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19 Melancholy av sjukstugan
ユイが去った保健室は、しんと静まり返っている
保健室にはベッドが3つあり、それぞれカーテンで仕切られている
菱和はいちばん自分に近い位置にある左端のベッドに腰掛けた後、天井を仰いだ
首筋の赤い線
仄かに口に残る血液の味
そして、あの顔───
別に本気であの傷をどうにかしようとした訳じゃない
あいつを困らせるつもりもなかった
『唾をつけとけば治る』
あいつがそう云ったから、ただそれだけのことだ
───でもちょっと、やり過ぎた‥‥かな
慌てふためくユイの顔を思い出し、菱和は呑気にそう思った
突然、カーテンの開く音がした
振り返ると、右側のベッドを仕切っているカーテンから仏頂面のリサが顔を覗かせていた
***
賑やかな校内の雰囲気とは程遠い、重くのし掛かる頭痛
数日前から続いていた頭痛は学校祭当日にも止まず、リサは朝から保健室のベッドに横になっていた
自宅で服用した薬が効いているのか朝よりは幾分マシになっていたが、元々冷めたところのあるリサは特別学校祭を楽しもうとは思わず、いっそのことサボるつもりでいた
枕元に置いてあった携帯に目をやると、間もなく正午になろうという時間だった
『頭痛いのなおった?明日、昼くらいからバンドやるから来れたら見にきてな!』
昨日届いたユイからメールには、そう書かれていた
───もうそんな時間か。ユイのステージくらいは観に行こう‥‥
そう思い布団から出ようとすると、保健室のドアが開く音が聴こえた
誰か入ってくる
リサは何となく気まずく思い、息を殺して保健室への来訪者が去るのを待った
そして、あのやり取りがあった
『“唾付けときゃ治る”んだろ?』
実際に見たわけではない
ただ、ユイが菱和に何かされたということだけは確かだ
その一部始終をカーテン越しに聞いていたリサは、さっさとベッドから起き上がらずやり過ごそうとしたことを激しく後悔しながら、未だ保健室にいる菱和と対峙することにした
***
「───何してたの、今」
カーテンの裏から現れたリサに声を掛けられた菱和は若干驚くも、先程のことなどまるでなかったかのように素っ気なく云った
「‥何だ、居たのか。いつから居た?」
「朝からずっと。てか具合悪い人間が寝てることくらい想像つかない?ここ、保健室なんだけど」
「そりゃ大変悪うございました。全然人の気配しねぇし、気付かなかったわ」
全く悪びれた様子を見せず謝罪を述べる菱和
その態度に、リサは苛つきながら低い声で云った
「───ユイに何したの」
「‥‥何が?」
「何したのかって聞いてんの」
「‥‥‥‥血ぃ出てたから、舐めてやっただけ」
「どこを?」
菱和は、ゆっくりと自分の首筋を指差した
正確には、『傷口を舐め、更にキスマークを付けた』のだが、そこまでは云わなかった
それでもリサは、ユイがされたことに驚愕し、憮然とした面持ちで菱和に云った
「マジあり得ない。何でそんなことすんの?」
「あいつが云ったんだ、『唾つけとけば治る』って。そこで聞いてたろ?」
「だからって、ほんとにそんなことする奴居る?」
「居るだろ、‥‥目の前に」
リサの眉間に、皺が寄る
「‥‥、そんなの、絶対普通じゃない」
「‥‥“フツウ”?何だそれ?」
「もし普通だと思ってんなら、あんたがズレてんだよ」
「ふぅん‥‥そっか、そういうもんか。覚えとくわ、一応」
───何なのこいつ、ムカつく
リサは、菱和の淡々とした返事が返ってくる度に苛ついていった
ユイが不良と噂されているクラスメイトとつるむことによって、喧嘩に巻き込まれたり煙草を覚えてしまったり等、そういう危険がある可能性をずっと危惧していたが、どうやらそれは見当違いだったと悟った
何よりもいちばん危険なのは、“こいつ自身”だ、と
「とにかく、ユイに変なことしないでくれる?」
「‥‥何それ」
「ほんとはユイがあんたと一緒にいること自体嫌なんだけど、あいつはそれを望んでない。だったらせめて、変なことだけはしないで」
───傷舐めたくらいでそんなにご立腹かよ
「お前、あいつの彼女か何か?」
菱和は唐突にリサに問う
「‥‥は?」
「妙にあいつのこと心配してるみてぇだし、そういう関係なのかなと思って」
「全然、違う」
「じゃあ、好きなんだ?あいつのこと」
「別に‥‥そんなんじゃない」
「‥‥ふぅん」
彼女でもなければ特別な感情を寄せているわけでもない
菱和の頭の中に、ユイは空気の読めない所謂“困ったちゃん”で、リサはそれに世話を焼く母親若しくは姉、という構図が浮かび上がった
途端、菱和はく、と笑った
「───お前、保護者みてぇだな」
「───‥ほご、しゃ‥‥!!?」
リサは、菱和の言葉に顔を歪ませた
「なんか、口煩い姑みてぇ」
「‥あんた‥‥」
意地悪そうにくつくつと笑う菱和に、リサは沸々と怒りが込み上げてきた
『こいつは完全に自分をおちょくっている』
そう思うと、より一層苛立ちが募る
菱和は笑みを浮かべたまま、軽く息を吐いた
「‥‥さっきのはただの悪ふざけだ。特別深い意味はねぇ」
「───だから、それを止めろって云ってんの!!」
「関係ねぇじゃん、保護者でも恋人でもないお前には」
激昂するリサに対して、さらりと正論を述べる菱和
リサは反論したかったが、言葉が見つからず俯いた
そう、自分はただの幼馴染み、“友人A”だ
ただの友人Aに、ユイと菱和がどうしようと口出しする権限はない
そんなのわかってる
でも───
「‥‥あんたにとってユイはただのクラスメイトかもしんないけど、私にとっては大事な幼馴染みなの。ユイはあんたのこと、ほんとに友達だと思ってる。あんたと仲良くなれて、ほんとに嬉しいみたいだから‥‥‥」
こんなこと、誰かに云うまでもない話だと思ってた
だけど、少し事情が変わった
ただの友人Aで結構
バカみたいって嘲笑われても良い
大袈裟かもしれないけど、あいつを守る為なら形振りなんて構わない
小さいときから見てきたあいつの“危うさ”を、私は知ってる
ユイがずっと、今のままでいられるように
願っているのは、それだけだ
「‥だから、わざと変なことしたり困らせたりしないで」
リサは真っ直ぐ菱和を見つめた
強い意思と言葉と、いつか見た自分を捉える鳶色の瞳
教室で感じたリサの視線を思い出す
屈託のない笑顔と、クールな瞳
相容れることが困難であると思わせ、期待を裏切る二人の関係性
そっか
例え俺があいつを友達だと思ってなかったとしても、“あいつの中では”多分俺は既に友達なんだろう
友達にキスマーク付けるなんざ、確かに正気の沙汰じゃない
しかも、野郎同士でやることじゃない
良いとこも悪いとこも全部見てきたような大事なダチが、同じクラスになって4ヶ月そこらの訳わかんねぇ不良じみた奴にキスマーク付けられたんだ
そりゃ、怒るわ
「───それは俺も同じなんだけどな」
菱和はふ、と笑い、ぽつりと呟いた
「‥‥‥‥は?」
「お前があいつのこと想ってんのと同じだ、ってこと。‥‥ベクトルは少し違うかもしんねぇけど」
───何を、云ってるの‥‥?
菱和の発言は、全く要領を得なかった
同じ?こいつと?
‥‥何が?
冗談じゃない、一緒にするな───
リサは菱和を睨みつけた
「───私の名前、“お前”じゃないんだけど」
菱和は首を軽く傾げ、リサを見上げる
「‥‥‥‥知ってるよ、“リサ”だろ」
「気安く呼ぶな」
吐き捨てるようにそう云い、リサは保健室から出ていった
保健室は再び静まり返る
「‥‥何なんだよ‥‥‥‥」
友達‥‥トモダチ、か
自分がそんな風に思われる日が来るなんて考えもしなかった
学校なんてやっぱりつまんねぇ場所だ
狭い箱に長時間拘束されて、教師が偉そうに教科書に書いてあることばかり述べやがる
学校祭だって別に面白くも何ともない
ただ少し羽目を外せる良い機会ってだけだ
でも多分、そこに何か一つ加われば、きっと楽しく感じられるんだろうな
“友達”が居るなら
菱和がリサに云った『お前と同じ』は、『自分もユイを友達だと思ってる』ということに他ならず、あまり感情を表に出さない菱和の素直な本音だった
菱和は、ユイとリサをからかってしまったことをほんの少しだけ反省し、ベッドに寝転がった
***
『リサも一度話してみりゃわかるよ』
『俺は、菱和の人間性が好きなんだよね』
ユイの言葉が谺する
初めて交わした会話は、最低最悪なものでしかなかった
───あいつの人間性なんて、わかりたくもない
リサはそう思い、絆創膏を取りに教室へ向かった
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