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125 晦日②
「台所、借りますね」
シャンディ・ガフを飲み干した菱和は辰司や尊に声を掛け、キッチンに立った
冷蔵庫を漁り、蕎麦を作る段取りをする
「お、待ってましたー。ってか、もうそんな時間か」
尊がリビングの掛け時計に目をやる
時刻は23:30頃
日付を越え、新年が始まるまであと僅か
つけっぱなしのテレビには、カウントダウンの瞬間を待ち侘びる参詣客で埋め尽くされた神社の様子が映っていた
頬杖をついて、拓真が皆に問う
「俺らはどうする、初詣?」
「行くかぁ?わざわざ面倒臭せぇなぁ‥‥」
アタルは新しいビールの缶を開けながら至極面倒臭そうな顔をした
「あっちゃんここにいれば?俺は行ってきたいなやっぱ。毎年行ってるし」
「俺もー!リサも兄ちゃんも行くしょ?」
「まぁ、起きられれば」
「私も」
「ねー、アズも行く?」
「‥‥みんなが行くなら」
キッチンにいる菱和は、ユイの問いに振り向き返事をした
「やった!‥でもさ、どうせ行くなら初日の出も見に行きたいな!」
「おいチビ、お前起きてられんのか?てか起きられんのか?」
「起きてられるよ!起きれるよ!あっちゃんこそ、そんな呑んだら寝過ごしちゃうんじゃないの!」
酒が進んでいるアタルは3缶目のビールを開ける
ユイの一言に、ふん、と鼻で笑った
「俺は親父さんと昼までのーんびり寝てっから良いんだよ」
「‥みんなで行きたいのに!ケチ!」
「まぁまぁ。じゃあ、アタルくんは俺と留守番ってことで」
「ですね!明日も昼間から呑みましょーや!」
意気投合する、アタルと辰司
尊がじとりと睨み付ける
「おいおい、呑兵衛共。程々にしろよな」
「だって、アタルくんと一緒だとついつい進んじゃうんだよー。ねー?」
「ねー!」
アタルと辰司が上機嫌で肩を組むのを、尊は呆れ顔で見つめていた
***
「出来ました」
菱和がダイニングにいる尊、アタル、辰司の前にそれぞれ丼を置いていく
「お、美味そー」
「良い匂いだねぇ」
湯気が立つ出来立ての蕎麦は、鴨南蛮のようだ
濃いめの汁に浸った蕎麦の上に、鴨肉と長葱が乗っている
シンプルながら、その見た目と匂いは「深夜に食しても申し分無い」と皆が感じた
「お好みで、天かすもどうぞ」
小鉢にたっぷりと盛られた天かすと七味唐辛子はセルフサービスにし、菱和はダイニングの空いている席に自分の丼を置いて座った
「わーい!俺入れるー!」
「俺もー」
「ユイ、私のも入れて」
「ほーい!」
「たー、七味くれ」
「はいはーい」
「あ。アタルくん、俺にもちょうだい」
「おいっすー」
各々が好みで天かすと七味を散らし、ユイ、拓真、リサは自分達の分をリビングのテーブルに運んでいった
「んじゃ、頂きまーす!」
「まーす」
蕎麦を啜る音が、一斉に響き渡る
菱和は箸を持ったまま、全員が蕎麦を口にするのを静観した
次第に、溜め息と共に感想が聴こえてくる
「‥‥あぁー‥‥‥‥美味しいね」
「‥ほんと、めっちゃ美味ぇ」
鴨の出汁と油分が溶け込んだ汁が、胃にじんわりと染みていく
蕎麦は更科で、するりと喉を通っていく
菱和の料理を初めて口にする尊と辰司は感嘆の表情を浮かべた
「『五臓六腑に染みる』って、このことを云うんだろうなぁ‥‥」
「ね!アズの料理、美味いっしょ!」
「うん。店で食うより美味いかもしんない」
「あー‥俺もう一杯食いてぇ」
「私もお代わりしたい」
蕎麦一杯で『お代わりをしたい』とまで云われるとは思ってもみなかった菱和は、「口に合ったようで何よりだ」と安堵した
「‥‥お粗末様です」
***
「あ。ねぇ、あと5分!」
皆が蕎麦を平らげた頃、ユイがテレビに注目した
つけっぱなしのテレビの時計表示は23:55
間もなく、新年が明けようとしている
ユイは、毎年のことながら年が明けるその瞬間を今か今かと待ち侘び、テレビに映っているタレントらと共にカウントダウンをする
他の皆も何となくそわそわする気持ちは同じだが、ユイは毎年人一倍ハイテンションでそのときを迎える
アタルはテレビに食い入るユイを呆れ顔で見た
「年が明けたからって、特別何も変わんねぇだろ」
「そんなことないよ!やっぱなんかちょっと違うじゃん!」
「まぁ、毎年毎年のことだけど、この瞬間はちょっとわくわくしちゃうよな」
「だよね!」
顔を見合わせるユイと拓真を尻目に、アタルは頭を掻いて溜め息を吐いた
「そんなもんかねー‥‥」
「あーあ、あっちゃんてば。もう純粋な気持ちで新年を迎えられなくなったんだね‥‥年とったね」
「るせぇバーカ。まだまだ気持ちは若けぇつもりだよ」
「“つもり”でしょー!?来年で幾つになるっけー?」
「24だよ。なんか文句あっか」
「別にー。10代と20代の越えられない壁を実感してるだけ」
「んだよそれ。んなこといやぁひっしーだって年越しゃ二十歳になんだろうがよ」
「あ、そっか。そうだったね。でもアズはハタチになっても高校生だし!」
「俺だってまだ学生だっつの!」
「ふーん、でもいつまで学生でいるつもりー?来年はちゃんと卒業出来るのかなー?」
「───てめえぇ、調子こきやがってこの野郎!!!」
「ふはは、怒ったー!」
ユイとアタルはふざけて部屋をどたばた走り回る
そのうちユイはアタルに捕まり、羽交い締めにされた
そしてその間に日付は越え、新年がスタートしてしまっていた
日付が変わる瞬間を待ち侘びていた筈が、すっかりその時を逃してしまったユイ
果たしてどんな顔をするのかと思いを馳せながら、拓真たちはじゃれ合うユイとアタルを静観していた
ふと視線を感じ、ユイは顔を上げた
「‥‥え、何?」
拓真がニヤニヤしながらテレビを指差した
時計の表示は、0:03と表示されていた
「──────あ、」
ぽかんと口を開け、テレビを見つめるユイ
ただただ呆気に取られたような、間抜けな顔をしている
大方「こんな感じになるんだろうな」と思っていた拓真と尊は、必死で笑いを堪えている
リサと菱和は素知らぬ顔をし、テレビを一瞥した
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥あけおめ」
皆が沈黙する中、辰司がにこりと笑ってそう呟いた
ユイと拓真、アタルは噴き出した
「っことよろー!!」
「はははっ!今年も宜しくでーす!」
一同が、新年を慶び笑い合う
新しい年が明けてもきっとこの状況はずっと変わらずにいるだろう
昨年を思い起こせば良いことも悪いことも含めて様々な出来事があったが、新たな気持ちで前に進んでいこうと、各々がそう思っていた
日の出まであと6時間余り
辰司は一足先に就寝することにしたが、他の面々は早朝から初日の出を見に行く予定でおり、その後すぐに初詣を控えているのにも関わらず、どこからかトランプを持ってきて興じる様子
そしてアタルは冷蔵庫からビールを取り出し、尊と菱和に手渡している
石川家の夜は「まだ始まったばかり」のような雰囲気に包まれていた
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