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7 散髪②
連休中に出された課題を颯爽と終わらせ、すっかり手持ち無沙汰
特段やることもない一日
煙草を咥えてぼーっとしていると、テーブルに置きっぱなしの携帯が着信音を奏でた
『15時くらいには終わりそう♪』
メール画面を開くと、そう記載されていた
「場所どの辺?」
『ここのお店にいるよ(*^^*)おやつ食べよ♪』
その一文と共に、美容室の情報が記載されているURLが添付されていた
───青雲町‥‥40分くらいで行けっかな
「うん。終る頃に行く」
『おっけー( ´∀`)b』
───“おやつ”‥‥‥ま、軽めに飯食っとくか
ユイを迎えに行くまでの間に食事を摂ろうと、菱和は昼食の準備をし始めた
***
「こんなもんか、な。どうよ?」
奈生巳はブローを施した後、ヘアワックスで軽く動きを付けた
手鏡と全身鏡の会わせ鏡で、後ろも確認する
短くなった髪と元気良く跳ねた毛先にユイはすっかり御満悦で、目をキラキラさせた
「わぁ‥‥‥‥すごい!!夏っぽい!」
「は、何だその感想。もし自分でもワックス付けてぇなら、こんだけ取りゃ十分だから」
「わかりました!アズなんて云うかなぁ‥‥へへへ」
───あいつに見せるのがそんなに楽しみなのか‥‥あいつもあいつでどんな反応すんだか‥‥ガチで謎だ
手鏡を持ち頻りに鏡を見てはにかむユイを見遣り、奈生巳は片付けと掃除を始めた
相容れなさそうな二人の関係がどうしても気になり、床を掃きながら尋ねる
「‥‥‥‥お前さ、」
「はい?‥あ、手伝いますよ!」
「いいよ。それよかジュース飲んじまえ。コップも仕舞わなきゃなんねぇから」
「ああ、まだ全部飲んでなかった‥‥‥で、何ですか?」
「どうやって、あいつと仲良くなったんだ?」
「どうやって‥?んーーー‥‥‥‥まず、俺がアズをバンドに誘って‥‥ああでもその前に俺の兄ちゃんがバンド抜けることになって新しいベーシスト捜すことになって、同じクラスになったばっかでアズがベース弾けるって全然知らなかったけど偶然友達が知ってて‥」
「細けぇ情報は端折れよ。云われてもわかんねぇから。とにかく、お前があいつを誘ったのが始まりなのな。どうやって口説いたんだよ、あいつの性格上素直にオッケーするとは思えねぇんだけど」
「フツーに誘っただけですよ、それに最初から前向きでした。てか、普段から絡みに行ってた所為かなぁ‥‥あ、でも嫌々加入した訳じゃないですよ!加入まで‥ってか、加入した後も、今までほんと色々あったんですけど‥‥‥‥俺にとってもバンドにとっても、アズは大事な人です!」
「‥‥そんだけあいつのこと想う奴がいんなら、俺なんて尚更要らねぇじゃん」
「それとこれとは別っす!『縁のある人とは一度別れてもまた巡り会う』みたいですから!つまり、そゆことです!」
無理矢理話をまとめるユイ
仏頂面ののっぽと、ニコニコ顔のチビ
バンドが切っ掛けとはいえ、明らかにキャラの違う二人がバンドメンバーとして成立しているという事実は、奈生巳にとっては無理がある話だった
極シンプルに“色々あった”ということが示されただけで、“大事な人”と云わしめ相手を庇うまでに至った経緯は謎のまま
しかし、
───何気に面倒見良かったもんな、あいつ。こいつも無駄に人懐っこいし‥‥よっぽど“ハマった”の、か
或いは、“ユイが手懐けた”というよりは“菱和が絆された”と見る方が妥当かもしれない───屈託なく話すユイを見て、奈生巳はそんな可能性を見出だした
「‥‥は、何だそれ」
とんだKYのお陰で一杯食わされた気分だったが、未だ胸の内に残っていた“マブダチ”の存在が、漸く奈生巳の心に落ちていった
ユイの云う“縁”とやらを信じてみることにし、満更でもなさそうな顔をした
***
15:00を少し回ったところ
菱和はスマホで地図を表示させ、“ASH”付近を歩いていた
───多分、この辺の筈‥‥“おやつ”って何食いてぇんだ、いつもの感じで良いんかな
普段から賑わいを見せるビル街の一角
この近辺なら“おやつ”には事欠かない
何が良いのかと思案しながら、目的地を目指す
スマホのナビが終了を告げる
ふと顔を上げると、“ASH”の前に人がいるのが見えた
「‥‥‥‥、‥‥?」
───誰だ、あれ‥‥‥
「あ、今度ライヴ観に来てくださいよ!アズが作った曲、もうそろそろお披露目なんです!」
「ふーん‥‥‥っつーか、自分らで曲作ってんのか」
「はい!カヴァーもオリジナルもやってます!」
「そ。‥‥ま、時間あったらな。ピック投げて寄越したら拾ってやるぜ」
「じゃあ、いっぱい投げます!“しゅしゅしゅー”って!」
「‥手裏剣かよ」
普段よりさっぱりとした印象のユイと並んで話す奈生巳の姿を認め、菱和は直ぐ様駆け寄った
「ユイ───」
「あ、アズ!」
菱和の姿が目に映る
嬉々とするユイに反し、奈生巳は一瞬たじろいだ
「ナオさんに切ってもらったんだ!どぉ?」
ユイはくりくりと毛先を触り、すっかりご機嫌だ
奈生巳は素知らぬ顔をしており、敵意は無かった
───‥ナオが‥‥?‥何がどうなってやがる‥‥‥
菱和はただ理解に苦しむばかり
ひそりと眉間に皺を寄せ、何とか目の前の状況を理解しようと試みた
「‥‥んじゃま、俺は帰るよ」
ご満悦のユイを尻目に、奈生巳は“ASH”のドアを閉め施錠をした
「え?いやいや、ってかナオさんも一緒に、これからみんなでおやつでも‥」
「なんだ、“おやつ”って」
「いや、もう15時だし‥‥おやつ食べながらお話しましょうよ!」
「云い忘れてたけど、生憎これからバイトあんだ。悪りぃけど、もう行く」
「そっ、か‥‥忙しいんです、ね」
「こう見えてな。‥‥‥‥‥一応、礼云っとく。なかなか良い練習台だったよ。ありがとな、このお節介」
「へへ、いえいえ!」
マジで余計なことしてくれやがって───奈生巳はニヒルな笑みを浮かべたが、胸の内では“縁”を繋いだことに感謝していた
先日の出会いからさほど日にちが経っていないにも拘わらず、いつの間にか親しくなっているユイと奈生巳
そのことが未だ、甚だ疑問の菱和はただ沈黙していた
奈生巳が視線を寄越すとその瞳を捉え、二人はまた牽制し合うように互いを見る
「──────お前、来月誕生日だよな」
先に沈黙を破った奈生巳
かなり予想外の言葉だった
「‥‥‥、‥ああ」
「‥今度、飲み行こうぜ。これで“みんな”ハタチだしな」
そう云って、奈生巳はふわりと笑んだ
積もる話はその時にすれば良い
葛藤も、時間の制約も無い“その時”に
お節介チビが持ってきた“縁”は、きっとここからまた始まる
───覚えてたのか‥‥誕生日なんて
「‥‥‥‥ん」
良くも悪くも、変わっていない───
中学時代の面影が残る奈生巳の顔に安堵した菱和は、穏やかに頷いた
「‥じゃあな。散髪してぇときはいつでも云いな」
「はい!今度また、改めて!連絡ください!ほんとに有難うございました!」
「───“おやつ”さ、」
「ん、何食べよっか?てか、時間ぴったりだったね。さすがアズ!」
「いや、別に。‥eichelでパン買って、うちで食わねぇ?まだどこも混んでるだろうし、のんびりしてぇ」
「お、良いね!おっけー!じゃ、eichel行こ!」
イメチェンし、すっかりご機嫌のユイ
中学時代のマブダチと、飲みに行く約束をした菱和
雑踏に消えていく奈生巳の後ろ姿を見送ると、二人は仲良く並んでeichelへ向かった
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