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10 Aggressiv Ljud(Mjölk te)
「アズサちゃん、調整がてらちょっと弾いてみなよ」
そう云って、我妻がシールドを寄越した
「ああ」
「菱和、弾くの?」
「‥少しだけ」
「っマジかよ!それ超ヤバい!聴きたい聴きたい!」
一瞬にして興奮したユイ
目がキラキラしている
───まただ、忙しい奴
「‥弾くっつっても慣らし程度だぞ」
「良いよそれでも!ね、聴いてても良い?」
「俺も聴きたいな、菱和のベース」
2人は揃って菱和に期待を寄せる
ワクワクする2人を尻目に、菱和は軽く頭を掻いた
「‥‥構わねぇけど」
***
「これ使って良い?」
「ああ、何でも良いよー」
一応確認をとるも、我妻は生返事をする
菱和は目の前にあったベースアンプにシールドを繋ぎ、スイッチを入れた
しゃがみ込んで音量やイコライザーをいじる菱和の横で、拓真が尋ねる
「菱和って指弾き?」
「ああ」
菱和はアンプをいじりながら「ピックは嫌いだ」と呟き、ピックでガツガツ弾き倒すイメージがあった拓真には菱和のプレイスタイルにも興味が湧いた
ポーン、ポーンとハーモニクスの音が響く
慣れた手付きで調弦を進める菱和
その間に、ユイはこっそりと、レジで伝票整理をしていた我妻に尋ねた
「ね、店長。菱和のベースってどんな感じ?」
「んー?‥‥俺は好きだよ、アズサちゃんの音」
「ほんと!?やっぱ、上手い?」
「‥‥ま、いい機会だから自分の耳で聴いてご覧よ」
我妻はニヤニヤしながらレジで作業を続けた
アンプの調整が済み、菱和は立ち上がってベースを構えた
少しだけ弾き、感触を確かめる
───大きい手だな
ユイは菱和がベースを触る手つきを見ながらそう思った
菱和は、俯き気味にユイを見つめた
さらりと流れる長い前髪の隙間から切れ長の瞳が見える
菱和の視線に気付いたユイは、にこっと笑った
菱和はユイから目を逸らさなかった
その目が何を訴えているのかわからなかったユイは怪訝な顔をし、少し首を傾げる
───さて、調子はどうかな
ユイの仕草を見た菱和は一瞬だけ笑みを浮かべ、一気に弦を叩き出した
ユイは菱和が笑った瞬間を見逃さなかった
刹那、アンプから響く菱和のベースの音が耳に届くと同時に心臓が撃ち抜かれたように感じ、ゾクリとした
親指の第一関節で思い切り4弦を打ち付け、人差し指と中指で2弦と3弦を引っ張り上げる
その繰り返し───
──────スラップだ!
ツーフィンガー奏法でベースを弾くものだと思っていたユイは、目の前で奏でられるスラップに完全に目を奪われた
弦は激しく叩きつけられ撓り、その振動はピックアップを介してケーブルに伝わり、漆黒の箱から重く低い唸り声を上げて飛び出してくる
獰猛で攻撃的で、只管威嚇しながら襲い掛かってくるような重低音
何度も何度も、貫き、抉り、突き刺してくる
スラップもさる事ながら、指板を押さえる細く長い左手の指が、しなやかに動く
轟轟と唸るアンプ
店内中に響き渡る鋭い重低音
ユイと拓真の他にも店内に居た客達がその音に集まり、一気にざわついた
いつまでも攻撃の手を止めない
相手が力尽きる最期の瞬間まで、威嚇と攻撃を続ける音
当の菱和は、涼しい顔をしてベースを弾いている
リズムを取る身体と共に長い髪がふわりと揺れ、いつも無表情が心なしか楽しそうに見えた
ほんの1、2分の演奏だったが、まるで何時間もずっと聴いていたような感覚だった
菱和のベースに、「上手い」「下手」の次元を超越した凄さを感じた
“太くて、しなやか”な───
ユイは、そう思った
***
弾き終わった菱和は、ふ、と息を吐いた
店内は静まり返り、BGMだけが遠く聴こえていた
客たちは次第にざわざわとし始めたが、菱和に一瞥喰らうとそれぞれ散って行く
したり顔の我妻が、菱和に声を掛ける
「どうかね?アズサちゃん」
「‥ん、上々」
「相変わらずだねーキミは、調整したばっかなのに」
我妻は苦笑いしながらも、満足げに店の奥に戻って行った
「──────すげ」
呆然と立ち尽くし、ぽかんと口が開いたままでいた拓真が漸く声を出した
「何だよ今の‥‥“上手い”なんてもんじゃねぇぞ。一体何者なんだよ、菱和」
「‥‥別に、フツーだよ」
「フツーて‥‥‥‥ぅう、なんか寒い。鳥肌立ってきた。‥俺トイレ行ってくる」
同じく立ち尽くしたままのユイを残し、拓真は腕をさすりながら小走りでトイレへ向かった
「‥どうした、大丈夫か」
目を見開いたまま呆然とするユイ
菱和に声を掛けられ、漸く我に帰る
「───うん」
「‥‥、ご感想は?」
「───‥‥‥‥、凄い。凄過ぎる。びっくりした」
目を丸くしたまま、ユイは感想を述べた
「‥そっか。そりゃどうも」
菱和はしゃがんでアンプのスイッチを切り、片付けを始めた
「───やっぱり一緒にバンドやりたい」
「‥あ?」
「菱和に、ベース弾いて欲しい」
ユイの眼差しが、菱和の瞳を捉える
ただならぬ意志を見据えた菱和は、返答に詰まった
「‥‥‥‥‥」
「でもやっぱ駄目、だよ、ね‥‥」
「‥駄目じゃあねぇけど、今すぐには無理だ」
「うん、わかってる。でもやっぱり菱和に、うちのバンドでベース弾いて貰いたい」
───そんなに欲しいのか、俺が?
菱和はユイから目を離せなかった
自分の音を欲している人間がいることが、不可解でならない
「‥‥‥‥俺で良いの?」
「うん、菱和が良い!今の聴いて、ほんとにそう思った。菱和と、バンドやりたい!」
「‥‥そ、か‥」
菱和は徐に立ち上がり、ベースをスタンドに立てた
「‥‥もう少しだけ、時間くれないか。今のバンド、結構ライヴやってんだ。区切りのいいとこで抜けるつもりでいるから‥‥返事はそれからでも良い?」
「‥うん!いい返事待ってる!」
ユイは期待に胸を膨らませ、にこっと笑った
ユイから見えない角度で、菱和は少し口角を上げた
「───おんなじ、だ」
ユイの口の中は、ほんのりと甘くなっていた
幼少期、兄の奏でるギターの音を耳にした時と同じ───まるでミルクティーのような、円やかな甘さだった
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