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81 GUITAR KIDS
菱和は鍋の材料と一緒に買ってきたホットかりんをマグに淹れ、ソファに座るユイの前に置いた
「お前は休んでな。起きてても良いし、もう寝ても良いし。なんかあったら呼べよ」
「‥‥ありがと。‥‥‥‥あの‥」
「‥‥‥ん?」
「‥‥‥‥また、一緒に、‥寝たい‥‥」
「‥‥云われなくてもそのつもりだったけど?」
「‥!‥‥‥」
「‥‥待ってな、直ぐ終わらすから」
「‥‥‥うん」
まだ熱はあるが、動けないほどしんどいものではない
だが、テレビを観る気にもなれず一気に手持ち無沙汰になる
ユイは、楽器が置いてある部屋に入った
菱和がメインで使っている白いボディのベース
その隣には、ギグケースに仕舞われたもうひとつのベースと、ソフトケースに入っているであろうギターがスタンドに立て掛けられている
ソフトケースには、黒いボディに白いピックガードのストラトが入っていた
エリック・クラプトンが使用しているものと同じシェイプとカラーだ
徐にケースから出し、ギターアンプにシールドを繋いだ
チューニングをしてみると、然程狂ってはいなかった
ユイは胡座をかき、軽く爪弾き始めた
***
家事を進めていると、ギターの音が聴こえてきた
菱和は手を止め、音のする部屋を覗いた
小さな背をこちらに向け、部屋の隅でギターを弾くユイの姿があった
切なげな、哀愁漂う高音域のアルペジオ
指板を滑る、指の音
メロディラインの鼻歌を重ね、無我夢中でギターを爪弾くその後ろ姿を、見守る
サビらしきところに入ると、アルペジオからストロークへと奏法が変わる
正確にコードを押さえながら、ユイは半ば陶酔しながらストロークを刻む
トーン、と、最後の一音が間延びする
その音が途切れたところで、ユイはずしりと背中に重みを感じた
気付けば、後ろから菱和に抱き締められていた
ユイの体温が、ぐっと上がる
「───‥‥ア、ズ‥‥‥‥」
「‥‥‥‥なんて曲?」
「‥‥、前に俺が、作った、曲‥‥」
「ふーん‥‥‥。‥良いな。“ユイっぽい”」
「そ‥‥かな。‥‥ごめん、勝手に触って」
「なんも。俺全然ギター触ってないから、たまにいじってやって」
「うん‥‥‥」
ユイの顎の直ぐ下に、菱和の大きな腕がある
ユイは指板を押さえていた手をその腕へと添え、袖を軽く引っ張り、頬を腕に乗せた
───何だ今の。可愛い、な
菱和はくす、と笑った
「‥‥な、今の、歌詞あんの?」
「ん?うん‥‥一応、あるけど‥‥‥」
「‥‥じゃあ、もっかい聴かして」
「え‥‥」
「詞があるなら歌えよ」
「ええー‥‥」
「何だよ、良いじゃん。減るもんじゃなし」
「ん‥‥そうだけど‥‥‥恥ずかしい‥から‥‥」
「今更何云ってんだか‥‥‥。‥何なら俺も弾くよ。それなら歌ってくれる?」
「う、うん‥‥」
「じゃあ、コード教えて。ルート拾うから」
菱和は名残惜しそうに身を離し、ベースの準備を始めた
その傍ら、ユイは曲のエピソードを話し出す
「サビまで、ギターだけなんだ。だから、演ってもライヴ映えしないかなーと思って、お蔵入りにしようと思ってたやつで」
「ライヴで演んなくても、皆で演れば良いんじゃねぇの」
「うーん‥‥‥‥一応拓真にもあっちゃんにも聴かしてるんだけど、皆があんま楽しくないんじゃないかなー、って‥‥」
「俺は気に入ったよ。すごく」
「‥‥そぉ?」
「うん。歌詞も気になるし」
「歌詞は‥‥‥‥ほんと、適当に宛てただけだから‥‥」
「日本語?」
「ううん。英詞。あっちゃんに、『詞は自分で付けろ』って云われて‥‥‥‥。辞書引っ張り出して、徹夜で書いた。めっちゃ頑張ったよ」
「‥‥‥そっか」
「わ、笑わないで、ね?」
「‥‥笑わねぇよ」
「ん‥‥じゃ、いきまーす‥‥」
ユイは、心のままに綴った詞を歌った
淋しい夜を、何度も過ごしてきた
でも、誰も恨んではいない
幾度となく朝と夜を迎え、ちっぽけな自分に気付く
それでも、自分の周りには沢山の人が居てくれる
それに気付いたとき、回遊病のように彷徨っていたこの心は真に落ち着き、在るべき場所に還る
素直な心が綴った歌は、聴く者の耳へと真っ直ぐに届く
バンドのオリジナル曲は、主にアタルが作詞作曲している
アタルのセンスは折り紙付きだが、ユイにもそれなりのセンスを感じる
アタルが作ったものはアタルにしか、ユイが作ったものはユイにしか無いものが沢山ある
ユイが作った曲には、何処か憂いを帯びている印象があった
それでも菱和は、ユイがその想いの丈を綴った曲を大切にしたいと思う
上手く重なるかどうか見定めつつ、菱和はユイが歌うメロディラインに自分の声を重ねる
サビのストロークにも、ベースの音を重ねた
綺麗にハモる、2人の声と楽器の音
ユイはゾクリとした
今までも、菱和のベースが自分達の音に乗ることで悪寒が走ることはあった
だが、今までと今現在とでは、互いの想いは少し違っている
クラスメイトから友達へ
友達からバンドメンバーへ
バンドメンバーから、想い人へ───
まるで自分の全てを包み込むように、優しく穏やかに奏でられるベースの音
悪寒は何時の間にやら遠退き、心の底から安らかになっていく
いつまでも、同じ音楽を一緒に奏でていけたら良いな───
その想いだけは、2人同じだった
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