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89 ばんごはん
「葉子ちゃん、あと何欲しいんだっけ?」
「洗顔料、かな‥‥‥あ、これだ。“メルサボン”」
「‥‥お、これ良い匂い!ねーねー拓真、これ買って!」
「自分で買えよ。‥‥‥‥あ。リサ、ひっしー」
ドラッグストアの店内を物色していた拓真は、入店してきたリサと菱和を見付けて軽く手を振った
「もう終わった?」
「うん‥‥大体これで買うもん揃ったかな。ごめん、色々見て回ってたら遅くなっちゃって」
「いや、なんも。あったかいもん頼んで飲み終わったからこっち来ただけだし。‥‥な」
「‥‥‥うん」
リサに目配せする菱和
リサはちらりと菱和を見て直ぐに目を逸らし、ぶっきら棒に返事をした
リサと菱和からいつもとは少し違った雰囲気を感じ取った拓真
だが、今この場で詮索しようとは思わなかった
「そっか‥。じゃ、会計してくるわ」
ユイとリサと菱和は、拓真が会計を終えるまで傍らで待つ
「‥‥俺も買い物してって良い?」
「うん!何買うの?」
「晩飯の食材」
「おお!今日は何?」
「クリームパスタ。‥‥こいつのリクエスト」
そう云って、菱和はリサを指差した
そっぽを向くリサに対し、ユイはニコニコとする
「‥ラッキー!俺、アズのパスタめっちゃ好き!リサ、超期待してて良いよ!」
「‥‥‥そ」
リサはいつものように、素っ気ない返事をした
***
拓真の買い物が済んでから、4人は最寄りのスーパーで食材の買い出しをし、菱和のアパートへ向かった
「2日振りに、お邪魔しまーす」
「俺は昨日振り!お邪魔します!」
「‥‥どーぞ」
菱和はユイと拓真の言葉を聞き、少し口角を上げた
食材の入った袋を提げて、真っ直ぐキッチンへと向かう
リビングのテーブルを囲い座るユイ、拓真、そしてリサ
リサは室内を見回し、感想を述べる
「‥‥‥‥なんか、ほんとに何もないね、この部屋。一昨日来たときはあんま気にしてなかったけど」
「でもシンプルで良くない?俺結構好きよ、この空間」
「俺も!無駄がなくて、アズっぽいよね!」
「‥‥まぁ、“らしい”と云えば“らしい”けど」
「この辺にさ、でっかい観葉植物でもあったらオシャレじゃない?」
「ああ、良いかもね。カウンターでもアリじゃないか。小さいの何個か並べて」
「熱帯魚の水槽も欲しいな!」
「『欲しいな』って、ここはあんたの家じゃないでしょ」
「いや、そりゃそーだけどさ‥‥」
「でっけぇアロワナとか合いそうだな。プレコとか」
「俺、タイガーシャベルノーズが良い!」
「‥マニアックだなそれ」
「‥‥、ウーパールーパーは?」
「意外とマッチしそう」
「アルビノ限定でね」
「それもマニアックだな」
「よく見たら“めんこい”顔してるもんね、ウーパールーパーって!」
「でもあれ、唐揚げとかにして食ったりするみたいよ」
「え!!!マジ!?」
「テレビで観たことある。あの姿のまま揚げるんだよね」
「そうそう。見た目結構キツいよな」
「うへぇ‥‥、なんか可哀想‥‥‥」
3人は、殺風景な菱和の自宅の話からだいぶ飛躍し、唐揚げにされるウーパールーパーの悲運について話している
食材を一旦冷蔵庫に仕舞ってから換気扇の下でのんびりと煙草を喫い、3人の話に耳を傾けていた菱和は、喫い終えるとリビングへ来た
「‥‥‥‥じゃあ、機会があれば今度の晩飯は“ウーパールーパーの唐揚げ”だな」
悪戯にそう云って、3人の話に混ざる
「冗談でしょ!わざわざそんな可哀想なことしないでよ!」
「食ってみたら意外と美味ぇかもしんねぇじゃん」
「まぁ、ね。どんな味すんのか皆目検討もつかんしね。ひっしーなら上手く調理出来んじゃない?」
「衣次第な気はするけどな」
「私は無理。絶対無理」
「俺も無理!丸揚げとか可哀想過ぎる!」
「‥っつうかまずウーパー確保すんのが大変そう」
「うんうん。どこで手に入れれば良いんだろね?」
「‥‥、熱帯魚屋?」
「『晩飯のおかずにするから下さい』って?めっちゃシュール!店員さんもドン引きだなきっと」
「もぉ、拓真もアズもやめろよ!そんなにウーパールーパー食いたいの?」
「いや、全然」
「俺だって食いたかないよ。ゲテモノじゃん」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
『ウーパールーパーを食べる』
改めて考えてみるとそのワードがツボにハマり、菱和は軽く噴き出した
「‥‥くっ‥‥‥」
「‥ふはっ!ははは!フツー食わないよね、ウーパールーパーなんて!」
拓真もつられて笑い出した
ユイはほっと胸を撫で下ろす
「‥‥‥何だ、本気じゃなかったのか‥‥びっくりした」
「本気なわけないでしょ。そんな食卓あったら堪んないよ」
「大体、んなもん食う奴の気が知れねぇ」
「うぅ‥‥そっか、そうだよね」
ウーパールーパーの話題でここまで盛り上がるとは思いもよらないことだった
他愛もない話をしながら、4人は夕食までの時間を談笑しながら楽しんだ
***
リサのリクエスト通り、菱和はクリームパスタを作った
スモークサーモンと法蓮草の入ったとろとろのパスタは、その見た目だけでご飯のおかずになりそうだとユイは思った
「頂きます!」
「‥‥どーぞ。お代わりもあるから」
「よっしゃあ。たらふく食うぞー」
ユイと拓真は、いつものように勢いよくパスタを頬張る
美味しそうに食事をとり始めた2人を見て、リサもパスタを口に運ぶ
「‥‥頂きます」
ふと、咀嚼していたリサの動きが止まる
ユイと拓真は手を止め、したり顔でリサを見た
「‥‥‥‥」
「‥‥‥」
麦茶を淹れた菱和はグラスをリサの皿の傍に置いた
「‥‥どうすか、お口に合いますか」
「───‥‥‥‥、美味しい‥‥。‥すごい美味しい」
スモークサーモンの程好い塩気がとろとろのソースと絡み、法蓮草の緑が彩りを添える
リサがリクエストしたクリームパスタは、今までの献立同様に絶品だった
一昨日の献立は鍋だった
正直なところ誰でも作れるものだが、一品物の献立となると鍋のように出汁に頼ったりすることは出来ず、誤魔化しが利かない
ユイと拓真から菱和の手料理のことは散々聞かされていたが、リサはそれが自分の想像以上だったことに驚く
「ね!アズのごはん、最高に美味いっしょ!」
にこにこしながらパスタを頬張るユイ
リサは十分に納得し、軽く頷いた
菱和の料理は、ユイの胃袋をがっちりと掴んでいる
家庭の事情もあるのだが、食生活に無頓着なユイならば尚のこと
美味しい食事は、人の心を幸福にする最大の栄養だ
ふと、視線を感じたユイは、口の中のものを飲み込み、怪訝な顔をした
「‥‥ん、何?なんか付いてる?」
菱和は徐に手を伸ばし、親指でユイの口元を軽く拭った
その指を口に含み、少し舌なめずりする
途端、ユイは顔を赤くした
口にソースを付けたまま食事をしていた恥ずかしさもあるが、菱和に口元を拭われたことに堪らずドキドキしてしまう
「‥‥ほんと、子供なんだから」
「あっちゃんの云う通り、ひっしーが女ならほんと良い嫁さんになったろうなぁ」
「‥‥そうか?」
「うん。地味にちょっと憧れちゃうね、今の」
───惚れちゃうのも仕方ない部分もあるよな。それに、然り気無く“あんなこと”されちゃなぁ‥‥ユイは免疫ゼロだし、相手はひっしーだし
呑気にそんなことを思いながら、拓真もパスタを頬張った
「‥‥‥じゃあ、拓真もアズにやってもらえば良いじゃん、“今のやつ”」
ユイは恥ずかしそうに顔を赤くしたまま、俯いてボソリと呟いた
拓真はくすくす笑う
「いやいや。それはユイの特権でしょ?俺は将来のお嫁さんにしてもらうから」
そう云って拓真はかち、と軽くフォークを齧った
ユイにとって、菱和はもうただの友達ではない
菱和にとっても、それは同じこと
抱き締め合うこと
手を繋ぐこと
『好き』だと伝え合うこと
ただの友達ではない存在ならではの“特権”が、互いにある
それは、ユイが知り得ないものばかりだ
菱和は、多少のことならば第三者の前でも『普通にする』と端から決めていた
拓真もリサも、目の前で菱和がユイに対して特別な行動をとったとしても、ある程度のことは静観するつもりでいた
先程の菱和の行為も、『大したことではない』と思った
ただ、“免疫ゼロ”のユイにとっては、多少のことでも“大事”だった
菱和と2人で居るときでさえ緊張の連続だったユイは、幾ら第三者が気にしなくとも、それが腐れ縁の幼馴染みだったとしても、恥ずかしくて仕方がない
自分達は気の置けない幼馴染みだ
ユイと菱和が仲睦まじく過ごせるよう応援し、時にはからかい、時には助け船を出す
自分達は、ユイと菱和を見守っていければそれで良い───
拓真もリサも、その想いは同じだった
「‥‥っつうか、佐伯は口にソースつけたまま食事しなさそうだけどな」
「そこの違いだよね、やっぱり」
リサは頷きながら菱和の意見に同意した
「もおぉ、みんなして子供扱いすんなよ!!」
ユイは気恥ずかしさに堪らず大声を出した
「はいはい、ごめんな。‥‥冷めちゃうから、早く食お!」
「食べないなら、あんたのサーモン私が貰っちゃうけど」
「‥だめだめ!!ちゃんと食う!お代わりもするし!」
「‥‥‥めいっぱい食ってって」
半ばムキになりパスタを頬張り始めたユイの姿を見て、菱和は少し口角を上げた
4人は、談笑しながら食事を進めた
ユイと拓真は、いつも通りお代わりをする
食事の後は、ユイと拓真が食器を片付ける
そして、リビングで寛いだり音楽雑誌を見たり楽器を弾いたりCDやDVDを視聴して過ごす
その時間は、3人にとってはいつもと何ら変わらない
───こんな時間を過ごしてたんだ、今まで
菱和の自宅に出入りするようになってからの出来事を逐一聞いていたが、
それを目の当たりにした今、3人が本当に楽しく過ごしていたのだと実感して安堵したリサ
何の変哲もない日常が、これからも沢山訪れることを願った
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