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88 リサちゃんと菱和くん
全員がクレープを食べ終えた頃、ふと拓真が窓の外を見る
近所のドラッグストアが目に入った
「‥‥あ。俺ちょっとアインズ見てくる。姉ちゃんに洗顔とか頼まれてんだった」
「え、じゃあ俺も行く!」
「ユイなんか買うもんあんの?」
「無い!無いけど行く!」
「あっそ‥‥。リサとひっしーはどうする?」
「ここで待ってる」
「‥‥俺も」
「じゃあ、待ってて。ちょっと行ってくる」
「すぐ戻って来るから!」
「はいはい。行ってらっしゃい」
ユイと拓真は席を立ち、足早にドラッグストアに向かっていった
リサは『いつものこと』という顔をして2人を見送る
こうして菱和と2人きりになるのは何度目だろうか
未だ多少の気まずさがあるリサだが、取り敢えず菱和に話し掛けることにした
「‥‥、ついてかなくて良かったの?」
「ん。コーヒー飲みてぇし」
「ふーん‥‥」
「‥‥‥お前もなんか飲む?」
「‥‥、あったかいレモンティー」
「りょーかい」
席を立ち、菱和はドリンクを頼みにカウンターへ向かった
程なくして、菱和はブラックコーヒーとホットレモンティーが入ったカップを携えて戻ってきた
レモンティーをリサの前に置き、また椅子に座る
「ん」
「‥‥ありがと。幾らだっけ」
「要らねぇ」
「え‥‥でも、なんか悪いから」
「要らねぇ。200円くらい素直に奢られろよ」
くす、と笑い、菱和はコーヒーに口を付けた
小銭を渡すつもりでいたリサは、申し訳なく思うも素直にその好意に甘えることにし、財布を仕舞った
琥珀色の紅茶に、輪切りのレモンが沈んでいる
レモンをティースプーンで軽く潰し、口を付けた
菱和とどんな会話をすれば良いのか未だ迷いがあるが、リサは何の気なしに尋ねてみた
「───‥‥どうなの?ユイとは」
「‥‥何だよ、“どう”って」
菱和はコーヒーを啜りながら素っ気ない返事をする
「‥だから、ユイとはどうなのかな‥‥って。ただの素朴な疑問」
本当に“素朴な疑問”を尋ねただけだったが、菱和は意地悪そうな顔をした
「‥‥ふーん‥‥‥‥やっぱ“保護者”的には変に手ぇ出されてないか気になる感じ?」
「‥“保護者”云うな!!」
「すいません。‥‥‥‥別に何もねぇよ、添い寝したくらい」
「‥‥そ。‥‥仲良く、やれそ?」
「多分、な。‥‥今後、お前にも佐伯にも、あいつのことで相談することあっかもしんねぇけど」
「それは別に、構わないけど。何時でも」
「うん。頼むわ」
「‥‥‥っていうか、ユイのどこが好きなの?」
「‥‥ん?」
「“好きになった決定打”みたいなの、無いの?」
「‥‥んー‥‥‥‥‥‥。‥‥何だろ、月並みな云い方かもしんねぇけど、“気付いたら好きになってた”‥かな」
「‥‥‥‥何それ」
「さぁ。俺にもよくわかんねぇ」
「‥‥‥、でも、本気なんだよね。その‥‥“友達として”じゃ、ないんだよね」
「ん」
「‥‥‥‥」
菱和から漠然とした答えが返ってきて、リサは怪訝な顔をした
本人しか知り得ない情報を当の本人が『わからない』と云うのだから、当然こちらにも何もわからない
「───多分、お前と佐伯があいつとずっと一緒に居る理由と大差ねぇと思うんだけど」
「‥‥‥‥、私たちと、一緒?」
「ん。違げぇんかな」
友達だから
一緒にいて楽しいから
幼馴染みだから
空気が読めなくて心配だから
あの笑顔が好きだから
腐れ縁だから
よくよく考えてみると、単純にパッと思い付く理由はそんなところだった
ユイと自分の関係は、ただの“友人A”という範疇をとっくに凌駕している
恋愛の“好き”とも、家族に抱く感情とも違う
だが、確かにある、ユイへの特別な気持ち
ただ一つ云えることは、ユイと自分の仲は理屈ではないということ
リサが改めて考え付いた末に出た結論は、菱和と同じようによくわからない曖昧なものだった
─────結局は、同じってことになるのか
「‥‥知らない」
リサは何となく嘯き、レモンティーを口にする
仄かな苦味と酸味が、口の中に充満した
菱和は少し口角を上げて、コーヒーを一口飲んだ
飲み下し、また意地悪そうな顔をする
「‥‥そ。‥‥‥‥っつうか、お前も意外とそういう話すんのな」
「は‥?」
「“恋バナ”ってやつ?やっぱ女なんだな、お前も」
「‥‥今まで私のことどんな目で見てたわけ?」
「‥‥‥‥‥‥、“ユイの保護者”?」
「‥だから、保護者じゃないって‥‥!!」
「──────ねぇ」
リサがムキになり出すと、女性の声がした
顔を上げると、2人の女子高生が菱和の傍らに立っていた
傷むほど何度もカラーリングされた髪、濃い化粧、だらしなく着崩された制服、極端に短いスカート、どぎつい香水の臭い、下品な笑み───そのどれもに、リサは引いた
「その制服、音羽高?」
「オニイサン、超イケメンだよねー。何年生?」
菱和はずけずけと話し掛けてくる女子高生からふい、と目を逸らし、何の興味も無いかのようにコーヒーを飲み出した
女子高生たちは、嬉々として菱和に話し掛ける
「やーだぁ、オニイサン“つんでれ”ってやつー?かーわいい!」
「さっきまでクレープ食べてたよね?超ウケる!」
「てかさー、背ぇ高いよねー。何センチあるのぉ?」
「なかなかうちらの学校に居ないよねー、こんな背ぇ高い人!」
「っていうか、今からうちらとカラオケ行かない?」
「ゴハンとかでも良いんだけど。遊ぼーよオニイサン?」
ひょっとしなくても、これは、
───‥‥‥‥逆ナン、されてる‥‥?
長身でクールな顔立ち、鬱蒼と伸びた髪、ピアスに煙草といったほんの少し“不良”だった名残のある菱和の見た目
決して『悪くない方』だと思っていたが、逆ナンされるほどの容姿であるとは全くの予想外
リサは固まりつつ、ちらりと菱和を見た
いつもの無表情で、まるで女子高生たちを無視するかようにしている
「っていうかさー、どう見てもそのコじゃオニイサンと不釣り合いだよ。さっきからそのコ怒鳴ってるしさぁ、なんかおっかなくってー」
「ねー!うちらずっと見てたけど、オニイサン大丈夫かな?と思ってヒヤヒヤしてたんだよねー」
「そーそー!ひょっとして、付き合ってもないのにしつこく彼女ヅラしてんじゃないかなー、とか」
「‥ね、ちょっと!私今めっちゃ睨まれたんだけど!」
「えーやだー!怖あぁい!」
リサが黙っているのを良いことに、女子高生たちは大袈裟に喋った
周りからも、次第に注目されていく
───っていうか、睨むどころか1秒も見てないし。‥‥それより、めちゃくちゃ香水臭い。公害レベルに臭い。具合悪くなりそ
リサにとっては苦手な部類の人間だった
あることないこと云われたい放題でいることに、徐々に青筋が立ち始める
「‥‥ね、行こうよオニイサン?こんなつまんない顔してるコと居るより、うちらと一緒の方が楽しいよ?」
女子高生たちは菱和を連れ出そうと促す
そのうちの一人は、馴れ馴れしく菱和の肩に手を置いた
───‥‥そろそろキレても良いかな、私
リサがそう思った矢先、菱和がコーヒーを飲み干してから低く呟いた
「───うぜぇ」
その一言で店内は一気に騒然とし、周りの客は目を見張る
無表情ながらも苛ついた菱和の声に、女子高生たちは怪訝な顔をする
「‥え‥‥」
「‥‥‥本人に聞こえる距離でそいつの悪口云うとか、世の中には平気でそういう下衆なことする奴がいんだな。‥な、リサ?」
少し語気を強め、菱和はリサに同意を促す
事情がわからなかった客たちは菱和の言葉で事の次第を理解し、「何あいつら」「マジキモくね」と口々に蔑み始める
取りつく島もなく弁解の余地もない2人の女子高生は、途端に慌て出した
「え、あ、あの‥‥」
「うちら別に、そういうつもりじゃ‥」
「‥‥‥‥出よ。ここ、空気悪りぃ」
狼狽える女子高生たちを尻目に菱和はゆっくりと立ち上がり、リサの腕を掴んで立たせた
そのまま、颯爽と出口へ向かう
「え、ちょっと‥‥」
半ば引き摺られるようにして、リサも店から出る
ざわつく店内から、悲鳴にも似た声が響いた
「───‥‥ちょっと‥!手、離っ‥‥!」
「‥‥‥おう、悪りぃ」
“PANACHE”を出、リサの腕を掴んで歩いた菱和は、ぱっと手を離した
「‥‥‥‥な、んで‥‥‥」
「‥‥何が」
菱和が取った行動の意味が理解出来なく、リサは目を丸くしている
「‥‥あいつら、あの店行ったよな。行ってみよ」
ユイと拓真が向かったドラッグストアをちらりと見て、菱和はリサを促し歩き始めた
目を丸くしていたリサも、その後ろを歩き出す
何を話していいやらわからず、ただ黙って菱和の背を追った
「‥‥、うざかったな、さっきの」
「‥うん。めっちゃうざかった」
「‥‥だから女って嫌い。特に、ああいう頭悪そうな女」
菱和はボソリと呟いた
リサは、眉間に皺を寄せる
「私も、女なんだけど」
「‥‥そうだっけ?」
「あんたね、いい加減に‥!!」
「冗談だって。‥‥相対的に女は嫌いだけど、初対面のわけわかんねぇ奴とお前の仏頂面、比べるまでもねぇから。‥‥‥‥っつうか、性別云々の前に、お前は“ダチ”だし」
そう云って、菱和は少し口角を上げた
──────また、護ってくれた
リサは唇を尖らせた
ただの“友人A”にここまでしてくれるとは、思ってもみなかった
ただ単に菱和が「うざい」と思ったから、それだけのことなのかもしれない
だが結果的には、自分を“護ってくれた”
そう思った
「‥‥‥‥、‥‥と」
「ん?」
「‥ありがと!」
リサはそっぽを向いて、菱和に精一杯の礼を云った
素直じゃないのはわかっている
別にそれで構わない
それがいちばん“リサらしい”
と、
菱和はくす、と笑った
「どういたしまして。‥‥‥あいつら今日うちで晩飯食ってくけど、お前も来る?お前の好きなもん作るよ。‥‥何食いたい?」
そう云われ、リサはぱっと思い付いたものを口にした
「‥‥‥‥サーモンが入ってるクリームパスタ」
「‥りょーかい」
リサには自分の前を歩く長身の“友人A”の表情を見ることは出来なかったが、その顔はとても穏やかなものだった
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