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5 “ナオミ”
暦は5月に
大型連休を控え、浮き足立つ学校内
思い思いに予定を立て、充実した日々に備える
ユイたちもご多分に漏れず、バンドの練習日などを話し合った
その日も、夕方からバンド練習を控えていた
明日は休日、加えてアタルもバイトが休みであり、練習後は久々に4人揃って菱和の自宅で夕食を摂ることになっている
集合時間まで、ユイはカフェで時間を潰していた
期間限定のさくらんぼを使ったフローズンドリンクに舌鼓を打ちつつ、今後の予定に思いを馳せる
───そろそろ亜実ちゃんの結婚式の曲もやらないとな‥‥あとアズが作った曲も、漸く詞書けたし‥‥‥‥あー、今日は何作ってもらおっかなー‥‥‥
ぼーっと考え事をしていると、突如、ガタンと大きな音がした
驚いたユイはドリンクのストローを咥えたまま肩を竦ませた
周囲も、その音に多少ビビった様子
気付けば、金髪で小柄な少年がニヒルな笑みを浮かべて目の前に座していた
「───よぉ。また会ったな」
目の前にいるのは、やけに見覚えのある少年の姿───
「あ‥‥‥“ナオ”‥‥さ、ん」
「‥‥何で俺の名前知ってんだよ」
奈生巳は、持っていたドリンクを乱暴にテーブルに置いた
奇しくも、ユイと同じドリンクだった
「あ、アズが、教えてくれたから‥‥」
「てめぇ、あいつのこと“アズ”って呼んでんのか」
「えと、はい」
「ふーん‥‥‥あいつがあだ名で呼ばせるとはな‥‥」
そう云って奈生巳は目を細め、ドリンクを啜った
強引で粗暴な相席に、流石のユイも気まずさを拭えない
しかし、持ち前の屈託なキャラで奈生巳に話し掛ける
「アズの、中学ん時のお友達ですよね?」
「トモダチじゃねぇ。つるんでただけだ」
『友達じゃねぇ。‥‥つるんでただけ』
何処かで聞いたことのある台詞は、以前菱和が語っていたもの
───おんなじこと云ってら。素直じゃないなぁ、この人も。アズと相性バッチリじゃんか
菱和と奈生巳が“仲の良い友達”だと思わざるを得なかったユイは、少し口の端を上げた
刹那、奈生巳の眼がきらりと光る
「何笑ってんだよ?」
「‥いえ!何でもないです!えと、ナオさんは今年、二十歳になるんですよね」
「だから何だ。そういうてめぇは中学生か?」
「‥‥‥‥高3です」
「へぇ。チビだからてっきり中坊だと思ってた」
奈生巳はニヤニヤし、自分のことを棚に上げてユイをおちょくった
───自分だって‥‥俺とあんま変わんないくらいのくせに
そんなことを口にすれば、菱和よりも強いらしい奈生巳に完膚なきまでにヤられてしまう可能性しかない
ユイは気を取り直し、話を続けた
「アズも、高校生ですよ」
「‥は?何云ってやがる?俺と同い年だぞ」
「2年間ダブって高校入ったんです」
「‥‥‥、ダブり‥‥?」
「大怪我してから2年後、18歳になる年からです。俺は2年でアズと同じクラスになって、今一緒にバンドやってます。もう1年になります」
「‥‥‥バンド‥‥?あいつ、楽器なんか出来たっけ‥‥」
「確か、“こっち”来てから始めたって‥‥」
「‥‥‥、楽器、何やってんだ?」
「ベースです。滅茶苦茶上手いですよ!」
嬉々として話すユイ
少しでも菱和の情報を伝えたい一心だった
「‥‥‥あいつが、コーコーセー‥‥ダブってまで‥‥‥しかも、バンド組んでるとか‥‥意外過ぎんだろ‥‥‥」
「‥、そうですか?」
「どっからどう見てもそういうタイプじゃねぇだろ、あいつは。典型的な一匹狼だった」
「確かに‥‥人付き合いは今でも得意じゃないみたいですけど」
「‥‥ふーん‥‥‥‥」
空白の5年
その間に菱和の身に起こった出来事は、奈生巳にとって正に奇想天外な事柄だらけだった
無論、菱和本人にとっても奇想天外なのだが、5年前の菱和を知っているからこそ、奈生巳の驚愕は計り知れない
奈生巳は暫く難しい顔をしていたが、“根っこ”の部分は変わっていないようだと感じ、表情を和らげた
「‥までも、謎が解けた。あいつとどういう関係なのかずっと不思議だったや。兄弟居なかった筈だよなー、とか。そっか‥‥同級生、なのな」
「そゆことです!正直、楽器やってなかったらここまで仲良くなれてなかっただろうけど‥‥」
「あだ名で呼ぶは一緒にバンドやるは、相当仲良いみてぇだな。‥‥この前も、お前のこと庇ってたし、な?」
奈生巳が眉の端を上げると、ユイは苦い顔をする
「あ、いや‥‥あれは、もしナオさんが昔と変わってなかったら、って‥‥」
「喧嘩でもするかと思ったか?もうそんな下らねぇことやんねぇよ。ガキじゃあるまいし」
「‥‥ナオさんは、今何やってるんですか?」
ユイに問われ、奈生巳はポケットから名刺ケースを取り出した
一枚抜き取り、ユイに差し出す
「“HairClub ASH”。‥‥美容師さん‥?」
「今は通信で勉強中。見習いの見習いの見習い」
「でも、名刺持ってるなんてすごい!」
「全然凄くねぇ。店長に『バラ撒け』っつわれてるだけだ。裏見てみ」
「‥“カットモデル募集”。なるほど‥‥」
「‥‥お前、暫く散髪してねぇな?」
そう云って身を乗り出し、ユイの前髪の毛先を触る
突然目の前に現れた顔と手にユイはびくりとしたが、奈生巳に敵意は無い
ただ、髪の状態を頻りに確かめているだけだ
「あ、ああ‥‥最後に切ったの、いつだったかな‥‥」
無頓着だな、と軽く溜め息を吐き、奈生巳は髪を触るのを止めて椅子に座り直した
「散髪したけりゃいつでも店に来な。カットモデルだったら金取らねぇし」
「‥タダで切ってくれるんですか!じゃあお願いしちゃおっかなぁ」
「っつっても、切るのは俺じゃねぇけどな」
「? どうして‥」
「まだ資格持ってねぇから。んなことしたら捕まっちまう」
「でも、友達の髪切ってあげてる人、友達にいますよ?そういう体なら、ナオさんが切っても良いんじゃないですか?」
「俺が切っても良いのか?しっちゃかめっちゃかになっても知らねぇぞ」
「そうなったらなったで!お願いしても良いですか?」
ユイはにこりと笑み、こくん、と首を傾げた
ユイが天然で“敢えてのKY”であることを知らない奈生巳は、自分の言葉をすっかり真に受け、剰え無資格の自分に依頼してきたことにすっかり面食らってしまう
菱和からどう伝わっているか定かではないが、少なくとも第一印象は“良い”とは云い難い筈だと思っていた
それがどうだろう、そんなものを度外視した屈託のない笑み───ただただ、ユイという“生き物”が極めて不可解に思えてならなかった
しかしながら、ユイの話を反芻しするとそういうことならば問題はなさそうだと思えた
第一、資格のない自分に髪を預けるような変わり者は今後この世に現れないかもしれない───
「‥‥‥、ちょっと店の奴と相談してみる。連絡先寄越せ」
「はい!」
ユイは携帯を取り出し、自分の情報を奈生巳に伝えた
登録を済ませると、奈生巳はぶっきら棒に携帯を返して寄越した
「‥よっしゃ。取り敢えず俺がやるやらない関係なしに連絡するわ。ちょっと待っとけ」
「‥‥てか、ナオさんの連絡先俺のに入ってないですけど?」
「んなの必要ねぇじゃん。知らねぇ連絡先から来たら十中八九俺だと思えば。‥‥あと、“さん”付けきめぇ。やめろ」
「だって、年上だから‥‥」
「年上ったって2歳しか違わねぇんだろ、アホか。そんなん歳の差にも入んねぇよ。‥今度会ったときに“さん”付けしやがったらグーパンだかんな」
奈生巳は軽く拳を突き出してから、飲みかけのドリンクを携えて去っていった
『年上ったって2歳しか違わねぇし、同じ高校2年生だろ』
また聞き覚えのある台詞───
「‥‥‥‥‥」
酷似した意見を持つ菱和と奈生巳
一体どんな中学時代を送っていたのだろうか
そんな思いを馳せつつ、ユイは奈生巳の後ろ姿を見送った
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