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4 邂逅
4月中旬、とある週末
ユイと菱和は、“デート”に出掛けていた
今回は二度目の映画デートとなり、公開を迎えたばかりの話題作を鑑賞した
軽く食事を摂った後、映画の感想を語り合いながら街をぶらつく
「やっぱ、あの俳優さんサイコーだよね!いつ観てもイイ!」
「流石に老けてたけどな。でも逆にそれがいい味出ててんのかも」
「うんうん!今何歳くらいかなぁ?」
「確か70代だったような‥‥」
「うひゃー!頑張るなぁ!」
「結構身体張ってるよな」
「まだまだ頑張ってもらいたいねー‥‥」
話に夢中になっているユイはすっかり注意力散漫になっており、向かいから歩いてきた人物と擦れ違い様に肩がぶつかってしまった
「っと、すいませ───」
「ってぇな、何処見て歩いてんだこのクソッタレ。ぶん殴られてぇのかコラ」
咄嗟に謝罪したものの、ぶつかった相手は凄み、早口で捲くし立ててきた
見た目はユイと変わらないくらいの小柄な少年だが、青筋を立てて舌打ちをし、猫科の大型動物かのような眼光で鋭くユイを睨み付けている
その上、髪の毛は眩しいほどのド金髪───どこからどう見ても“やんちゃ”だ
怯んだユイは「謝り倒すしかない」と思い、繰り返し謝罪をした
「っごめんなさいっっ!あの‥」
「すいませんでした」
菱和が少年を遮るように、慌てふためくユイの前に立つ
その行動に少年は眉をピクリと動かし、今度は菱和にガンを飛ばし始める
体格差のある菱和相手にも、決して臆することはなかった
この程度の揉め事で喧嘩をすることだけは避けたい───
菱和は少年の視線を捕らえ、微動だにせず牽制を加えた
刹那、少年が目を見開いた
「──────‥‥お前、梓‥か?」
少年が、菱和に問う
ユイと同じほどの背丈
鋭い眼
粗暴な言葉遣い
喧嘩腰の態度──────
「───‥‥‥‥ナオ」
目の前の少年が誰であるかを思い出した菱和は、その名前を呟く
喧嘩でも始めてしまうのではないかと気が気ではなかったユイは、顔見知りであるかのような2人の態度にはた、と我に返る
「‥‥、知り合い‥?」
返事はなかったものの、互いに見詰め合う2人からそこはかとないノスタルジアを感じたユイは『この2人は知り合いである』と確信した
「‥行こ」
「え、でも‥‥」
「良いから」
「アズ、あ‥」
少年から視線を外した菱和は狼狽するユイの腕を掴み、その場から立ち去ろうとした
無言で少年の横を抜け、歩き出す
「‥おい!!」
少年が呼び掛けるも、菱和は振り返ろうとも歩みを止めようともしなかった
半ば引き摺られるように菱和の後をついていくユイは、後ろを振り返った
行き交う人々の中に、立ち竦む少年が呑まれていくのを見ることしか出来なかった
***
「ありがと、庇ってくれて」
「‥‥ああ」
「ちょっと、怖い人だったね」
「‥‥‥‥」
「‥‥、どしたの。大丈夫‥?」
「‥‥‥ん」
「どっか具合悪い‥?」
「‥‥いや」
「そっ、か‥‥」
“ナオ”という少年から離れ、数ブロックまで歩いてきた2人
何故立ち去ってしまったのだろうか、ユイには菱和の行動の意図が全く理解出来なかった
菱和はというと、どこを見るわけでもなく視線を落としていた
いつもの無表情とは明らかに違い、鈍感なユイでもその違いに気付くほど何か思い詰めたような面持ちだった
だが、そこから菱和の思考を読むことは出来ない
少年は一体誰なのか、2人の関係性は、立ち去った意味は───
「‥‥ね、“いつものベンチ”行かない?ちょっと休も」
訊きたいことは山ほどあれど、ユイは一先ずいつも2人で語り合っている公園のベンチへと誘った
菱和がほんの少し頷くと、今度はユイがその手を取って歩き始めた
途中、自販機で飲み物を調達し、ベンチに辿り着いた
菱和に「何でも良い」と云われて買ったホットの缶ココアを携え、並んで座る
「あったかいよ」
「‥‥ん」
まだ冬の風が若干残る、4月の空
暖かいココアが、その冷たさを和らげる
ココアを手渡されてもなお、菱和はただぼーっとどこかを見つめている
真意は読めぬままだが、ユイは何も云わずに菱和の手に自分の手を重ねた
「‥‥ったけぇ」
ユイの手の温みが伝わると、菱和は漸くその表情を緩ませた
「でしょ。って、ココアのお陰だけど」
ユイはにしし、とはにかみ、菱和のココアを開封して手渡した
ユイの気遣いに安堵を覚えた菱和は、薄ら笑いを浮かべた
「───‥‥‥、漸く落ち着いた」
「ん‥?」
「ちょっと、動揺しちまった」
「‥‥‥、さっきの人‥に?」
「二度と会わねぇだろうなと思ってたから。‥‥‥‥あいつさ、“奈生巳”っていうんだけど‥‥特別血の気多くてな。さっきも超喧嘩腰だったろ、謝ったのに」
「‥‥‥、誰?‥って、訊いても良い‥?」
「‥‥中学んときのダチ」
「わ、そうだったんだ‥‥」
「もし中学んときと変わってなかったとしたら、‥‥っつーか変わってなさそうだったから、お前に何するかわかったもんじゃねぇと思って、なるべく遠ざけたくて。‥‥ごめんな、びっくりしたよな」
やはり、2人は知り合いだった
菱和と“ナオ”の関係性と先程の行動の理由が判明し、ユイはほっと胸を撫で下ろした
「‥‥ううん。‥護ってくれて、有難う。“ナオミ”、さん‥‥って、男、だよね?」
「うん。見た目も名前も女っぽいけど、正真正銘男」
「前に話してくれた、アズよりも喧嘩が強い、人?」
「そうそう、そいつ」
「そっかぁ‥‥。会うの、久し振り?」
「5年振り。こっち来てからずっと会ってねぇ」
「それなら、ちょっとお話すれば良かったのに。仲良し、だったんだよね?」
「‥‥‥‥‥。‥‥あんま良い別れ方してねぇし」
「“良い別れ方”、って‥‥?」
菱和はココアを一口飲み、鎖骨の下辺りをとん、と指差した
「‥‥“ここ”刺された時にさ。‥退院するまでずっと面会謝絶だったんだ。警察とかカウンセラーも来てたし、こう見えて俺も情緒不安定んなってて。でもあいつ“ら”、毎日来ては看護婦とバトってたらし。『何で顔見ることも出来ねぇんだ』って」
荒れていた中学時代
菱和がどれほど劣悪な環境下に置かれていたかはユイの知るところではない
だが、話に聞いていた友人たちは一時は昏睡状態に陥るほどの重傷を負った菱和を毎日見舞うような人物であったらしい
菱和の友人たちの想いに、込み上げてくるものがあった
「‥‥‥、アズのこと、すげぇ心配してたんだね」
「よくわかんねぇ。ただの暇潰しだったかもしんねぇし」
「絶対そうだって。暇潰しで毎日お見舞いになんか行かないでしょ。素直じゃないなぁ」
「‥‥そうか」
ふ、と笑った後、菱和は話を続けた
「‥‥で、退院後伯母に引き取られることになったけど、意外とバタバタしちまって‥‥あいつ“ら”にその辺の事情何も話さねぇままこっち来ちまったんだ。だから‥‥」
菱和に、先程の思い詰めたような表情が宿る
きちんと礼を云いたかっただろう
顔を見て、別れを云いたかっただろう
置き去りになったままの想いが、今でも菱和の心に燻っている
菱和と友人たちの想いが、ユイの心にちくんと刺さる
「‥‥‥‥“さよなら”を、云えなかったんだね」
「‥‥薄情だよな。ほんと」
「ううん。そんなことない」
「‥‥‥何でそう思う?」
「だってナオミさん、めっちゃアズと話したそうだったもん」
「‥‥そうか?」
「うん。そういう顔してた。あの人は、アズのこと今でも友達だと思ってるよ。きっと」
その言葉は、自信に満ちていた
去り際の奈生巳の顔を見たユイだからこそ云える言葉でもあった
「‥‥お友達は、アズが急に居なくなっちゃって淋しかっただろうし、お別れも云いたかっただろうし、『何で一言云ってくれなかったんだ』ってなったと思う。俺も、お友達の立場だったら『わけわかんねぇ』ってなると思う。でも、その時はお別れを云えない事情があったし、仕様がなかったんだよ。お別れを云えなかったのはアズの所為じゃないから、ね」
ユイはこくんと首を傾げ、笑みを湛えて菱和の手をぎゅ、と握った
あの時はそうせざるを得なかったなんて
そんな事情も知らぬ存ぜぬのまま
逆の立場なら、苛立ちを覚えているかもしれない
置き去りになっているのは、自分の想いだけじゃない──────
ユイの言葉が、すーっと心に落ちていく
手の温みにひどく安堵した菱和は、一度だけこく、と頷いた
「‥‥きっとね、神様が巡り会わせてくれたんだよ。その時はそうせざるを得なかったっていうことも、今なら話せるでしょ」
「‥?‥‥‥‥ぶふ‥っ‥」
「え、なに‥何で笑うの?俺なんか変なこと云った?」
「いきなり“神様”とか云うから‥‥‥でも、一理あるかも」
「でしょ?結構説得力あったでしょ?」
「ああ‥‥っつーか、前に母親が似たようなこと話してたよ。『縁がある奴とは一度離れてもまた再会する』って。それって、そういうことなのかもな」
「ほら!お母さんが云うなら間違いないっしょ!」
「そっか‥‥ふふ‥‥‥。‥‥なぁ。お前なら、久々に会ったダチとなに喋る?」
「んー‥‥‥‥、まず、『元気だった?』って訊くよね。そんで、近況を喋る、かなぁ」
「そうか‥‥また会う機会があるかどうかわかんねぇけど、参考にするわ」
「ん!絶対また会えるよ!‥‥っていうかさ、俺と同じくらいだったね」
「ん‥?」
「背。アズが云ってた通り」
「ああ。チビなのは変わってなかった。案外背ぇ伸びなかったんだなー‥‥‥」
『お前くらい背の小せぇ、クソ生意気なチビ』
数十分前に初めて対峙した奈生巳と話に聞いていた中学時代の奈生巳の印象に、ユイはさほど差異を感じなかった
『もしまたあいつらと会うようなことがあんなら、思い出話の一つや二つ、出来んのかな』
旧友と再会した暁には、そんなことが出来ているように───以前ユイに過去を語った際、菱和はそうなることを望んでいた
此度の機会は碌に顔も合わせられなかったが、気持ちの整理がついた今なら
今度こそは──────
奈生巳は今も、菱和を友人の一人だと想っている筈
ユイは、そう願わずにはいられなかった
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