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15 沖融たる喧騒
風は夏の香りがし始めている
木々の緑は揺れ、ざわざわと音を立てる
それ以上にざわめき、賑やかな生徒たちの声
ユイたちの高校では、夏休み前に学校祭が行われる
生徒たちは普段とは違う時間割りや雰囲気に浮かれ、校内は学校祭ムード一色になっていた
ユイたちも、御多分に洩れずはしゃいでいた
学校祭では有志による発表の場が設けられており、ユイと拓真はバンド枠でステージに上がることに決め、「暇だから」と一緒についてきた上田も加え、屋上で曲目の相談をしていた
勿論、菱和もその輪の中に居る
いつも一人だった屋上に、騒がしいクラスメイトが来ることが最早日常化してしまった
菱和はユイや拓真が自分と一緒に居ることにもう違和感や不可解さを覚えることはなく、寧ろ、まるでコントのように繰り広げられる下らないやり取りを静観しては、何となく居心地の良さを感じていた
ユイと拓真と上田は輪になって話を進めている
菱和は柵に寄り掛かり、すっかり見慣れた屋上からの景色をぼんやりと眺めていた
「曲はどんなんやんのよ?」
「無難なやつが良いかなーなんて。誰でも知ってそうなの」
「はぁーん‥‥Beatlesとか?」
「Beatlesねー。『Let It Be』とか?‥‥ベタ過ぎるか」
「問題はパートだよ。ギタードラムヴォーカルは何とかなるっしょ、でもベースがな‥」
「そなんだよね、ベースがね‥‥」
3人は、ちらりと菱和を見上げた
「菱和も、出ない?ステージ」
「‥‥出ない」
「え、菱和出ねぇの?てっきりこいつらと出るんだとばっかり‥‥」
上田はパックジュースを口にしており、ストローを啜った
「‥‥そういうの苦手」
「苦手って‥‥結構ライヴやってんじゃんよ?ステージに上がるの慣れてっしょ?」
「ガッコと箱じゃあ、話が違ってくるし」
「まぁ、それもわからなくもないけど‥‥でも勿体ねぇの。折角上手いのに」
口を尖らせながらストローを啜る上田が、つまらなさそうな顔をした
「上田、菱和のベース聴いたことあんの?」
「あるよ、何回かね。ってか、お前らセッションしたんだろ?正直、ちょっと羨ましい」
「まぁねー。ふっふっふ」
ユイは腰に手をやり、胸を張ってドヤ顔をした
「んじゃま、取り敢えずベース弾ける奴捜すか」
「そんなら俺が弾いてやろうか?」
「え、マジ?」
「うん。どうせ暇だしな。でも簡単な曲にして。俺の本職ギターだし」
「つか、上田ベース持ってないじゃん?」
「あ?持ってるし!しかもThunderbirdだし!」
「サンダーバード!!?すげぇ!!」
「‥それ、ユウスケさんの持ってる偽物のベースっしょ?」
「そうそう、紛いモンのThunderbird!ちゃーんと『Thunder』じゃなくて『Tender』って書いてっかんな!」
「あはは!何それー?」
「テンダーバードって、マジでダサ過ぎだな」
「ほーんとな!よくあんなの見付けてきたと思うよ、逆にすげぇわ」
ゲラゲラと笑うユイと拓真、そして上田
菱和は、いつものように気怠そうな顔をして3人の話を聞いていた
白羽の矢が立ったことも、まるで無かったかのように変わらない表情
ガヤガヤと耳に入ってくる声を聴いているだけで、充分満足だった
そんな菱和をちらりと見て、ユイはもう一度声を掛けた
「‥ね、やっぱり出ない?」
「出ない」
「そっ‥‥かー‥」
最初から前向きな返答は期待していなかったのだが、それでもユイは少しがっかりした
***
学校祭なんて、ただのうざったい行事の一つに過ぎなかった
一学年時、菱和は準備の段階で早々にサボることに決め、当日は登校すらしなかった
クラスの誰もが自分を恐れて気にも留めず、この時ばかりは自分の見た目や雰囲気に感謝していた
しかし、今年はそういうわけにもいかない
ユイが居るからだ
『学校祭は、当日も楽しいが準備の時間はもっと楽しい』
笑顔でそう話すユイに半ば強引に連れられ、若干面倒臭さを感じつつも、菱和は学校祭の準備をする生徒たちに紛れて放課後を過ごした
教室の奥へと片付けられ、雑然と置かれた机や椅子
カナは抱えていた段ボールをドサリと机に置いた
模造紙や画用紙、ポスターカラーなどの絵の具が入っており、にこにこしながら今日の作業内容を伝える
「今日はこれでーす!」
「何作るの?」
「劇の背景に使う‥‥屋根?壁だっけ?」
「‥‥模造紙一面茶色に塗って」
カナの後ろから、リサが端的に伝えた
「ほーい」
教室に絵の具の臭いが漂う
クラスメイトたちが各々の作業を進める中、ユイたちも作業に取り掛かる
床一面に敷き詰められた新聞紙の上に、真っ新な模造紙が滑り乗る
学校祭が終わってしまえばただのゴミと化してしまう模造紙の運命など誰も憂いはせず、次々と最初の一筆を入れる
「───え」
斑なく塗られた絵の具
早く、そして丁寧に、刷毛で手際よく模造紙に絵の具を乗せる菱和に、ユイは驚いた
「‥‥何」
「‥塗んのめっちゃ早くない?しかも超綺麗だし」
「そうか‥?こんなもんだろ」
菱和は少し首を傾げた
拓真が筆をくるくると回しながら笑む
「またまた菱和の意外な一面はっけーん。“実はかなり器用”。料理も上手いし、手先器用なんだなー」
「ほんとだね!工作とかも上手いんじゃない?」
「‥‥こんなもんだろ」
少しだけ苦笑いすると、菱和は模造紙に視線を落とし引き続き色塗りを始めた
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14 Humanity
とある休日
ユイはアポ無しでリサの家を訪ねた
普段からお互いの自宅を行き来している幼馴染みの二人
アポ無し訪問は最早当たり前のものとなっていた
ユイは玄関のチャイムを鳴らさず庭先に回り、コンコンと出窓を軽く叩いた
開いた窓から、リサが顔を覗かせる
「よっ。遊ぼーぜぃ!」
「‥拓真は?」
「バイト。久々に駅前でも行こーよ」
「‥‥着替えるから待ってて」
二人だけで出掛けるのは久々だった
学校では、ユイも拓真も菱和と過ごすことが多くなった
それは別に構わないのだが、リサは幼い頃から空気の読めないユイのことを人一倍心配している
ユイは人懐っこく、比較的どんな相手とでもすぐに打ち解けられる
今回は“不良”としては名高い菱和が相手とあって、妙なことに巻き込まれはしないかと危惧し続けていた
雑貨店や服屋、ゲーセン
一通りウインドショッピングと娯楽を満喫した二人は、おやつと休憩時間を兼ねて喫茶店に行った
ユイはチョコレートパフェを、リサはレアチーズケーキをそれぞれ注文した
運ばれてきた水を飲みながら、二人は注文が来るのを待つ
「‥‥菱和からバンドの返事来たの?」
「まだ。待ってるとこ」
「もう3ヶ月も経つんだし、向こうも忘れてると思ってんじゃないの?」
「そんなことないよ、返事くれるって云ってたもん。こっちは待つしかないじゃん」
「‥‥何であいつなの?」
「ん?」
「ベース弾ける人なんて他にも沢山いるじゃん。なのに、何で敢えてあいつなの?」
「そりゃあ、やっぱ上手いから‥あ、でも‥‥一番の決め手は人間性かなー」
「人間性‥‥?何それ」
意外なことを口走るユイに、リサは怪訝な顔をした
「‥リサはさ、菱和のこと“無口で無表情な不良”だって思ってるでしょ?」
「だってモロそうじゃん」
「見た目はね。確かに近寄りがたい雰囲気かも知んないけど、接してみたら全然そんなことなくて、『あ、この人とバンドやったら絶対楽しい!』って思ったんだよね。くっだんない冗談に付き合ってくれるし、普段は無表情だけど笑うときもある。すげぇ優しいとこもあんだ。この前晩飯作ってくれてさ。ベースも勿論上手いけど、料理も上手くてマジびっくりしちゃった」
ユイは、至極楽しそうに話した
幼少期から付き合いを続ける中で、ユイには普段のちゃらんぽらんな雰囲気からは想像し難いような一面があることを、リサは知っている
『不良と目されるクラスメイトにわざわざ話しかける』こともその一つであり、アタルが云う“クソ度胸”はユイの長所でもあり短所でもあると、リサは常々思っていた
無邪気で怖いもの知らずのユイには、不良に話しかける程度のことはどうということも無いのだが、思ったことをすぐ口走ってしまう悪い癖があることも鑑み、リサにとっては『大事な幼馴染みが危険な目に遭う』という可能性を否定出来ず、ただの不安要素でしかなかった
「バンドの件も、『時間くれ』って云ってたから、きっと考えてくれてると思う。何て云うか、菱和のそういう人間性が好きなんだよね、俺は。リサが思ってるような人じゃないよ、菱和は。一回話してみればわかるよ!」
グラスの氷がカラン、と音を立てる
───素直で純粋過ぎるのも考えものなんだよ
「‥‥あっそ」
リサは頬杖をついて、軽く溜め息を吐いた
自分が想像している以上にリサが心配してくれていることを、充分理解している
口には出さなくても態度や雰囲気で伝わってくる感情は、とても大切な想いだ
一見憮然で冷たい印象もあるリサだが、ユイはその裏にある惜しみない優しさに、いつも感謝している
注文をしていたチョコレートパフェとレアチーズケーキがテーブルに置かれた
ユイはわくわくしながらスプーンを握った
「うひょー、美味そー!」
「‥‥一口ちょうだい」
リサはユイのチョコレートパフェに乗っているブラウニーに遠慮なくフォークを刺し、自分の口へと運んだ
「あっ!折角楽しみに取っとこうと思ってたのに!俺にも一口ちょうだい!」
「はいはい」
リサは、ブルーベリーソースのかかっている甘酸っぱい香りのレアチーズケーキが乗った皿を、ユイに渡した
13 Vergnügen
容赦無く親友を煽る、跳ねたギターの音
身体も、指も、音も、躍る振動
本当に、何の気なしに弦を叩いてみただけだ
お遊びに付き合う程度のつもりだった
あいつはノってきた
絵の具のように混ざり合う、電子音
寧ろ、俺も煽られてるみたいだ
華奢な指が、細い弦を叩いて弾く
飼い主に似た、賑やかなギターの音
“お前”も、楽しいのか?
ついて来いよ
ほら
煽れよ、もっと
限界まで登り詰めろ
もっと
もっと
もっと
もっと速く、速く
アドレナリンが吹き出てる感覚って、こんな感じなのか
酒や薬がマワる感覚も、ひょっとしたらこういう感じなのかも知れない
頭の中がハイになる
でもこのままじゃヤバい
多分、冷静じゃいられなくなる
ああ、それでも
もっと、味わわせろよ
この快感を、全て残らず吐き出し尽くすまで
12 Carbonara
瞬く間にスタジオの時間は過ぎていった
「二人でやれば」と云いつつも、拓真は途中でしっかりと演奏に加わり、遊びも含めて一時間ほぼぶっ通しで演奏した
時刻は18:30を回った頃
まだ陽は落ちていないが、普段なら夕餉を迎えている時間だ
3人はsilvitを後にし、最寄りのバス停へと向かった
「んー腹減ったぁー」
「マックでも行くか?」
「うーん‥俺、マックよかパスタ食いたいな」
「あっそ。じゃあファミレス行く?」
「うん!菱和も行く?」
行き先を決めたユイと拓真の後ろから、菱和がかなり予想外な返事をした
「───それなら、うち来るか?」
「へ??」
ユイと拓真は振り返り、菱和をガン見した
菱和は二人の視線に若干引いたが、続けて話した
「その方が金かかんねぇだろ。うちこっからそんな遠くねぇし、ついでに食ってけば‥‥」
「マジ?お邪魔しちゃって良いの?」
「‥2人さえ良ければ」
「じゃあ、菱和んち行くー!」
ユイは嬉しそうに拳を突き上げた
「‥‥ちょと待って‥菱和んちってあけぼのの高台じゃないの?結構遠くない?」
「それは実家。俺、今一人暮らししてるから」
「へぇー!菱和一人暮らしなんだ!」
「てことは、アパート借りてるかなんか?」
「ああ」
「じゃあ、今日は親御さんでも来てるの?だったらなんか悪くない?俺らの分まで余計に作らしちゃ‥」
「親は来ねぇ。俺が作る」
「───‥‥え??」
ユイと拓真は再び振り返り、不安そうに菱和を見つめた
菱和は噴き出しそうになったが、何とか堪えた
「‥‥安心しな。人並みに料理は出来るから」
***
バスを降りた3人は広い通りから中道に入り、4室ほどある2階建ての小さなアパートに辿り着いた
壁はコンクリートが打ちっぱなしのシンプルなデザインの外観だった
菱和の住む部屋は2LDKで、15帖のリビングダイニングに、4.5帖と6帖の部屋があった
4.5帖の部屋には楽器やアンプが、6帖の部屋にはベッドと小さな机が置かれていた
リビングの中央にはテーブルとソファーがあり、余計なインテリアは一切無かった
「あっちの部屋に楽器あるし、本とかDVDもあるから」
ユイと拓真はリビングに通された後、菱和が指差した4.5帖の部屋に入り、窓際にある本棚を物色した
スコアとCD、DVDがぎっしりと並んでいる
ユイが持っているCDやDVDと同じものも幾つかあった
部屋の隅には、菱和がスタジオで弾いていたものとは色違いのベースと、ソフトケースに入っているであろうギターがスタンドに立て掛けられていた
「あ、ベース!ギターもあるんだ!」
「アンプはRoland?‥お、そういやこの前云ってたDVDってこれじゃん?」
「そう、これこれ!菱和も持ってたんだ!こないだ結局観れなかったもんなぁ‥‥ねー菱和、これ観てても良い?」
「好きにしてな。さっきパスタとか云ってたな、何系がいいんだ?」
「何でも作れる?」
「ああ、大概のものは」
「えっとねー‥‥、‥んじゃあ、カルボナーラ!」
「佐伯は?」
「‥‥カルボナーラて、結構手間じゃない?」
「そんなんでもねぇよ」
「そう?じゃあそれでお願いします」
菱和は服だけを部屋着に着替えた後、カルボナーラを作るべくキッチンへ向かった
***
ふと、ユイはキッチンで料理をする菱和の様子を見に行った
パスタを茹でる傍ら、菱和は換気扇の下で煙草を喫っていた
ユイが知る限り、最も“不良らしい”菱和の一面だった
「菱和って、煙草喫うんだね」
菱和はユイに気付き、喫いかけの煙草を差し出した
「‥‥‥‥、喫うか?」
「冗談でしょ!俺らまだ未成年だよ?」
「‥そっか」
「『そっか』って‥‥」
ユイはただ苦いだけの煙を好んで喫う人間の気持ちは一切理解出来なかった
バンドの中ではアタルが唯一の喫煙者であり、普段から煙草の煙に多少は慣れているとはいえ、喫おうとしたことは決して無い
───でもなんか‥‥似合うなぁ、タバコが
例え未成年であろうと、ユイは単純に『菱和に煙草は似合う』と思った
菱和は煙草を灰皿に押し付け、火を消した
「‥もう良いのか、観なくて」
「ああ、あれ俺も持ってんだ。拓真にどうしても見せたいシーンあってさ」
「ふぅん‥‥」
「おいユイ、ポールどこに映ってんだよー!?」
「あ、今行くー!」
自分を呼ぶ声がし、ユイはDVDを鑑賞中の拓真の元へ戻って行った
***
「だから、結局ポールのそっくりさんだったんじゃん」
「違うって!あれはポールだよ!」
「ポールはあんな髪薄くねぇよ!」
「もういい年したオジサンなんだから、きっと普段はヅラなんだって!」
ユイと拓真が、DVDについて何やら揉めている
二人は次第にじゃれ合い、菱和の耳に笑い声が聞こえてきた
ちょうどカルボナーラが出来た頃合いになっても、その声は止まず
菱和は部屋を覗き込み、暫く2人を静観していた
「‥‥出来たけど」
無表情に見下ろされているのに気付いた二人は、じゃれ合うのを止めた
「‥‥‥‥はぃ」
初めて訪れた友人宅でついいつものノリではしゃいでしまったユイと拓真は少し気恥ずかしくなり、大人しくリビングに向かった
二人の目の前に置かれたカルボナーラは、レストランのメニューに載っているように綺麗に盛り付けられていた
濃厚な薫りに食欲が唆られ、自然と唾液が分泌される
「おお、良い匂い。美味そー!」
「んじゃ早速、いただきまーす!」
「‥どーぞ」
二人は一口目を口に運び、数回咀嚼した後硬直した
「‥‥‥‥、口に合わなかったか?」
「───っ何これ!?超美味いんですけど!!」
「マジやばいこの味!ねぇ、お代わりある?」
決して味に不満はなく、寧ろ大絶賛だった
一口しか食べていないのにも拘わらず、お代わりを催促するユイ
『不味かったのではない』とわかり、菱和は安堵した
「‥ああ、あるけど‥‥」
「俺さー、店行くとシャバシャバしたカルボナーラなときあんじゃん?あれ苦手なんだよね」
「あーわかる!水っぽいやつ出てくる店あるよね、俺もあれ許せない!でもこれめっちゃとろとろ!ほんっと美味い!」
「な!マジ美味いわー。俺もお代わり貰おうかなー」
目の前でカルボナーラを頬張るユイと拓真
空腹だったこともあり、絶品のカルボナーラは瞬く間に二人の胃を満たした
自分も少食な訳ではないが、皿まで舐め尽くしそうな食欲の二人を見ながら「よく食うな」と思いながら菱和は云った
「‥‥多めに作ったから、遠慮しないで食えば」
***
結局、カルボナーラを3杯ほどお代わりしたユイと拓真
「腹キツい」「暫く動けない」と云い、菱和が淹れた麦茶を飲みながら胃を落ち着かせる
「気になったんだけど、菱和んちの冷蔵庫って生クリーム常備されてるの?」
「‥‥、あぁ、一応」
「結構本格的に料理するんだ?」
「まぁ、それなりに」
「それなりって‥‥てか全っ然“人並み”じゃ無かったけど。下手に店で食うよりずっと良いわ」
「っていうか、生クリームって料理に使えるんだね?知らなかった」
「お前、マジかよ‥‥生クリーム無かったらこんな美味いカルボナーラなんて食えなかったぞ?」
「へぇ、そうなの?」
「まぁ、牛乳で代用も出来るけどな」
「ふーん‥‥そぉなんだ」
ユイは徐に立ち上がり、食器を重ね始めた
「‥、置いといて良いよ。後で片付ける」
菱和は、それを制止する
「良いから良いから!てかついでに洗わして!セッションとカルボナーラのお礼!」
「‥‥ああ、じゃあ頼む」
「俺ね、食器洗いは得意なんだー。あ、拓真も座ってなよ。さっき梅サイダー奢って貰ったし、拓真の分も洗うよ」
「当然だろ」
何だかんだと云いながらも、拓真はスタジオ後にユイに梅サイダーを奢っていた
ユイは上機嫌でキッチンへと食器を運び、洗い物を始めた
「いやー、ほんと大満足。俺は別な機会になんかお礼させて貰うわ」
「‥‥別にそんなん気にしなくて良いよ」
「いやー、こりゃ梅サイダー100万本分くらいの価値あるっしょ!」
「‥‥そうか」
菱和は少し口角を上げた
ユイが鼻歌混じりで食器を洗う中、拓真は菱和と話を続けた
「ここ、家賃幾ら?」
「‥‥親父の持ち物だから、タダ」
「え、マジで!?‥てかさ、他にも住んでる人居るの?あんまそういう雰囲気無かったから気にはなってたんだけど」
「いや。俺しか住んでない」
「貸し切り状態!?」
「‥ああ」
「ひぇー‥‥‥‥息子の為にアパート一軒丸ごとか‥‥やっぱどエラい金持ちだったんだ‥菱和さん」
「俺、ここの隣借りよっかなー」
二人の話を聴いていたユイは、独り言のように云った
「‥‥まずお前にゃ無理だよ、一人暮らし」
「そんなことないよ!朝は自分で起きれるし、飯はここで食えるっしょ!」
「‥お前それ“集り”って云うんだぞ?」
「だって俺、料理出来ないもーん」
「だから一人暮らしなんて無理なんだっつの」
「代わりに菱和んちの洗い物するし!それでチャラじゃん?」
「‥到底釣り合ってねー」
開き直るユイに呆れる拓真
二人の会話を聞いて菱和は少し口角を上げ、麦茶を飲み干した
***
「御馳走様でした!アンドお邪魔しました!」
「‥‥気ぃ付けて」
菱和は、玄関先で二人を見送る
ユイは笑顔で菱和に手を振った
「また明日ね!」
「‥‥ああ」
静かになった室内
単なる思い付きで云った自分の言葉が、思いもよらぬ方向へと進んでいった
───これが“普通”ってやつなのか。‥‥案外、悪くねぇな
友達付き合いに未だ不慣れな菱和
先程までユイと拓真が自分の家に居た時間を楽しんでいた自分自身に、少し驚いていた
11 Session
用を足した拓真の耳には、先程聴いたばかりの菱和のベースの音が強烈に残っていた
───ありゃ相当なもんだなぁ‥‥スラップ奏者、なのかな?そういやピックは嫌いだって云ってたっけ。なんかもっと色々知りてぇな‥‥
「───あ、そっか」
妙案を思い付いた拓真は、思い立つや否や小走りで店内へと戻って行った
店内でユイと談笑中の菱和を見付けるとほっとし、すかさず声を掛けた
「菱和、これから時間ある?」
椅子に腰掛けていた菱和は足を組み、拓真に返事をした
「あぁ、別に暇だけど」
「じゃあさ、スタジオ入らない?」
「‥‥スタジオ?」
「うん。俺ら17時半に予約してあんだよね。良かったらセッションとかどうかな?と思って」
「‥拓真?」
「ほんとはもう一人ギターが来るんだったんだけど来られなくなって、2人でスタジオの予定だったんだ。ベース入ってくれたら出来る曲も増えるし、もし良かったら‥‥な、ユイ?」
ユイは肘で突いてくる拓真に、やっと反応した
「あ、うん。セッション‥‥かぁ。‥良いね、やりたい!」
「‥‥‥‥、‥‥」
───セッション‥‥確か、ギターとドラム、だったか
菱和は少し俯き、考えた
「あ、無理にとは云わないから。ほんとに時間あったらで良いからさ。菱和の分の料金も俺が払うし‥どうかな?」
「───‥‥面白そうじゃん。‥俺で良ければ、是非」
菱和の返事を聞いたユイは飛び上がる勢いでガッツポーズをとり、拓真にハイタッチを求めた
「マジ!?やったー!まだ聴けんの?菱和のベース!」
「正直云うと、俺ももっと聴いてみたかったんだよねー」
ハイタッチをし喜ぶユイと拓真を眺め、菱和はほんの少し口角を上げた
「‥‥そん代わし、金はちゃんと払うよ」
「良いんスか菱和さん~?遠慮しなくて良いんですぜ?こっちから誘ったんだしさー。俺ちょうどバイト代出たからリッチなもんで」
キャラが変わったように、拓真はおどけて見せた
横からユイが割り込む
「そうなの?じゃあ俺の分も払ってよ!」
「やなこった。お前は別だよ」
「じゃあ、練習終わりのジュース!梅サイダー!」
「ぜってー奢んねぇ。ブラックの缶コーヒーなら奢ってやるよ。梅サイダーよか安いし」
「‥要らない!苦い!不味い!何だよ、俺が苦いの飲めないのわかってるくせに!どケチ!!」
「お前なぁ、何の為に俺がバイトしてると思ってんの。汗水垂らして必死に稼いだ金、何でお前のスタジオ代やらジュース代に消えなきゃなんないわけ?」
「良いじゃん、ジュースくらい!ツーバスなんか必要ないよ!」
「全っ然良くなーい、ツーバスじゃなきゃやだー。ああー早くツーバス欲しいなー!あっちゃんも『買え』って云ってるしなー」
「あっちゃんとかどうでもいいよ!俺の梅サイダーあぁ!!」
「あーもう聞き分けねぇなぁ。‥‥てか、今あっちゃんのこと『どうでもいい』とか云ったな?」
「‥云ってないよ!云ってない!気のせいじゃない!?」
「いーや、はっきり聞こえた。“マジどうでもいい”って」
「云ってないって!!俺“マジで”とか云ってないじゃん!」
恐らく、ユイと拓真は多くの時間を共有し合い、他愛もない冗談話がすっかり常態化するほどの関係を築いてきたのだろう
2人の仲が良いのは学校で共に生活する中で知っていたが、菱和は心のどこかでそれを羨ましく感じていた
少なくとも、今の自分には真に友達と呼べる存在はいない
信頼だとか友情だとか、そんなものは絵空事で、自分には必要の無いものだと思っていた
だが、その価値観をぶち壊すような清々しい2人の関係に、尋常じゃない“絆”を感じずにはいられなかった
目の前で繰り広げられる悪ふざけの応酬は、とても新鮮な光景だった
ユイと拓真にとってそれは“いつものこと”に過ぎないのだが、それを自分の前で惜しげもなく披露する
そして、そんな奴等が自分をバンドに誘ったり、楽器や音楽の話をしたり、演奏を聴きたがったり、一緒に演奏したいと云ってくれたり───自分が受け入れられつつある状況にあることを、半ば信じられないような、嬉しいような
複雑な感情が、菱和を支配していく
───ほんと、何なんだこいつら
込み上げてくる感情を抑え切れず、菱和はく、と笑った
「───笑った」
驚きのあまり、ユイと拓真はハモった
「ねぇ、今菱和笑ったよね!」
「‥‥今の、絶対レア画像だよ」
「菱和って、そういう顔で笑うんだね!笑った顔見たの初めて!」
「俺も俺も。なんか、良いね」
菱和はすぐに顔を逸らし、口元を隠した
「‥‥、悪い」
「え、何が?謝るようなことじゃないよ!」
「‥‥てか、俺ら今笑われたんだよな‥それって絶ーっ対ユイの所為じゃん」
「‥何でだよ!拓真だって同レベルってことだよ!?」
「うわー‥‥屈辱‥」
「‥そこまで云わなくてもよくね?」
スタジオに入る時間ギリギリまでユイと拓真の悪ふざけは続き、ツボにハマる言動が紡ぎ出される度に、菱和は噴き出しそうになるのを堪えた
***
「‥菱和ってさ、実は結構真面目でしょ?」
「‥‥そうか?‥何で?」
「うーん‥‥今までの菱和見てて、何となくそう思った。あ、勿論良い意味でね」
「‥‥考えたことなかったな、自分が真面目だとか」
「あくまで俺の印象だから、あんま気にしないでよ」
「ああ‥‥‥‥つーか、真面目っていや佐伯の方が当て嵌まんじゃない?」
「え?俺?」
「真面目じゃん、石川に比べりゃ。‥‥勿論、良い意味で」
「うーん‥‥‥‥ユイと比べられると、なんかちょっと複雑‥‥」
「‥そうか?‥‥ひょっとして今の、“屈辱”だった?」
「‥‥、菱和さん、案外イケるのね‥‥」
「ん?」
「いや、何でもねっす!」
***
3人はスタジオに入り、それぞれ楽器の準備を始めた
「さーて、何演ろっか!」
「うーん‥‥折角ベース居るんだから、普段演れない曲演りたいよな」
「菱和は?なんか演りたい曲ある?」
「‥二人に任せるよ」
菱和は指を広げながら返事をした
「任されちった。‥んじゃあさ、MR.BIG演りたいな!菱和も知ってるし!」
「またそんな激しいやつ‥‥初っ端から殺す気か?」
拓真はユイを睨んだ
「えー‥駄目?」
「‥‥じゃ取り敢えず、な。何にする?」
「“Addicted To That Rash”」
「やっぱ殺す気で来てるな‥‥てか初めて合わすのにイントロからユニゾン地獄じゃんあの曲。大丈夫?」
「何とかなるんじゃない?ね、菱和!」
ユイは適当にアルペジオを奏でながら呑気に同意を求めた
「‥‥まぁ、努力するわ」
菱和がベースを構えたのを確認した拓真は椅子に座り直し、スティックを持った
「‥おけ。俺らいつもやってる感じにするから、菱和は適当に入ってよ」
「ああ」
「んじゃ、いきまっせー」
激しく疾走感のあるドラムと、ベースの超高速トリルから始まる“Addicted To That Rash”
この曲はイントロからギターとベースのユニゾンが待ち構えており、おまけに初っ端から2拍3連が続く
リズムキープも含め難易度は言わずもがな高く、尚且つテンポは130とかなり速い
初めて合わせるのだ、いきなりピタリと合うことは無いだろう
最悪、グダグダな演奏になってしまうかもしれない
拓真はそう思っていたが、『取り敢えず楽しもう』と決める
拓真のカウントが、狭いスタジオ内に響いた
件の、ベースのトリルが聴こえてくる
目をやると、拓真は余裕綽々とライトハンドでトリルを繰り返す菱和と目が合った
自分の刻むリズムと滑らかに重なり、背筋がゾクリとした
たった8小節、音を重ねただけ
にも拘わらず、既に掌は汗でじっとりしている
だが、ここで手を止めるわけにはいかない
気が気ではなかった
8小節が過ぎると、そこから容赦無しにギターが滑り乗ってくる
スラップに加えライトハンドも難なく駆使する菱和は、他にも“武器”を持ち合わせているのではないか───
───グダグダにさせたくない
拓真は強くそう思い、より気を引き締めた
ユニゾンまでの4小節
ユイは一つ一つ、音を正確に紡ぎ出していく
4小節のフレーズを、こちらも余裕綽々に弾いていく
そして、
───笑ってる‥‥‥‥さぞ“愉しい”んだろうな
ユイのギターは、黄色のレスポール
尊のお下がりで、尊がベースに転向してから、ユイは大切に弾いてきた
ピックガードには無数の傷が付いているが、ボディは比較的綺麗に保たれている
恐らく、ユイは、成功だの失敗だのということは考えていない
ただ、只管、愉しんでいる
ユニゾンパートが近付いてくると、ユイは菱和に目配せした
拓真同様『グダグダになるかもしれない』と思っていた菱和は、その考えを捨てた
ユイの性格と同じように、無邪気に跳ねるギターの音
───“飼い主”に似る、ってか
2人の音の粒は、ぴったりと重なり合った
***
曲はAメロへと進んでいく
自分が止まるわけにはいかないというプレッシャーを抱え、余裕がない中でも、拓真はベースに耳を傾けた
ユニゾンパートが多い曲であるにも拘わらず、ユイのギターにしっかりと寄り添う菱和のベース
決して他のパートの邪魔をせず、絶妙なタイミングで“気持ち良い所”を突いてくる
当初、選曲をミスったかもしれないとさえ思った拓真はその考えを見事に覆され、このベースなら心置きなくリズムを任せられると感じていた
普段はアタルがメインヴォーカルを張っているが、不在なときはユイの担当になる
ギターに集中するあまり歌まで手が回らないのは自覚しているので、隙さえあれば歌う、という感じだった
この曲はサビに掛け合いがあり、拓真は大声でがなる
2人の声に勢いづいたのか、菱和も掛け合いの部分をがなった
菱和が声を発するとは思っても見なく、忽ち嬉しくなったユイはヴォーカルもそれなりに務めた
後半のギターソロ部分にはまたしてもベースとのユニゾン、そしてギターとベースが交互に弾きあうところも存在する
やはりユイは、にこにこしたまま目配せしてくる
───『来てよ、思いっきり』
そう云っているように感じた
──────上等
菱和は口角を上げ、その瞳を捉えながら音を重ね合わせた
2人がソロや掛け合いをする最中、ドラムはリズムを刻み続けている
ユイは拓真にも目配せをし、拓真も笑顔で応える
安定感のある拓真のドラムと、期待を裏切らない元気なユイのギター
その音は、何よりも愉しんでいた
その中に、自分のベースが存在している
俄に信じられない光景だが、確かに“そこ”に居る───
弾き慣れている筈のフレーズが、新鮮味を帯びる
共に奏でることがこんなにも愉しいと思ったのは、これが初めてかもしれない
そう思わせる、ギターとドラム
音の粒が狂いもなく真っ直ぐ進んでいくそれは、徐々に“愉しさ”から“快感”へと変わる
今所属しているバンドではまず得ることが出来ないものが、ユイと拓真によって齎された
───何だこれ
妙にテンションが上がる
菱和にとっては、今まで楽器を演奏してきた中でも特に快感だと思える瞬間だった
***
まだ一曲目が終わったばかりだというのに、3人は既に汗だくになっていた
ユイがチョイスした激しい曲により、一番汗だくになっていたのは拓真だった
「‥‥はー‥つっかれたー‥‥マジ腕死ぬわ‥乳酸が‥‥」
「‥‥お疲れさん」
菱和はどかりと椅子に座り込んで、拓真を労った
「ああ‥うん‥‥菱和も。‥‥ってかさ、ほんと只者じゃないね‥‥‥‥ユニゾン、ハマり過ぎててめっちゃヤバかった」
「そうか‥‥。‥‥すげぇパワーあんな。めっちゃノれたし、超弾き易かった」
「そーぉ‥?恐縮っす。もー、2人見てたらトチるわけにゃいかんと思ってさ‥‥」
「いやいや、十分だよ」
「───ふわあぁ‥‥超楽しい!!!」
「おま‥‥何でそんな元気なの‥?」
拓真と菱和がそれぞれ感想を述べる中
ユイは深く息を吸い込み、全力で思いの丈を吐き出した
すっかり疲弊しきった拓真は、スタジオいっぱいに広がるユイの声に呆れる
「あー、やっぱベース入ると全然違うね!安定感あるし、楽しいし!」
「‥そりゃ、曲選んだ本人だも。お前が一番楽しかったろうに」
呆れた視線を向けると、ユイはギターをスタンドに立て、パーカーを脱ぎ出した
「俺らかなりあの曲やってるけど、菱和も相当やった?」
「‥ああ、昔結構弾いてたな」
菱和は髪を掻き上げながら息を吐く
「やっぱり?てか、あのベースラインめっちゃ難しくない?」
「‥‥難しい方、かな」
「でもさー、かなり弾き込んでないと絶対出来ないよなー。初めて合わすのにあんな綺麗にハモっててって、びっくりしたわ」
弾き込んでいなければ合わせることも難しい
それも確かなことなのだが、菱和のベースはそれだけではない要素もあった
ベースは他のパートより地味で目立たないが、重く太い旋律はバンドを支える重要な役割がある
目立たない振りをしつつ、しっかりと目立たなければならない
単音の粒で1本の太い線で紡ぎながら“道”を創り、その上に華やかなギターのフレーズが乗る
また、ドラムの振動と絶妙に重なることで全体のグルーヴを生み出す
初めて音を交わしたというのに、的確に“嵌まる”ことの出来る感覚や耳を持っていること
それは、菱和の生まれ持った才能だ
菱和はベースの役割をきちんと弁えており、ユイと拓真も菱和のベースは『ただ上手いだけではない』と感じていた
「次何やるー?」
「あーもう激しいのは勘弁。俺まだ手ぇ震えてる。ちょっち休まして」
拓真は天井を仰いだ
ギターを構え、ユイは菱和に尋ねる
「菱和は?休憩する?」
「‥‥俺は良いよ、いつでも」
菱和はシャツの袖を捲り、楽器を構えた
「‥上手い上にタフかよ‥‥怖ぇなぁ‥‥」
「俺ら準備万端なんだけどー?ちゃっちゃとやんないとさー、時間も限られてるしー」
ユイはトリルを繰り返して拓真を煽り始めた
菱和も無言でユイのトリルに合わせるようにスラップを始め、拓真を煽り出した
その内、ユイと菱和はどちらからともなく顔を見合わせ、トリルとスラップで即興のセッションを始めた
「はー‥‥もう2人でやれば良くない‥?マジ休ましてよ‥‥」
楽し気な様子の2人を見て、拓真は少しげんなりとした
10 Aggressiv Ljud(Mjölk te)
「アズサちゃん、調整がてらちょっと弾いてみなよ」
そう云って、我妻がシールドを寄越した
「ああ」
「菱和、弾くの?」
「‥少しだけ」
「っマジかよ!それ超ヤバい!聴きたい聴きたい!」
一瞬にして興奮したユイ
目がキラキラしている
───まただ、忙しい奴
「‥弾くっつっても慣らし程度だぞ」
「良いよそれでも!ね、聴いてても良い?」
「俺も聴きたいな、菱和のベース」
2人は揃って菱和に期待を寄せる
ワクワクする2人を尻目に、菱和は軽く頭を掻いた
「‥‥構わねぇけど」
***
「これ使って良い?」
「ああ、何でも良いよー」
一応確認をとるも、我妻は生返事をする
菱和は目の前にあったベースアンプにシールドを繋ぎ、スイッチを入れた
しゃがみ込んで音量やイコライザーをいじる菱和の横で、拓真が尋ねる
「菱和って指弾き?」
「ああ」
菱和はアンプをいじりながら「ピックは嫌いだ」と呟き、ピックでガツガツ弾き倒すイメージがあった拓真には菱和のプレイスタイルにも興味が湧いた
ポーン、ポーンとハーモニクスの音が響く
慣れた手付きで調弦を進める菱和
その間に、ユイはこっそりと、レジで伝票整理をしていた我妻に尋ねた
「ね、店長。菱和のベースってどんな感じ?」
「んー?‥‥俺は好きだよ、アズサちゃんの音」
「ほんと!?やっぱ、上手い?」
「‥‥ま、いい機会だから自分の耳で聴いてご覧よ」
我妻はニヤニヤしながらレジで作業を続けた
アンプの調整が済み、菱和は立ち上がってベースを構えた
少しだけ弾き、感触を確かめる
───大きい手だな
ユイは菱和がベースを触る手つきを見ながらそう思った
菱和は、俯き気味にユイを見つめた
さらりと流れる長い前髪の隙間から切れ長の瞳が見える
菱和の視線に気付いたユイは、にこっと笑った
菱和はユイから目を逸らさなかった
その目が何を訴えているのかわからなかったユイは怪訝な顔をし、少し首を傾げる
───さて、調子はどうかな
ユイの仕草を見た菱和は一瞬だけ笑みを浮かべ、一気に弦を叩き出した
ユイは菱和が笑った瞬間を見逃さなかった
刹那、アンプから響く菱和のベースの音が耳に届くと同時に心臓が撃ち抜かれたように感じ、ゾクリとした
親指の第一関節で思い切り4弦を打ち付け、人差し指と中指で2弦と3弦を引っ張り上げる
その繰り返し───
──────スラップだ!
ツーフィンガー奏法でベースを弾くものだと思っていたユイは、目の前で奏でられるスラップに完全に目を奪われた
弦は激しく叩きつけられ撓り、その振動はピックアップを介してケーブルに伝わり、漆黒の箱から重く低い唸り声を上げて飛び出してくる
獰猛で攻撃的で、只管威嚇しながら襲い掛かってくるような重低音
何度も何度も、貫き、抉り、突き刺してくる
スラップもさる事ながら、指板を押さえる細く長い左手の指が、しなやかに動く
轟轟と唸るアンプ
店内中に響き渡る鋭い重低音
ユイと拓真の他にも店内に居た客達がその音に集まり、一気にざわついた
いつまでも攻撃の手を止めない
相手が力尽きる最期の瞬間まで、威嚇と攻撃を続ける音
当の菱和は、涼しい顔をしてベースを弾いている
リズムを取る身体と共に長い髪がふわりと揺れ、いつも無表情が心なしか楽しそうに見えた
ほんの1、2分の演奏だったが、まるで何時間もずっと聴いていたような感覚だった
菱和のベースに、「上手い」「下手」の次元を超越した凄さを感じた
“太くて、しなやか”な───
ユイは、そう思った
***
弾き終わった菱和は、ふ、と息を吐いた
店内は静まり返り、BGMだけが遠く聴こえていた
客たちは次第にざわざわとし始めたが、菱和に一瞥喰らうとそれぞれ散って行く
したり顔の我妻が、菱和に声を掛ける
「どうかね?アズサちゃん」
「‥ん、上々」
「相変わらずだねーキミは、調整したばっかなのに」
我妻は苦笑いしながらも、満足げに店の奥に戻って行った
「──────すげ」
呆然と立ち尽くし、ぽかんと口が開いたままでいた拓真が漸く声を出した
「何だよ今の‥‥“上手い”なんてもんじゃねぇぞ。一体何者なんだよ、菱和」
「‥‥別に、フツーだよ」
「フツーて‥‥‥‥ぅう、なんか寒い。鳥肌立ってきた。‥俺トイレ行ってくる」
同じく立ち尽くしたままのユイを残し、拓真は腕をさすりながら小走りでトイレへ向かった
「‥どうした、大丈夫か」
目を見開いたまま呆然とするユイ
菱和に声を掛けられ、漸く我に帰る
「───うん」
「‥‥、ご感想は?」
「───‥‥‥‥、凄い。凄過ぎる。びっくりした」
目を丸くしたまま、ユイは感想を述べた
「‥そっか。そりゃどうも」
菱和はしゃがんでアンプのスイッチを切り、片付けを始めた
「───やっぱり一緒にバンドやりたい」
「‥あ?」
「菱和に、ベース弾いて欲しい」
ユイの眼差しが、菱和の瞳を捉える
ただならぬ意志を見据えた菱和は、返答に詰まった
「‥‥‥‥‥」
「でもやっぱ駄目、だよ、ね‥‥」
「‥駄目じゃあねぇけど、今すぐには無理だ」
「うん、わかってる。でもやっぱり菱和に、うちのバンドでベース弾いて貰いたい」
───そんなに欲しいのか、俺が?
菱和はユイから目を離せなかった
自分の音を欲している人間がいることが、不可解でならない
「‥‥‥‥俺で良いの?」
「うん、菱和が良い!今の聴いて、ほんとにそう思った。菱和と、バンドやりたい!」
「‥‥そ、か‥」
菱和は徐に立ち上がり、ベースをスタンドに立てた
「‥‥もう少しだけ、時間くれないか。今のバンド、結構ライヴやってんだ。区切りのいいとこで抜けるつもりでいるから‥‥返事はそれからでも良い?」
「‥うん!いい返事待ってる!」
ユイは期待に胸を膨らませ、にこっと笑った
ユイから見えない角度で、菱和は少し口角を上げた
「───おんなじ、だ」
ユイの口の中は、ほんのりと甘くなっていた
幼少期、兄の奏でるギターの音を耳にした時と同じ───まるでミルクティーのような、円やかな甘さだった
9 楽器屋にて
「最近さ、ユイくんと拓真くん、菱和くんと一緒に居るよね」
「そうみたいだね」
「なんか、急に仲良しじゃない?」
「‥‥バンドに誘ったみたい」
「菱和くんを?」
「そう」
「へぇー!あ、でもリサ的にはちょっと心配?」
「‥別に。今まで『殴られた』とかそういう話聞いてないから、大丈夫かなって」
「ふーん。私も菱和くんと話してみようかな、1年のとき一っ言も喋ってないし」
「まぁ‥‥良いんじゃないの」
「あ、そうだ!今日こそカラオケ行こ!」
「‥‥行かない」
「んもう、何回誘っても『うん』って云わないんだから‥‥あ、じゃあクレープ食べに行こ?」
「うん」
「それは行くんだね‥‥」
「カナ、早く」
「‥はいはーい」
***
2学年になって一月ほど経ったとある日の放課後
下校する生徒、部活に勤しむ生徒、雑談に耽る生徒
様々な生徒が行き交いごった返していた校内も、徐々に人が疎らになる
拓真はアタルから着信があったのに気付き、折り返し電話をかけていた
ユイは拓真が電話を終えるのを横で待つ
「ああ、うん、わかったわー」
「‥あっちゃん、何だって?」
「珍しくゼミに出るから、今日は無理だってさ」
「何だよそれ、いきなりやる気出しちゃってさー」
「まぁ留年してるし、伯母さんたちのプレッシャーとかあるんじゃないの」
「ふーん‥‥でも、あっちゃん居ないとつまんないなぁ‥」
「ドラムとギター1本じゃな‥取り敢えず行くだけ行く?折角予約してるし、爆音出せるだけでも違うじゃん」
「そうだね!じゃあ早く帰ろ!」
二人は足早に帰宅の途についた
帰宅後、ユイはお気に入りのパーカーとジーンズに着替え、ギターを背負って拓真を迎えに行った
拓真も支度を整えており、揃って馴染みの楽器屋へと向かった
バンドを始めて間もなく、ユイたちはスタジオが完備されている楽器店“silvit”に通うようになった
ユイは音に味を感じる共感覚のお陰で、音が混ざり過ぎると口の中に不快感を覚え、時には吐き気を催し、最悪の場合嘔吐してしまう
拓真を始め、ユイの兄である尊も、そしてアタルも、共感覚によって生じるユイの症状については重々理解している
silvitは他の楽器店と比べて店内BGMが小さく設定されており、またユイにとっては好きな系統の曲ばかりかかっているので、吐き気や嘔吐の心配がない
スタジオの料金も安価に設定されていて財布に優しく、尚且つ気さくな店長のキャラが気に入っており、友人の家に遊びに行くような感覚で気軽に通える場所となっていた
「こんちはー!」
「あら、いらっしゃい。今日はスタジオだったね、いつも有難うね」
silvitの店長・我妻は、見慣れた常連客に気付き挨拶をした
見た目は40代半ば程で、無精髭にサングラスをかけている
「いえいえ、こちらこそいつも大変お世話になっております!」
「ははっ。スタジオ入るまでまだ時間あるよね?まぁゆっくりしてってよ」
「うぃーす!」
silvitの店内はウッド調で、壁や床には楽器が、棚には楽譜が所狭しと並んでいる
平日の夕方にも関わらず、客はそれなりに入っているようだった
予約をしたのは17:30
スタジオが空くまでは20分弱あり、その間店内をぶらつくユイと拓真
ユイは“ask”と書かれている如何にも高額そうなギターをにやけながら見つめ、拓真は楽譜が置いてある棚を物色し始めた
「あ、FACTの新譜出てる」
「えー、どれどれ!?」
拓真の声にユイが駆け寄り、一緒にスコアを眺める
ふと横を見ると、かなり長身の男性客が同じ棚のスコアを見ていた
どこかで見たような気がしてならなかった拓真は、その客を上から下まで眺めた
長く伸びたメッシュ混じりの黒髪
長髪から時折見え隠れする銀色の環状のピアス
気怠そうな眼差し───
「───あれ、菱和?」
横に居た客は、私服に身を包んだ菱和だった
制服と同じように着崩したシャツ、ダメージジーンズ、燻んだウォレットチェーン、そして年季の入ったブーツ
私服の菱和は、とても大人びて見えた
「あ、ホントだ!菱和!」
ユイが拓真の横からひょっこりと顔を覗かせる
「‥おう」
菱和は二人に気付き、軽く返事をした
「なに、菱和もココよく来るの?」
「ああ、店長が顔馴染みで」
「なんだそっかー、俺ら知らぬ間に居合わせてたかもしんないな」
「ね!」
「‥かもな」
そう云って、菱和は見ていたスコアを棚に仕舞った
***
「アズサちゃん、出来たよー」
我妻が一本のベースを抱え、店の奥から出てきた
名前を呼ばれた菱和は、ベースを受け取りに行く
歩く度に、ウォレットチェーンがチャリチャリと鳴った
「‥‥そういや菱和の下の名前、“梓”だっけ」
「そうだね、一瞬誰のことだかわからなかった。女の子でも呼んでんのかと思っちゃった」
ユイと拓真は、菱和のあとをついていった
「つか、いい加減下の名前“ちゃん”付けで呼ぶの止めてくんない?」
「何で?良いじゃないの~呼びやすいんだから。“ヒシワ”ってなんか噛みそうなんだよねー」
我妻はのらりくらりと話しながら菱和にベースを渡した
その後ろから、ユイと拓真が菱和の愛機を覗き込む
「修理してたの?」
「や、定期的に見てもらってて」
「おー噂のジャズベ、綺麗だなー」
「ほんと、カッコイーね!」
菱和のベースは、フェンダー社製のジャズベース
ボディのカラーは白、ピックガードと革製のストラップは黒
白と黒のメリハリがついた楽器だった
「白は意外だったけど似合うな、菱和に」
「うん、すげぇ似合ってる!」
「‥そうか」
褒め言葉に慣れていない菱和は、若干返事に困った
菱和のベースを覗き込むふたりに、我妻ははっとする
手招きをし、ユイを店の奥へと呼んだ
「───君ら、アズサちゃんと友達だったの?」
「え?あ、うん‥まぁ‥‥クラスメイト、だよ」
「‥‥アズサちゃんがガッコ行ってるってホントの話だったんだ」
疑念を含む表情で、我妻はボソリと呟いた
「え?何?」
「いやいや、何でもない!」
「‥‥?」
怪訝そうな顔をするユイ
我妻は軽く咳払いをした
「‥アズサちゃんとは仲良しなのかい?」
「今年同じクラスになったばっかりでさ。ベース弾くってこともつい最近知ったんだ。今日は、ついさっきたまたまココで会ったんだよね」
「ふぅーん‥」
「菱和は店長と顔馴染みだって云ってたけど、そうなの?」
「まぁね。かれこれ5年くらいの付き合いになるかな」
「そうなんだ!やっぱ知らないうちにココであってたかもしんないなぁ」
「ふふ。そんな時もあったかもね」
「‥俺、菱和と仲良くなりたいんだー。俺と音楽の好みが似ててさ!楽器もカッコイイね!弾いてるとこも見てみたいなー、ふふ」
嬉しそうににこりと笑むユイ
あまりに純粋過ぎるその瞳に、我妻は呆気にとられた
しかし、すぐにサングラスから覗く目が柔らかく細くなった
「‥‥そっか」
ユイの云う通り、菱和がユイと仲良くなれる日が来ることを願っていた
signal 's Overview
[signal]の簡単な紹介と、登場人物一覧です
なお、準レギュラー以上の人物は登場次第追加していきます
ネタバレを含みますのでご注意ください
***
*Overview
アカとアオ。
アカはアオを立ち止まらせ、アオはアカを前へと進ませる。
悪友たちから「信号機」と呼ばれた二人の話。
*Character
なお、準レギュラー以上の人物は登場次第追加していきます
ネタバレを含みますのでご注意ください
***
*Overview
アカとアオ。
アカはアオを立ち止まらせ、アオはアカを前へと進ませる。
悪友たちから「信号機」と呼ばれた二人の話。
*Character
アカ:高村 朱央(タカムラ アケオ)
絵を描くのが大好きな少年。ぼっちだったが、徐々に友達が増えていく。おバカな同級生たちに囲まれて充実した日々を過ごすが…
絵を描くのが大好きな少年。ぼっちだったが、徐々に友達が増えていく。おバカな同級生たちに囲まれて充実した日々を過ごすが…
アオ:露木 蒼衣(ツユキ アオイ)
無気力。色盲。週7でバイトをしている苦学生。柔らかく、妙な雰囲気を放つ。様々なデザインに萌える変人。
トキ:常磐 響(トキワ ヒビキ)
アカのマブダチ。写真好き。“愛は地球を救う”と本気で思ってるタイプ。基本バカ。後にすばるちゃんの彼氏になる。フォトグラファー志望。
イナ:印南 京平(インナミ キョウヘイ)
アカのマブダチその2。だいぶおっとりした奴。基本アホ。工具大好き野郎。愛読書が漫画から小説にシフトしていき、物書き志望。
藤沢 千歳(フジサワ チトセ)
2学年先輩。群れるのが大嫌いな一匹狼タイプで、ものごっつ喧嘩強い。イケメン。妹を助けてもらい、アカたちに恩義を感じている。実家は剣道の道場。剣道も強い。ちょいシスコン気味。
雨間 すばる(ウルマ スバル)
千歳の妹。千歳とは、家庭の事情で名字が違う。黒髪ロングで可愛い。兄と同じで剣道強い。写真が好きで、トキと部活が同じ(のち彼女)。
蓬立 継(ホウタツ ツグル)
千歳のマブダチ。“ポン”(アイヌ語で「小さい」)と呼ばれる。チビだけど喧嘩が強く、見た目可愛く、義理人情に熱い。
栄 光(サカイ ヒカル)
盟友・ヒヨケムシ様のキャラクター。ゲスト出演。
栄 光(サカイ ヒカル)
盟友・ヒヨケムシ様のキャラクター。ゲスト出演。
峯里 暁(ミネザト アキラ)
シルバーアクセ職人。アオの遠い親戚。いつもふんわりとした笑みを絶やさない人。
C×D 's Overview
[C×D]の簡単な紹介と、登場人物一覧です
なお、準レギュラー以上の人物は登場次第追加していきます
ネタバレを含みますのでご注意ください
***
*Overview
非公式の何でも屋、「ALLT」。
仕事は、ツーマンセルで行われる。
それぞれのバディとは、“一蓮托生”。
奇妙な繋がりを持つ奴等のブロマンス。
*Character
なお、準レギュラー以上の人物は登場次第追加していきます
ネタバレを含みますのでご注意ください
***
*Overview
非公式の何でも屋、「ALLT」。
仕事は、ツーマンセルで行われる。
それぞれのバディとは、“一蓮托生”。
奇妙な繋がりを持つ奴等のブロマンス。
*Character
◆最上 伊芙生(モガミ イブキ)
特攻隊長/28~32歳/パーマ
蓉典のバディ。恐怖を一切感じなく危険が大好きだけど、迂闊に大怪我できない特殊な血液型(血液バンクに登録済み)。
◆天塩 蓉典(テシオ ヨウスケ)
バーサーカー/32~35歳/ロン毛×グラサン
伊芙生のバディ。常にグラサンをしてるおにいさん。普段は温厚だが、“あるモノ”を見ると……
◆信濃 菩希(シナノ ホマレ)
リーダー/35~40歳/ベリショ×金パ
提午のバディ。ドS。元軍人。過去の自分と決別する為に化粧してる。見た目より歳いってる。怖いけど美人。鋼メンタル。仲間を大切に想う。
◆利根 提午(トネ ダイゴ)
サイバー系全般/30~35歳/短髪
菩希のバディ。どこへでも侵入可能の凄腕ハッカー。菩希に忠誠を誓う。あまり感情を出さないけど、心根は優しい。
◆北上 憂樹(キタカミ ユウキ)
サポート/32~35歳/剃りこみ
手塩と同期。チャラ男。仕事以外はめちゃくちゃだらしない。
◆那入 義釈(ナイリ ヨシトキ)
上司。「ALLT」の産みの親。組織のいちばんアタマ。
◆甘曽 迦一(アマソ カイチ)
ALLT本部の表にある喫茶店“Näckrosor”のオーナー兼マスター。那入と知り合いで、格安で店の裏を貸してくれてる。
◆真々地 愛(ママチ アイ)
蓉典が捕まえた、万引き常習犯の女子高生
S・M・E・K 's Overview
[S・M・E・K]の簡単な紹介と、登場人物一覧です
なお、準レギュラー以上の人物は登場次第追加していきます
ネタバレを含みますのでご注意ください
***
なお、準レギュラー以上の人物は登場次第追加していきます
ネタバレを含みますのでご注意ください
***
*Overview
場末のスナック、「Caricia」(=“愛撫”)で高校の同級生・糸嘉(しか)と偶然再会した亨(とおる)。満身創痍の亨は糸嘉に「『帰りたくない』ってカオしてる」と図星を突かれ、少しの間厄介になることに……
カラダにも心にも、最高の愛撫を。
*Character
◆花巻 亨(ハナマキ トオル)
場末のスナック、「Caricia」(=“愛撫”)で高校の同級生・糸嘉(しか)と偶然再会した亨(とおる)。満身創痍の亨は糸嘉に「『帰りたくない』ってカオしてる」と図星を突かれ、少しの間厄介になることに……
カラダにも心にも、最高の愛撫を。
*Character
◆花巻 亨(ハナマキ トオル)
24歳/大学院生/身長175㎝
何者かに暴行されて行き倒れてるところを高校の同級生・糸嘉に保護される。糸嘉を“しーちゃん”と呼ぶ。cariciaの従業員からは“花ちゃん”と呼ばれる。
◆杜屋 糸嘉(モリヤ シカ)
24歳/身長180㎝
スナック『caricia』で住み込みで働いている。亨のことは“花巻”と呼ぶ。cariciaの従業員からは“イト”と呼ばれている。
◆あやめママ
本名不詳。ニューハーフ。スナック『caricia』のママ。糸嘉を住み込みで働かせている。
◆類(ルイ)
27歳/身長170㎝
好青年(実はオナベ)。糸嘉のよき先輩。亨がcariciaにいる間、衣類を貸していた(サイズがいちばん合うから)
◆禾織(カオル)
20代後半(推定)/身長177㎝
本名不詳。元ホストのオネエ。糸嘉に無意味なセクハラを繰り返している。恋愛対象は男性で、彼氏がいるよう。皆から“カオちゃん”と呼ばれる。
◆東亜子(トアコ)
22歳/身長153㎝
小柄だけどおっぱい大きめ(多分E)の女の子。Cariciaでは糸嘉の一年後輩。ママの次に酒豪。
アイ、ベツ、リ、ク。 's Overview
[アイ、ベツ、リ、ク。]の簡単な紹介と、登場人物一覧です
なお、準レギュラー以上の人物は登場次第追加していきます
ネタバレを含みますのでご注意ください
***
*Overview
高校生の頃に両親を亡くした洸志と、家族に憎悪の感情を抱く御厨。それぞれ哀しみと柵を乗り越えて「共に生きる」と決め、互いに寄り添う二人の話。
*Character
なお、準レギュラー以上の人物は登場次第追加していきます
ネタバレを含みますのでご注意ください
***
*Overview
高校生の頃に両親を亡くした洸志と、家族に憎悪の感情を抱く御厨。それぞれ哀しみと柵を乗り越えて「共に生きる」と決め、互いに寄り添う二人の話。
*Character
稲見 洸志(イナミ コウシ)
28歳 172㎝
納棺師。素直。真面目。高校生のときに両親を事故で亡くす。家事全般が得意で、私生活がだらしないみっくの家政夫として同居を始める。そのうちみっくを好きになっていく自分に戸惑いつつ「一緒に生きて」と伝え、家政夫から恋人に。
御厨 正博(ミクリヤ マサヒロ)
35歳 180㎝
フューネラルプロデューサー。ドS。実家は名家だが父親の愛人の子供なので周囲から疎まれて育つ。寄り添ってくれた洸志と恋人及び家族に。セックスと女は大嫌い(父親を思い出すから。でも洸志は好きだから抱ける)。尚、家事はそれなりにできる模様(自ら進んでやらないだけ)
松秋 孝大(マツアキ タカヒロ)
35歳 170㎝
みっくと同期。通称まっちゃん。飄々としてる。ロン毛。
末治 柊一(スエハル シュウイチ)
40歳 175㎝
副支配人。あだ名は“スエさん”。爽やかでアツい。
寿川 桂(スガワ カツラ)
48歳 168㎝
女上司。納棺師。見た目はキツいが部下想い。
秦崎 克実(シンザキ カツミ)
45歳 182㎝
総支配人。ぺかぺかのオールバック。目付き鋭いけど良い上司。
紅葉 竜哉(モミジ タツヤ)
28歳 175㎝
洸志の同僚納棺師。くるくる天パの陽キャ。
郷麻 岬(サトマ ミサキ)
30歳 165㎝
洸志の同僚、女性納棺師。ひたむきで朗。
進藤 春美(シンドウ ハルミ)
58歳 155㎝
事務のおばちゃん。洸志とみっくの関係を知る数少ない人物。
御厨(殿垣内) 雅章(ミクリヤ(トノゴウチ) マサアキ)
35歳 182㎝
みっくの腹違いの弟(同い年)。本家の中で唯一みっくを家族として見ていた常識人。婚姻にあたり婿養子に入る。みっくに、節目節目に贈り物をしてくる。洸志とみっくの関係を暖かく見守る。
殿垣内(トノゴウチ) いおり
31歳
雅章の彼女のち嫁。清純派(みっく談)だが、なかなか肝が座っている。
殿垣内 明乃・茅乃・更乃(とのごうち あけの・かやの・さらの)
雅章といおりの子供で、みっくの姪っこちゃんたち。三つ子の姉妹。命名にはみっくが一枚噛んでいる。
葦田 岳(アシダ タケル)
173㎝
仏具屋・提慈堂(だいじどう)の4代目。チャラい。洸志の高校からの友達で、高卒予定の洸志に葬儀屋を紹介した。洸志から「たけぽん」と呼ばれている。
御厨(神崎) 渚(ミクリヤ(カンザキ) ナギサ)
32歳
みっくの従姉妹。ボイン。巧海と結婚する。二人の関係を暖かく見守る。みっくを“ヒロ”、雅章を“あきくん”と呼んでいる。
神崎 巧海(カンザキ タクミ)
35歳
みっくが実家にいた頃からの友人。写真家。渚の恋人のち旦那。渚と共に、二人の関係を暖かく見守る。
Haze. 's Overview
[Haze.]の簡単な紹介と、登場人物一覧です
なお、準レギュラー以上の人物は登場次第追加していきます
ネタバレを含みますのでご注意ください
***
*Overview
天然KYなアホの子とそれを見守る無愛想な元不良の超長編。バンド、楽器、音楽、料理、アルコール、煙草、ファッション、幼馴染み、男同士&男女の友情、プラトニック‥‥好きなものを無節操に詰め込んでます
*Characters
◆石川 唯(イシカワ タダシ)♂/Gt&Vo
なお、準レギュラー以上の人物は登場次第追加していきます
ネタバレを含みますのでご注意ください
***
*Overview
天然KYなアホの子とそれを見守る無愛想な元不良の超長編。バンド、楽器、音楽、料理、アルコール、煙草、ファッション、幼馴染み、男同士&男女の友情、プラトニック‥‥好きなものを無節操に詰め込んでます
*Characters
◆石川 唯(イシカワ タダシ)♂/Gt&Vo
17歳/168cm/55kg/B型/9月26日生まれ 天秤座
愛称は“ユイ”
天真爛漫で、いつも元気な高校2年生
童顔で華奢なギター大好き小僧
怖いもの知らずで無邪気、喜怒哀楽の激しい落ち着かない奴
音に『味』を感じるという“共感覚”の持ち主
愛用の楽器は黄色のレスポール(Gibson)
幼い頃、虐待により心に深い傷を負うが、周囲の支えにより現在は落ち着いている
特技(?)は、敢えて空気を読まないこと
◆菱和 梓(ヒシワ アズサ)♂/B&Vo
19歳/182cm/65kg/O型/6月9日生まれ 双子座
基本的に無口で無愛想なダブり高2
ユイは“アズ”と呼ぶ
へヴィスモーカー(銘柄はJPS)
荒んだ不良少年だったが、伯母の養子に入ったことで更生の道を歩む(旧姓は長谷ハセ)
元々頭の回転が早く、コミュニケーションスキル以外はほぼ平均以上
ユイが尊の代わりにバンドに引き入れた人物で、指弾きオンリーのベーシスト
愛用の楽器は白のジャズベ(Fender)
普通免許を所持している
一人暮らし故に、料理が得意
◆佐伯 拓真(サイキ タクマ)♂/D&Vo
17歳/175cm/60kg/AB型/8月獅子座
清潔感漂う爽やか男子、高校2年生
ユイとは幼馴染みで、良き理解者
ユイの過去を知っているが、幼少期から変わらずユイに接している
何でも卒なくこなす、いわゆる天才肌
ドラムはほぼ独学で、憧れのツーバスを購入したいが為にバイトに勤しむ(TSU●AYA)
バイト先にスティックを持ち込むほどのドラムバカ
23歳の姉(葉子)がいる
◆一ノ瀬 中(イチノセ アタル)♂/Gt&Vo
21歳/180cm/68kg/A型/11月射手座
尊と同じ大学の3年(一浪している)
拓真の従兄弟で、尊と幼馴染み
周りからは「あっちゃん」と呼ばれている
チェーンスモーカー(銘柄はラッキーストライク)
自由奔放で大雑把で適当、神経質で若干潔癖、自他共に認める少し面倒臭い性格
プロ志向だが、上京する尊にバンドを託され、年功序列によりリーダーを務める
赤髪で顔も派手、見た目に比例し派手なプレイを好む
愛用の楽器は赤のSG(Gibson)
バーテンのバイトをしており、カクテル作りが得意
24歳の姉(亜実)がいる
◆石川 尊(イシカワ タケル)♂/元B
21歳/178cm/60kg/O型/5月牡牛座
ユイの実兄、大学4年
かつてのユイのギターの師匠だが、バンド結成に伴いベースに転向
愛用の楽器はサンバーストのジャズべ(SCHECTER)
トラウマを抱えることになってしまったユイを救えずにいたことを、自分の知らないところでの出来事とはいえ後悔しており、以来ユイを見守り続ける
秀才でクール、冷静沈着な眼鏡っ子
臨床心理士になるべく、修行中
◆近藤 リサ(コンドウ リサ)♀
17歳/162cm/45kg/B型/2月水瓶座
ユイ・拓真の幼馴染み、高校2年生
父がクオーターの為、中性的な顔立ち
モテるが、言い寄ってくる奴らを鬱陶しいと感じている
ユイの過去を知っており、自然に振る舞うも人一倍ユイを心配している
ただし、恋愛感情はない
25歳の兄がいる
●Hazeと深く関わる人々●
◆長原 鐘南(ナガハラ カナ)♀
17歳/160cm/50kg/A型
リサの親友
ユイ・拓真とも仲が良い
甘いものが大好きな今時のジョシコーセーだが、中身は豪快なゲーム大好き少女
バストがデカい
兄が二人いる
●SCAPEGOAT
ユイ達の友人バンド。いちばん仲の良い対バン仲間。Haze同様、年齢層はバラバラ。
ユイ達の友人バンド。いちばん仲の良い対バン仲間。Haze同様、年齢層はバラバラ。
◆上田 樹(ウエダ イツキ/いっちー/Gt)
17歳、ユイたちの同級生。見た目はチャラ男だが、アツい一面がある。ギターはストラト。嗜好品はマルメンライト
◆都築 一(ツヅキ ハジメ/ハジ/Vo)
22歳。彫り師見習い。腕や足に墨入り。嗜好品はセブンスター
◆生野 有亮(セイノ ユウスケ/B)
22歳。バイク店勤務。ベースはSCHECTER。ピアスが多い人。髪型がコロコロ変わる。嗜好品はハイライト
◆奈良 圭太(ナラ ケイタ/ケイ/D)
21歳。学生。ファッションはガーゼシャツ×ラバソなどのパンク系の人。嗜好品はブラックストーン
◆我妻 涼(アヅマ リョウ)♂
ユイたち行きつけの楽器屋の店長
アズの伯母とは同級生
飄々とした性格
実は“RiOT”という知る人ぞ知る伝説のバンドのベーシスト(当時の名はZOO=ズー)で、アズにベースを教え込んだ人物
◆楠本 奈生巳(クスモト ナオミ)♂
19歳/165cm/55kg
アズのかつての不良仲間(親に捨てられ施設育ち→歪む)
更生し、現在は美容師見習い
短気で態度がでかく口が悪い、のは更正しても変わらず
木山(美容師)という男性に拾われ、ルームシェアしている
◆菱和 真吏子(ヒシワ マリコ)♀
アズの伯母で、14歳から里親となる
資産家と結婚したが子供に恵まれずにいた
妹であるアズの母親は消息不明で、事件があるまでアズの存在を全く知らなかった
約2年ほどでアズの学力を年齢相応にまで高め、ほぼ更生させた超人的な人物
普段は物腰柔らかな大和撫子
◆俵 翔太(タワラ ショウタ)
17歳(ユイと同級生)
マンスリーライヴで出会ったユイと意気投合し、その後ユイたちの学校に転校してくる
1-3“ALLT③
「いやーオニーサンめっちゃ凄かった!マジ吃驚した!」
「最初すげぇ面白い顔して追い掛けてきたから笑っちゃったよね、焦ったけど」
「マッスルカーニバルの人かと思ったよ、良いもの見せてもらったぁ」
「っていうかお前らも凄いな!あんなやり方されたら店もGメンも真っ青だよ!」
チャリとダッシュ
自分達の勝利を確信しての逃亡劇の末に敢えなく取っ捕まった男子高校生たちと、肩を並べて和気藹々と話す伊芙生
剰え、万引きの手段をベタ褒めしている
どうやら、精神年齢が合うらしい
男子高校生たちに力の限り怒号をぶつけた直後、たまたま近くを通りかかった主婦のママチャリを借りて猛スピードで追い掛けた伊芙生
その先には30段ほどの石段があり、男子高校生たちは自転車に乗ったまま恐る恐る階段を下り始めた
なにビビってやがんだ、全然怖くないぜ───
伊芙生は少し助走をとって階段の一番上からママチャリごと思い切りぶっ飛び、男子高校生たちが一番下に辿り着く前に見事着地を決めて立ちはだかった
男子高校生たちは伊芙生の先回り(?)の刹那、驚嘆と恐怖に戦き次々と衝突して倒れた
借り物のママチャリは着地の衝撃で派手に歪んでしまったが、無惨な姿へと変わり果てたママチャリに引き換え奇跡的に無傷の伊芙生が間髪入れず連行しようとした矢先、男子高校生たちは伊芙生のアクロバティック且つアグレッシブな行動に堪く感動し、そのまま流れるように皆でNäckrosorへと訪れた
「───で、どうやって万引きしてたんじゃ?」
「ん、まず二人で店員に話し掛けて、その隙に一人がトイレ行ってタグ剥がして‥‥って感じ」
「あとは、皆で一人を囲って周りから見えなくする、とかね」
尋ねられた男子高校生たちは、嬉々としてその手口を披露した
「ほぉ‥‥自分等で死角を作り出すんじゃな、なるほど」
「トイレに持ってかれたんじゃ、店側もたまんねぇな」
ボックス席で食後の珈琲を啜る憂樹と蓉典も、万引きの手口に思わず感心し頷いた
無論、感心している場合ではないのだが───
「───こらこら君たち、さっきのサラリーマンと女子高生と同じようにその子たちを諭す為にここへ連れてきたんじゃないのかい?」
Näckrosor店内で唯一の常識人である迦一が、思わずツッコミを入れた
「あ、いやほら、こいつらと同じ目線で物事考えなくちゃいけんし‥‥な?」
「ああ、まぁ‥そういうことっす」
迦一は目を泳がせて言い訳する憂樹と蓉典の言葉に呆れ、それ以上感知しないことにした
「──てかさ、あんな芸当見ちゃったら万引きなんかどーーーでも良くなっちゃった。スカッとしたよ」
「ほんとほんと!実際、万引きよか楽しかった!」
「オニーサン、またなんか凄い技見せて!」
自分たちが犯した罪を何処へ棚上げするやら、男子高校生たちは目を輝かせて伊芙生へ期待の眼差しを向ける
「いやー、さっきのアレはたまたまだし‥‥今度同じことやって怪我しない保証はないから‥‥‥‥」
「そうなの?じゃあ、あれってマグレ?」
「うん。“ああいうこと”するのは初めてじゃないけど無傷でいられるのはマグレだよ、いっつも」
「そうなのかー。‥でもでも、今までマグレだったんなら次も大丈夫じゃね?」
「随分軽く云ってくれるなー‥‥‥迂闊に大怪我出来ないんだよ、ぼくわ」
「何それ??」
「ふふん。俺はな、ウルトラレアブラッドなんだ。 俺の血は希少中の希少種で、高値で取引されてんだぜ」
「っぎゃはは!何だよそれ!!!」
「オニーサン、実はさっき頭打ったんじゃないの?」
「いや、マジだから!これ、ガチのマジ!」
ニヒルにキメたつもりが“厨二病”とでも捉えられたのか、伊芙生は男子高校生たちに散々嘲笑われた
「‥おい、コソ泥共。今のはほんとの話だぞ」
蓉典はのそりと立ち上がってカウンターまで足を運び、伊芙生をフォローしつつその頭をぐりぐり撫で回した
「え、そうなの‥‥?」
「だから、ガチのマジだって云ったろー?」
伊芙生はドヤ顔をし、至極誇らしげにした
「そう、なのか‥‥‥‥なんか、すいません」
「は?何で謝んの?」
「だって、アレでもし大怪我してたらめっちゃやばかったじゃん」
「うん‥‥チャリ同士ガチでぶつかったら死ぬらしいしな」
「たかが俺ら捕まえるのに死なれでもしたらすげぇ後味悪かった‥‥あー、なんかバカらしくなってきたな」
「ああ、ほんと。‥‥‥‥オニーサン、ごめんなさい」
「さっき追い掛けてきたとき、大爆笑しちゃってすいませんでした」
急にしおらしくなった男子高校生たちを見て、憂樹はくすりと笑った
「漸く自分達の立ち位置がわかってきたんか。‥‥まぁ、万引きとぼっくんが怪我するかどうかはまた別の話じゃけん。でも、“そういう結末が待ってるかもしれん”っちゅー危機感は持ってて損はないかもしれへんな」
「‥‥はい。すみませんでした」
「ん。でも、二度目はないからな。‥‥‥‥あんだけ激チャリしたから腹減ったろ。迦一さん、カツサンドある?」
「ああ、今出すね」
迦一は冷蔵庫からボリューミーなカツサンドを取り出し、伊芙生と男子高校生たちの前に置いた
序でに、キンキンに冷えたレモンスカッシュをお供に出す
「これ食ってから帰んな、超美味いから。俺の奢りだ」
伊芙生はカツサンドに一口かぶりつくと、にこりと笑った
***
「よー、良くやったなお前ら。お疲れ」
伊芙生たちがカツサンドとレモンスカッシュを堪能し御満悦の男子高校生たちを見送ると、ちょうど、店の奥から菩希と提午が顔を出した
「ういーす」
「お疲れさん」
「迦一さん、珈琲貰える?」
「はいはい、只今」
菩希と提午が伊芙生と並んでカウンターに座すと、迦一は珈琲を淹れ始めた
店内に、香ばしい珈琲の香りが漂う
今回は、『万引き犯を捕まえて欲しい』と店の人間に懇願されての依頼───万引き犯を現行犯で引っ捕らえてNäckrosorへ連行するまでが、“実働部隊”に課せられた仕事だった
憂樹たち三人は口々に「そんなことは警察に任せておけば良い事案だ」とぶーたれたが、店主はわざわざALLTに依頼を寄越した
その理由は、『明らかにGメンらしき人間が店舗にいるよりも犯人の警戒心が解かれると思ったから』だ
少なくとも憂樹、蓉典、伊芙生の三人は、Gメンや警察官のように万引き犯を取り締まる立場の風貌ではない───憂樹はパッと見チンピラ、蓉典はガラの悪いあんちゃん、そして伊芙生は一回り近く年下の男子高校生にコケにされるほど間抜けな見て呉れだ
無論、店主は警察にも相談には行っているが、『防犯カメラのチェックを』『見回りの強化を』とお決まりの台詞を吐くだけだった
“来るもの拒まず”、“どんな依頼でも受ける”のが、『何でも屋』の信条───
「───で、チャリぶっ壊したって?」
菩希の眉と口の端が、くっと釣り上がった
伊芙生の目が、泳ぐ
「あああーあれは、えーと、不可抗力というか何というか‥‥」
「までも、結果オーライなんじゃねぇの?」
「むー、ぼっくん凄いのぉ。ほんまに怪我無いんか?」
「平気す」
「チャリの修理代金は給料から天引きな」
「‥‥ふぁい」
憂樹と蓉典のフォローも空しく
提午は慰めのつもりで、落胆する伊芙生の肩をぽんぽん、と叩いた
残りの報告をBGMに
迦一はゆったりと笑み、明日の営業に向けての仕込みを始めた
1-2“ALLT”②
「っ離せよ!この変態ジジィ!!」
「うっせぇ、ブス。とっとと歩け」
「このやろ‥『痴漢だ』って叫ぶぞ!!」
「お好きにどうぞ。どうせ冤罪だし」
「みなさーん、この人痴漢でぇーす!!」
「みなさーん、このジョシコーセー万引き常習犯でぇーす。この鞄の中身は百均でパクった戦利品しか入ってませぇーん」
「っ、てめぇっ!!」
「ベンキョードーグは一体どこにあるんでしょおかぁー?」
「全部学校だよっ!!」
「教科書学校に置き去りにしたまんま、真っ昼間から万引きしてるジョシコーセーはここでぇーす!お巡りさぁーん!」
「うるせぇっ!!黙れ!!」
「お前が先に叫び出したんだろうが、このブス」
痴漢呼ばわりされたことなど意に介さず
蓉典は取っ捕まえたやんちゃな女子高生を引き摺るように、騒然とする街並みをずんずん歩いていく
女子高生は何とか逃れられないものかと必死に抵抗を試みるが、その手首を蓉典にがっちりと掴まれている
「俺に捕まっただけ有難いと思いな。店の人間に捕まってたら問答無用で警察行きだぞ。親とか学校に連絡されたくないだろ?」
「‥‥、‥‥‥っ」
女子高生は悔しそうに顔を歪めた
どうやら、『警察沙汰になりたくない』『親に連絡されたくない』は図星のようだ
「‥‥別に弱味握ってどうこうしようなんてこれっぽっちも思ってねぇから。ガキのくまちゃんパンツなんざクソも興味ねぇし」
「んなもん穿いてねぇよエロオヤジ!!」
「あっそ。とにかく、穏便にコト済ましたいなら大人しくついてきな。悪いようにはしねぇから」
蓉典はぱっと手を離し、女子高生を宥め賺した
今なら逃げられる、否、追い付かれてまた捕まってしまうかもしれない
『悪いようにはしない』という言葉だって、とてもじゃないが信じられない
だが、何の根拠も無いのに『その言葉を信用しても良いのではないか』という気になるほど、見上げた蓉典の顔はひどく穏やかだった
剰え、折角捕まえた“獲物”に逃げられる可能性が十分あるにも拘らず、いとも容易く拘束を解いたこの男───一体、何を考えてるんだろう?
女子高生の心に、寸分の迷いが生じた
「‥‥‥、どこ連れてく気だよ」
「珈琲が死ぬほど美味い喫茶店」
「‥‥は?」
「世界一美味いんだ。しかも、タダで飲める。ラッキーだと思わねぇ?」
「‥‥‥‥、私、珈琲飲めない」
「そうか。そりゃ勿体無いな‥‥じゃあ、何が好きだ?」
「‥‥‥、‥‥そこ、ココアある?」
「ああ、あるよ。奢ってやる」
蓉典はにこ、と笑むと、颯爽と歩き出した
この女子高生は逃げない、大人しく自分の後をついてくる───勿論何の根拠もないが、その思惑通り、女子高生は辿々しく蓉典の後をついて歩いた
***
店先に置かれたボードに、チョークで『今日のおすすめ』が書かれている
傍らには、錻の如雨露に入った橙、黄、桃色のガザニア
外で喫煙が出来るよう、灰皿とベンチも置いてある
窓硝子越しに店内をちらりと見ると、客は数えるほどしか居ないよう
「とうちゃーく。さ、どーぞ」
蓉典はNäckrosorのドアを開け、女子高生を中へ通した
歩く度に床が軋む木目調の店内
香ばしい珈琲の香り
ショーケースに並んだケーキ
BGMのジャズ
洒落た家具
レトロな雰囲気
女子高生は、不思議と心が落ち着いていくのを感じた
「うわぁああぁん‥‥ごめんなさいぃぃ‥‥」
突然、店の窓際のボックス席から号泣する男の声が聴こえてきた
「わかりゃ良いんじゃ、わかりゃ。もう二度とすんなよ。たかが万引き、されど万引き。今度見付けたら、絶対警察に連れてくけん。家族に迷惑掛けるようなことはしちゃいけん。な?」
「は、はぃ‥‥すいません、でした」
ボックス席には、嗚咽を漏らすスーツ姿の男と、それを宥める憂樹がいた
異様な光景に、女子高生は肩を竦ませて目を瞬いた
「‥‥‥‥お前も、ああなるのかな?」
『“あれ”が数分後の自分の未来の姿かもしれない』と予見した蓉典の言葉に、女子高生は弾かれたように反応を示す
「今泣いてるあの男もお前と同じ、万引きの常習犯だ。家庭に居場所がなくて、ストレス発散に繰り返しやってたらしい」
「‥‥私にも説教かまそうってハラかよ」
「そんなつもりはねぇよ。取り敢えず座んな。あったかいもんでも飲んで、オジサンとのーんびり喋ろうぜ」
蓉典はカウンターの一番端の席に座り、煙草に火を点けて吹かし始めた
今ならまだ逃げられる───心が揺れたが、何故か足が動かない
仕方なく、女子高生は蓉典の隣に座った
「お帰り、蓉典くん」
「ただいま。この娘にココアください」
「はい、ちょっと待っててね」
甘曽は蓉典に灰皿を手渡すと、冷蔵庫から牛乳を取り出し、ココアを作る準備を始めた
***
「いっつも行ってんのか、あの百均」
「‥‥うん」
「今の百均てすげぇよなぁ。生活雑貨、食料品、化粧品、工具‥‥何でも置いてある。見て回るだけでもワクワクするよな」
「‥‥、別に」
「‥お前、学校行ってないのか」
「私が学校に行こうがどうしようが、あんたに関係ないだろ」
「ああ、無い。無いけど、“学校サボって昼間から街彷徨いて万引きしてる女子高生の心理状況”は気になるんだよな。‥目の前に“その”女子高生が居るわけだし」
「‥‥なにあんた。説教するつもりはないんじゃなかったの?」
「ないよ。‥何でお前が万引きするのか、ってのが知りたいだけだよ」
「そんなもん知ってどうするわけ?」
「後学の為に役立てる。今後同じような女をナンパするときに使えるだろ?」
「は‥やっぱただのエロオヤジかよ」
「違げぇ。俺は“ムッツリ”だから」
「‥‥ぶはっ!何が!どこが!!」
「はぁ?ふざけんな、よく見ろよこの顔」
「“ガッツリ”じゃんかその顔は!どの面下げて“ムッツリ”って?笑っちゃう‥っはは!あははは!」
「‥‥‥‥‥ふーん‥‥笑うと結構可愛いじゃねぇか。“ブス”とか云って悪かったな」
「‥!!な、‥‥そんなお世辞云ったって、何も出ないんだから‥!」
「おまけにツンデレかよ。お前のカレシになる男、苦労しそうだなぁ」
「っ余計なお世話だよ!」
「ふふ‥‥。‥‥‥‥なぁ、コソコソ盗み働くよか、今みたいに下らねぇことで笑ってた方がよっぽど楽しいと思わねぇ?さっきも云ったけど、どんな理由があっても、万引きは問答無用で警察行きだ。今までは上手くやってたかもしんねぇけど、次“やる”時に誰にも見付かんねぇ保証はどこにもねぇじゃん。暇潰しかゲーム感覚かなんか知らねぇけど、バレた時のこともっとよく考えろ。‥‥今よりも“笑う時間”減っちまうぞ」
「‥‥‥、結局説教してんじゃんか‥‥」
「説教じゃねぇ。オジサンからの、有難ーーーいお言葉。もし暇潰しとかゲーム感覚でそんなことするくらいなら、一緒にゲーセン行って本物のゲームやろうぜ。俺、こう見えてプライズ獲るの得意なんだ。プリクラだって一緒に写りまくってやるよ」
「‥‥‥、プライズは良いけど、プリは、無理‥‥グラサンかけた変なオヤジとのツーショットとかマジあり得ないし」
「あ?何だよそれ。‥‥まぁ良いや。遊び終わったら、ここでまたココア飲も。‥あ、今度ココアだけじゃなくて軽食とかケーキ食ってみろよ。ここのものは、マジで何でも美味いぞ」
「‥‥‥‥‥‥。‥‥ゲーセン、付き合ってくれんの‥‥?」
「ああ。時間あるときはいつでも付き合ってやっから、またここに来な」
「‥‥‥‥ほんとに、来るよ。良いの?」
「うん。待ってるよ。‥俺、蓉典。お前の名前は?」
「‥‥‥、‥今度会ったときに教える」
「はぁ!?お前、俺だけ名乗るとかズルくねぇ?」
「ズルくない。タダで女子高生と遊べるんだから、感謝しなよ」
「は‥‥あっそ‥‥‥」
「‥‥‥‥。‥‥これ、預かっといて」
「‥‥、預かっとくだけで良いのか?一緒に謝りに行くか?」
「‥‥‥‥うん‥‥」
「うん。‥‥今日は良いから、決心ついたらここに顔出せよ」
「‥‥ココア、美味しかった。‥御馳走様」
「ああ。帰り、気を付けてな」
***
「あー、ええなぁ女子高生‥‥俺もしょぼくれたリーマンより女子高生が良かった」
女子高生を見送った後、憂樹が蓉典の隣に座った
「はは。今度女子高生の案件当たったら、ばくって(交換して)やるよ」
「ほんまか?約束じゃぞ?」
「ああ。約束」
───‥‥‥‥やっぱ美味いな、ここの珈琲は
蓉典は煙草の煙を燻らせ、ゆったりと笑った
「‥そういや、ぼっくんまだ帰ってきてへんよな?女子高生よりも活きの良い男子高校生‥‥しかも三人じゃけん、苦戦しとるんじゃないか?」
「いつものことじゃん。そのうち帰ってくるさ」
「まぁ、そうやな‥‥なんか、腹減ってきたなぁ。迦一さん、今オムレツ作れる?」
「あ、俺もナポリタン食いたい」
「ああ。ちょっと待ってて、すぐ作るから」
蓉典と憂樹は談笑しつつ、暫し伊芙生の帰りを待った
***
「───んのやろおぉ、待ちやがれこのクソガキ共っっ!!!!!」
蓉典と憂樹がNäckrosorでオムレツとナポリタンに舌鼓を打っている頃───閑静な住宅街に、激チャリする三人組の男子高校生をダッシュで追い掛ける伊芙生の怒号が響き渡った
1-1“ALLT”①
剥き出しの天井、打ちっぱなしコンクリの壁、吸い殻だらけの罅割れた床───
アングラな雰囲気が立ち込める一室
中央に置かれた円卓を取り囲むように座す、五人の男
「───よーし。お前ら、散れ」
信濃 菩希(しなの ほまれ)の号令と共に、身支度を整えた三人の男が各々席を立ち上がる
警視庁公安部総務課長・那入 義釈(ないり よしとき)
彼は、自らの権限と責任の下、非公式の“何でも屋”「ALLT」を組織した
ALLTには、現在5名の精鋭が所属している
菩希は、長らく海外で活動していた元軍人
男でありながら濃い目のドギツいメイクを施しており、その目で見詰められれば忽ち恐怖感を憶えそうなほど妖艶で蠱惑的な雰囲気を醸し出している
しなやかで強靭な肉体以外に在隊時の面影は全くなく、メイクは“現在”の彼のトレードマークになっている
菩希の横でPCとにらめっこをしている戸根 提午(とね だいご)は、自他共に認める凄腕の元ハッカー
その腕を活かし、主に情報捜査を担当している
ハッカー時代に多大な恩義がある菩希には忠誠を誓っており、その証拠とも云うべきか、提午は菩希にだけは敬語を使って喋っている
リーダーである菩希と常時PCに張り付いている提午はあまり本部から動くことはないが、出張る時には二人は“バディ”となる
残りの三人はスリーマンセルで、ALLTに寄せられた“依頼”を遂行する実働部隊
指令を受け、命令を下す菩希と提午を“脳”とするならば、彼等は謂わば“手足”だ
その人となりは、元ジャンキー、特殊な性癖の持ち主、真の意味で“怖いもの知らず”───どいつもこいつも“曲者”だ
菩希は、その曲者たちに声を掛けた
「おい、予備のグラサン忘れんなよ」
「わかってるって。蓉典(ようすけ)、自分でもちゃんと予備持ってけよ」
「はいはい」
「‥‥さーて、行きますか」
北上 憂樹(きたかみ ゆうき)、天塩 蓉典(てしお ようすけ)、最上 伊芙生(もがみ いぶき)の三人は、アングラなALLT本部の扉を開け放った
鉄製の無機質な扉の向こうには約10メートル程のホールが扉同様無機質に続いており、その先には木目調のドアが聳え立っている
オートロックの扉がかちん、と閉まる音を確認すると、憂樹は木目調のドアまで進み、古ぼけた鍵を使って解錠した
ドアを開けると、焙煎したての香ばしい珈琲豆の香りが漂うカントリー調の純喫茶「Näckrosor」へと出た
三人は足並みを揃え、「Näckrosor」の店主・甘曽 迦一(あまそ かいち)へ声を掛ける
「行ってきまーす」
「ああ、行ってらっしゃい。気を付けてね」
甘曽は、三人に気さくに返事をした
喫茶店の裏のスペースであるALLT本部は、甘曽の“好意”によって格安で貸し出されている
そこ“まで”は、ALLTの人間には周知されている
“何故、甘曽はわざわざ低家賃でスペースを貸し出しているのか?”
“そもそも、何故純喫茶の裏に“何でも屋”の本部が置かれているのか?”
Näckrosorを後にする三人は、口には出さずともその二つの事柄を常々不思議に思っていた
そして、それらを尋ねたところで、疑問が解けること以外に何も意味を成さないことも熟知している
実働部隊は、手足のように云われた通りに動けば良いだけ───
憂樹、蓉典、伊芙生は、事前に提午から受け取った写真や地図を携え、街中へ散って行った
何故那入がNäckrosorを本部に選んだのか
それは“甘曽と那入が旧知の仲である”ということ以外に特別な理由はない
菩希以外の四人は那入の顔さえも知らず───ALLTが創られた経緯でさえ、リーダーである菩希以外は誰も知らなくても良い事だった
0-3 自己紹介
翌日
云われた通り、昨日と同じくらいの時間にNäckrosorを訪れた
お客さんが2、3人居るだけで、菩希さんたちの姿はなかった
取り敢えず、カウンターにいる甘曽さんに声を掛けることにした
「こんにちは。昨日はどうも有難うございました」
「おお、伊芙生くん。こちらこそ、時間をくれて有難うね」
「いえ。‥あの、菩希さんたちは‥‥」
甘曽さんはにこりと頷くと、俺に鍵をくれた
「‥トイレの奥の、“Staff Only”って書いてる部屋に行ってみてくれ。彼等はそこにいるから、チャイムを鳴らして。後で珈琲を持って行くね」
そう云えば、トイレの横っちょにそんな表示がされてるドアがあったっけ‥‥
鍵を受け取って甘曽さんに会釈してから、その部屋に向かった
解錠した木製のドアの先には、カントリー調の純喫茶とは正反対の、無機質で頑丈そうな鉄製の扉があった
横には小難しそうな機械が設置されている
多分、パスワードを入力しないとこの先へは行けないんだ
パスワードなんて知らない、どうすれば良いんだろう───あ、そうだチャイムだ‥機械の上に、ベルのマークが書かれたチャイムがある
そっと押すと、ガチャガチャと何回か音がした後ドアが開いて、提午さんがひょこっと顔を出した
「やぁ。待ってたよ。どうぞ」
招き入れてくれて、俺は足を踏み入れた
室内には丸いテーブルが一つと、テーブルを取り囲むようにして四つのキャスター付きの椅子
テーブルの上には、PCが3台
一番奥に、プチシューを摘まみながらテーブルに足を投げ出して座る菩希さんがいた
その横に、煙草を吹かす蓉典さんが足を組んで座っている
提午さんは俺を室内へ通すと、備え付けられたPCの前にさっと座った
「よう。時間通り来たな」
「こんにちは。あの、宜しくお願いします」
「ま、適当に掛けな」
促された俺は、空いてる椅子に座った
まさか、喫茶店の裏にこんな部屋があるなんて───
そこは、ちょっと異質というか、部屋と呼ぶには随分杜撰な空間だった
天井は配管が剥き出し、裸電球が2、3個、だらしなくぶら下がっていた
打ちっぱなしの壁には夥しい数の資料が雑然とテープで貼られていて、所々油性マジックとスプレーで落書きされていた
上にはばかでかいモニター、何も映し出されていない
壁際に置かれたキャビネットにはファイルが所狭しと並んでて、そこにも油性マジックでよくわかんない文字とか絵が殴り書きされてた
配線がのたうち回ってる床はヒビとかシミだらけで、煙草の吸い殻とか空き缶がそこら辺に転がってる
あとは、プリンターとかゴミ箱とか、漫画とかDVDが雑然と並んだメタルラック
小さい冷蔵庫と、ふかふかのソファも置いてあった
「悪いことなんて一つもしてません」とはお世辞にも云い難い、陰鬱でアングラな雰囲気が漂う部屋
この一室だけ世界から切り取られたかのような、そして“そこ”に平然と存在していられる人間もまた異様なんじゃないか、と思えた
でも、俺の好奇心は急上昇してた
“こんなとこ”で“何でも屋”をやってるこの人たちは、一体何者なんだろう───目の前の全てに、心が滾った
「ふふっ。まだどんなことやらされるかもわかんねぇのに、そんな目ぇキラキラさせてんの?」
「将来有望かもだねぇ」
菩希さんと蓉典さんは、感心したように俺を見て笑った
提午さんも、軽く口の端を上げた
「‥改めて自己紹介するよ。信濃 菩希(しなの ほまれ)。ここでは上下関係を付けないって決めてんだけど、取り仕切る人間は必要‥‥ってことで、一応ここのリーダー的な立場にいる」
菩希さんは、“何でも屋”のリーダー
提午さんは菩希さんを“さん”付けで呼んでるし、それは何となく“そうなんじゃないか”と思ってた
でも見た目は菩希さんよりも蓉典さんの方が年上っぽい‥‥いや、もしかしたらそれも見た目だけなのかもしんない
続いて、提午さんが自己紹介してくれた
「利根 提午(とね だいご)です。基本的にPCいじって、みんなのサポートをしてます」
そう、基本提午さんはNäckrosorでもPCをカチャカチャしてる
だから、
「‥俺、提午さんのこと、ずっと“意識高い系”だと思ってました」
その印象を口にすると、菩希さんは突然噴き出して大笑いした
「ふっははは!こいつが“意識高い系”だって!?有り得ねぇわ!!」
「だって、喫茶店でPC弄るって、“意識高い系”の代名詞みたいなもんじゃないですか?」
「確かにそんなイメージあるけどよ、それやるなら普通、純喫茶よりも小洒落たカフェでやらねぇか?Näckrosorで“意識高く”されても、ただ滑稽にしか見えねぇし!あっはははは!」
「そんなに笑わなくてもよくないですか‥‥?まぁ、意識高くないのはほんとの話ですけど‥‥」
提午さんがしょぼくれた顔で、腹を抱えてる菩希さんを見遣った
「えっと、なんか、すいません」
「ううん、全然。‥さっき菩希さんが云ったけど、ここじゃ年上だから偉いとかそういう上下関係は取っ払ってるんだ。だから、敬語は要らないからね。俺も菩希さんにだけ個人的に敬語使ってるだけだから」
「‥‥わかりまし、た」
今までNäckrosorでずっと敬語で喋ってたんだもん、いきなり敬語を取っ払うのなんて無理だよ‥‥
ま、その辺は追々‥‥‥‥
「おい」
「ん」
一頻り笑った菩希さんが目配せすると、蓉典さんはテーブルから少し距離をとってサングラスをかけ直した
菩希さんはどこぞからナイフを取り出した───今度のは昨日の果物ナイフとは違う、殺傷能力の高いサバイバルナイフだ
昨日のようにペン回しの要領でくるんと一回転させると、菩希さんは頭の上でスナップを利かせてナイフを放った
その動きは全く無駄がなく、やっぱり瞬速だった
ナイフは俺の頬を横切って、壁にぶち当たった
また数ミリでも動いてれば、俺の頬はナイフで裂かれて流血してただろう
ナイフが床に転がる音が聴こえて、瞬時にそっちを見る
普通の人なら、ここらで冷や汗でもかくのかもしれないな
ああそっか、多分俺が「恐怖を感じない」って云ったことの信憑性を再度確かめる為にこんなことをしたんだろう、と思った
ってか、菩希さんてマジで何者なんだろう‥‥何の躊躇いもなく他人にひょいひょい刃物向けられるなんて、「もし怪我させちゃったらどうしよう」とか思わないのかな、それとも
よほど自分の“腕”に自信がある、とか───?
「‥大した面構えだな。‥‥昨日も今も、身の危険を感じなかったのか?」
ぼんやりとナイフを眺めてると、蓉典さんが尋ねてきた
「‥‥そーですね、はい」
「普通、刃物出された時点でビビらねぇか?」
「ビビらない、ですね」
俺の答えにくす、と笑うと、蓉典さんは席を立って、ナイフを拾い上げた
そして、菩希さんに返すと、再び席に座った
「‥‥‥況してや、大してよくわかりもしねぇ人間に『何でも屋やらねぇか』って誘われたり“こんなトコ”に連れてこられたら、『どんなヤベぇことさせられるんだろう』って身構えそうなもんだけどな。‥‥天塩 蓉典(てしお ようすけ)。このお方から仰せつかった任務を遂行する奴隷です」
蓉典さんは菩希さんを一瞥して、皮肉っぽくそう云った
「こらこら、語弊のある云い方すんなよな。お前がM気質だから顎で遣ってやってるんだろ」
「Mとちゃいまんがな」
「いーや、お前はMだね。その顔は生粋のM顔」
「違うって。‥‥いや、MはMで良いんだけど、“マゾ”じゃなくて“ムッツリ”のMね」
「どっちも大した変わんねぇじゃんか!」
菩希さんと蓉典さんがSだMだとやり取りしていると、電子音とロックが外れる音が聴こえた
ドアの向こうから、珈琲カップが5つ載った盆を携えた憂樹さんが入ってきた
ここに来る前に甘曽さんに持たされたのかな?
「悪い悪い、遅くなった」
「このクソボケ。こいつより遅れるとかどういう神経してやがんだ。大体時間決めてんのにいっつもどこで油売ってんだてめぇは。LSDブチ込むぞコラ」
ちっとも悪びれた素振りを見せない憂樹さんに向かって、菩希さんは矢継ぎ早に罵声を浴びせた
それでも、憂樹さんの顔には反省の色が見えない
多分、普段からこう、ルーズな人なんだろうな
「勘弁してシナ。ほら、美味しい珈琲持ってきたけん」
菩希さんのご機嫌を取るように、憂樹さんは珈琲を手渡した
「ったく‥‥‥‥憂樹、御挨拶して」
「おお。ぼっくん、俺は北上 憂樹(きたかみ ゆうき)さんじゃけん、宜しくな!」
そう云って、憂樹さんは俺にも珈琲をくれた
っていうか、名前だけなら既に知ってるんだけど‥‥
「はい、宜しくお願いします」
皆で珈琲を啜りながら、暫し談笑に更ける
これからどんなことをするのか、俺の気持ちは逸る一方だった
「っていうか、ほんとにビビってねぇの?とんでもねぇことさせられるかもしんねぇんだぞ?少なくとも俺は、ここに連れてこられた時結構ビビってたんだけど‥‥」
「そりゃ俺もじゃけん。まぁ、ぼっくんの顔見りゃ嘘吐いてるようにも見えんけどな。ぼっくん、ほんとに怖くないんじゃもんな?」
「別に。何とも思いません。‥‥‥‥ワクワクは、してますけど」
本心を吐露したら、俺以外の全員が軽く噴き出した
「ははっ!蓉典よか肝据わっとるんじゃん!」
「いや、ビビんねぇ方がおかしいから。‥‥ああ、悪い。別にお前がおかしいとかそういう意味じゃ‥‥‥いや、おかしいか‥?」
「自分が“おかしい”ってのは自覚してますんで。全然気にしてません」
「なーに云ってやがる。ここにいんのは全員キチガイだから安心しな」
菩希さんの一言で、また俺以外の全員が噴き出した
「まぁ、よっぽどのことがない限り危険な仕事は請け負わないから。‥‥あ、でもそれじゃ駄目なのか。危なくないと、モチベーション下がっちゃう?」
「どうですかね‥‥わかんないですけど‥‥‥」
正直、俺のこの感覚は自分でも未知数だ
まだそれに出会ってないってだけで、もしかしたら今後恐怖を憶えるような瞬間があるかもしれない
危険は、楽しい
楽しみが減るのは残念なことだけど、万が一死んじまったりしたらそれこそ楽しみどころの話じゃなくなるしな、うん
「で、今日は何すんの?」
「提午、依頼見てみ」
「ちょい待ち」
「新人もいるし、超簡単なのにするからな」
「うぃー」
提午さんはPCを操作して、メールフォルダを開いた
その中から、“今日の仕事”を餞別するらしい
さて、俺の“何でも屋”稼業、初仕事
愈々、始まります
0-2 喫茶「Näckrosor」
俺が危険を顧みない「ヤバい奴」だと感付いた人間は、俺の周りから挙って居なくなった
別に独りは嫌いじゃないからそれで良かったんだ、お陰でお気に入りの喫茶店「Näckrosor」を見付けられたから
暇さえあればそこで珈琲を飲んで過ごして、すぐにマスターの甘曽(あまそ)さんと仲良くなった
基本ぼっちの俺は気付けばNäckrosorの常連になってて、他の常連客とも仲良くなった
ある日、甘曽さんはNäckrosorが出来た経緯を話してくれた
数年前に脱サラしてNäckrosorを開き、サラリーマン時代からNäckrosorが軌道に乗るまでの間に幾つもの困難があったと聞かせてくれた
「この美味しい珈琲の味は、甘曽さんの血と汗と涙の結晶だ!」なんて堪く感動した俺は、自分が「恐怖を感じない人間である」こと、「特殊な血液型である」ことを甘曽さんに打ち明けたんだ
身の上話をしたところで、甘曽さんは顔色を変えた
あ、もしかしてドン引きされたかな
甘曽さんは今まで周りにいた奴等とは違う、この人なら俺を受け入れてくれると思ってたんだけど
折角見付けたお気に入りの居場所が無くなっちまうのは嫌だな───
そう思った矢先、
「‥‥伊芙生(いぶき)くん。君、特に決まった仕事はしてないって云ってたよね?」
「え、ええ、はい‥‥フリーターです」
「‥‥んむ‥‥‥‥。‥‥君さえ良かったら、“仕事”を紹介したいんだが。面接の話を取り付けようと思うんだけど、時間あるかい?」
「面接‥‥今からですか?」
「ああ。どうかな?」
特に断る理由もなく、俺はその“仕事”の話を聞くことにした
甘曽さんはにこりと笑って、どこかへ電話をかけ始めた
そして、店の看板を“close”にして、「奢りだ」とホットサンドを振る舞ってくれた
30分後くらいに、閉店してる筈のNäckrosorに来客があった
ひょっとして、さっき甘曽さんが電話をしてた人?面接をしてくれる人かな‥‥?
そう思って振り返ると、そこにはNäckrosorの常連客がいた
しかも、一人だけじゃなく、4人───
***
「迦一(かいち)さん。“新人候補”って、ソイツのこと?」
「ああ。急に呼び出して悪かったね」
「いえ、ちょうど終わったとこなんでグッドタイミングでしたよ」
俺を“ソイツ”と云った人、信濃 菩希(しなの ほまれ)さんは、甘曽さんに軽く会釈してさっと俺の横に座った
甘曽さん──下の名前は“迦一”(かいち)さん──は、常連客4人分の珈琲を淹れ始めた
「何じゃ、“ぼっくん”じゃったんか」
「うぃーす」
「こんにちは、伊芙生くん」
「あ、どうも、こんにちは」
妙な訛りで俺を“ぼっくん”(=迷子の男の子に「ボク、」と声を掛けるようなニュアンス)呼ばわりしたのは、憂樹(ゆうき)さん
軽いノリで挨拶してきたのは蓉典(ようすけ)さん、いつもグラサンかけてる人
紳士に挨拶してくれたのは提午(だいご)さんで、いつもノートPCを開いてカチャカチャしてるけど今日は持ってきてないみたい
三人は、カウンターで珈琲を受け取ると窓際のボックス席に行った
「待たせたな」
「あの、じゃあ、面接は」
「ああ。俺がやる。宜しくな」
菩希さんは俺を見遣ると、ニッと口の端を上げた
紫がかった金髪のベリーショートに、くっきりと引かれたアイラインに囲まれた瞳、燦然と艶めくゴールドの瞼、ワインレッドのルージュが映えるニヒルな口元───まるでパリコレに出演してるモデルみたいな出で立ちだけど、歴とした男だ
そう云えば菩希さんの仕事の話は聞いたことなかったな
一体何をしてるんだろう?
「───で、迦一さん。こいつが“向いてそう”ってのは?」
「ああ。さっき、とても興味深い話を聞いてね」
甘曽さんが寄越したシュガーポットの蓋を開けて、菩希さんはスプーンに山盛りの砂糖をのっさりと珈琲に入れていく
甘党らしい、けど、いつも「これは入れ過ぎなんじゃないか」ってくらい砂糖をぶち込む
もうこれ珈琲の味わかんないじゃないか‥‥?完全に素材の味を殺してます
「ふーん‥‥‥‥。‥‥お前、そんなに面白い奴なの?」
にこりと笑った菩希さんは、女性に負けないくらいガチで綺麗だ
てか俺、そんなに面白いこと云ったっけ??
「俺が当ててやろうか」
「何」
「そうじゃなぁ‥‥“逆立ちしたままコーラ一気飲みできる”、とか?」
「うわ、何の役にも立たねぇじゃんそれ」
「ぜーったい噴き出すやつだね」
「あ?ダメか?じゃけ、“ケツで歩ける”」
「無理無理、没」
「それもダメか‥‥この前ギネスに載ったらしいんじゃけど。ほんじゃら、“鼻からラーメン食える”とか‥‥‥‥」
ボックス席では、俺の「面白いところ」について盛り上がってる
てか、あの三人は何でここにいるの??
「‥‥ひょっとして、“恐怖を感じない”ってこと、ですか?」
甘曽さんの様子を窺うと、「その通り」と云わんばかりに頷いた
「何だそれ、詳しく聞かせろよ」
「詳しくってか、そのまんまです。‥‥恐怖ってものを、一切感じないんです」
「‥‥‥‥何じゃそりゃ‥‥っつーかさっきの、全然見当違いじゃったな‥‥」
ボックス席から、気の抜けた憂樹さんの声がした
提午さんと蓉典さんは、興味深そうに黙ってこっちを見ている
「───‥試してみようか」
そう云って菩希さんは席を立ち上がり、甘曽さんが洗い物をしてるキッチンに向かった
徐に果物ナイフを取り出してくるんと一回転させると、カウンター越しに俺の顔目掛けて真っ直ぐ突き出してきた
その動きは、コンマ何秒かという神がかり的な瞬速だった
「ちょ、菩希さん───!!」
俺に危険が及ぶと感じたのか、提午さんは慌てて席を立って菩希さんに声を掛けた
「‥は、‥‥驚いたな。マジかお前」
ナイフの先は、俺の左目の数ミリ目前にあった
少しでも動いてたら眼球に傷が付いてたかもしれないという寸止め───そう考えると恐ろしい、と思うのが普通の感覚だと思うけど、俺は特に何とも思わなかった
例え突然ナイフを突き付けられても、全然怖くないから
てか、刃物の取り扱いが確実に素人じゃないですね
菩希さん、アナタ、何者ですか??
「‥今、シナは眼球狙ったんだぞ。結構マジで」
蓉典さんが、掛けているサングラスを少しずらしてそう呟いた
「え‥そうだったんですか?」
「“そうだったんですか”って‥‥‥瞬き一つしなかったな」
「まぁ、フツーの感覚ならガードするなり何なりするだろうな。それに今の、“反応が遅れた”って感じでもなかった」
「“恐怖を感じない”ってのは、ほんとの話みたいじゃな?」
きょとん顔の俺を他所に、ボックス席は騒然とした
その後すぐに、身動ぎ一つしなかった俺に感心し始めた
「まだよくわかんねぇけど‥‥取り敢えず、なんか一つやってみっか?」
「‥‥って、それは‥‥」
「一応、採用。俺は“ここの常連客”としてのお前しか知らないけど、今はそれで十分だ。それに、やるかやらないかはお前の自由だから、あとは仕事の内容見て決めな」
確かにその通りだ
俺だって、この人たちのことはここの常連客であること以外はあまり知らない
知らないけど、何故か俺も“それで十分だ”と思えた
「‥えと、宜しくお願いします」
「ああ、宜しく。早速だけど、明日から動けるか?」
菩希さんは甘曽さんに「勝手に触ってすいませんでした」と謝罪して、ナイフを洗って仕舞った
甘曽さんは特に何も気にしていない様子で、にこにこしながらお手製のプリンアラモードとホイップクリームの袋を菩希さんに手渡した
菩希さんは容赦なくプリンアラモードにホイップをこんもり絞り出した
だから、そんなに盛ったら元々の味がわかんなくなっちゃうじゃん‥‥‥
採用、てことは、取り敢えず新しい仕事が決まったわけだけど、俺には最大の疑問があった
「‥‥あの、それは良いんですけど‥‥一つお尋ねしても良いですか」
「何?」
「菩希さんは、何のお仕事されてるんですか?」
菩希さんも、ボックス席の三人も、俺の疑問を聞いてニヤニヤしていた
プリンアラモードに盛られたホイップを指に一掬いして口に含むと、菩希さんは軽く舌舐りして云った
「───“俺ら”は、“何でも屋”だよ」
***
「明日、今日と同じ時間にNäckrosorに居てくれ。仕事の内容は明日話す」
そう云って、菩希さんはホイップてんこ盛りのプリンアラモードを食べ始めた
ああ、見てるこっちが胸焼けしそう‥‥
特に用事がなくなった俺は、甘曽さんと少し世間話をしてから帰宅した
帰宅してから色々考えた
菩希さん“たち”がやってる「何でも屋」って、どんなことをするんだろうか?
文字通り「何でもする」ってことなら、もしかしたら何かしらヤバいこともやってるのかもしれない
例えば、
小麦粉みたいな粉末が入ったアタッシュケースと、黒いスーツを来たおっかないオジサンたちが持ってきた黄色いお菓子がぎっしり詰まったケースを夜中に埠頭で交換したり、とか
例えば、
トランクの中にガムテープでぐるぐる巻きに拘束された瀕死の人間みたいなものが入ってるにも拘わらず、ロールスロイスを海に沈める、とか
例えば、
大きな頭陀袋に入った“何か”を、野犬が掘り返さないように樹海まで行って深く深く穴を掘って埋める、とか
とにかく、「何でも」というととっても犯罪臭いことをやるんじゃないかと思わずにはいられなかった
までも、そんなんでも俺は全然怖くないんだけど‥‥
帰り際、菩希さんは「バックレても構わないから」と笑っていた
別に俺、定職に就いてる訳じゃないし、これはコンスタントに収入を得られる良い機会かもしれない
それに、危険なことヤバいことは、俺が常に欲してるものだ
一体、どんなことが待ち構えているのか───
そんなことを考えながら、その日は眠りに就いた
0-1 「Feel no fear.」
俺は、生まれつき恐怖を感じない
何でか知らないけど、俺には“怖さ”を感じる器官が機能していないんだ
だから、何処へでも無鉄砲に突っ込んじまう
そして、その瞬間が楽しくて仕方ない
小さいときからそうだった
橋の欄干とか線路の上を歩いてみたり、電柱に登って電線を伝ってみたり
高いところなんて「大好き」っていうレベルじゃない、寧ろ愛してる
バイクの免許を取って、夜中の港で沢山チキンレースをやった
暴走族の喧嘩やヤクザのドンパチにも、どさくさに紛れて参加した
そんだけ自ら危険な目に遭っても、特に何とも思わない
全然怖くないんだ
とにかく、生か死かのギリギリ、スリリングな状況が大好きなんだ
正直、自分でも“異常だ”と思う
だけど、一つだけ重大な弱点がある
俺は100万人に一人という割合の特殊な血液型
Rh-よりも遥かに珍しいらしく、そういう血は“稀血”(まれけつ)と呼ばれている
稀血でいちばん有名なのは「ボンベイ型」ってやつかな、テレビドラマにも出てきたことがある
稀血はどっかの機関に長期冷凍保存しておくらしく、万が一の時の備えとして輸血バンクに登録してある
「迂闊に輸血が必要なほど大量出血するような大怪我が出来ない。輸血が必要になったからとて、すぐに自分に適合する血液が届く訳じゃない」
それが、俺の最大の弱点だ
幸いなことに、今まで輸血が必要なくらいの大怪我はしたことがない
恐ろしいくらい運が良いんだろう
何にせよ、俺は、生きるか死ぬかという危険な状況下に身を置くことを、止められないんだ
Overture-Whose is the power of that?
「───藤沢ぁ!!ツグ!!居るかぁ!!?」
ある日の昼休み
皆で屋上で駄弁ってたら、眩しいほどのド金髪なおっかない人がいきり立ってドアを蹴破って来た
その後ろから、おっかないオニーサン方総勢30人近くがぞろぞろと屋上に立ち入る
リーダー格風の金髪の人はとにかく殺気立ってて、屋上は忽ち物々しい雰囲気になった
もしかして千歳さんと継さんに喧嘩売りに来たのかと思ったけど、2人には好戦的な色が一切見えなかった
「柏木じゃん。どーしたん?」
継さんはこくんと首を傾げて、千歳さんは集団を一瞥しただけでその後のリアクションは無かった
どうやら喧嘩の心配はなさそうだと安堵した
柏木って人は、柵に寄り掛かって座ってる千歳さんの前に行ってわざわざ跪いた
「週末、北月(きたつき)の奴等とヤるからよ。今度こそ加勢してくれや」
千歳さんは白羽の矢が立ってるにも拘わらず、目も合わせようとしない
「‥‥やなこった。何で俺が」
「お前が強えぇからに決まってんだろ!!」
「強くねぇ。だから、加勢はしねぇ」
「そこを何とか頼むよ‥!この通りだ!!」
「‥‥‥面倒臭せぇ。無理」
柏木って人は土下座する勢いで千歳さんに食い下がった
取り巻きの先輩たちも、柏木って人の後ろで必死に頭を下げている
呆れ顔の継さんが、溜め息を吐いた
「勘弁してよ‥。この前も言っただろ。ボクタチ、平和に高校生活送りたいんだよ」
「今更何言ってんだよ!!このガッコ纏めたのお前らだろ!?」
え、マジで?
柏木って人の話が事実なら、千歳さんと継さんは自分達以外の3年生を───少なくとも、今屋上に来てる先輩達全員をたった2人でブッ飛ばしたってことになる
それまではこの柏木って人がこの学校の3年を牛耳ってたんだろう、多分
この2人、そんなに強いの‥‥?
トキもイナもヒカルくんも、目を見張ってた
継さんはボリボリと頭を掻いて、困ったような顔をした
「平和に過ごす為に已む無くヤっただけだっての。大体、お前らが勝手に突っ掛かってきたんじゃん」
「そりゃそーだけど‥‥‥‥でも、お前らの力がありゃぜってー勝てんだ。藤沢、ツグ、頼む!!今回だけで良いから‥!!」
屋上は、騒然とした
部外者の俺らは完全に蚊帳の外
先輩達の話を、固唾を飲んで聞き入った
継さんはさっきよりも大きな溜め息を吐いて、柏木って人と話をした
「‥‥お前ら、この前も錦西の奴等と揉めたんだってな」
「あ?ああ‥‥ちょっと、な」
「そんとき、千歳の名前でも出したか?」
「いや‥そんなことはしてねぇよ」
「ああそう。でも、他の誰かが千歳の名前言ったかもしんねぇよな?」
「それは‥‥‥‥」
「‥可能性はゼロじゃないよな。俺らは俺らの平和なハイスクールライフの為にお前ら全員ボコった。その話に尾鰭が付いて、“浦南には傍若無人な鬼畜が居る”なんてとんでもねぇ噂が流れた。さも俺らが『浦南を纏めた』って思われるようになってさ、噂を聞き付けた他校の奴等に絡まれるようになってその度に伸して黙らしてきた。それもこれもぜーーーんぶ俺ら自身の為。浦南のカオがーとか、そんなん全然考えてねぇし、個人的に絡まれたんなら問答無用でヤるけど、学校単位の話でお前らに貸せる力はねぇよ」
知らなかった
この学校の不良事情も、不本意ながら千歳さんと継さんが事実上この学校の“頭”に据えられているってことも、2人が喧嘩強いってことも
事実に尾鰭が付くのはもうはっきし言って仕方ないこと
特に『あの学校の誰それが強い』とかいう話は真実とはだいぶかけ離れてることが多かったりする
不良はそういう話が大好きだけど頭の悪い奴も一定数いるから、誰かが誇大に言い触らしたりして途中で解釈が捻じ曲げられていくんだ
だから、喧嘩をしてみたら思いの外強かったり弱かったりする
実際に拳を交えるまでは、噂はあくまで噂なんだ
「‥‥‥それにな、間接的に千歳の妹が被害被りそうになってんだよ」
「は‥どゆこと?」
継さんの言うことがいまいちわからない様子の柏木さんは、千歳さんと継さんを交互に見遣る
ヒカルくんが、はっとした
「───あ、この前すばるが錦西の奴等に囲まれてたのって‥もしかして」
「多分、こいつらと揉めた奴等の仲間かなんかだったんだろ。中学ん時剣道で全国行ってるし、おまけに千歳の妹だから、不良界隈ではそこそこ有名人なんだよすばるちゃんは」
「全、国‥‥」
「あいつ、そんな強かったのか‥」
マジかよ、こっちも驚きの真実だ
そこまで不良にどっぷり浸かってるわけじゃない俺らには、知る由もなかったこと
すばるに向かって日常的に悪態ついてるトキ、今までよく生きてられたな
「でも、不良でも何でもねぇただの15歳の女の子だ。幾ら剣道強えぇからっていっつも竹刀持ち歩いてるとは限らねぇし、男に集団で囲まれたら太刀打ち出来ねぇ。たまたまこいつらが妹の顔見知りで、この前はたまたま囲まれてるとこ通りかかったから事なきを得たんだ」
継さんが俺らに目配せしてきて、柏木さんは漸く俺らの方を見てきた
「え、こいつらが?」みたいな顔されたけど、俺らは素知らぬ振りをした
継さんは、柏木さん含む3年生全員と俺らに諭すように続けた
「‥‥‥この前が初めてじゃねぇんだよ、すばるちゃんが絡まれるのは。これからもそういうことがあっちゃ、すばるちゃんだって千歳だって困るんだよ」
「そー‥だった、のか‥‥」
漸く事態を重く見た柏木さんは、深刻そうな顔をした
「面倒臭い」っていうのも、千歳さんの本音だろう
でもその言葉の裏には、“大事な妹に余計な火の粉が降りかからないように”っていう純粋な兄の気持ちがあった
千歳さんは徐に立ち上がって、柏木さんに思い切り壁ドンした
「‥‥北月とも錦西とも、喧嘩でも何でも勝手にやんな。でももしその所為で妹とこいつらに何かあったら、もっかいお前らクシャクシャにすっからな」
そして、耳元でそう囁いた
「‥、‥‥───」
不謹慎にも千歳さんの壁ドンが素敵に見えた───のは、俺だけじゃない筈だ
柏木さんは、冷や汗をかいてた
前回、どんだけ“クシャクシャにされた”んだろう
千歳さんの牽制にどれほどの効果があったかはわかんないけど、すばると俺らに何かあった場合は千歳さんが多分継さんと共にどうにかしてくれるらしい
全国レベルで剣道の強いすばるのお兄さんだ、何とも心強い
千歳さんは踵を返してすとんと座り込むと、けろっとして不良が好きそうな話をし始めた
「‥‥‥‥そういや今年、東星(とうせい)にも気合い入った一年が来たみてぇ」
「え、東星って‥‥」
「東星は、殆どの生徒がどっかこっかのチームに所属してんだ。でも、中にはチーム自体が持て余すくらい強かったり我儘過ぎんのが一学年に何人かは居るんだと」
「俺らと、タメすか‥‥」
「‥‥相当無茶苦茶ヤるって話だ。かち合っても喧嘩すんなよ」
千歳さんは、俺らを心配してくれてるみたい
普段からあんま喋らない人だけど、言葉の端々に優しさが籠ってるのがわかる
先輩として、友達として、とても有難い話だ
「‥大丈夫す。俺らも、売られない限りヤんないすから」
イナはにこりと笑ってピースサインを出した
むざむざと無駄な喧嘩したくないもんね、全面同意です
継さんがニコニコしながら頷く
「それが良い。力は、わざわざひけらかすもんじゃねぇからな」
「向こうがその気だったら問答無用でヤりますけどね」
「あー、それなら俺、新しい技試したい」
嬉々としてその機会を待ち侘びるのは、ヒカルくんだ
「なになに、どんなの?」
「まだ内緒。でも名前だけは決めた」
「なんて?」
「“毒霧”」
「っ何だよそれ!!」
「やべー、全然想像出来ねぇ」
「ははは!ヒカルが技かけたら、案外イイとこいくかもしんねぇな!」
「プロレス部のホープですから!!」
再び和やかな雰囲気に包まれる屋上
今度は柏木さん始めその他3年生の先輩達が、すっかりと蚊帳の外だった
Overture-千歳先輩のミニ講座
皆でスタバに行った日の話
明らか頭悪そうなトキとイナ
小柄で可愛らしいヒカルくんと継さん
長身でクールなアオ
スーパーイケメン、千歳さん
そして平々凡々な俺が、続々とスタバに入店する
周りの人達が、ジロジロ見てくる
完全に不良グループだと思われてるよね、そうだよね
ちらっと見たら睨まれたと思ってすぐに顔を逸らすけど、またジロジロ見てくる
オネーサンたちは、アオと千歳さんをニヤニヤしながら見てくる
2人とも長身で、アオはミステリアスな感じ、千歳さんはスーパーイケメンだから、特に年上のオネーサマ方にめっちゃ注目されてた
トキはいつも頼んでる杏仁フラペチーノ(現在はオーダー不可)
イナはバニラフラペチーノにチョコソースをカスタム
ヒカルくんはイナと同じバニラフラペチーノに、キャラメルソースをカスタム
アオと千歳さんはホット
継さんは新作の何とかフラペチーノ(横文字で長いから忘れた)
俺はいつもの、抹茶フラペチーノ
それぞれ頼んで、角の席を陣取った
席に着いても注目の的だった
もう、他人のことなんか放っとけば良いのにさ
不良だってフラペチーノ飲むんだっつーの
「ポン、手拭き取って」
千歳さんが言うと、継さんが紙ナプキンを千歳さんに手渡した
「───“ポン”???」
継さんのこと?
何で継さんがそう呼ばれるのか全くわからない俺らは、きょとーんとした
「‥‥‥‥?‥‥ああ‥“小さい”って意味。俺チビだからさ」
俺らのきょとん顔に気付いた継さんが、ニコニコ笑って教えてくれた
すかさず、ヒカルくんが尋ねる
「え、何語っすか?」
「アイヌ語」
「へえぇー‥‥‥‥じゃあ、“大きい”は?」
「“ポロ”。‥俺はそれしか知らねぇ」
継さんは、にしし、とはにかんだ
アイヌ語で、
ポロ は大きい、ポン は小さい
なるほど、覚えた
皆、こくこくと頷いた
てか、わざわざアイヌ語で継さんに渾名つけるなんて、千歳さん何者なんだろ
「───‥‥‥‥“イランカラプテ”」
千歳さんが静かに呪文を詠唱した
まさかの魔法使いだったとは‥‥“何が起こるかわからない”系の魔法かな、それってヤバくね?
皆が目を見張る中、千歳さんは澄まし顔で呪文の意味を教えてくれた
「‥‥、“こんにちは”って意味」
どうやら、呪文じゃなくてアイヌ語だったらしい
皆、盛大に噴き出した
「───ぶはっ!!!あはは!びーっくりしたあぁ!!」
「マジマジ、パルプンテ唱えたのかと思っちゃった!」
「焦ったああぁ‥!何だぁ、挨拶の言葉だったのかぁ」
「‥‥本来は、“Hello”みたいに軽い感じでは使われないらしい。改まった機会に男だけが使う言葉だったとか」
皆、へえぇーとかふぅーんとか言いながら頻りに頷いた
勿論、俺も
千歳さんて、博識なんだな‥‥他にも色々知ってそうだ
だから、訊いてみた
「他に、なんか知ってる言葉ありますか?」
千歳さんはコーヒーを一口飲んでから、次々と色んな言葉を教えてくれた
「‥‥“アイヌ”は人。“カムイ”は神」
「あ、それ聞いたことある!」
トキが人差し指を立てて閃いたようなポーズをとった
千歳さんは軽く頷いて、更に続けた
「“チセ”は家。“レラ”は風。“ピリカ”は綺麗とか可愛い。“ワッカ”は水。“イコロ”は宝物」
「ふえぇ、詳しい!何でそんな知ってるんすか!?」
「‥‥‥母親の田舎が、集落があった場所の近くなんだ」
なーるほど
その昔、北の大地にアイヌと呼ばれる民族が住んでいた
本州から開拓民が渡ってきたことでその生活はどんどん脅かされてしまったとかって、小学校の時に社会の授業で学んだ記憶がある
でもまだ僅かに集落が残ってて、アイヌの伝統を守ろうっていう組織もあるとか何とか
「確か、アイヌの人達って色んな物に『神が宿ってる』って考えてたんですよね」
アオが言った
何気にアオも詳しいな
イナもその話は知ってたみたいで、頷きながら言った
「アミニズム、ってやつか」
「あみにずむ??」
トキは何もわかってねぇ
千歳さんは、アイヌのアミニズムについて丁寧に教えてくれた
「‥‥動植物、自然現象、人工物、あらゆるものに神が宿ると信じられてきた。でも条件があって、『固有の能力を有しているもの』、『人間には不可能なことを行って様々な恩恵や災厄をもたらすもの』がそれに合致する。宗教上の神とは違って、人間と対等の存在‥‥‥‥らしい。アイヌ語ってのは文字が存在しなくて、全部口伝えなんだ。アミニズム的なものもコロポックルの伝説も、ずっと口頭で語り継がれてきた話」
「文字が、無い‥‥‥?」
「‥伝承者が居なくなると、失くなっちゃうんですね」
「そう。しかも、標準語ってのが存在しないから地方によって方言とか訛りがすげぇんだと。おまけに母語話者がもうかなり高齢だから、近い将来消滅する可能性が高い」
「絶滅危惧種の言語かぁ‥‥なんか、浪漫を感じるなぁ」
ヒカルくんが腕を組みながらうんうん、と頷いた
トキは再びなにか閃いたような顔をした
「あの。“有難う”って、何て言うんですか?」
「‥“イヤィラィケレ”。‥‥でもこれも“Thank You”みたいに気軽に使う言葉じゃないらしい」
千歳さんがまた詠唱した
多分、異常回復系の呪文───違う違う、“有難う”だ
今度は、トキが詠唱を試みた
「じゃあ、イヤィラィケレ!」
「え、いきなり何なの」
「いやだって、友達と皆でこんな美味いもん味わえてめっちゃ楽しくてさ、フツーの感謝じゃなくてものっっっそい感謝しなきゃな、と思って!」
ああ、そういうことか
っていうか、今使っちゃって良いタイミングなの?
でも、イナもヒカルくんもアオも同じ気持ちだったみたいだ
「‥イヤィラィケレ!」
「イヤィラィケレー!」
トキが杏仁フラペチーノを掲げると、皆揃って乾杯し出した
「‥‥くひひ。今度から使うか、“イランカラプテ”と“イヤィラィケレ”」
継さんが無邪気に笑ってそう言うと、継さんも千歳さんも乾杯に加わった
「───お兄」
気付けば、すばるがいた
背中に何か背負ってる
「‥すばる」
多分、窓の外からでも目立ってたんだろうな俺ら
「すばるちゃん、こんちはー」
「こんにちは、ポンさん」
継さんの渾名、すばるにも伝わってたのか
継さんと千歳さんって、相当仲良いんだな
「すばるすばる、“イランカラプテ”!」
トキはしたり顔でついさっき教えてもらった呪文、じゃなくてアイヌの“こんにちは”を詠唱、じゃなくて挨拶した
千歳さんに教わったんだろうことがわかったような顔したすばるは詠唱、じゃなくて挨拶を返した
「‥‥、イランカラプテヤン」
「わ!一段階進化した!!」
「最後になんかくっついてたね」
「“ヤン”?“ヤン”って何?」
語尾の“ヤン”について盛り上がる俺らを尻目に、千歳さんはすばるの今後の予定を尋ねてた
「道場、行くのか」
「うん。お兄も来てよ、皆『指導して欲しい』って言ってるよ」
「‥気が向いたらな」
多分、すばるが背負ってるのは剣道に使う道具か胴着かなんかだ
2人とも、兄と妹の顔になってた
「───“タアンペ ヘマンタ アン”?」
すばるが意地悪そうな顔をして、トキに向かって新たな呪文を詠唱した
多分、中の上くらいの強さの炎系の呪文だ
「え?え??」
「‥‥“これは何ですか”?」
千歳さんが訳してくれた
「杏仁フラペチーノ、ヤン!」
トキはニコニコして、すばるに飲み物を差し出した
受け取ったすばるは、何の躊躇いもなく口を付ける
「‥“ヒンナー”」
多分、“美味しい”って意味だ
顔が、そう言ってたから
「おーいおーい、間接キッスじゃん」
継さんが千歳さんに目配せしながら言った
千歳さんは、素知らぬ振りをしてる
「そういうの全然気にしないもんね、すばるは」
「そこがまた良いけどね、気を遣わなくて」
「ほーんと、女子力のカケラも無いもんなー」
トキはケラケラ笑った
「‥‥‥、“エパタイ”。“アプンノ パイェ ヤン”」
「わっ‥冷てっ!!」
すばるは満面の笑みでトキの頬っぺたに杏仁フラペチーノを突き返して、俺らに軽く手を振ってスタバから出て行った
また新しい呪文───今度のは、多分闇魔法だ
「‥‥今の、なんて言ったんですか‥?」
「‥“バカ野郎”。“さようなら”」
千歳さんは、少し棘のある言い方をした
皆、一斉に噴き出した
「あ、の‥‥すいません、でした」
トキは、ついいつもの調子ですばるに軽口を叩いたことを猛省し、兄である千歳さんに謝罪した
「‥‥‥‥、事実だから気にするな」
千歳さんは薄く笑って、コーヒーを啜った
多分、トキだから許されることだったんだろう
てか、この場に居る他の誰がトキと同じようなことを言ったとしても、千歳さんは笑って許してくれたと思う
千歳さんはあんまり感情を表に出すタイプじゃないけど俺らのことは気に入ってくれてるみたいだと、前に継さんが教えてくれた
そして、千歳さんが継さん以外の人間と一緒につるんだり出掛けたりするのは、継さんが知る限りでは初めてのことらしい
スーパーイケメンに気に入られるなんて、光栄の極みでございます
俺も、千歳さんは凄く素敵な先輩であり友達だと思ってる
妹想いだし、長身だし、イケメンだし‥‥あと、何気に優しいんだよな
その思いはその後何があっても覆ることはなかったんだけど、千歳さんがほんとはガチで『おっかない人だった』ってわかったのは、も少し後になってからのことだった
Overture-メール
メールには、人柄が出る
電子の文字の中にも、その人柄が如実に現れることがある
連絡先を交換した俺らは頻繁にメールをする機会が増えた
個人的なやり取りも沢山したけど、継さんが作った“[V:9825]浦南[V:9825]”っていう名前のラインのグループに招待されたからグループトークも沢山した
因みに、千歳さんと継さんが居ないグループも既に存在してて、そっちの名前は“★浦南★”だ
たまに誰かが誤爆でもすると、次の日に全員に弄られる構図の出来上がり
トキは基本的に語彙力がない
『明日わ、スタバ行きたいヽ(*´∀`*)ノ』
こんな感じ
端的でわかりやすいんだけどさ
あと打ち間違いじゃないんだ、本気で“は”と“わ”の区別がついてないんだ
皆はわざとだと思ってるけどイナと俺の目だけは誤魔化せないぞ小学校からやり直せ
反面、イナは物凄く語彙力がある
『拝啓、高村朱央様。明日は、スターバックスコーヒーで貴殿と焙じ茶ラテを堪能致したい所存で有ります。楽しみにして居ります。敬具』
これを語彙力があるって言っちゃって良いのかどうかわかんないけど、いっつも堅苦しいメールを寄越す
難しい言い回ししてくるとその意味を調べる手間がかかる
何で手紙の出だしと結びの文言使ってんだよ意味わかんねぇ
ヒカルくんも、トキと同じくらい語彙力がない
『スタバ!!』
基本的に一言のみ、感嘆符を多用しててとにかく元気な印象
あと、主語述語が全くない時があるから、ヒカルくんが何をどうしたいのかを推察するのが極めて困難なことが度々ある
継さんのメールは、めっちゃ可愛い
『明日、スタバ行きたぃんだけど[V:9825]バニラフラペチーノ飲みたぃ[V:9825]でも新作のさくらフラペチーノも飲みたぃ(*≧∀≦*)どっチが良ぃと思ぅ??(人´3`*)~♪アカはまた[V:9829]抹茶ラテ[V:9829]飲むの??(*・ω・)つ■☆■ヽ(・ω・*)』
平仮名と片仮名が混ざってて読みづらいときがあるけど、絵文字とか顔文字とかめっちゃ使ってて女子みたいにめっちゃ可愛い
継さんとは、いちばんやり取りの回数が多い
千歳さんは、クールだと思ってたけど普通に顔文字とか使う人だった
『明日はスタバ行きたいらしいヽ(・∀・)ノ新作出たんだってさ♪』
トキと継さんを足して2で割ったような文章で、最初はギャップに噴いた
“らしい”っていうのは継さんがそう言ってるからってこと、でも多分千歳さん自身も行きたいんだと思う‥‥照れ隠しのつもりなのかな?
逆に、アオの方がクールだった
『スタバ行ってコーヒー飲みたい。』
まぁ、イメージ通りだったけどさ
シンプルで読みやすいスマートな文面は、アオらしいと思う
実は継さんと同じくらいやり取りの回数が多くて、いっつも決まってアオからの返信でやり取りが終わる
すばるがいちばん殺伐としてて、皆がスタバの話で盛り上がっててもただ一言
『わかった』
それ以降は、何も発言しない
そして千歳さん同様、ギャップに噴いた
メールにおいては継さんと千歳さんの方が女子力高い
ま、殺伐としててもそれがすばるらしいんだけど
友達に部活に、優しい先輩
勉強と、たまに喧嘩
高校生活は、未だかつてない充実感で満たされていた
Overture-Pleiades
いつもつるむメンバーに、アオが加わった
トキ、イナ、ヒカルくん、アオ、俺、時々すばる
大体この5乃至6人で、休み時間や放課後を一緒に過ごした
紅一点のすばる
別に女子の友達がいない訳じゃないのに、何で女子じゃなくて俺らとつるんでんのかわかんなかった
そういやすばるの苗字も変わってんだ、雨の間って書いて“うるま”って読む
すばる は平仮名だから、最初にフルネーム聞いたときはギャップを感じた
トキは風景の写真を撮ることが多いけど、すばるは人物を沢山撮っていた
俺らも盗み撮りされてたことが何回かあって、あろうことかそれが学祭に展示されたんだけど、思いの外評価が高かった
何時だったかの放課後、遅くまで遊び歩いてた俺ら
その日はすばるは居なくて、男5人で繁華街を彷徨いてた
たまたま、路地裏で誰かが絡まれてるのを目撃した
暗くてよく見えなかったけど、多分隣街の錦西(きんせい)高校の制服だ
そいつが6人くらいで、一人を取り囲んでた
「おいおい、喧嘩かな」
「あーあー、可哀想に」
ただのカツアゲかと思って素通りしようとしたけど、トキとヒカルくんがあることに気付いた
「‥おい。女子だぞ」
「‥‥マジだ。セーラー着てる」
「行こう」
2人の目がキラキラした瞬間だった
「ん?あれって‥‥‥‥」
よくよく見てみたら、そのコが着てるセーラーにものっそい見覚えがあった
だってうちの学校のセーラーだったんだもん、当然だよね
そして、錦西の奴等に囲まれてたのはなんと、すばるだった
それがわかった途端、トキは一目散に駆けてって飛び蹴りをした
騒然とする路地裏、錦西の奴等もきょとーんとしてた
「よ、すばる」
「‥トキ」
すばるも、目を丸くしてた
そっからは、トキとヒカルくんの独壇場だった
イナとアオと俺はすばるを救出して安全な場所に確保、錦西の奴等をフルボッコにするトキとヒカルくんを静観してるだけだった
結果、勝ちました
決め手はヒカルくんのシャイニングウィザードだった
「すばる、大丈夫か?」
「‥‥アンタこそ、大丈夫?ヒカルくんも‥」
「俺らは全っ然何ともない!へーきへーき!」
「へへへ‥‥無敵だから!」
そう云って、2人はドヤ顔をした
それでも傷を負ってたから、すばるが近くのコンビニまで2人を引き摺ってって軽く手当てをした
イナは序でにって、飲み物を6個買ってきて俺らに配ってくれた
『どれが良い?』とか訊いてきたけど全部コーラだった
「錦西も案外大したことねぇのなぁ」
「そりゃ良かった。もし万が一抗争とかあってもだいじょぶそうだな」
そんな機会は是非訪れないでくれ頼むから
学校同士の抗争?一体いつの時代の話ですか?
そんなの、漫画とか映画の中だけの話だと願いたい
「バッカじゃないの。男って、ほんとバカ。喧嘩の何が楽しいの?余計な心配かけんな、バーカ」
「───いってえええええぇぇぇ!!!」
すばるはトキの頬っぺたの傷をビンタした
あの絶叫からして、喧嘩して殴られた時よりもダメージがでかそうだった
翌日の放課後
今日も今日とて男5人で繁華街へ繰り出そうと玄関まで来たら、またトキの下駄箱に手紙が入ってた
まーたあのオニーサン達か?懲りないねぇ
学習能力ゼロどころかマイナス25くらいだよ、ほんとに2コ上なのかな?
「トキ、読まないの?」
「読むまでもねぇじゃん、こんなの。どうせまた“来なきゃ殺す”とか書いてあるに決まってる」
邪険そうに手紙を見つめるトキ
こう何回も続いたら拒否反応起こして当然だよな
例えマジもんのラブレターが入ってたとしても、下駄箱にただの紙が入ってるだけでトラウマになっちゃうんじゃないかな
試しに、今度やってみようかな
「もし、そうじゃなかったら?‥‥読まないと後悔するような内容だったら、どうする?」
アオが、トキを宥めるようにしてそう言った
トキは唇を尖らせて、アオの言葉にほんの少しだけ期待を抱いたようだ
「‥‥読んでみたら?」
俺が駄目押ししたら、トキは唇を尖らしたまま手紙を開いた
一瞬目がキラキラしたと思ったら、あっという間に光を失った
トキが無言で手紙を寄越してきたからイナが受け取って、俺らは肩を寄せ合って手紙を読んでみた
“放課後、屋上で待ってるから[V:9825]絶対においで[V:9825]”
“読まないと後悔するような内容”だったってのがわかったのは良いんだけど、問題はこの手紙を書いたのが誰かってこと
ご丁寧に、手紙の主は下の方に自分の名前を書いてあった
“蓬立 継 (3年3組)”、と
図らずも、継さんからのラブレター
オニーサン達が書いた“殺す”よりもこのハートマークの方が脅しにはよっぽど効果的だ
てか継さん、意外に字が達筆でびっくりした
ハートも駆使するし、見た目も中身も可愛いんだなあの人は
「継さん、何の用事だろうな‥‥」
「まさか、この前のセンパイ達のこと考え直したとか?」
「いや、それは無いだろ。あの人らは継さんの嫌いな人種でしょ」
「そーかもしんないけどさ‥」
「‥‥‥‥、愛の告白だったりして?」
イナが言った
皆、黙った
継さんが、本気でトキにラブレターを書いたって?
まさか、そんなバカな
だって、トキも継さんも男だし
ひょっとしたら継さん、男が好きなのかな?
可能性がないってことはないよな、別に
でも、あの人は男が好きっていうより寧ろ“男の娘”って感じなんだけどな‥‥ほんと、それくらい可愛いから
トキと継さん───『それはそれでアリかも』なんて、ちょっぴり思ってしまった
まぁでも、継さんは可愛らしい外見に寄らず男気溢れる人だから多分違う
てか“男の娘”なんて絶対継さんに言えないし想像してたことすら罪だ、バレたら500%荼毘に伏すことになる
一体、何の用事なんだろうな───?
屋上のドアを開け放つと、継さんが出迎えてくれた
「お、来たか」
ニコッと笑う継さん
やっぱ、この人は可愛らしい
「久し振り。暫く見ない間に随分賑やかになったな」
そうだ、初めて継さんに会ったときはまだヒカルくんともアオともつるんでなかった
継さんに軽く頭を下げてから、トキが尋ねた
「‥‥あの、何かご用でしょうか‥?」
「うん。あのね、」
継さんは唐突にトキの肩を抱いて、上目遣いでトキを見ながら耳元に顔を寄せた
あれ、まさか、ほんとに、てか、やっぱり“そっち”の話だったの?
「‥‥‥‥お前ら、夕べ錦西の奴等ボコったんだってな」
いや全然違ったよ、不良が大好きな喧嘩の話でしたイエーイ
継さん、トキ、変な期待して本当にごめんなさい
「あ、はい‥‥あの、部活が一緒の女の子が絡まれてたんで、つい‥‥」
トキは若干ビビりながら夕べの真実を語った
「何かマズかったですか‥‥?」
「いーやー?なーんもマズいことなんて無いさ。女の子一人守れるだけの強さがある、それは大変素晴らしいことだよ。‥‥‥‥‥‥な、“千歳”?」
継さんが上を見ながら“チトセ”という名前を言うと、ドアの上んとこからいきなり大きい人が降ってきた
人が居たなんて全然気付かなかったから、ガチでびっくりした
3メートルくらいの高さからポケットに手を突っ込んだまま飛び降りて華麗に着地したその人は、某ヒーローライダーの歴代俳優に紛れててもおかしくない───いや、寧ろそれ以上と言っても過言ではないくらいのスーパーイケメンだった
継さんはトキから身を離して、今度はスーパーイケメンの肩を抱‥‥けるような身長差じゃなかったもんだから、腰を抱いた
2人の身長差、マジ半端ねぇ
こうして並んでると、美男美女カップルに見えなくもなかった
にこにこしながら、継さんはスーパーイケメンを紹介してくれた
「藤沢、千歳。夕べお前らが助けた女の子の兄貴なんだ」
「───え‥‥?」
すばる、お兄さんが居たのか
言われてみれば、どことなくすばるに似てるかも
でも待って、今“藤沢”って‥‥すばるの苗字は、“雨間”だ
「‥‥、カテーのジジョーってやつ」
兄妹なのに苗字が違うという矛盾を察知した俺らに気付いたのか、スーパーイケメンは頭を掻きながらボソリと呟いた
なんてことだ、声もイケメンだ
「夕べ妹ちゃんから話聞いて、お前らに直接礼言いたくなったんだと。でも自分から声掛け辛いとか抜かしやがるから、仕様がなく俺が橋渡ししたってワケ。もし勘違いさせちゃってたら、悪かったな」
継さんは少し呆れた顔をして事情を説明してくれた
なるほど、そういうことだったのか
スーパーイケメンは照れ屋さんなのか‥‥この人も存外可愛らしいとこあるんだな
「‥‥‥‥すばるとは、住んでる家が違って。心配ではあんだけど、なかなか傍に居てやれないから‥‥本当に、助かった」
スーパーイケメンが深々とお辞儀をした
きっと、その行為だけで貴方に惚れてしまう人達が男女問わず世界中に沢山いると思います
同性の俺でも、妹思いなスーパーイケメンには感涙ものです
「当然のことをしたまでです。もし先輩の妹じゃなかったとしても、多分喧嘩してました」
「女の子一人に男5、6人で囲むなんて、卑怯の極みだもんな」
「まぁ、すばるだったから余計ムカついたのも事実」
「それはあるね、大事な友達だからね」
口々に話す俺達を、継さんとスーパーイケメンは穏やかに見ていた
「‥‥ガッツあるねぇ、お前ら。ほんと、気に入った。連絡先教えてくれよ、仲良くしようぜ!」
継さんはニコッと笑って、ケータイを取り出した
俺らは、和気藹々と連絡先を交換し合った
そういえば、アオの連絡先をまだ知らなかったから一緒にメモリに入れた
因みに、継さんに勧められてスーパーイケメンとも連絡先を交換した
アオの名前と、“継さん(3年3組)”と“千歳さん(3組4組)”の名前が、俺のケータイの電話帳に増えた
「もし錦西の奴等がなんか言ってきたらすぐ教えろよ、どうにかすっから。‥‥あと、いつでも好きに使って良いからな、屋上」
「‥基本、ココは上級生のテリトリーなんだよ」
イナが、こっそり教えてくれた
この設定、ヤンキー漫画とか映画の鉄板ね!
この日から千歳さんと継さんという素敵な“友達”が出来て、俺らは屋上に出入りするようになった
Overture-色が無い世界
「え、アオも“Little Wing”好きなん?」
「うん。射し込んでる光の感じが良いなぁって」
「ああ、良いよねー。あの淡い感じがさぁ‥‥」
「何だっけ、“天使の梯子”?」
「え、そんな言い方すんの?知らんかった」
「天使といえば、羽もがれた天使の表情も良かったよね」
「うんうん。てかさ、何であいつ一匹だけあんなことになったのかな」
「罪を犯した、とか?」
「“贖罪”の意味‥てことか」
「“食材”?」
「トキ、喋るのやめろ。アオにおつむの程度がバレる」
「‥は!!?どういう意味だよ!?」
いやほんともう喋らない方が良いと思う
黙って牛丼食え、口に紅生姜ブチ込むぞ
どうやら、全員“Little Wing”が気に入ったようだった
アオとも馬が合うってことがわかって、自然と口元が緩んだ
雲の隙間から射し込む光は、“天使の梯子”とも“光芒”とも言うらしい
あれ、ほんと幻想的だよな
実際に天使でも降りてきそうな雰囲気がして、結構好きだ
あの雰囲気出すのはちょっと難しそうだけど、今度部活で描いてみようかな───
牛丼をたらふく食った俺達は、少しだけ繁華街をうろついてから解散した
アオは途中まで俺と帰る方向が一緒だったから、並んで歩いた
時間は、21:00になってた
「ごめん、こんな時間まで付き合わせて」
「全然。すげぇ楽しかった。トキもイナも面白い奴だし、めっちゃ笑った。こんな笑ったの久々」
そう言って、アオは満足そうに口の端を上げた
ああ、何だろう
さっきも思ったけど、なんか変な感じする
俺その顔好きかもしんない
アオが笑うと安心するんだ
アオのこと“変態”とか言えないな、同級生の笑顔に癒されてる俺も十分“変態”だ
「天使の梯子、だっけ。雲の隙間から射し込む光」
「ああ、うん。‥‥光ってさ、白とか黄色とか、大体そんな感じで描かれるでしょ。でも“Little Wing”の光は、もっと沢山色使われてたよね」
「んー‥‥そう、なの?」
アオは首を傾げて、ちょっとだけ困ったような顔をした
そうだよね、そんなとこに注目するなんて普段油絵に親しんでない人からしたら変態だと思われても仕方ない着眼点でしかないよね
「紫とかピンクとか、緑も使ってたかな」
「‥‥そんなに色混ざってたんだ‥‥‥‥それが、見えればなぁ」
『見えれば』?
アオも、“Little Wing”見てたよね?
あれが『めっちゃ好き』って、言ってたよね?
さっきも、牛丼食いながら感想言ってたよね?
俺の頭はプチパニックになった
頭の上にはてなが浮かぶ俺を見て、アオはちょっと言いにくそうに呟いた
「‥‥‥‥俺ね、色盲なんだ」
「‥‥え‥?」
「色が、見えないんだ」
『色彩感覚ゼロでさ。色を塗るのは、苦手なんだ』
図書室でアオが言ってた言葉を思い出した
“苦手”ってか、多分“不可能”なんだ
さっきの困ったような顔は、俺が光にピンクとか使ってるとか変なこと言ったからじゃなくて、そもそも色が沢山使われてること自体わからなくて、本気で困ってたんだ
色が見えないなんて、全く想像出来ない
人間が識別する色は“光の三原色”と呼ばれる赤・青・緑の3つの光の組み合わせパターンによって作られてて、色を感じ取る錐体が正常に機能していれば正常に識別することが出来るんだって
一般的な色盲のイメージは“全部がモノクロームで見える”って感じだと思ってる人が多いかもしんないけど、実はそういう人は物凄く少ないらしい
アオは、どういうタイプの色盲なんだろう
赤が強い?青が強い?緑が強い?
それとも、全部モノクロに見えてる?
いずれにしたって、そんなことも知らずに色がどうのこうのと何のたまってたの俺、大バカじゃん
色が見えないことがアオにとって幸か不幸かはわからないけど、何も知らずに無邪気に話しまくってた自分が恥ずかしくなって、愚かに感じて、目の奥が痛くなった
「‥ごめ、ん」
「んーん。気にしないで。‥‥この前図書室で描いたやつもほんとは色着けてみたいんだけどさ、多分滅茶苦茶になっちゃうだろうからやらないんだ」
アオは、諦めたような顔をして笑った
ちょっと淋しそうなその表情が、心に刺さった
図書室で見た図鑑に載ってたパパラチアを思い出して、軽はずみに『色付ければ』なんてふざけたこと抜かした自分をカンバスでぶん殴ってやりたくなった
「色がわかんないのにデザイン画描いてるなんて、大概変だと思うだろ。でもデザインだったら、モノクロでも関係ないっしょ」
「‥、‥‥」
『そうだね』なんて
そんな上から目線なこと、口が裂けても言えない
「‥‥‥‥最初に見せてもらった絵、あれは鉛筆描きだったっしょ。色はわかんないけど、濃淡はわかる。だから、絵を描いてた時の気持ちにも入り込めた。‥‥それにね、スケッチブックのは色塗ってるのも幾つかあったでしょ。あれも、見えなかったけど、見えるような気がした。実際にはほんとにそんな気がしただけだったけど‥‥‥どんなに頑張っても色は見えないけど、俺はアカの絵が好きだよ」
アオは、言葉に詰まったみっともない俺にそんな言葉を掛けてくれた
多分、あの話し振りからアオは“全色盲”なんだろう
色盲の中でも特に珍しい“1色覚”ってやつ、稀少種だ
アオが見てる全てのものは、モノクロに写ってるんだ
「‥‥って、絵のこと何もわかんないし、まして色もまともに見えてない癖に『好き』とか言ってごめん。‥‥‥でも、ほんとに好きなんだ。濃淡、強弱、雰囲気。‥‥“萌え”たよ」
ゆら、と淡く揺れる笑顔が目の前にあった
ああ、また笑ってくれた
アオは、優しいな
俺に気を遣って言ってくれたのかな
それとも、本心で言ってくれたのかな
どっちにしても、アオの優しさが心に沁みた
恥ずかしさとか申し訳なさでいっぱいになってた胸の中が、すーっと楽になった
不躾とか無神経とか勝手なイメージ抱いちゃってごめんなさい、“変態”とか言ってごめんなさい
俺は、その笑顔に“萌え”ます
「───ねぇ。俺の名前の“蒼”ってさ、どんな色?」
「草の、色‥っていうのかな‥‥‥‥倉の屋根に青草を使ってたからっていうのが、“蒼”っていう漢字の成り立ちなんだって。そこからきてるのか、“草木が覆い茂る”って意味があるみたい。‥‥‥でも、蒼天とか蒼空とか蒼海とか、“青さ”に例えられることもある」
「草と空と海の色、かぁ‥‥‥‥意外と壮大な漢字だったんだ、“蒼”って。‥‥‥あ。でも“顔面蒼白”とかにも使うか。顔色悪い、みたいな」
「ああ、うん‥‥」
何それ、自虐?
字面も響きも綺麗な漢字だと思うな、“蒼”
「‥‥じゃあさ、アカの“朱”は、どんな色?」
「んーと‥‥‥‥いちばんよく見るのは、神社の鳥居かな」
「‥鳥居」
「生命の躍動と、災厄を防ぐ色として神社では多用されてるとか何とか‥‥‥‥縄文時代からあった色なんだって」
「ってことは、土器とか土偶にも使われてたんだ、きっと」
「多分、そうなんじゃないかな」
「流石は美術部。その辺も詳しいんだな」
こんなの、テストには絶対出てきやしない
「ただの無駄知識です」
「そんなこと。‥‥‥‥これからも沢山教えて、色のこと」
揺れる笑顔が、ひたすら優しかった
「‥‥、うん」
俺が頷いた後も、その優しい眼差しは俺に向けられてた
‥‥まぁ、アオの前髪うざすぎるからはっきりと目を見た訳じゃないんだけど
でも、なんか、心がドキドキともソワソワともつかない、何とも例えようのない感じになった
Overture-信号機
土曜日
俺とトキとイナは、美術館に足を運んだ
今、俺の好きな画家の絵が展示されてるんだ
2人を誘うと、喜んで『行く』と言ってくれた
美術館に似つかわしくない、端から見れば“不良”な相貌の3人組が連れだって館内を闊歩するその姿に、周りのお客さんは引いてたっぽい
てか、確実に引いてた
美術館で週末を過ごすなんて、ただの頭イカれたバカ高校生だと思われてるんだろうな
事実バカっぽい見た目だから仕方ないか‥‥俺は別にフツーだと思うけど、テラテラしたライダースジャケット羽織ってるピアス男子と腰から工具ぶら下げてる茶色い頭のヤサ男なんて、ほんと場違いもいいとこだ
明らか教養なさそうでしょ?そんなの俺らが一番自覚してます、はい
この中の誰が美術なんかに興味があるだろうかって?それは俺です、イエーイ
こんなんでも、芸術に親しみ持ってんだぜっ
「あー、これ良いなぁ」
「わ、すげ」
トキとイナは、ばかでかいカンバスを見上げて頻りに感心した
絵のタイトルは、“Little Wing”
小さな天使が沢山飛んでる中、片方だけ翼がない天使が一人地上に取り残されてる絵だった
切なくて、痛々しくて、見る人によっては涙を流すと言われているものだ───って、パンフレットに書いてあった
今回の展示の目玉作品ではないんだけど、人目を引くものではあった
トキとイナも、美的センスはある方だと思う
トキは写真を撮ってるから元々そういう感覚はあるんだろう
でもイナは、何でかよくわかんない
友達になってもう4年経つけど、ほんとよくわかんない
『間も無く、閉館の御時間で御座います。御帰りの際は、御忘れものの無いよう御注意願います』
館内アナウンスが聴こえる
時計を見たら、16:50だった
「‥‥もうそんな時間か」
「何だっけ‥“何とか”くん、来れなかったのかな」
「ん‥‥」
そう、露木くん───アオをずっと待ってたけど、彼は一向に現れなかった
やっぱ、間に合わなかったのかな‥‥
「俺、ギリギリまで待ってるわ」
ちょっと肩を落としてしまったけど、アオを待つ序でに最後にもう一周だけしてこようと思った
トキとイナは外で待つと言ったから、俺一人で再び館内へと歩みを進めた
“Little Wing”の前に、パンフレットを持って佇んでる人がいた
ベロアっぽい黒のジャケットを着てダメージ加工されてるジーンズ穿いてて、靴は履きこなされたスニーカーだった
背はすらりとしてて服はきちんと着こなしてるんだけど、最早セットしてんのかしてないのかもわかんない髪がボッサボサ
とにかく、前髪がひたすらうざそう
あの人、見たことあるような気がする───てか、あれアオだ
気付けば俺は、一目散にアオに駆け寄ってた
「‥、この絵、すごく良い。全部見て回ったわけじゃないけど、これめっちゃ気に入った」
息急ききってる俺に気付いたアオは、穏やかに笑った
なんか知んないけど、ほっとした
「‥‥来れたんだ‥」
「殆ど滑り込みだったけど。もう帰っちゃったかと思ってた」
「ううん。待ってた」
「そっか。‥‥ありがとね」
アオは、また笑った
何だろう、不思議な気持ちがする
目は、前髪に隠れてて見えないんだけど
雰囲気、かな
何とも言えないんだけど、柔らかくて、ふわふわしてる感じ
アオは、笑うとめっちゃ雰囲気が変わる
トキとイナが出口で待ってた
2人を見て、アオは俺に尋ねてきた
「‥お友達?」
「うん。トキと、イナ。中学からの付き合いなんだ」
俺たちに気付いた2人は、アオに気さくに話し掛けた
「3組の、露木くん‥だっけ。5組の印南 京平でーす」
イナは、アオのこと知ってるっぽかった
何で?クラス違うのに?
てかイナは、アオに限らず、俺らの知らない何組の誰それの話をよくする
ほんと、イナはよくわかんない奴
どこで情報収集してんだろ、てか誰得情報なんだろ
「俺、7組の常磐 響。宜しくー」
「“トキ”と、“イナ”」
「ん!」
アオは2人を交互に見て、名前と渾名と顔をインプットしてるっぽかった
渾名を確認された2人はニコニコ笑って返事をした
アオも、笑って自己紹介した
「‥‥露木 蒼衣です。初めまして」
わー、アオってば紳士
こんなバカっぽい、事実バカ丸出しな同級生に対しても丁寧に挨拶してくれてるし
「露木くんのことは、なんて呼んだら良い?」
「親しい人は、“アオ”って呼ぶけど」
「じゃあ、俺らも“アオ”って呼んで良い?」
「うん」
元コミュ障ぼっちの俺と違って対人スキル及びバイタリティーが抜群のトキとイナは、いとも簡単にアオを渾名呼びする
「俺らこれから飯食いに行くけど、アオも行ける?」
「寧ろ、お邪魔しちゃって大丈夫?」
「アカから話聞いてたし、最初からそのつもりだったよん」
「じゃあ、ご一緒します」
初対面の同級生との初ゴハンに、一切物怖じしないアオ
俺なら絶対何回か遊んでからにする、と思う
トキとイナはもう慣れちゃったから何とも思わないけど、やっぱ最初はどこか一線引いちゃうんだよな俺は
とか言いつつ、アオをゴハンに誘ったの俺だった
何でかな、初めてなのに、アオとゴハン食べるのは抵抗ないような気がしたんだ
だから誘えたんだよ、多分
これって、トキとイナの影響?
それとも、アオのお陰?
アオも、人当たり良い方なのかな
どっちかってと、俺と同じ匂いがするんだけどな‥‥や、もしそうじゃなかったらめっちゃ失礼だよな
このことは黙ってよう、うん
何を食うか特に相談もしてなかった俺らは、トキとイナが並んだその少し後ろをアオと俺がついてく感じで繁華街方面に向かってだらだら歩き始めた
「おお。俺、今すごいこと発見しちゃった」
トキが、何か閃いたようだ
「え、何よ突然」
「2人って、信号機じゃん!」
そう言って、くるっと振り返ってアオと俺を見遣る
「───は???」
アオも俺も、イナも、トキが何言ってんのかさっぱりわかんなかった
「だって、“アカ”と“アオ”でしょ。赤と青といえば、信号機の色っしょ!」
正確には、“朱”と“蒼”なんだけどね
どっちも、信号機の色にするにはちょっと変だ
でも、トキは腕を組んでドヤ顔してた
「ああ、なるほどねー」
イナは、こくこく頷いた
「世紀の大発見。すごくね?」
「そこまですごい発見ではないと思うけど。大袈裟すぎだよ」
「えーーー?何だよ、もう。腹減ったからヤケ食いしてやるっ!」
「いつものことでしょ」
「うっせい!早く行くぞ!」
トキとイナの話を聞いて、アオはくすくす笑ってた
俺の横を歩くアオは、心なしか楽しそうだった
「アオは、何食いたい?」
「何でも良いよ。俺も腹減ってるから」
「バイト帰りなんだっけ?一仕事した後なら、腹減ってて当然だよなー」
「体力付きそうなもんにすっか」
「焼肉、とか?」
「そんな金ねぇ」
「じゃあ、何にする?」
「‥‥‥‥‥‥牛丼?」
「つゆだくで!」
「ギョク乗っけてな!」
「特盛り!味噌汁付き!」
「ああ良いな!でも豚汁も捨てがたい!」
「紅生姜のっさりー!」
「俺、紅生姜嫌い」
ここはテンション上げるとこだったのに、トキは『紅生姜嫌い』のたった一言で一瞬にしてその空気をブチ壊した
Overture-Padparadscha
露木という変人?変態?と出会ってから3日後の昼休み
俺は絵の題材の参考資料を探しに図書室に赴いていた
ふと室内を見回すと、部屋の隅の方で熱心になにかを書いている様子の露木くんがいた
───勉強でもしてんのかな
気配を殺してそっと近付き、徐に後ろから覗き込んだ
「──────っうお!!!」
しんと静まり返っている図書室に響く、俺の叫び声
露木くんが書いてたのは、繊細で緻密な何かのデザイン画だった
勉強してたんじゃなくて、絵を描いていたんだ
今まで見たことのない斬新なフォルムと細部に渡る描き込みを目にし、思わず叫んでしまった俺
露木くんも含め、図書室にいる誰もが皆俺に注目する
「‥‥あ‥‥‥‥すいませ、ん‥‥」
畏縮して軽く頭を下げ恥ずかしそうにすると、露木くんはくすくす笑っていた
気を取り直して露木くんの隣に座り、小声で話し掛けた
「‥‥これ、露木くんが描いたの?」
「うん」
「‥‥‥‥すーげえぇー‥‥緻密‥‥感動‥よだれ出そう」
「ふふ‥‥どうも有難う」
「なにかのデザイン、だよね?‥‥蓮の花?」
「当たり。真ん中にこの石埋めたら綺麗かなーって、色々妄想してた」
露木くんの側には、宝石の本と花の図鑑が置かれていた
開かれている宝石の本のページを読み上げてみた
「‥‥“パパラチア”。‥‥“透きとおるような彩りが魅力的なオレンジでもピンクでもない、そのちょうど中間の色合いのものを「パパラチア・サファイア」という。ピンクが強すぎても、オレンジが強すぎてもパパラチアとは呼ばれない。「パパラチア」とは「蓮の花」という意味。その独特の美しい色みは「サファイアの王」とも呼ばれ、極めて産出が少ないことから「幻の石」ともいわれる”。‥‥‥‥ふーん‥‥すげぇ綺麗だなぁこの石」
「石のことはあんまよくわかんないけど、この“謂れ”が良いなぁと思って」
「“幻の石”とか格好良いね」
「厨二心擽られるよね」
「ははっ。ほんと。‥‥てかやっぱ、絵が好きなんだ?」
「絵っていうか、デザインに萌える」
「‥‥“もえる”?」
「‥‥‥‥萌え~」
露木くんは、無表情で手でハートの形を作って見せた
「ぷっ‥‥くく‥。‥‥露木くんて、絶対そういうキャラじゃないよね」
「うん。違う」
思わぬギャップを見せ付けられ、口元が歪む
堪らず吹き出し、くつくつと笑ってしまった
「‥‥でも、“萌える”っていうのはわかる。具体的にさ、どんなのが好きなの?」
「市松模様とか、入れ墨によく使われてるトライバルとか、雪の結晶とか。それこそよだれ垂らしそうになる。‥‥蓮の花のこのフォルムも、凄く好き」
そう言って露木くんは図鑑を捲り、蓮の花のページを開いて見せた
確かに、あの花は綺麗だ
御釈迦様が座してて極楽にも咲き乱れてるらしい花は、荘厳でちょっぴり畏怖もあって、凛としてて美しいと思う
露木くんのデザイン画を一瞥し、思い付いた妙案が口を滑る
「‥いっそ美術部入れば良いのに。‥‥あ、俺美術部なんだけどね。主線書くだけじゃなくてさ、これ色も塗ったらきっともっと楽しいよ」
露木くんは俺の言葉を聞いて、ゆっくりと俯く
「‥‥‥‥色彩感覚ゼロでさ。色を塗るのは、苦手なんだ」
「ふぅ‥ん‥‥」
俺は訝しげに、俯く露木くんの横顔を見ていた
昼休みが終わる少し前に、図書室をあとにした
並んで歩きながら教室へと向かう途中、思い切って露木くんに尋ねてみた
「ねぇ、土曜日空いてる?」
「‥‥、バイト終わったら暇だけど」
「露木くん、バイトしてるんだ」
「うん。ほぼ毎日」
「え、マジで!?」
驚く俺を尻目に、露木くんは軽く頭を掻いた
「‥‥‥‥俺、苦学生なんだ。‥‥‥わけあって親戚んとこで世話になってんだけど、学費とか面倒見てくれてて、少しでも足しになればーと思って。‥‥ほんとは『しなくて良い』、寧ろ『やめろ』って言われてんだけど、諸々申し訳なくて」
まだ知り合ったばかりで、露木くんのことはまだ何も知らない───“変態的な部分があるということ”と、“デザイン力に長けている”ということしかわかっていない
その私生活のほんの一部が垣間見え、少し複雑な気持ちになった
「‥‥そ、なんだ‥」
「で、土曜日は何があるの?」
「ああ‥‥友達と美術館遊びに行くんだ」
「美術館?」
「今ちょうど好きな画家の絵が展示されててさ。で、もし良かったら一緒にどうかなー‥と思って」
「ふーん‥‥‥何時から?」
「13時くらいからって約束してる。美術館は17:00で閉まっちゃうから‥‥で、そのあとはどっかご飯食べに行こーって話してるんだけど‥‥‥‥」
「‥‥土曜は早番だから、上手いことバイト終わったら行くよ」
「‥ほんと!?」
「うん。行けたとしても多分閉館ギリギリだと思うけど。あんま遅かったら、帰ってて良いから」
「全然大丈夫!っていうか、美術館行けなくてもご飯行こうよ!」
自分の好きな画家に共感してくれるかどうかは別にして、“露木くんが来てくれる”と思っただけで何故か俺のテンションは上がった
露木くんは口角を上げて、会釈した
「わざわざ声掛けてくれて有難う、高村くん」
「“アカ”で良いよ。仲良い奴は、みんな“アカ”って呼ぶ」
そう言うと、露木くんはふんわりと笑った
「‥‥‥‥じゃあ、俺も“アオ”って呼んで。親しい人は、そう呼ぶから」
「そっか。露木くん、下の名前“アオイ”だっけ」
「覚えててくれてたんだ」
「男で“アオイ”って、あんまいないから」
「そうなんだよね。よく女と間違えられるんだ」
今までの“あるある話”を聞いたところで俺とアオは分かれて、それぞれの教室へと入っていった
