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95 Malice②
自分の身に覚えのないところで誰かの反感を買い、その報復をされている───
ユイの頭は、そのことばかりに苛まれている
ユイの元気がないことは顔を見れば一目瞭然だが、拓真たちは過剰に気を使うことはなく、普段通り接した
そして、ユイに嫌がらせを続ける誰かさんへの怒りが日増しに強くなっていった
終業式まであと3日
冬休みに向けて浮き足立つ校内に似つかわしくないユイの姿
これ以上何も起きてほしくない
そう思っていた矢先、また一つユイの私物が失くなった
放課後
菱和と談笑しながら玄関に到着し、下駄箱を開けると、お気に入りのスニーカーが忽然と姿を消していた
上靴を履いて帰るという最終手段も使えず、ユイは呆然とする他なかった
「‥‥今度は外靴か」
後ろから、菱和がユイの下駄箱を覗き込む
「‥‥‥‥どうしよ、帰れない‥‥」
「‥‥おぶってってやろうか」
「‥大丈夫。‥‥何とかする」
「“何とか”って?」
「‥‥‥何だろ、思い付かないけど‥‥」
ユイは、へへ、と薄笑いをした
軽く溜め息を吐き、菱和はユイの足元に自分の上靴を置いた
「‥‥取り敢えず、これ履いて帰れば。でけぇかもしんねぇけど」
「え‥‥でも汚れちゃう、よ」
「そんなもん拭けば良いだけだろ。‥‥帰ろ」
幸い、路面は乾いている
汚れるとはいっても、多少土がつく程度
菱和はローファーを履き、颯爽と玄関を出た
ユイも慌てて菱和の上靴を履き、そのあとを追い掛けた
「‥‥‥‥やっぱ今からでもおぶろうか」
「‥!いや、良い、よ!へーき!だいじょぶ!」
「‥‥家までの辛抱な」
「うん、ほんとにありがとね!」
帰り道
やはり菱和の上履きは少しサイズが大きく、ユイは歩きにくそうにしていたが、優しさや気遣いに笑みを零す
無惨な姿に変わり果てた上履きのことを考えると、スニーカーも既にボロボロにされている可能性が高い
───あの靴、お気に入りだったんだよな‥‥‥明日から、どの靴履いてこう‥‥っていうか、明日もまた失くなったらやだな‥‥靴が何足あっても足りない気がしてきた‥‥‥‥
自分に向けられる様々な“悪意”を散々目の当たりにしていると、次第に頭も垂れてくる
一人で3人分くらいの賑やかさと騒がしさを兼ね備えているユイが意気消沈しており、そうなるのは無理もない話だ
「‥‥‥気味悪りぃし気分最悪かもしんねぇけど、こういうのは放っておくのが一番なんだよ。やってる奴もそのうち飽きるから」
黙りこくるユイの背中をぽん、と叩き、菱和はそう云った
「‥‥‥、うん」
「靴、拭いたりとかしないでそのまんまで良いから」
「ううん、ちゃんと拭いて返す。ありがとね、アズ」
「‥‥転けるなよ」
「‥だいじょーぶだよ!」
「‥‥‥気ぃ付けてな」
別れ道で自宅方面へと足を向かせようとした菱和は、何かに引っ張られたような感覚に立ち止まった
振り返ると、ユイに制服の裾を掴まれていた
「‥‥どした?」
「‥‥‥、‥‥」
ユイは真ん丸の瞳で菱和を見たが、そのうちゆっくりと俯いていく
「‥‥‥‥これからアズんち行ってもい‥‥?」
捻り出すように、小さな声でそう云った
菱和はくす、と笑い、裾を掴むユイの手をぎゅ、と握った
「良いよ。おいで」
***
少しでも気持ちが落ち着けばと、菱和はすぐに暖かい紅茶を淹れた
リビングのソファに座るユイにも、芳醇な花の香りがふわりと伝わってきた
「───卑怯で、卑屈で、狡猾で、残忍。想像力が欠けてる。人の傷みがわかんねぇ、陰湿で最低な人間」
紅茶の入ったマグを持ってキッチンから歩いてくる菱和が云った重苦しい言葉の羅列に、ユイは怪訝な顔をする
「‥‥今お前に嫌がらせしてる奴は、そういう奴」
テーブルにマグを置き、菱和はユイの横に座った
「‥‥俺、“その人”になんかしたのかなぁ‥‥‥‥」
横で紅茶を飲む菱和をちらりと見て、ユイは独り言のように呟いた
「さぁ。身に覚えは?」
「‥‥‥‥ない‥‥」
「じゃあ、何もしてねぇんじゃねぇの」
「そ‥‥かな」
「‥‥仮に、お前の言動で何かしら不利益得たんなら直接云えば良いだけの話じゃん。なのにわざとモノ隠したり傷付けたり失くしたりしてお前が落ち込んだり取り乱したりしてるとこ見て影で嘲笑いてぇんだろそいつは。そんな悪趣味な奴のこと構うな」
菱和は吐き捨てるようにそう云い、マグを置いた
「‥‥少なくとも、お前の周りにはお前のそんな顔見たいと思ってる奴は一人もいねぇよ」
菱和の口から紡ぎ出された事実と柔らかい笑みは、ユイを忽ち元気にさせる
ユイは、へら、と笑った
「‥‥‥‥ありがと」
ありったけの“有難う”を伝えると、ユイも紅茶に口をつけた
「うわ‥‥‥‥すごい花の匂い‥‥これ、なんてやつ?」
「“Magnolia”。ダージリンなんだけど、花の匂いが付いてる葉がブレンドされてんだと」
「‥“まぐのりあ”?」
「木蓮。ガッコにもあるよ、白くて大きい花が咲く木」
「あ、春になったら咲くやつだ」
「そうそう」
「甘ぁい匂いするよ、ね」
「散ったらすげぇことになるけどな」
「うん、踏まれた花びらで校門の前すごいことになってた!」
健気に笑うユイ
菱和はユイの頭を撫でながら、穏やかに云った
「‥‥楽器触る?‥‥‥‥それとも、今日は甘えてく?」
「‥!‥‥‥‥」
突然の提案に、ぼっと顔を赤くしたユイ
その顔を見て、菱和は軽く噴き出す
マグを置き、ユイは徐に菱和の肩に額をくっ付けた
「‥‥だいじょーぶ‥‥‥‥」
「‥うん‥‥‥うん‥‥」
菱和はユイを抱き寄せると、呪文のように“大丈夫”と呟いた
ユイは頷きながら、その声と言葉を反芻した
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