊とアタルに相談をしていたようだった
尊もアタルも快くその提案を受け入れ、菱和もその話を聞き入れた
当日まで黙っていたのは、菱和も云っていた通り『ユイをびっくりさせよう』と思ったからだ
和やかなときが流れる石川家のリビング
ユイは家族や友達の気遣いと優しさに顔を綻ばせ、皆の顔を一通り見回しながら笑んだ
***
21:00頃
年越し蕎麦に備えて夕食もそこそこに済ませ、皆まったりと過ごしている
「おーやーじーさんっ。なんか酒作りますかっ」
アタルがユイの父・辰司に話し掛ける
ダイニングのテーブルで柿ピーをつまみながらのんびりと酒を呑んでいた辰司は、上機嫌になった
「ふふ、じゃあお願いしようかな。アタルくんのカクテル飲むの久し振りだなぁ」
「ビールベースで作って良いすか?」
「うん、オススメのやつで」
「りょーかいっす!」
アタルは前もって冷蔵庫で冷やしておいたジンジャーエールを取り出した
同じく冷蔵庫で冷やされたビールと共に半量ずつグラスに注ぐと、あっという間にシャンディ・ガフの出来上がり
尊と自分の分、そしてもう一つ、同じように作っていく
「どぞ、シャンディ・ガフっす!」
「おおー、頂きます」
「お代わりあったら云って下さいね!尊ー、酒入ったぞー!」
「おー、今行く」
「ひっしー、お前もこっち来い!」
アタルに呼ばれた菱和と尊は、ダイニングに移動する
「ん、シャンディ?」
「美味しいよー、どっちの味も楽しめて良いねぇこれ」
辰司はにこにこしながらシャンディ・ガフを飲んでいる
酒が入りすっかりご機嫌の父を一瞥し、尊は軽く溜め息を吐いた
「‥で、何で菱和くんもこっち呼んだわけ?」
「あ?んなもんコレ呑ます為に決まってんだろ」
そう云って、アタルは菱和の目の前にシャンディ・ガフの入ったグラスを置く
菱和は何度か目を瞬かせた
「‥‥俺まだ未成年すけど」
「っかー‥‥‥‥んとにお前は‥‥真面目かっ!!19もハタチも大して変わんねぇっつの!今日くらい付き合えって!親父さんは出来上がってるから何も心配いらねぇし、お前の分はビールの量少なくしといたから。ほら、呑め」
「‥‥‥‥」
『まだ未成年』とは云いつつも、実は菱和は何度かアルコールを飲んだことがある───しかしそれは不良時代の話だ
久しく口にしていないアルコールに少し躊躇ったが、菱和はぐ、とシャンディ・ガフを飲み下した
アタルの云う通りビールの風味は抑えられていたが、混ざり合ったビールとジンジャーエールの喉越しが心地好く感じた
「いい呑みっぷりだねぇ。はい、かんぱーい」
辰司は自分のグラスを掲げ、菱和に乾杯を促した
菱和はノリノリの辰司に少し吹き出しそうになりつつ、グラスを合わせる
カチ、と小粋に鳴る音に、尊は目を細めた
「‥‥菱和くん、だいじょぶ?」
「‥‥イケそうです」
菱和はこくんと頷き、二口目を飲む
「‥‥‥まぁ、今日くらいはいっか」
「そーそー!オオミソカなんだからよ!っつーかお前、実は酒呑んだことあるだろ?」
「‥‥、何回か」
「だよなぁ!やっぱそーこなくっちゃな!」
「何がだよ、全く」
思いきりドヤ顔をするアタルを見て、尊は呆れた顔をした
続いてアタルは冷蔵庫に仕舞っておいたレモンを取り出し、輪切りにする
グラスを3つ用意し、先程使ったジンジャーエールを注ぐと、グレナデンシロップを大さじ2杯分ずつ加える
軽くステアすると、グレナデンシロップの赤い色がジンジャーエールに溶けていく
仕上げに輪切りのレモンを浮かべ、ノンアルコールのカクテルが出来上がった
「ほい、お前らの」
アタルはシャーリー・テンプルの入ったグラスをリビングに持って行き、ユイと拓真とリサにそれぞれ手渡す
「あ、これ!めっちゃ好きなやつ!」
「やった。頂きまーす」
ユイと拓真は直ぐ様口をつけるが、リサはまじまじとグラスを見つめていた
「すごい綺麗な色‥‥何入ってるの?」
「ジンジャーエールと、グレナデンシロップっつって、ザクロのシロップ。“シャーリー・テンプル”っていうカクテルで、よくこいつらに作ってやってんだ。ま、一口飲んでみ」
「うん‥」
アタルに促され、リサはグラスに口をつけた
ジンジャーエールの炭酸に溶け込んだグレナデンシロップは、ドレンチェリーのような濃く甘い風味を残しつつも、全体のバランスを保っている
シンプルな刺激のジンジャーエールに、鮮やかな彩りととろりとした甘みのグレナデンシロップ
その配分は、絶妙だった
「どうよ、リサ?」
「‥‥‥‥、‥‥美味しい。飲みやすいし綺麗だし、結構好きな味」
「‥だべ!美味ぇべ?俺もコレ大っ好きなんだよ、酒は入ってねぇけど」
アタルは満足げにニヤニヤと笑った
アタルが振る舞ったカクテルにのんびり舌鼓を打つ一同
晦日も残り数時間
いつもより賑やかな石川家の夜が、まったりと更けていった
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