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94 Malice①
期末試験も終わり、冬休みまであと一週間あまり
ユイと拓真とリサは、いつものように3人揃って登校した
ざわつく玄関に、犇めき合う生徒たち
ユイは下駄箱を開けると、首を傾げた
「───あれ、‥‥あれ?」
「ん?どうしたん?」
「‥‥靴がない」
「へ?」
「‥‥隣に入れ違えたとかじゃないの?」
「ううん、入ってない」
下駄箱に入っている筈の上履きが見当たらない
リサの指摘通り、隣の下駄箱を開けるも、上履きは入っていなかった
拓真とリサもユイと一緒に近くの下駄箱を幾つか確認してみたが、一向に見付からない
始業の時間が迫り、玄関付近は人も疎らになっていた
3人は途方に暮れる
「はー、見付からんか。‥まさか裸足で授業受けるわけにもいかんしなー。スリッパ借りてくるか」
「そうだね。そのまんまじゃ足冷たいし汚れちゃう。‥‥行こ、ユイ」
「‥‥うん‥‥‥」
拓真とリサに促され、ユイは首を傾げながら教室に向かおうとした
「よう」
3人が後ろを振り返ると、菱和が立っていた
「アズ!おはよ!」
「はよー」
「‥‥何、その靴?」
「ん」
リサは、菱和がボロボロになった上履きを提げているのに気付いた
よくよく見ると、その靴には“石川”と名前が書かれている
リサの背筋に、悪寒が走った
「‥俺の靴‥‥!」
「ひっしー、それどこにあったの?」
「‥‥‥‥俺の下駄箱ん中」
3人は、目が点になった
先程まであちこち探し回っていたユイの上履きは、見るも無惨な姿になって菱和の下駄箱の中に押し込められていた
「‥‥え、何で」
「知らねぇ。っつうか、これもう履けねぇよ。バックリ裂けてる」
菱和の云う通り、爪先の部分が刃物か何かで裂かれており、パクパクと口を開けているように見えた
紐は千切れ、油性マジックでぐしゃぐしゃと落書きされている
自分の上履きが何故こんな姿になってしまったのか皆目検討もつかず、ユイは呆然とした
拓真は思わず眉を顰める
「ぅわ‥‥ひでぇ‥‥」
「コーコーセーにもなって、こんなガキみてぇなことする奴いんだな」
菱和は提げている上履きを一瞥した
「取り敢えず、スリッパ借りてくるわ」
拓真はスリッパを求めてぱたぱたと職員玄関へ向かった
頭の中が、混乱する
脳内を埋め尽くす、謎
ボロボロになった上履き
誰かに買われた“怨み”
何をどう考えても、わけがわからなかった
───何で?どうしてだろ?俺、誰かになんかしちゃったのかな‥‥
「‥‥行こ」
菱和に頭をぽん、と叩かれ、ユイは我に返った
気付けば拓真がスリッパを持って戻ってきており、足元に置いてくれていた
「‥‥‥‥うん」
ユイはスリッパを履き、先に教室に向かって歩いていく拓真たちのあとを追い掛けた
***
昼休み
美術準備室には、コンビニに買い出しへ出掛けたユイたちを待つ菱和とリサ
「‥‥ねぇ」
「‥‥‥‥ん?」
「‥‥朝のアレ、誰がやったと思う?」
「‥‥‥‥ユイの靴?」
「‥‥うん」
「‥さぁ‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥、誰かに怨まれるようなこと、してねぇよな」
「多分‥‥。私の知る限りでは、そんな覚え全くない」
「‥‥だよな」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥誰がやったかは知らねぇけど、あれは完全に“悪意の塊”だってことだけは云い切れる」
菱和は、静かに重く言葉を放った
アクイノカタマリ
無惨な上履きを目の当たりにしたときと同様に、リサはゾクリとした
そんなものがユイに向けられていることなど、想像もしたくなかった
自分も含め、ユイの周りは多少KYを振り撒いたところで笑って赦せる柔和な人間が多い
しかし、それは自分達の中でだけ通用することであって、ユイをよく知らない人間にとっては迷惑だったり怨みを買ってしまったりしてしまう可能性も無きにしもあらず
周りの優しさに甘んじてはいけなかったのかもしれないと、リサは思った
「───眉間にシワ寄ってんぞ」
菱和の指摘に、リサははっとした
気付けば、とても難しい顔をしているのがわかる
そっぽを向き、軽く咳払いをすると、菱和は少し口角を上げた
「‥‥‥‥そんな顔すんなって。あいつが『うぜぇ』と思うなら、端から関わんなきゃ良いってだけの話だろ。あいつの傍に居たいって奴だけ居れば、それで充分だと思うけど」
───‥‥‥そっか、
自分達は、好き好んでユイの傍に居る
“合う”“合わない”は、誰にだってあること
誰しも、万人に好かれることなど出来ないのだから───
「‥‥‥‥、そうだね」
「‥‥もしその“悪意”が俺の目の届くとこに来たら問答無用で殴るから心配すんな」
「やめてよ、血の気の多いのはもう沢山」
「‥‥冗談だよ」
溜め息を吐くリサを見て、菱和はくす、と笑った
それは尋常ではない
どす黒い、ただの“悪意”
一同がそれを眼前にするのは、遠い未来の話ではない
***
翌日
体育の授業を終えた生徒たちは、次々と教室に戻ってくる
ユイも教室に入り、次の授業の準備をしようと机の中に手を入れた
その手に触れるものは、机の金属部分のみ───
「ん、あれ」
ユイはしゃがんで机の中を覗き込んだ
様子がおかしいことに気付いた拓真は、ユイの下へと駆け寄る
「どした?」
「───‥‥机ん中に何も入ってない」
「え?」
「教科書もノートも、ペンケースも‥‥」
「朝、机に全部入れてたよな?」
「うん‥‥」
「‥‥上田から借りてこよ。ノートは俺のルーズリーフ何枚かやるからそれで凌いで」
「‥‥‥‥ん‥‥」
拓真は教科書を借りるべく、ユイを上田のクラスへと促した
ユイは首を傾げつつ、拓真のあとを追う
上田のクラスを覗くと、クラスメイトたちと談笑する上田の姿が見えた
拓真は颯爽と教室に入り、上田に声を掛ける
「いっちー、教科書貸してー」
「お、拓真。‥何の教科書?」
「倫理」
「は、ぶっちゃけ教科書要らなくねぇ?」
「そんなこと云って、ちゃっかり持ってきてんだろ」
「んー、まぁねー。真面目なフリくらいはしなきゃさ、一応」
上田はケラケラ笑いながら友人との談笑を止め、自分の机から倫理の教科書を取り出して拓真に渡した
そのまま拓真を教室の外まで見送る
「およ、ユイ」
「‥あ、上田」
「‥‥ってか、教科書忘れたのってユイか?」
「まぁ、そんなとこ」
「ははっ、だよなー。拓真が教科書忘れるって、なんか変だなーと思ったんだよ」
「‥‥‥‥忘れたんじゃない。失くなったんだ」
ユイはぎゅ、と手を握りしめて俯きながら呟いた
いつもと違う印象を得、上田はきょとんとする
「は?失くなった?」
「‥‥あとで話す。予鈴鳴るから教室戻るわ。教科書、さんきゅー」
拓真は早口でそう云って、ユイの肩をとん、と叩き、教室へと促した
「上田、有難う」
「‥おう、なんも」
上田は怪訝な顔をし、足早に教室に戻る拓真と振り返りながら礼を云うユイを見送った
***
昼休み
ユイと拓真は上田に倫理の教科書を返しに行き、そのまま足早に美術準備室へと向かった
教科書を借りに来たときにユイの様子がいつもと違うことに気付いた上田は、『何かあった』のだと瞬時に察した
チャラい顔は一切見せず、真摯に2人の話を聞いた
「‥‥さっきさ、教科書借りに行く前。体育だったんだけど、‥‥教室戻ってきたら机の中のもの全部失くなってた」
「‥‥何でまた」
「わからん。俺らが教室戻る前に、誰かが持ってったとしか考えられない」
「何の為に?」
「それもわからん。‥‥っていうか、昨日も‥‥‥‥この状態でひっしーの下駄箱ん中入ってたんだ、これ」
拓真は“取り敢えず”美術準備室の戸棚に仕舞ってあった上履きを取り出し、上田に見せた
ユイはぱっと顔を逸らす
「ぅわ‥」
一体、“これ”をやった人間はどういう心理状況だったのだろう───
冷酷さ以外のものを微塵も感じられず、上田は顔を引き攣らせた
持ち主であるユイはおろか、拓真もリサも菱和も、そして上田も、何故こんなことをされなければならないのか全く見当がつかなかった
「‥‥マジ引くわ。度が過ぎてる」
「ほんとな。でも誰がやったのかぜーんぜんわかんなくてさ」
拓真は上靴を戸棚に仕舞った
上田は軽く溜め息を吐いて腕組をし、うーん、と唸る
「ユイさ、別に誰かになんかしたわけじゃないんだろ?」
「‥ん‥‥うん。‥‥でも、俺の身に覚えがないだけかもしんない‥‥」
「ふーん。だったらその線は無いな」
「え、何で?」
「だって、身に覚えがないんだろ?ユイがそう思うんだったら、そうなんじゃん?」
「‥‥‥‥、‥‥上田は、さ」
「うん?」
「‥‥‥俺の所為で、嫌な思いしたこと、ない‥‥?」
「無いよ。あったらそんときすぐ云うし」
上田はあっけらかんとし、にこっと笑った
ユイと上田の付き合いは、中学時代からだ
通う学校こそ違ったが、バンドを通してライヴハウスに出入りする機会が増えると顔を合わせることも多くなり、そのうち自然と仲良くなった
ユイと拓真と上田、上田のバンドのメンバーであるユウスケとハジがアタルや尊と同級生であったことで、2つのバンドとそれぞれのメンバーの仲が良くなるのにさほど時間はかからなかった
同じ高校に進学することがわかると、3人はとても喜んだ
ユイと上田は“マブダチ”と云っても過言ではなく、互いにその関係を自負している
だからこそ、上田はユイが私物を失くされたり傷付けられたりすることに疑問を隠せない
「まぁ、暫く気を付けた方が良いな。教科書なら幾らでも貸すから、いつでも云いなよ」
「‥‥ありがと」
すかさず、拓真が横槍を入れる
「とか云って、ユイに教科書預けたまま体よくサボる気じゃないだろうな?」
「あ、バレた?」
「そんなん見え見えだし」
「やーだぁ、流石たっくん!ほんっと俺のことよくわかってるぅ!」
「‥鬱陶しいっての!」
上田はいつものチャラい顔で、拓真の肩に腕を回して絡んだ
「ユイー、ノートはたっくんに頼めよー。俺じゃあ無理ゲー過ぎっからさー!」
「うん、わかってる」
「‥『わかってる』?‥‥聞き捨てなんねぇな。なぁ、拓真?」
「今自分で『無理ゲー』だって云ったんだろ!ちょ、離せっての‥!」
───‥‥良かった。何でモノ失くなったりすんのかわけわかんないけど、きっとこの時間だけは失くなんない。それだけで、じゅーぶん‥
気の置けない拓真と上田が普段と変わらない態度でいてくれることは、ユイの救いになっていた
上田の拓真への絡みがエスカレートしていくのを、微笑ましそうに静観した
「あーあーあー、頭悪りぃと辛れぇなぁ。‥八つ当たりしちゃお!」
上田はケラケラ笑いながらぐっと拓真を引き寄せ、顔をロックした
息苦しさを覚えた拓真は、少し憤る
「うっ‥‥おま‥いい加減に‥!」
「───誰の仕業か調べてみる。‥なんかわかったら伝えるわ」
ふざける振りをして、上田がボソリと耳打ちしてきた
口元は緩んでいるが、その瞳の奥は友人を傷付けられた“怒り”で満ちていた
怒りの感情など滅多に見せることのない上田の眼光に拓真は呆気にとられたが、ユイのことを真摯に考えてくれていることに感謝しつつ、ほんの少し頷いた
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