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119 石川家
「‥‥俺ね、何となーく、“More Than Words”の意味がわかったかも」
「‥‥‥ん‥?」
「『言葉よりももっと』って意味でしょ?‥‥夕べ、その‥‥‥キス‥したときに、何となく実感した」
「‥そうなん‥‥?」
「‥‥、『好き』、って、云わなくても、伝えられるって、わかったから‥」
「‥‥‥俺が寝てるタイミングで?」
「や、それは‥‥ほんと、ごめん」
「んーん。最初『何事か』と思ったけど、すげぇ嬉しかったよ。‥‥‥でも、どっちもおんなじくらい欲しいかな」
「ぅ‥‥え?」
「‥‥だいぶ前にヌーノのインタビュー記事読んだんだけど、“More Than Words”には結構深い意味があってさ。『“好き”とか“愛してる”とかいう類いの言葉を軽々しく使うから、その“魔法の言葉”さえありゃどんな状況でも修復出来ると誰もが思ってる。でも時には、それ以上のことをして気持ちを表さなきゃいけない。“言葉以外のやり方”も存在する』‥ってさ。‥‥でも“そういう言葉を望んでないってわけじゃない”とも歌ってる」
「その歌詞‥どこ?」
「最初んとこ。‥“It's not that I want you not to say.But if you only knew”。‥‥記事読んだ当時はヌーノが何云ってやがんのかさっぱりわかんなかったけど、今なら俺も少しだけわかる気がするよ。‥欲張りかもしんねぇけど、言葉も、それに代わるものも、両方欲しいな」
「ど、努力しま‥す」
「ふふ‥‥別に無理しなくて良いよ」
「無理じゃない、よ!アズのこと、好きだもん‥」
「‥‥‥好き?」
「‥、‥‥うん」
「‥‥俺も、好きだよ。ユイ」
「‥‥、ふ‥‥‥」
「‥‥これからも、沢山するから覚悟しとけよ」
「ん‥‥‥」
「‥顔、真っ赤」
「だ、って‥!」
「ふふ‥‥‥」
2人は寝起きに“More Than Words”の歌詞の意味を振り返り、“言葉以上に伝えられるもの”を存分に共有し合った
***
ユイは15:00頃まで菱和の自宅で過ごし、帰る身支度を始めた
昨日拓真とメールでやり取りしたことをふと思い出し、『菱和も誘ってみる』と云っていたのをすっかり忘れていた
身支度を整える傍ら、菱和に打診した
「あのさぁ、アズ」
「ん?」
「今日の夜ね、ゴハン食べに行くの、アズも一緒に行かない?」
突然の誘いに、菱和はきょとんとした
「‥‥‥‥、俺が行って邪魔じゃねぇ?」
「何で‥?アズさえ良ければ、一緒に行きたいんだけど」
「‥‥。‥‥‥‥じゃ、お言葉に甘えて。どっちにしろお前を家まで送るつもりだったし、俺も支度するわ」
「‥うん!」
元々ユイを自宅まで送り届けるつもりでいた菱和は、財布と携帯をポケットに突っ込めば支度は済んでしまった
流石にユイの自宅で煙草を喫うわけにはいかないと思い、出掛ける前の一服をする
「忘れ物ねぇ?」
「うん、ない!」
「‥‥ま、あったとしてもすぐ会えるんだろうけどな」
「‥ふふ。そうだね」
時刻は15:30前
二人は揃って玄関に向かう
「そだ、これやる」
「ん?」
靴を履いたところで、菱和はキーケースに付けてある自宅の鍵を外し、ユイに手渡す
鍵を受け取ったユイは、目を丸くして菱和を見上げた
「‥‥貰っちゃって、良いの?」
「鍵あれば、いつでも来れるだろ。俺がいなくても、好きに出入りして良いから」
菱和の部屋の鍵を貰った───自分の生活空間に躊躇いもなく迎え入れてくれる
ユイは、貰った鍵をぎゅ、と握り締めた
「‥有難う」
「ん。‥‥行くか」
「あ、アズ。ほんとに、ほんとーーーに、お世話になりました」
ユイは深々とお辞儀をした
菱和はふ、と口角を上げると、そっとユイを抱き寄せ、額に軽くキスする
「またいつでもいらしてください」
キスする度に、ユイは目を丸くして頬を赤らめる
勿論今も、ご多分に漏れない
少しの間は、したくても出来なくなる───そう思うと益々離れがたくなり、この部屋から出したくなくなってしまう
菱和は名残惜しそうにユイの頭をぽんぽん、と叩き、優しく笑いかけた
***
16:00を少し過ぎた頃
2人は石川家に到着した
鍵はかかっておらず、既に拓真とリサが待機しているようだった
玄関を開けると案の定、拓真のスニーカーとリサのパンプスがあった
「ただいま!」
「おー、お帰りー!」
「お帰り。寒かったでしょ。‥‥菱和は?」
「いるよ!」
ブーツを履いている菱和は、少し間を置いてリビングに入ってくる
「よう」
「ひっしー!いらっしゃーい!」
「案外早かったね。適当に座ってて、今なんか飲むもの持ってくるから」
「お気遣いなく」
「ひっしーも行くっしょ?飯食いに」
「ああ。家族と幼馴染み団欒のとこ水差しちゃ悪りぃけど」
「そんなこと、なーんも気にしないで良いのに!」
「たけにいにも、ちゃんと伝えてあるから」
「‥‥そっか」
菱和はソファに座り、自分が“イレギュラー”であることはもう気にしないことにした
***
「あ。俺、兄ちゃんの布団出してくる。押し入れにしまったまんまなんだよね」
「あんま勝手に他んとこいじくんなよ」
「へ?何で?」
「もしかしたら見られたくないもの隠してあるかもしんないじゃん」
「どこに?」
「‥‥‥‥“ベッドの下”、とか?」
「そーそー!」
菱和の一言にけらけら笑い出す拓真
ユイには何故拓真が笑っているのか皆目検討もつかない様子で、軽く首を傾げる
───ベッドの下?何隠すんだよ?点数悪かったテスト?‥‥俺ならまだわかるけど、っていうかそんなんしたことないけど、兄ちゃんに限ってそんなことあり得ないし
「‥‥別にいじくんないよ、そんなとこ。‥変なの」
ユイはきょとんとしたまま階段を上がっていった
見送った拓真と菱和は、思わず苦笑いした
「‥‥‥‥あいつ、マジで鈍いのな」
「ほんとねー。ピュア過ぎてたまにどこまで話して良いかわかんなくなる。‥‥でも願わくば、ユイには永遠にピュアでいてもらいたい」
「それは、無理じゃね」
「いや、わかってんだけどさ。やっぱいずれはそういう知識も身に付くよなぁ、哀しいけど」
「‥‥‥‥‥‥、“いずれは”、な」
その言葉に含みを感じた拓真
ユイに“無駄な知識”を植え付けるのは自分でもリサでもアタルでも尊でもなく、今自分の横で意地悪そうにほくそ笑んでいる菱和かもしれない
そんなことを想像すると、少しだけ背筋がゾクリとした
「‥‥‥やーめーてー、ひっしーいぃ‥‥お願いぃ‥‥」
「安心しな、“今んとこ”はあいつに余計な知恵つける気ねぇから」
「“今んとこ”じゃなくてぇ、俺の願いは“永遠に”なのぉ‥‥頼むよぉ‥‥‥‥」
「さて、どうなるかな‥」
『全ては自分次第』だと云わんばかりに含みを持った笑いを浮かべている菱和は、縋るように懇願する拓真の肩をぽん、と軽く叩いた
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