NEW ENTRY
(12/31)
(12/31)
(12/31)
(12/02)
(11/09)
[PR]
0-3 自己紹介
翌日
云われた通り、昨日と同じくらいの時間にNäckrosorを訪れた
お客さんが2、3人居るだけで、菩希さんたちの姿はなかった
取り敢えず、カウンターにいる甘曽さんに声を掛けることにした
「こんにちは。昨日はどうも有難うございました」
「おお、伊芙生くん。こちらこそ、時間をくれて有難うね」
「いえ。‥あの、菩希さんたちは‥‥」
甘曽さんはにこりと頷くと、俺に鍵をくれた
「‥トイレの奥の、“Staff Only”って書いてる部屋に行ってみてくれ。彼等はそこにいるから、チャイムを鳴らして。後で珈琲を持って行くね」
そう云えば、トイレの横っちょにそんな表示がされてるドアがあったっけ‥‥
鍵を受け取って甘曽さんに会釈してから、その部屋に向かった
解錠した木製のドアの先には、カントリー調の純喫茶とは正反対の、無機質で頑丈そうな鉄製の扉があった
横には小難しそうな機械が設置されている
多分、パスワードを入力しないとこの先へは行けないんだ
パスワードなんて知らない、どうすれば良いんだろう───あ、そうだチャイムだ‥機械の上に、ベルのマークが書かれたチャイムがある
そっと押すと、ガチャガチャと何回か音がした後ドアが開いて、提午さんがひょこっと顔を出した
「やぁ。待ってたよ。どうぞ」
招き入れてくれて、俺は足を踏み入れた
室内には丸いテーブルが一つと、テーブルを取り囲むようにして四つのキャスター付きの椅子
テーブルの上には、PCが3台
一番奥に、プチシューを摘まみながらテーブルに足を投げ出して座る菩希さんがいた
その横に、煙草を吹かす蓉典さんが足を組んで座っている
提午さんは俺を室内へ通すと、備え付けられたPCの前にさっと座った
「よう。時間通り来たな」
「こんにちは。あの、宜しくお願いします」
「ま、適当に掛けな」
促された俺は、空いてる椅子に座った
まさか、喫茶店の裏にこんな部屋があるなんて───
そこは、ちょっと異質というか、部屋と呼ぶには随分杜撰な空間だった
天井は配管が剥き出し、裸電球が2、3個、だらしなくぶら下がっていた
打ちっぱなしの壁には夥しい数の資料が雑然とテープで貼られていて、所々油性マジックとスプレーで落書きされていた
上にはばかでかいモニター、何も映し出されていない
壁際に置かれたキャビネットにはファイルが所狭しと並んでて、そこにも油性マジックでよくわかんない文字とか絵が殴り書きされてた
配線がのたうち回ってる床はヒビとかシミだらけで、煙草の吸い殻とか空き缶がそこら辺に転がってる
あとは、プリンターとかゴミ箱とか、漫画とかDVDが雑然と並んだメタルラック
小さい冷蔵庫と、ふかふかのソファも置いてあった
「悪いことなんて一つもしてません」とはお世辞にも云い難い、陰鬱でアングラな雰囲気が漂う部屋
この一室だけ世界から切り取られたかのような、そして“そこ”に平然と存在していられる人間もまた異様なんじゃないか、と思えた
でも、俺の好奇心は急上昇してた
“こんなとこ”で“何でも屋”をやってるこの人たちは、一体何者なんだろう───目の前の全てに、心が滾った
「ふふっ。まだどんなことやらされるかもわかんねぇのに、そんな目ぇキラキラさせてんの?」
「将来有望かもだねぇ」
菩希さんと蓉典さんは、感心したように俺を見て笑った
提午さんも、軽く口の端を上げた
「‥改めて自己紹介するよ。信濃 菩希(しなの ほまれ)。ここでは上下関係を付けないって決めてんだけど、取り仕切る人間は必要‥‥ってことで、一応ここのリーダー的な立場にいる」
菩希さんは、“何でも屋”のリーダー
提午さんは菩希さんを“さん”付けで呼んでるし、それは何となく“そうなんじゃないか”と思ってた
でも見た目は菩希さんよりも蓉典さんの方が年上っぽい‥‥いや、もしかしたらそれも見た目だけなのかもしんない
続いて、提午さんが自己紹介してくれた
「利根 提午(とね だいご)です。基本的にPCいじって、みんなのサポートをしてます」
そう、基本提午さんはNäckrosorでもPCをカチャカチャしてる
だから、
「‥俺、提午さんのこと、ずっと“意識高い系”だと思ってました」
その印象を口にすると、菩希さんは突然噴き出して大笑いした
「ふっははは!こいつが“意識高い系”だって!?有り得ねぇわ!!」
「だって、喫茶店でPC弄るって、“意識高い系”の代名詞みたいなもんじゃないですか?」
「確かにそんなイメージあるけどよ、それやるなら普通、純喫茶よりも小洒落たカフェでやらねぇか?Näckrosorで“意識高く”されても、ただ滑稽にしか見えねぇし!あっはははは!」
「そんなに笑わなくてもよくないですか‥‥?まぁ、意識高くないのはほんとの話ですけど‥‥」
提午さんがしょぼくれた顔で、腹を抱えてる菩希さんを見遣った
「えっと、なんか、すいません」
「ううん、全然。‥さっき菩希さんが云ったけど、ここじゃ年上だから偉いとかそういう上下関係は取っ払ってるんだ。だから、敬語は要らないからね。俺も菩希さんにだけ個人的に敬語使ってるだけだから」
「‥‥わかりまし、た」
今までNäckrosorでずっと敬語で喋ってたんだもん、いきなり敬語を取っ払うのなんて無理だよ‥‥
ま、その辺は追々‥‥‥‥
「おい」
「ん」
一頻り笑った菩希さんが目配せすると、蓉典さんはテーブルから少し距離をとってサングラスをかけ直した
菩希さんはどこぞからナイフを取り出した───今度のは昨日の果物ナイフとは違う、殺傷能力の高いサバイバルナイフだ
昨日のようにペン回しの要領でくるんと一回転させると、菩希さんは頭の上でスナップを利かせてナイフを放った
その動きは全く無駄がなく、やっぱり瞬速だった
ナイフは俺の頬を横切って、壁にぶち当たった
また数ミリでも動いてれば、俺の頬はナイフで裂かれて流血してただろう
ナイフが床に転がる音が聴こえて、瞬時にそっちを見る
普通の人なら、ここらで冷や汗でもかくのかもしれないな
ああそっか、多分俺が「恐怖を感じない」って云ったことの信憑性を再度確かめる為にこんなことをしたんだろう、と思った
ってか、菩希さんてマジで何者なんだろう‥‥何の躊躇いもなく他人にひょいひょい刃物向けられるなんて、「もし怪我させちゃったらどうしよう」とか思わないのかな、それとも
よほど自分の“腕”に自信がある、とか───?
「‥大した面構えだな。‥‥昨日も今も、身の危険を感じなかったのか?」
ぼんやりとナイフを眺めてると、蓉典さんが尋ねてきた
「‥‥そーですね、はい」
「普通、刃物出された時点でビビらねぇか?」
「ビビらない、ですね」
俺の答えにくす、と笑うと、蓉典さんは席を立って、ナイフを拾い上げた
そして、菩希さんに返すと、再び席に座った
「‥‥‥況してや、大してよくわかりもしねぇ人間に『何でも屋やらねぇか』って誘われたり“こんなトコ”に連れてこられたら、『どんなヤベぇことさせられるんだろう』って身構えそうなもんだけどな。‥‥天塩 蓉典(てしお ようすけ)。このお方から仰せつかった任務を遂行する奴隷です」
蓉典さんは菩希さんを一瞥して、皮肉っぽくそう云った
「こらこら、語弊のある云い方すんなよな。お前がM気質だから顎で遣ってやってるんだろ」
「Mとちゃいまんがな」
「いーや、お前はMだね。その顔は生粋のM顔」
「違うって。‥‥いや、MはMで良いんだけど、“マゾ”じゃなくて“ムッツリ”のMね」
「どっちも大した変わんねぇじゃんか!」
菩希さんと蓉典さんがSだMだとやり取りしていると、電子音とロックが外れる音が聴こえた
ドアの向こうから、珈琲カップが5つ載った盆を携えた憂樹さんが入ってきた
ここに来る前に甘曽さんに持たされたのかな?
「悪い悪い、遅くなった」
「このクソボケ。こいつより遅れるとかどういう神経してやがんだ。大体時間決めてんのにいっつもどこで油売ってんだてめぇは。LSDブチ込むぞコラ」
ちっとも悪びれた素振りを見せない憂樹さんに向かって、菩希さんは矢継ぎ早に罵声を浴びせた
それでも、憂樹さんの顔には反省の色が見えない
多分、普段からこう、ルーズな人なんだろうな
「勘弁してシナ。ほら、美味しい珈琲持ってきたけん」
菩希さんのご機嫌を取るように、憂樹さんは珈琲を手渡した
「ったく‥‥‥‥憂樹、御挨拶して」
「おお。ぼっくん、俺は北上 憂樹(きたかみ ゆうき)さんじゃけん、宜しくな!」
そう云って、憂樹さんは俺にも珈琲をくれた
っていうか、名前だけなら既に知ってるんだけど‥‥
「はい、宜しくお願いします」
皆で珈琲を啜りながら、暫し談笑に更ける
これからどんなことをするのか、俺の気持ちは逸る一方だった
「っていうか、ほんとにビビってねぇの?とんでもねぇことさせられるかもしんねぇんだぞ?少なくとも俺は、ここに連れてこられた時結構ビビってたんだけど‥‥」
「そりゃ俺もじゃけん。まぁ、ぼっくんの顔見りゃ嘘吐いてるようにも見えんけどな。ぼっくん、ほんとに怖くないんじゃもんな?」
「別に。何とも思いません。‥‥‥‥ワクワクは、してますけど」
本心を吐露したら、俺以外の全員が軽く噴き出した
「ははっ!蓉典よか肝据わっとるんじゃん!」
「いや、ビビんねぇ方がおかしいから。‥‥ああ、悪い。別にお前がおかしいとかそういう意味じゃ‥‥‥いや、おかしいか‥?」
「自分が“おかしい”ってのは自覚してますんで。全然気にしてません」
「なーに云ってやがる。ここにいんのは全員キチガイだから安心しな」
菩希さんの一言で、また俺以外の全員が噴き出した
「まぁ、よっぽどのことがない限り危険な仕事は請け負わないから。‥‥あ、でもそれじゃ駄目なのか。危なくないと、モチベーション下がっちゃう?」
「どうですかね‥‥わかんないですけど‥‥‥」
正直、俺のこの感覚は自分でも未知数だ
まだそれに出会ってないってだけで、もしかしたら今後恐怖を憶えるような瞬間があるかもしれない
危険は、楽しい
楽しみが減るのは残念なことだけど、万が一死んじまったりしたらそれこそ楽しみどころの話じゃなくなるしな、うん
「で、今日は何すんの?」
「提午、依頼見てみ」
「ちょい待ち」
「新人もいるし、超簡単なのにするからな」
「うぃー」
提午さんはPCを操作して、メールフォルダを開いた
その中から、“今日の仕事”を餞別するらしい
さて、俺の“何でも屋”稼業、初仕事
愈々、始まります
PR
- トラックバックURLはこちら
