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10 おそろ
その日の夜
菱和はバイト先が決まった旨、報告を兼ねてユイに電話を掛けた
『もしもし!』
溌剌とした声が跳ねる
「もし。おつ」
『お疲れ様!』
「バイト、決まった」
『! ほんと!うあー、良かったね!おめでと!』
電話の向こうの声が踊る
まるで自分のことのように喜んでいる様子に、菱和の頬が自然と綻ぶ
「‥‥でさ、今度買い物付き合って欲しいんだけど。バイト先で使うもん買いたい」
『良いよ!何買うの?てか、何のバイトするの?』
「‥‥、まだ内緒」
『何で!ケチ!』
「買い物行くときに云う。それまで待ってて」
『むー‥‥‥わかった‥‥。いつ行く?』
「何も用事ねぇなら明日の放課後とか」
『おっけ!じゃあ、明日行こう!』
「‥‥‥、ちょい、久々じゃね」
『ん?何が?』
「デートすんの。‥‥超楽しみ」
云われてみれば───
菱和がリクルート真っ最中の間、ユイは邪魔にならないようにと自分からの連絡を極力避けていた
学校では一緒に過ごしていたが、こうして電話をするのも実は久し振りのこと
菱和の云う通り、“デート”も久し振りになる
柔らかい声で『楽しみ』などと云われ、汗がぶわ、と噴き出す
沈黙が訪れたことを怪訝に思った菱和は、声を掛ける
「‥‥‥もしもし?」
『う、あ、はい』
「何だよ、なした?」
『いや、別に‥‥‥‥俺も、楽しみにして、る』
電話を切った後も、ユイの頬は暫く紅潮していた
***
翌日の放課後
二人は約束通り、デートへと繰り出した
ユイは学校を出る直前までそわそわしていたが、菱和と並んで街を歩くうちに気持ちが落ち着いていった
その折、予てより気になっていたことを尋ねる
「‥でさ、結局、何買うの?」
「髪留め」
「かみどめ??」
「別に百均とかでも良いんだけど、ちょっと良いもん身に付けてぇなと思って。場所が場所だから本来切んなきゃなんねぇとこだけど、『このままで良い』って云われたんだ。でも結わなきゃなんねぇから」
「髪を縛らなきゃならない職場、ってこと?」
「うん」
アルバイト経験がないユイには、髪を結う必然性を求められる業種が全く思い付かなかった
「‥‥‥‥‥、何のバイトすんの?」
「喫茶店の調理」
「‥‥料理、するの?」
「うん」
「っマジ!?すげぇ!!特技と実益めっちゃ兼ねられて、すっごいピッタリな仕事じゃん!うわー、すげぇなぁ‥!!」
漸く知ることが出来た、菱和のバイト先と髪を結わねばならない理由
そして、菱和の料理の腕前を十二分に理解しているユイは目をキラキラさせ、ひたすら感心した
「‥“特技”は云い過ぎ。“趣味”くらいにしといて」
「全然!アズの料理はもう特技に認定しちゃって良いってば!」
「いや、料理は好きだけどさ、所詮素人だよ。殆ど感覚でやってるし、基本的なことはあんまわかってねぇから」
「‥‥そぉ?そんなもん?」
「そんなもん」
「んー‥‥そうかぁ‥‥‥」
いまいち納得出来ていないユイは、頬を膨らませた
「‥‥まぁ、『趣味と実益兼ねられたら』っていうのは母親から云われたことなんだけど」
「お母さん、から?」
「うん。で、行く行くは、免許取れたら良いなって」
「免許?もう、持ってるじゃん?」
「車はな。俺が欲しいのは、調理師免許。将来それで食ってくかって云われたらまだそんなこと考えらんねぇけど、持っとくに越したことねぇかなって」
菱和の言葉に、ユイは目を瞬かせた
漠然としているが、将来を見据えての決断
母の助言もあったのだが、決断したのは他でもない菱和自身
高校三年生でありながら将来の展望などほぼ考えていないユイは、菱和が大人びて見えてならなかった
「すげぇなぁ、そんなことまで考えてるなんて‥‥‥‥俺も、もう、そういうの考えた方が良いのかなぁ‥‥‥」
「まぁ、受験すんのか就職すんのかくらいは考えといて良いんじゃねぇの」
「そうだよね‥‥全然考えてなかったよ‥‥‥『今が楽しかったら何でも良いや』って‥もう高三なのに‥‥」
「『今が楽しかったら何でも良いや』も、結構大事だと思うけど。そういう風にしてる方が、お前らしくて好き」
時折、肩がぶつかるくらいの距離感で
隣を歩く菱和の不意な“好き”に、どくんと鳴る心臓
思わず顔を上げると、その横顔は易しく笑んでいた
「───大体、お前がいきなり受験勉強始め出したら不安になるわ」
「‥何だよそれ!酷いな!」
次第に意地悪な笑みへと変わっていった菱和の横顔と、悪戯にからかう言葉
ナーバスになったり怒ってみたり、コロコロ変わるユイの表情に、菱和はくすくす笑った
一頻り“愉”しんだ後、菱和の笑みは苦笑いに変わっていく
「───‥‥‥‥‥、結構大変だったんだ、面接」
「え、そうなの?」
「思ったよか時間掛かった。まぁ、こんな見た目だし、ブアイソだし、落とされて当然だわな。正直、『俺に就職なんて無理じゃね?』と思った」
自分の見た目や性格上仕方ないことだということは承知していたが、なかなかバイト先が決まらない“やきもき”感に思いの外辟易していたことを思い出した菱和は、自虐に塗れた愚痴を零した
それが愚痴であること、苦悩を打ち明けてくれたことを理解すると、ユイは柔らかく笑んだ
「‥‥‥‥‥でもさ、結果、受かってんじゃん。その喫茶店の人が見た目で判断しなかったのは、アズがちゃんと頑張ったからでしょ。時間はかかったかもしんないけど、全然無理じゃなかったじゃん!すげぇや、アズ!!」
弾ける笑顔と、賞賛
面接が上手くいったことと同じくらい、菱和にとっては嬉しいものだった
「‥‥‥うん。ありがと」
「うん!」
自然と、2人の歩幅がどんどん弾んでいった
***
訪れたのは、シルバーアクセの店
髪を結うものを捜しに来たのだが、普通のアクセサリー店は女性向けのアイテムが多く、男だけでは些か入店しづらさがある
そこで目を付けたのが、シルバーアクセ店だ
シンプルなゴムにちょっとした飾りが付いているような、メンズ向きのものも多数置いてある
何より、男同士でも入店を躊躇わずにいられる雰囲気
案の定、クールな品が所狭しと並んでいた
「いっぱいあるねぇ、迷っちゃうな!ねぇ、どんなのが良いの?」
「ゴテゴテしてなかったら、どんなんでも良いや」
「ふーん‥‥‥あ、見て!これ、超カッコイイ!」
「鳥の羽根?そういうの、好きなんだ」
「普段こういうの付けないけど、いっつも『良いなぁ』とは思ってたんだよね」
兼ねてより身に付けたいと思っていたものは、エスニックな雰囲気のブレスレット
木製のビーズで彩られており、鳥の羽根のモチーフが付いている
手に取り腕に嵌めてはしゃぐユイを、菱和はゆったりと眺めた
「ねぇねぇ、こんなんどぉ?ちょっと、付けてみてよ!」
「‥‥似合うと思ってんのかよ」
「うん!」
「ぜってぇ嘘だろ」
インパクトはあるが、何とも奇妙なデザインのネックレスをニヤニヤしながら菱和の首にかけようとするユイ
物色しつつあーだこーだと戯れ、2人は店内を歩き回った
「───あ、これは?」
ふとユイが手に取ったのは、くすんだシルバーの飾りが付いている黒のゴム
飾りには鳥の羽根のような模様が刻まれており、大きくもなく小さくもなく、至ってシンプルなものだった
「うん。気に入った」
「え、良いの?もっと見なくて大丈夫?」
「うん。これが良い」
ユイが選んだものを、甚く気に入った様子の菱和
ご機嫌な様子で、ゴムを指でくるくると回す
即決してしまったことに驚くも、自分のセンスが菱和に受け入れられたことを、ユイは気恥ずかしくも嬉しく思った
そして、一つ提案をする
「‥ね。これ、プレゼントさせて!」
「ん‥?」
「バイト決まったお祝いってことで!ダメ?」
「‥‥、良いのか?」
「勿論!」
また、弾けるような笑顔
それが見られただけでも十分なのに───それ以上のものを、齎す
「‥‥じゃあ、俺も」
菱和はふ、と笑むと、踵を返した
そして、アクセサリーを一つ手にしユイの下へ戻ってくる
「‥さっき俺が『良いな』って云ってたやつ‥‥」
「これは、俺からってことで」
「‥‥良いの?」
「うん。値段も同じくらいだし、どっちも羽根っぽくてちょうど良くね」
「わぁ‥なんか、お揃いっぽくて嬉しい!」
「“おそろ”ってやつ?」
「初めてだ、えへへ!」
天真爛漫な笑顔が、また溢れる
菱和も、自分なりの笑顔を零した
「はい!」
「どうも。‥‥これ」
「ありがと!」
それぞれ会計を済ませ、互いに交換し合った
開封し、早速手に取ってみる
宝物を眺める小さな子供のように、ユイはブレスを繁々と見詰めた
「‥あれ、これどうやって付けるんだろ‥‥」
「貸してみ」
戸惑うユイの手からふわりとブレスを取ると、菱和は長さを調整し、細い手首に付けた
「ここ。この紐で調整すんの」
「あ、これか。わかった、どうもありがと」
付け方をおさらいするユイの横で、菱和もゴムを手首に通した
「‥え、髪縛んないの?」
「“こう”した方が、“おそろ”っぽいだろ」
そう云って、菱和は口角を上げながら手首を翳す
揺れるくすんだシルバーの飾りと、笑顔
“おそろ”のものを身に着けている実感が増し、ユイは徐々に頬を紅く染めながらまんまるの目をしぱしぱと瞬かせる
菱和は、その様子を心底嬉しそうに見詰めた
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