NEW ENTRY
[PR]
123 lång telefonsamtal
“家族会議”が終わり、自室でぼーっとしていたユイは、ふと時計に目をやる
時刻は間もなく日付を越えるというところ
───まだ起きてるかな
思い立ち、携帯を手に取る
操作をして画面に映し出されたのは、菱和の名前
少し躊躇った後、ユイは通話ボタンを押す
3コール目で、低く嗄れた声が聴こえた
『‥‥‥‥はい』
「あ、アズ‥‥まだ起きてた?」
『うん。‥‥早速かけてきたな』
「へへ‥‥ごめ‥‥‥」
『や、なんも』
「今、電話大丈夫‥?」
『ん。‥‥あ、今日は、‥‥っつーより今日“も”、ありがとな。一緒にいてくれて』
それはこちらの台詞───
ユイはそう思った
心が砕けそうになっていた自分の傍を片時も離れず、尽くしてくれた
沢山、愛情をくれた
何度お礼を云っても足りないくらいだ
それなのに、逆に菱和から感謝される
自分は何も返せていないのに───申し訳なく思うユイの耳に、菱和の声が届く
『‥‥今日の飯、マジで美味かった。また今度、お気に入りの店連れてって』
「‥うん。アズと行きたいとこ、沢山あるんだ。‥‥あ、冬休み中にたこ焼き屋さん連れてったげる」
『‥‥たこ焼き?』
「丸山商店街の端っこにある小っちゃいプレハブみたいなお店なんだけど、大きくてふわふわでめっちゃ美味いんだー‥‥おっちゃんが一人でやってるんだけど、いっつも多めに入れてくれたりお菓子とかジュースとかおまけしてくれんの。ソースも色々種類あってさ。おすすめは出汁がかかってるやつ。ふやふやになって味が染みて、ほんと美味いんだよ」
『へぇ‥‥それ超美味そう』
「うん、絶対食べてもらいたい!」
『‥‥じゃ、近いうち連れてって』
「うん!へへへ‥」
ユイは長年慣れ親しんだ味を菱和と共有出来たことが嬉しかった
菱和が自分の好きなものを気に入ってくれ、共有出来るものがどんどんと増えていく
恐らく、菱和にもそういうものが存在するだろう
同じようにそれも共有していければと、ユイは思った
顔を綻ばせていると、煙草の煙を吹かしているのであろう息遣いが聴こえた
嗄れた声が、ユイに問う
『‥‥‥‥、‥‥なんかあった?』
「う‥?なんか、って‥‥」
───なん、で‥わかっちゃうの‥‥
ユイはギクリとした
少し前までこの部屋で家族会議が行われ、〆に号泣した
気持ちは落ち着いているものの、腫れぼったい目が瞬きをする度にぼんやりと霞む
『‥‥別に電話寄越すのに特別用事なんかなくても良いんだけどさ。‥‥‥‥声聴けるだけでも嬉しいしな』
電話越しで煙草を吹かしながらそう話す菱和の声
ひどく穏やかなトーンで『嬉しい』と云われたユイは一気に顔が熱くなり、心拍数が上がった
声だけのやり取りは、顔が見えない分一緒にいるときとはまた違った緊張感があり、ユイの脳内は菱和の一言で埋め尽くされていく
『‥‥‥、‥どした?』
「‥‥も、変なこと云うから‥」
『あ?俺なんかまずいこと云った?』
「‥‥自覚、ないの‥‥‥‥」
『‥‥‥‥、“声が聴けるだけで嬉しい”って?』
「ん‥‥そんな何回も云わないで」
『ふふ‥‥でもほんとのことだからしゃーないべ』
「そー‥‥ですか‥‥‥‥」
電話口で菱和がくすくす笑うのが聴こえる
今まで菱和に云われた言葉で何度も赤面してきたユイは、あまり感情を表に出さないタイプの菱和が『実は割りと思ったことを口に出す方』なのだと思った
『‥‥‥‥なんかあったか?』
軽く咳払いをし、ユイは話し出した
「ん‥‥‥。‥‥あんね、父さんと兄ちゃんに、『カウンセリング受けてみないか』、って云われたんだ」
『カウンセリング‥‥?』
「うん‥‥‥‥」
ユイは家族会議が行われたことを打ち明けた
家族が自分のことを考えてくれていたことに感極まって涙してしまったことも、全て話した
菱和はユイの話を黙って聞いていた
話し終えたところで、また煙を吹かすような息遣いが聴こえる
『そっか‥‥‥‥。‥‥お前は、どうする気でいるの?』
「‥‥、やるだけやってみようかなって思ってる、けど‥‥」
『‥‥けど?』
「ん‥‥不安というか緊張というか‥‥‥‥大丈夫かなぁ、って‥‥ちゃんと自分の話出来るかなぁ、とか‥‥」
『その辺は気にする必要ねぇよ。相手もプロだからな、ちゃんとお前の気持ちに配慮して話してくれるだろうし、お前が話しやすいようにちゃんと環境整えてくれるよ。‥‥カウンセラーとの相性もあるだろうから、“合わねぇ”と思ったら変えてもらえば良いし。‥‥俺もお前の話は聞くから、いつでも云いな』
「‥‥、うん、そっか‥‥‥‥。‥‥でも、カウンセラーの人は仕事でそういうことするでしょ。なん、で、アズは‥そこまでしてくれるの‥‥」
『‥“なんで”?‥‥お前が辛いとか苦しいとか感じてること自体めちゃくちゃ嫌なんだよ俺は』
「‥、だから、何でそこまで想ってくれるの‥‥?」
『‥‥“そんくらい好き”ってことだよ。お前が苦痛に感じてることは、全部取り除いてやりたい』
当然菱和の気持ちは嬉しいのだが、“相手にどこまで寄り掛かって良いものなのか”という判断が、ユイにはまだ難しいようだ
「‥‥‥、俺、ね、距離の取り方っていうのかな‥‥そういうの、まだよくわかんなくて‥‥‥‥拓真とかリサとは違った距離感‥でしょ、アズとは‥‥」
『‥‥‥‥、少なくとも、佐伯たちとは違う距離感で見てくれてんのな』
「うん‥‥そ‥だね‥‥やっぱり、違うよ、ね」
『‥‥。‥‥そんならさ、あんま理屈で考えんな。“何でかな”と思うことがあったら、“それくらい好きなんだな”って思えば良い。実際、単純にそれだけのことだから。‥‥距離の取り方なんかも、お前のペースでゆっくり落としてけば良いんじゃねぇの』
「‥‥、俺がそういうこと理解できるまで、待ってくれる‥‥?」
電話口から、ふ、と笑む声が聴こえる
『なんぼでも付き合ってやるよ。‥‥でもさ、云っとくけど、俺もお前の云う“距離感”とか探り探りだからな』
「そう、なの?」
『だって、まともに恋愛すんのお前が初めてだもん』
「‥‥ほんとに?」
『ほんと。っつーか、こんなことで嘘吐いたり変に見栄張る必要なくねぇ?』
「いや、だって‥‥慣れてるから‥‥‥‥」
『慣れてねぇっつの。ほんと疑り深いよな、お前って』
「だっ、て‥‥わか、ないんだも‥」
『そ。‥‥ま、その辺もゆっくり慣れてきゃ良いんじゃねぇの。‥‥‥‥俺は結構、楽しんでるよ』
「楽、しい‥‥?」
『‥‥お前の色んな顔とか反応見れんのが、楽しい。まだ見せてない顔も、沢山あんだろ。これから先もそういうのが沢山見れるんだなって思うと、結構楽しみだよ』
───そういう考え方もあるんだ‥‥
ユイは菱和の言葉に感心すると同時に、楽しむ余裕がある菱和が少し羨ましくなった
「‥‥俺も、アズの色んな顔見たい。もっと、アズのこと沢山知りたい。‥‥‥‥これからも、宜しくお願いしま、す‥‥」
『ふふ‥こちらこそ。‥‥‥‥あ、そだ。さっき部屋漁ってたら我妻のCDもう一枚出てきたんだけど、聴く?』
「‥あ‥‥うん!聴きたい!」
『今かけるから、ちょっと待ってな』
その後、菱和がかけた我妻のCDを電話越しで聴き、ユイはああでもないこうでもないと感想を云った
初めての長電話は明け方まで続き、終わった頃には空が白み始めていた
- トラックバックURLはこちら