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90 核心
夕食後のんびりと過ごした3人は、20:00を目処に帰宅することにした
菱和は最寄りのバス停まで3人を見送ることにし、玄関を施錠した
拓真とリサが話しながら先を行き、ユイと菱和がその後ろを歩く
菱和は息を吐き、ユイに云った
「‥‥‥‥あっちゃんにさ、」
「ん?」
「話しときたいと思って。‥‥俺らのこと」
「え‥‥」
「佐伯ももうわかってるし、バンドの中ではわざわざ隠す必要もねぇんじゃねぇかな‥って。‥‥っつうか、遅かれ早かれあっちゃんにもバレるだろ。俺は隠せる自信あるけど、お前は‥‥‥‥」
そう云って、ちらりとユイを見る
途切れた言葉の続きを、聞くまでもない
恐らく『絶対無理だ』といったところだろう
そんなことは、わかっているが───
ユイは目を細めて、唇を尖らせる
「‥‥どうせ俺はすぐ顔に出ますよっ」
「いや、全然それで構わねぇんだけどさ。悪い」
自分の思惑が無事伝わったとわかり、菱和はくすっと笑った
「むー‥‥‥‥てか、拓真にも云われたけど、やっぱ俺ってわかりやすい?」
「‥‥俺よりはずっとわかりやすいんじゃねぇの。俺と比べるのも何だけど」
「そうだね‥‥、アズと俺とじゃ比較対照になんないなぁ」
「‥‥‥‥どうせ無表情ですよ」
菱和はユイの真似をしてわざとらしく唇を尖らせた
「あ‥‥ご、ごめ、ん‥」
「別に。ほんとのことだし。‥どうする?‥‥バレるまで、黙っとく?」
「‥‥‥‥、‥‥ううん。‥‥アズのこと好きだって、あっちゃんにもちゃんとわかってて貰いたい」
「‥‥じゃあ、あっちゃんに連絡しとくわ」
「お願いします」
その日の夜、菱和はアタルに『話がある』と連絡をとった
ユイと2人で自宅を尋ねたい旨を伝えると、アタルは自分の都合を菱和に教えた
アタルが指定したのは3日後の夕方
菱和はそれをユイに伝え、その日を待った
***
アタルの自宅を尋ねる日
放課後、ユイと菱和は私服に着替え、アタルの家に向かった
時刻は17:30を過ぎていた
陽はすっかり短くなり、辺りは既に暗くなっている
「‥‥寒みぃな」
「うん、寒いねー」
空気はぴんと張りつめ、吐く息は白く、今にも雪が降りだしそうな冬の寒さ
ボトムのポケットに手を突っ込んでいた菱和は、唐突にユイの手を取った
「───ぅわっ‥!」
「“なまらしゃっけぇ”じゃん」
そう云ってそのまま、ユイの手をぎゅっ、と握る
突然のことに驚くも、『せめてこの道程の間だけでも』と、菱和の優しさに甘えたくなる
無骨で暖かい菱和の手を、握り返した
「‥‥あったかいね」
「だろ」
2人は手を繋ぎ、並んで歩いた
「───何でぇお前ら、手なんか繋いじまって。“ナカヨシコヨシ”か?」
アタルの自宅を目前に、後ろから聞き覚えのある声がした
振り返ると、煙草を咥えたアタルが興味深そうな顔をして立っていた
「! あっ、ちゃ‥‥や‥、手、“しゃっこかった”から‥‥‥‥」
アタルに何を話に来たのかを考えると、菱和は手を繋いでいるのを目撃されたことを気にしなかったが、ユイは気恥ずかしそうな顔をした
「‥‥煙草買いに出てた。ちょうど良かったな、入れよ」
アタルは穏やかな顔で2人を自宅へと招き入れ、手を繋いでいたことを茶化すこともなく颯爽と中に入った
***
ユイは菱和をアタルの部屋に案内した
自室で煙草を喫っていることもあり室内はかなりヤニ臭いのだが、真新しい吸い殻が2本ほど入っている灰皿と、大学の課題と思わしきレポート用紙がテーブルの上にきちんと置かれていた
ゴミ箱の中はほぼ空で、ベッドも綺麗だった
飾り棚にはリキュールの瓶とカクテルグラスが並び、その隣には簡易冷蔵庫がある
部屋の隅には、メインで使っている真紅のSGがスタンドに立て掛けられている
───あっちゃんって案外几帳面なんだな‥‥
菱和は、そわそわしつつテーブルの脇に座るユイの隣に座り、室内をしげしげと見回した
アタルはコーヒーの入ったマグを3つ持ち、部屋に入ってきた
「手ぇ繋ぐくれぇだし、仲直りしたみてぇだな」
そう云ってテーブルの上のレポート用紙を除け、2人の前にマグを置く
菱和は少し口角を上げ、軽く頭を下げた
「‥‥迷惑かけてすみませんでした」
「全くだよ。お前、来年から酒付き合えよな。それでチャラにしてやるよ」
「はい。‥‥バンド、続けても良いすか」
「愚問だ。俺らは端からお前を手離す気なんかなかったんだからな」
アタルはにこっと笑った
バンドメンバー全員が、自分を待ってくれていた
そのことに多大な感謝をし、菱和は深く頭を下げた
「‥‥‥‥で?『話』ってのは、それで終わりか?」
アタルは2人の顔をそれぞれ見ると、コーヒーを口にした
「ん‥‥んと、ね‥‥‥‥」
『アタルにも自分達のことを知っていて欲しい───』
本題を話したいのだが、ユイはなんと云って良いやら、どこから話せば良いのかわからずもじもじとし出す
「‥‥俺が話すよ」
見兼ねた菱和はユイの頭をぽん、と叩いた
『情けない』と思い顔を伏せつつも、ユイは出だしを菱和に任せることにした
「───‥‥今からめっちゃぶっちゃけますけど、ちゃんと聞いて欲しいす」
「おう。何でも来い」
アタルはマグを置き、菱和の目を真っ直ぐ見る
「‥‥‥‥こいつのこと、好きなんす。‥‥友達としてじゃなく、“特別”に」
菱和はユイの頭を撫でながら云った
恥ずかしそうに顔を伏せるユイと至極真面目な菱和の表情を見て、アタルは2人の顔を覗き込んだ
「‥‥冗談‥‥‥じゃ、ねぇんだよな?」
「マジです」
「‥‥‥‥そんで、ね、拓真に云われて気付いたんだけど‥‥俺も‥‥‥‥」
ユイも、恥ずかしそうにしながら口を開いた
続きの言葉は、口にするまでもなく菱和と同じ内容だ
「‥‥つまり何か?お前ら“そういう”関係になったってことか?」
アタルの問いに、ユイも菱和も軽く頷いた
「───ぶはっ!っははは!!何だよそうなんかよ!いつの間にそんな話になってんだよ!!」
アタルは突然笑い出した
「‥‥一週間くらい前、から」
「そうかよ‥‥くく、‥ふははは!!超面白ぇなお前ら!!」
大声で笑うアタルの態度に若干苛つき、ユイは顔を赤くした
「‥笑い過ぎだよ!!あのねぇ、俺らふざけてるわけじゃないんだけど!?」
「わーってるよそんなこと!‥‥悪りぃ悪りぃ、別にバカにして笑ったわけじゃねぇから。‥しっかしまぁ、仲直りどころかくっ付いちまうとはなぁ‥‥ははっ」
指で軽く目尻を拭い、アタルは笑うのをやめた
ユイは押し黙り、唇を尖らせる
「‥たーはもうわかってんだよな?」
「うん‥‥でも、あっちゃんにも知ってて欲しいと思って」
───どんだけ勇気持ってうちに来たんだか‥‥打ち明けづらい内容の話だったろうに
今のユイと菱和の関係性は、万人には受け入れられ難い状況だ
2人がわざわざその報告をしに訪ねて来たことを、アタルは嬉しく感じた
「‥‥‥そっか‥。‥‥そういう気持ちは大事にしねぇとな。‥‥‥‥愛情に性別は関係ねぇからな、たーと俺の前では、堂々としてろ」
「‥‥うん」
「はい」
“愛情に性別は関係ない”
それはアタルの信条で、拓真が云っていた通りアタルは偏見を持っていない様子だった
2人は『話して良かった』と安堵し、アタルの言葉に頷いた
「‥今日、亜実ちゃん居る?」
「おう、多分部屋に居るんでか」
「ほんと!‥会うの久し振りだし、なんか話してくる!2人は煙草でも喫ってなよ!」
ユイはマグを持ち、いそいそと部屋を出て行った
ユイに云われたからというわけでもないのだが、菱和とアタルは揃って煙草に火を点けた
「あいつと喋って何の徳があんだよ‥‥‥‥あ、“亜実”って俺の姉な」
「お姉さんいるんすか」
「ん。たーも姉ちゃんいんだわ、“葉子”っての」
「へぇ‥‥‥‥。俺兄弟居ないから、ちょっと羨ましい」
「そうかぁ?ユイんとこみてぇに同性の兄弟ならまだ楽しいのかしんねぇけど、“姉”になると正直うぜぇぞ」
「‥‥そんなもんなんすかね」
「俺も自分で云ってるわりによくわかんねぇや、はは。‥‥‥てかよ、度が過ぎた“いちゃこら”はすんなよ。多分俺が耐えらんねぇ」
「‥‥“いちゃこら”したくなったら、勝手にどっか連れてくんで」
「ふはは!そっかそっか、じゃあそうしてくれ」
「迷惑掛けるつもりは全くないんすけど、ひょっとしたら痴話喧嘩くらいはあるかもしんないす」
「そんくれぇは多目に見るさ。そういう仲にもなりゃあ、きっと色々あんだろ。‥‥っつうか、あいつで大丈夫なのか?空気読めねぇしうるせぇし、あいつの相手すんのマジ疲れんぞ?お前が疲弊しまくってベース弾けなくなったりしちゃあ‥‥そっちの方が心配だな、俺は」
「大丈夫す。‥‥‥‥あいつが飽きても、俺は揺るがないんで」
アタルは目を瞬き、口から煙草を落としそうになった
「‥‥すげぇ自信だな、お前」
「‥‥‥‥相当ヤられてますわ」
穏やかにそう云った菱和
酷く優しく、柔らかな表情と言葉尻に、その想いが確実で、とてつもなく大きいものなのだと思い知る
───あのチビも、きっと同じなんだろうなぁ
「そっか‥‥‥‥。ほーんと幸せ者だな、あいつ‥‥」
ぽつりとそう呟いたアタルは、満足そうな笑みを浮かべ、煙草の煙を吹かした
一途に互いを想い合うユイと菱和を、微笑ましく思った
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