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91 お勉強
12月に入り、寒さはより一層厳しさを増す
冬休みまであともう少しだが、その前に全ての生徒に『期末テスト』という試練が待ち受けている
浮かれるのは時期尚早なのだ
殆どの科目で、本番を踏まえた小テストが実施されている
今日はユイの苦手な数学の小テストが行われた
教諭が採点をし、授業の最後に返却される
そしてそのまま、休み時間に入った
「‥‥うへぇ‥‥‥‥何この点数‥‥」
テストの点数に一喜一憂しざわつく教室の中
ユイは予想以上に点数が取れていなく、自分でも引いていた
汚いものを摘まむようにプリントを持ち、邪険そうに眺める
「何点だったのよ?」
拓真がユイのプリントを覗き込むと、そこには壊滅的な点数が記載されており、素直に感想を口にした
「‥‥結構悲惨だな」
「だよねー‥‥‥‥はぁー‥‥」
ユイは大きな溜め息を吐き、落胆する
ユイ自身が“引く”ということは、相当酷い点数であるということ
流石に拓真もフォロー出来ず、苦笑いした
「───なかなか壮絶な点数だな」
「ぅ‥!!」
背中に人の気配を感じるや否や、菱和がユイの肩に顎を乗っけてきた
“Blue Jeans”の香りが、強く漂う
当然だが、菱和の顔が物凄く近くにある
そのこともさることながら、“壮絶な点数”を見られたことも恥ずかしくなり、ユイは全身を強張らせて硬直した
「ふふ。ひっしーは余裕だったしょ?」
「まぁ、これくらいなら普通に点取れるだろ」
「だよねー。‥‥‥‥あ、ごめん。普通じゃない奴がここにいたわ、そういえば」
「‥ぶ‥‥」
意地悪そうな拓真の言葉に、唇を尖らせるユイ
だが、すぐに開き直る
「‥‥でも、期末までまだ時間あるから大丈夫っしょ!」
「いやー、あんまのんびりしてる暇ないかもよ。期末は平均点超えなかったら冬休み中に補習受ける羽目になるぞ。良いのか?お前だけスタジオ不参加になっちゃうぞ?」
「う‥‥‥‥それは、困る‥‥」
「だろ?だったら気張んなきゃなぁ。今のうちに勉強しとけよ」
「‥‥‥‥拓真ぁ、おねがぁい‥‥」
「俺バイトのシフト増やしちゃったんだよね。だから付きっきりで教えるの無理だし‥‥ひっしーにお願いすれば?」
「‥アズに‥‥?」
「‥‥‥‥というわけで、ユイの勉強見てやって欲しいんだけど」
授業で教師に当てられたときにスラスラ答えている場面を何度も見ていることもあり、菱和なら自分の代わりにユイの勉強を見てやることくらい雑作もないことだろうと拓真は踏んだ
白羽の矢が立った菱和はユイの肩に顎を乗せたまま、拓真に返事をした
「‥‥いいよ、俺で良ければ」
「ほんとに良いの、アズ?」
「うん。別に何もやることねぇし」
「‥じゃ、お願いします!」
拓真はニコッと笑い、軽く頭を下げた
「‥‥‥‥そん代わし、覚悟しとけよ。寝る暇ねぇぞ」
「え‥‥マジ‥?」
「わぉ、おっかねぇ。まぁでも、ユイにはそれくらいがちょうど良いんじゃない?まだそこそこ時間あるし、厳しーーく教えてやって」
「‥上等」
菱和は首を傾けてユイに軽く頭突きをし、腕を回してぐっと引き上げた
ユイの首が若干締まる
「いてっ。‥‥も‥勝手に話進めないでよ‥‥!」
拓真と菱和は、当然のことと云わんばかりに意地悪そうな顔をした
自分には菱和の腕を引き剥がせるだけの力はない
そんなことはわかっているが、ユイはせめてもの抵抗をと、菱和の制服の袖をぎゅっと引っ張った
***
翌日
拓真はバイトがあるのでバンドの練習はなく、ユイは早速勉強を見てもらおうと放課後真っ直ぐに菱和の自宅へ行った
菱和は寝室のベッドに制服のブレザーとタイを投げ捨て、リビングで鞄を漁っているユイの向かいに座り、腕を捲った
「さて、何からやる?」
「んー‥‥、やっぱ数学かな。一番苦手だし」
「じゃあ、教科書出しな」
数学の教科書とノートがテーブルに並ぶ
菱和はユイのペンケースからシャープを取り出し、くるくるとペン回しをしながら尋ねた
「どこが解らない?」
「んーとね、‥‥ここ」
ユイは教科書を覗き込み、指を差した
「うん」
「──────と、」
「‥‥‥‥“と”?」
「ここと、ここと、ここ‥‥」
「‥つまり、このページ全部な」
「はぃ‥‥」
───『こんなのもわかんないなんて』って、呆れられたかな‥‥
畏縮するユイを一瞥し、菱和は軽く溜め息を吐いて教科書を見ながらふーんと唸る
「‥‥じゃ、公式覚えちまった方が手っ取り早いな‥‥‥これは‥‥───」
理屈で教え込むよりも“これ”は“こう”だと単純明快な方がユイも理解しやすいだろうと考え、菱和はノートにスラスラと公式を書き込む
シャープを走らせる、菱和の手
無骨で大きい掌
細長い指
───大きい手だなぁ
いつも思ってた
この手はベースを弾くのにぴったりだ、って
いつもいつも、この手は俺を助けてくれる
ベースを弾いて、料理を作って、頭を撫でて、抱き締めてくれる‥‥‥‥
やっぱり、好きだなぁ───
「──────ユイ、聞いてる?」
ノートに書き込まれた文字よりも菱和の手に釘付けになっていたユイは、はっとして顔を上げた
菱和が頬杖をついて、じっとユイを見つめている
「‥へ?‥‥あっ、うん!聞いてる‥よ」
「そ。じゃ、これ解いてみ」
菱和は教科書にある例題をとんとん、とシャープで指す
「あー、うん。えっと‥‥」
話を聞いていなかったユイには、解ける筈がない
申し訳なさそうに顔を上げる
「‥‥‥‥どうやる、の‥?」
「何だよ、やっぱりぼーっとしてたんか。今の、わかりづらかったか?」
「や、ちが‥‥俺がちゃんと聞いてなかった‥ごめ‥‥」
「‥‥煙草喫ってくるわ」
菱和はシャープを置き、キッチンへ向かった
換気扇を回し、火を点ける
『マズい』と思い、ユイは菱和を追い掛けた
「アズ‥ごめん‥‥折角、俺の為に時間割いてくれてるのに‥‥」
「‥別に」
いつものように、素っ気ない返事と怠そうに吐き出される煙
ただひたすら『申し訳ない』という思いが、頭の中を埋め尽くす
ユイはそれ以上何を云ったら良いのかわからなくなり、俯く
菱和を怒らせてしまったと思っていた
しかし、菱和は“この程度”のことで怒ったりはしない
───何でこんな“気にしい”なんだろうな
恐らく素っ気ない自分の態度にも原因はあるのだろうと思い、悄気るユイを見兼ねた菱和は徐に手を伸ばし、項垂れている頭を撫でようとした
「‥‥気にしてねぇから」
「───ぅわっ!!!‥っ‥‥」
ユイは慌てふためき、頭の上に乗せられた菱和の掌を思い切り払い除けた
「な‥‥なした?」
「ああぁもう!今は触んないでっ‥‥!アズのてっ‥‥手が‥‥‥‥」
「あ?‥手?」
何が何だかさっぱり訳がわからず、菱和は払い除けられた自分の掌を一瞥した
「‥だからっ、アズの手良いなぁって思ってたの!羨ましいなって!そんだけっ!」
ユイは顔を真っ赤にして、大声で気持ちを吐露した
云いたいことを云い終えると、また少しずつ俯いていった
菱和はきょとんとしていたが、次第に目を細め、ユイをじとりと睨み付けた
「‥‥てめ、人が教えてる最中にそんなこと考えてやがったのか」
「‥‥、ごめんなさい‥‥」
───あーもう、俺って超バカ。何考えてんだよほんと。‥‥でも、アズの手がほんとに好きだ。触れられたらめっちゃ嬉しい筈なのに、思いっ切り振り払っちゃった‥‥‥あー動揺し過ぎて恥ずかし過ぎる!今すぐどっか消えたい気分‥‥‥‥
猛省するユイを一瞥し、菱和は黙りこくった
まるで何もなかったかのように、煙草の煙を吹かす
換気扇の音だけが響く中
先に沈黙を破ったのは、ユイだった
「───アズ」
「‥何」
「手、見せて」
「‥‥‥‥」
───おもくそ払い除けたくせに
菱和は持っていた煙草を口に咥え、手を差し出した
「‥‥さ、わっても、良い‥?」
「ん」
おずおずと手を伸ばすと、菱和の指先に触れる
人差し指をきゅ、と軽く握ってみた
大好きな手に『触れている』と実感すると、自然と心拍数が上がる
───もうなんか、好き過ぎて仕様がない
まじまじと眺めていると、突然その手を掴まれ、ユイは軽く引き寄せられた
若干ふらつき、菱和の肩にとん、とぶつかる
「‥!」
「───焦れったいんだよ」
苛ついた口調で云われ、ユイは肩を竦める
恐る恐る菱和を見上げると、その表情は苛ついた声を発したとは思えないほど柔らかく穏やかだった
不思議に思い、ユイは少し首を傾げた
「‥‥手ぐらい何時でも貸すよ。好きな時に、好きなだけ」
今度は、表情通りの優しい口調で菱和は云った
細く長い指が、大きな掌が、ユイの手を握る
ぎゅっ、と力を込めて握られた自分の手
握り返すとより力が込められ、顔も心も綻びる
「うん‥‥有り難う」
「‥‥そんなに欲情すんなよ」
「‥してないよ!」
「どうだか。まさかの指フェチとはな。意外だった」
「‥違うよ!アズの手だから好きなんだよっ!!‥‥‥‥あ」
自ら口にした言葉で照れまくり、再び顔を真っ赤にするユイ
───さっきから何なんだよこの生き物は。ほんと、見てて飽きねぇな
ユイが小動物か何かのように思え、菱和はくすくすと笑った
「‥‥そんなに好きか」
「うん‥‥‥、‥大好き」
「そっか‥‥ありがと。‥‥‥さ、続きやるぞ」
菱和は煙草の火を消すと、ユイの手を引いてリビングに向かう
そのあとを歩くユイは『果たしてこれから勉強など手につくのだろうか』と不安を抱いたが、他ならぬ自分の為に勉強を見て、手を握ってくれている菱和の優しさに感謝し、気持ちを切り替えるよう最大限努めることにした
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