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80 微熱
散々ベッドでだらだらした後、2人は漸く起き上がり、食事を摂ることにした
「‥‥‥‥、やっぱでかかったな」
「ん?何?」
「その部屋着」
ベッドに腰掛けているユイを見て、菱和は苦笑いする
夕べ着せた自分の部屋着のサイズがあまりにも合っていない
まるで、“着せられている”ようだ
「ああ‥‥。でも仕様がないよね、アズと俺じゃ全然体格違うもん」
ユイも苦笑いし、袖を少し捲った
菱和は思った
今のユイの姿は、『彼氏の家にお泊まりし、彼氏の寝間着を借りて寝た彼女』のよう
俗にいう、
───何だっけ‥‥“彼シャツ”‥?“彼パジャマ”?っぽい
「ん?」
「‥‥‥梅粥だったよな」
「? うん‥」
「‥‥りょーかい」
「お願いしま、す。‥‥‥‥?」
菱和は“邪念”を取り払うとぱっと顔を逸らし、足早にキッチンへと向かった
出来上がった梅粥には紫蘇の葉が散らされており、条件反射によって自然と唾液が分泌される
テーブルには梅粥の入った器が、2つ
そのうちの一つは菱和の手に、もう一つは菱和の前にある
「‥‥アズもお粥食うの?」
「ん。足りなかったらまたあとでなんか食うし。‥‥‥‥ほい、“あーん”」
蓮華に軽く一掬い
息を吹き掛けてある程度冷ました梅粥は、真っ直ぐユイの口元に差し出された
いつかの昼休み、ユイが菱和に唐揚げを差し出したときと同じような状況
唐突に差し出された蓮華に吃驚し、更には“あーん”を促され、ユイは顔が熱くなった
「‥い、良いよ!自分で食えるから‥‥」
「遠慮すんなって、ビョーニン」
「や、もう微熱だ、し」
「‥‥お前の“微”熱は38度もあんのか」
「そ、そうだよっ‥‥」
「そ。‥‥まぁ良いや、“あーん”して」
「ん‥‥なんか、‥‥ちょと恥ず、かし‥‥」
「‥ついさっきまで散々“これ”以上のことしといて、今更恥ずかしいも何もねぇだろ」
菱和は協調しながら蓮華をすっとユイの前に出し、意地悪そうな顔をした
「‥‥!!‥それはそうだけどっ‥‥‥さっきは、今よりまだ少し熱あったし‥」
「‥‥‥‥熱の所為にすんのか」
「いや、ちが‥‥だから‥‥‥」
「“あんなこと”よか飯食わして貰うことの方が恥ずかしいなんて、結構大胆なのな。‥‥実はお前の方がよっぽど経験豊富なんじゃないの?夕べの『ベロチュー』といい、なーんか先が思い遣られるわ」
「んなっ、違うって‥‥!‥‥もぉ‥からかうなよっ!」
ユイは恥ずかしさに居た堪れなくなり、両手で顔を覆った
恋愛に関しては滅法ビギナーなユイをからかってしまったことに少し反省し、菱和は器と蓮華を一旦置いた
「‥‥‥‥‥さっきさ、なんで何も云わないでずっと抱き締められてたの?」
「‥、そんな、の‥‥云わなくてもわかるだろ‥‥っ」
「わかんねぇよ」
真摯な眼差しに、顔を覆っていた手が自然と落ちてくる
「思ってることは口に出さねぇと何も伝わんねぇよ。人の心の中は、誰にもわかんねぇんだから。‥‥お前の場合特に、何も云わなくてもわかるときもあるよ。‥でもやっぱ、お前の口からちゃんと聞きたい」
とっとと口に出してりゃあ、もっと早く色んなことに気付けてたんだろ
お前も俺も遠回りしてた
もう遠慮なんかしねぇ
もうそんなことする必要はねぇ
───‥‥だから云うよ、俺も
「‥‥‥俺は、いつものお前がいちばん好き。佐伯もリサも、きっとそうだろ。‥‥だから大人しくこれ食って早く元気になれ。治るまで、しっかり面倒見るから」
菱和は笑み、また蓮華を持ってユイに差し出した
やはり、菱和と自分とでは菱和の方が『ずっと大人だ』と思えてならない
いちいち緊張したり動揺することなく、揺るぎない優しさで全てを受け止めてくれる
『思ってることは、口に出さないと伝わらない』
菱和なら、自分の気持ちなど手に取るようにわかるかもしれない
ただ単にユイの口から『好き』だと云わせ、からかいたいだけなのかもしれない
だとすればただの意地悪だが、そんな一面を見せてくれることも“嬉しい”と思える
「‥‥‥‥アズ」
「ん?」
「‥‥俺、も‥‥‥‥アズが好き、だよ。何回も、“ぎゅっ”てしてくれて、‥‥嬉しかっ‥た」
赤面し、辿々しく自分への気持ちを口にするユイ
舌っ足らずな子供のよう
それでも、菱和にとっては嬉しい言葉だった
「‥‥ちゃんと伝わった。‥ありがとな」
「‥‥うん‥‥‥。‥頂きます」
「どーぞ」
ユイは顔を真っ赤にしたまま、菱和が差し出した蓮華に漸く口を付けた
ユイのペースに合わせるように、口へと運ばれてくる蓮華
じんわりと胃を癒す、梅粥
今までも風邪を引けば粥を食す機会はあったが、菱和の気遣いもあってか、口にした粥は風邪などあっという間に消え去ってしまいそうだと思えるほど美味に感じた
***
食事を終えると、菱和はユイをソファに座らせ、リビングに毛布を持ってきて膝にかけてやる
食器の片付けを終え煙草を一本吹かした後、怠そうにユイの横に座った
ユイは一息吐く菱和をちらりと見て、膝に掛けてある毛布を菱和の膝にも掛けた
その様子を見て、菱和は柔らかく笑む
「‥‥ありがと」
ユイの頭を優しく撫で、そう云った
今、この時、自分だけに向けられている菱和の笑みが嬉しくなり、ユイははにかんだ
すぐ隣にいる、大切な人の体温
“怪我の功名”ならぬ“風邪の功名”で、心理的にも物理的にも一気に距離が縮まった2人
想い想われることがこんなにも嬉しいものだとは思わなかった
ただ傍に居るだけでこんなにも落ち着ける人がすぐ近くに居てくれたことに、感謝の気持ちが沸いてくる
拓真とリサがアパートを訪れる寸前まで、2人はその悦びを噛み締めた
***
「‥久し振り!」
「‥‥‥‥、どーぞ」
開け放った玄関のドアから、ポカリの入った袋を提げた拓真が顔を覗かせた
その隣には、仏頂面のリサが居た
「‥‥いらっしゃい」
「‥‥‥‥お邪魔します」
菱和と目を合わすことなく、リサは歩みを進めた
「ほんとに、ほんとーに、すみませんでした」
ユイと菱和は正座し、テーブルに向かいに座る拓真とリサに深々と頭を下げる
「ぶっ‥‥ははは!何なの2人して改まっちゃって!」
「‥‥ほんと、揃ってバカなんだから」
拓真は噴き出し、リサは唇を尖らせた
「‥‥マジでバカなことした。迷惑かけて、すまない」
「そこまで自分のバカさ加減がわかってんなら、もう良い。ユイも、思ったより元気そうだし」
「ほーんと。『39度』とか聞いたからびっくりしたわー。ユイ、なんか食ったの?」
「うん。さっきお粥食わして貰った」
「‥‥なんか食ってくか?」
「良いよ良いよ、も少ししたら帰る。ここにユイ置いとけば何も心配要らんし、2人で居たいしょ?」
「‥‥さっきまで散々堪能してたから。‥‥夜も一緒に寝るし」
「なっ‥‥も、変なこと云うなよ‥‥!」
慌てふためくユイに反し、菱和は恥ずかしげもない様子
アンバランスな2人に、拓真はくすくす笑った
「そーお?じゃあ、なんか御馳走になろっかな」
「ん。何食いたい?‥‥っつっても、買い出し行かなきゃなんねぇんだけど‥‥」
「そんなら俺、買い物付き合うよ」
拓真と菱和は早々に出掛ける準備をした
「好きなもん摘まんだり飲んだり、適当にしてな」
「ユイのこと頼むなー」
リサにユイを託し、部屋を後にした
***
「ユイのあの様子じゃ、ちゃんと気持ち伝えられたみたいだなー」
「‥‥ん。伝わった」
「‥ひっしーも?」
「ん。伝えた」
「そっかー。っていうか、ひっしーも“そうだった”んだって、俺、リサの鬼電まで全く気付かなかったよ」
「‥‥案外わかんねぇもんなんだな」
「ほんとねー。まぁでも、ひっしーだから尚更わかんなかったのかも。で、ユイはすぐわかんじゃん?だから結構ハラハラしてたんだよね、実は」
「そっか‥‥」
「‥あー、でもなんか今、無性に嬉しい!もうなんか、ふっつーに祝福したい!」
「‥‥どーも」
「ご存じの通り変ちくりんでKYな奴だけど、ユイのこと宜しく頼みます」
「いえいえ、こちらこそ。‥‥っつうか、佐伯たちの方があいつと付き合い長いし、力になってもらうことあるかもしんねぇ。‥あと、あんま気ぃ遣わないで欲しい。‥‥2人になりたくなったら、勝手にどっか連れてくから」
「‥ははっ!‥‥うん、わかった。ユイの扱いに困ったら遠慮なく云ってよ、何時でも」
「‥‥助かる」
「ふふ。‥あ、そーだ。あっちゃんには、黙っとく‥‥よね?」
「‥‥‥‥いや、機会があったらちゃんと云うわ」
「‥多分、あっちゃんは気にしないと思う。偏見とか全く無いから。俺も気にしてないし。ってか寧ろ嬉しいし。変にギスギスしてるよりオープンにしてる方が気分良いしね」
「‥‥‥‥、ほんと、このバンド最高だわ」
「ん?‥‥んふふー」
***
「はい、忘れ物」
「お、さんきゅー!」
「ケータイ忘れるとか、ほんとバカ」
「‥‥‥ごめんなさい」
「‥‥ちゃんと、伝えられた?」
「うん。伝えたよ」
「‥‥そう」
「ごめんな、色々心配かけて」
「全くその通り」
「ん‥‥」
「‥‥でも良かった、ほんとに。‥‥伝えるだけでも大変だったんだろうけど、受け入れられたんなら尚更良かった」
「‥‥‥‥もし伝わらなかったとしても、『俺にはリサと拓真が居る』って思ったら、それだけで元気になっちゃった。‥‥俺、ほんと恵まれてる!」
「‥‥じゃあ、いっぱい感謝してよね。私、“PANACHE”のクレープ食べたいんだけど」
「お、良いねー!奢る奢る!3個くらい奢る!風邪治ったら、皆で食いに行こ!」
「‥‥1個で良いよ。ポカリ飲む?」
「‥うん!」
***
大きめのサミット袋を提げて、拓真と菱和が部屋に戻ってきた
ユイの体調と今日の寒さを考慮し、4人で鍋を囲むことになった
ざくざくと切られた野菜や茸類
鱈の切り身や小さめのロールキャベツ、水餃子を入れ、蛋白質も欠かさず取り入れる
味付けはシンプルに塩のみ
擂り身や肉類から程よく出汁が出て、良い具合に仕上がった
様々な旨味が沁み、じんわりと身体を温める
「あー、なんか良いねー。寒い日には鍋だな、やっぱり」
「拓真、豆腐取って」
「あいよー」
「この辺、まだ火ぃ通ってねぇから」
「わかりー。頂きまーす。‥‥はー、うんまぁ」
「出汁、結構出てるね。美味しい」
「擂り身がさ、良い仕事すんだよ」
「ほんとだな、鶏ごぼうだっけ?俺も今度うちでやってもらお」
菱和はユイが食べ易いようにくたくたになった野菜や豆腐を取り分け、梅粥のときと同じように蓮華を口元に持っていく
「‥‥‥‥“あーん”は?」
「‥もう、自分で食えるったら‥‥!」
当然のことのように差し出された蓮華に、ユイは赤面した
「遠慮しないで食わして貰えばー?」
「‥‥‥‥拓真の意地悪」
「照れない照れない。早く食えよ、マジで美味いよ?」
「‥‥‥ん」
湯気が立つ鍋、食欲を唆る薫り
ユイは観念し、梅粥同様、菱和に食べさせて貰った
***
「‥‥なんか、良かったよな、色々」
「そうだね」
「多分、8割くらいはリサの『バカ』のお陰なんじゃないかな?」
「だって、バカでしょ。2人とも」
「辛辣だこと‥‥‥。ま、あとは見守っていきましょ」
「‥‥うん」
落ち着くところに落ち着き、一安心───拓真とリサは幼馴染みの幸せを心から願い、帰宅の途についた
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