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0-2 喫茶「Näckrosor」
俺が危険を顧みない「ヤバい奴」だと感付いた人間は、俺の周りから挙って居なくなった
別に独りは嫌いじゃないからそれで良かったんだ、お陰でお気に入りの喫茶店「Näckrosor」を見付けられたから
暇さえあればそこで珈琲を飲んで過ごして、すぐにマスターの甘曽(あまそ)さんと仲良くなった
基本ぼっちの俺は気付けばNäckrosorの常連になってて、他の常連客とも仲良くなった
ある日、甘曽さんはNäckrosorが出来た経緯を話してくれた
数年前に脱サラしてNäckrosorを開き、サラリーマン時代からNäckrosorが軌道に乗るまでの間に幾つもの困難があったと聞かせてくれた
「この美味しい珈琲の味は、甘曽さんの血と汗と涙の結晶だ!」なんて堪く感動した俺は、自分が「恐怖を感じない人間である」こと、「特殊な血液型である」ことを甘曽さんに打ち明けたんだ
身の上話をしたところで、甘曽さんは顔色を変えた
あ、もしかしてドン引きされたかな
甘曽さんは今まで周りにいた奴等とは違う、この人なら俺を受け入れてくれると思ってたんだけど
折角見付けたお気に入りの居場所が無くなっちまうのは嫌だな───
そう思った矢先、
「‥‥伊芙生(いぶき)くん。君、特に決まった仕事はしてないって云ってたよね?」
「え、ええ、はい‥‥フリーターです」
「‥‥んむ‥‥‥‥。‥‥君さえ良かったら、“仕事”を紹介したいんだが。面接の話を取り付けようと思うんだけど、時間あるかい?」
「面接‥‥今からですか?」
「ああ。どうかな?」
特に断る理由もなく、俺はその“仕事”の話を聞くことにした
甘曽さんはにこりと笑って、どこかへ電話をかけ始めた
そして、店の看板を“close”にして、「奢りだ」とホットサンドを振る舞ってくれた
30分後くらいに、閉店してる筈のNäckrosorに来客があった
ひょっとして、さっき甘曽さんが電話をしてた人?面接をしてくれる人かな‥‥?
そう思って振り返ると、そこにはNäckrosorの常連客がいた
しかも、一人だけじゃなく、4人───
***
「迦一(かいち)さん。“新人候補”って、ソイツのこと?」
「ああ。急に呼び出して悪かったね」
「いえ、ちょうど終わったとこなんでグッドタイミングでしたよ」
俺を“ソイツ”と云った人、信濃 菩希(しなの ほまれ)さんは、甘曽さんに軽く会釈してさっと俺の横に座った
甘曽さん──下の名前は“迦一”(かいち)さん──は、常連客4人分の珈琲を淹れ始めた
「何じゃ、“ぼっくん”じゃったんか」
「うぃーす」
「こんにちは、伊芙生くん」
「あ、どうも、こんにちは」
妙な訛りで俺を“ぼっくん”(=迷子の男の子に「ボク、」と声を掛けるようなニュアンス)呼ばわりしたのは、憂樹(ゆうき)さん
軽いノリで挨拶してきたのは蓉典(ようすけ)さん、いつもグラサンかけてる人
紳士に挨拶してくれたのは提午(だいご)さんで、いつもノートPCを開いてカチャカチャしてるけど今日は持ってきてないみたい
三人は、カウンターで珈琲を受け取ると窓際のボックス席に行った
「待たせたな」
「あの、じゃあ、面接は」
「ああ。俺がやる。宜しくな」
菩希さんは俺を見遣ると、ニッと口の端を上げた
紫がかった金髪のベリーショートに、くっきりと引かれたアイラインに囲まれた瞳、燦然と艶めくゴールドの瞼、ワインレッドのルージュが映えるニヒルな口元───まるでパリコレに出演してるモデルみたいな出で立ちだけど、歴とした男だ
そう云えば菩希さんの仕事の話は聞いたことなかったな
一体何をしてるんだろう?
「───で、迦一さん。こいつが“向いてそう”ってのは?」
「ああ。さっき、とても興味深い話を聞いてね」
甘曽さんが寄越したシュガーポットの蓋を開けて、菩希さんはスプーンに山盛りの砂糖をのっさりと珈琲に入れていく
甘党らしい、けど、いつも「これは入れ過ぎなんじゃないか」ってくらい砂糖をぶち込む
もうこれ珈琲の味わかんないじゃないか‥‥?完全に素材の味を殺してます
「ふーん‥‥‥‥。‥‥お前、そんなに面白い奴なの?」
にこりと笑った菩希さんは、女性に負けないくらいガチで綺麗だ
てか俺、そんなに面白いこと云ったっけ??
「俺が当ててやろうか」
「何」
「そうじゃなぁ‥‥“逆立ちしたままコーラ一気飲みできる”、とか?」
「うわ、何の役にも立たねぇじゃんそれ」
「ぜーったい噴き出すやつだね」
「あ?ダメか?じゃけ、“ケツで歩ける”」
「無理無理、没」
「それもダメか‥‥この前ギネスに載ったらしいんじゃけど。ほんじゃら、“鼻からラーメン食える”とか‥‥‥‥」
ボックス席では、俺の「面白いところ」について盛り上がってる
てか、あの三人は何でここにいるの??
「‥‥ひょっとして、“恐怖を感じない”ってこと、ですか?」
甘曽さんの様子を窺うと、「その通り」と云わんばかりに頷いた
「何だそれ、詳しく聞かせろよ」
「詳しくってか、そのまんまです。‥‥恐怖ってものを、一切感じないんです」
「‥‥‥‥何じゃそりゃ‥‥っつーかさっきの、全然見当違いじゃったな‥‥」
ボックス席から、気の抜けた憂樹さんの声がした
提午さんと蓉典さんは、興味深そうに黙ってこっちを見ている
「───‥試してみようか」
そう云って菩希さんは席を立ち上がり、甘曽さんが洗い物をしてるキッチンに向かった
徐に果物ナイフを取り出してくるんと一回転させると、カウンター越しに俺の顔目掛けて真っ直ぐ突き出してきた
その動きは、コンマ何秒かという神がかり的な瞬速だった
「ちょ、菩希さん───!!」
俺に危険が及ぶと感じたのか、提午さんは慌てて席を立って菩希さんに声を掛けた
「‥は、‥‥驚いたな。マジかお前」
ナイフの先は、俺の左目の数ミリ目前にあった
少しでも動いてたら眼球に傷が付いてたかもしれないという寸止め───そう考えると恐ろしい、と思うのが普通の感覚だと思うけど、俺は特に何とも思わなかった
例え突然ナイフを突き付けられても、全然怖くないから
てか、刃物の取り扱いが確実に素人じゃないですね
菩希さん、アナタ、何者ですか??
「‥今、シナは眼球狙ったんだぞ。結構マジで」
蓉典さんが、掛けているサングラスを少しずらしてそう呟いた
「え‥そうだったんですか?」
「“そうだったんですか”って‥‥‥瞬き一つしなかったな」
「まぁ、フツーの感覚ならガードするなり何なりするだろうな。それに今の、“反応が遅れた”って感じでもなかった」
「“恐怖を感じない”ってのは、ほんとの話みたいじゃな?」
きょとん顔の俺を他所に、ボックス席は騒然とした
その後すぐに、身動ぎ一つしなかった俺に感心し始めた
「まだよくわかんねぇけど‥‥取り敢えず、なんか一つやってみっか?」
「‥‥って、それは‥‥」
「一応、採用。俺は“ここの常連客”としてのお前しか知らないけど、今はそれで十分だ。それに、やるかやらないかはお前の自由だから、あとは仕事の内容見て決めな」
確かにその通りだ
俺だって、この人たちのことはここの常連客であること以外はあまり知らない
知らないけど、何故か俺も“それで十分だ”と思えた
「‥えと、宜しくお願いします」
「ああ、宜しく。早速だけど、明日から動けるか?」
菩希さんは甘曽さんに「勝手に触ってすいませんでした」と謝罪して、ナイフを洗って仕舞った
甘曽さんは特に何も気にしていない様子で、にこにこしながらお手製のプリンアラモードとホイップクリームの袋を菩希さんに手渡した
菩希さんは容赦なくプリンアラモードにホイップをこんもり絞り出した
だから、そんなに盛ったら元々の味がわかんなくなっちゃうじゃん‥‥‥
採用、てことは、取り敢えず新しい仕事が決まったわけだけど、俺には最大の疑問があった
「‥‥あの、それは良いんですけど‥‥一つお尋ねしても良いですか」
「何?」
「菩希さんは、何のお仕事されてるんですか?」
菩希さんも、ボックス席の三人も、俺の疑問を聞いてニヤニヤしていた
プリンアラモードに盛られたホイップを指に一掬いして口に含むと、菩希さんは軽く舌舐りして云った
「───“俺ら”は、“何でも屋”だよ」
***
「明日、今日と同じ時間にNäckrosorに居てくれ。仕事の内容は明日話す」
そう云って、菩希さんはホイップてんこ盛りのプリンアラモードを食べ始めた
ああ、見てるこっちが胸焼けしそう‥‥
特に用事がなくなった俺は、甘曽さんと少し世間話をしてから帰宅した
帰宅してから色々考えた
菩希さん“たち”がやってる「何でも屋」って、どんなことをするんだろうか?
文字通り「何でもする」ってことなら、もしかしたら何かしらヤバいこともやってるのかもしれない
例えば、
小麦粉みたいな粉末が入ったアタッシュケースと、黒いスーツを来たおっかないオジサンたちが持ってきた黄色いお菓子がぎっしり詰まったケースを夜中に埠頭で交換したり、とか
例えば、
トランクの中にガムテープでぐるぐる巻きに拘束された瀕死の人間みたいなものが入ってるにも拘わらず、ロールスロイスを海に沈める、とか
例えば、
大きな頭陀袋に入った“何か”を、野犬が掘り返さないように樹海まで行って深く深く穴を掘って埋める、とか
とにかく、「何でも」というととっても犯罪臭いことをやるんじゃないかと思わずにはいられなかった
までも、そんなんでも俺は全然怖くないんだけど‥‥
帰り際、菩希さんは「バックレても構わないから」と笑っていた
別に俺、定職に就いてる訳じゃないし、これはコンスタントに収入を得られる良い機会かもしれない
それに、危険なことヤバいことは、俺が常に欲してるものだ
一体、どんなことが待ち構えているのか───
そんなことを考えながら、その日は眠りに就いた
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