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78 FEVER③
まだ夜も明けない頃
雨は若干小降りになっていた
ユイはふと目を覚ました
身体は怠く、頭はぼーっとしている
───あ。風邪ひいてんだ、俺
関節に鈍い痛みを感じ身体を伸ばすと、肘に何かがぶつかる
寝返りを打つと、肘を枕にしながら気だるそうにしている菱和の顔が目の前にあった
「‥おはよ」
「ぅわっ‥アズ‥‥!!」
───あ、そうか俺‥‥夕べアズが介抱してくれたんだ‥
こんな時でさえ至れり尽くせりだったことを思い出し、ユイは驚きと共に畏縮した
「‥具合どう?」
菱和はユイの額を触りながら尋ねた
その手が触れると、ドキリとする
「あ‥うん‥‥」
「熱は少し引いたみたいだな」
「‥‥アズ、もしかして寝てないの?」
「少し寝たよ。‥‥今肘鉄食らって目ぇ覚めた」
「あ、ごめ‥‥‥‥てか、何で一緒に寝てるの‥?」
「何でって、うちベッドひとつしかねぇもん」
「それは知ってるけど、さ」
「何だよ」
「2人じゃ狭いじゃん。それに、一緒に寝たら風邪移しちゃ───」
ユイが全ての言葉を云い終わる前に、菱和は身体を起こそうとしたその腕を掴み、無理矢理布団に押し沈めた
「良いから寝ろ、風邪っ引き」
「う‥ん‥‥‥」
図星を突かれたユイは、大人しく菱和のいう事を聞いた
ちらりと横を見ると、肘を枕にして目を閉じる菱和がすぐ隣にいる
暗順応により、菱和の顔が目視出来るようになってきた
「‥風邪、移っちゃうよ?」
菱和はゆっくり目を開け、ユイの頭を撫でて笑った
その笑みに心が鳴り、ユイは熱ではなく別の理由で体温がじわりと上がるのを感じた
「俺丈夫だから、風邪なんか移んねぇよ」
「‥‥わかんないじゃん、そんなの」
「‥ま、じゃあ移ったら移ったで看病して」
菱和は意地悪そうにそう云って、笑った
───あんな機敏に動けないよ‥‥俺ひとりじゃアズをベッドに運ぶことも出来ないし‥‥
そんなことを思い、ユイは口唇を尖らせた
「───お前さ、さっき喋ったこと、覚えてる?」
「‥さっき?」
「ん、寝る前に喋ったろ」
「‥‥?」
「‥“友達としてじゃなく特別な何とか”、ってやつ」
菱和に告白したことを思い出し、ユイはまた身体が熱くなるのを感じた
恥ずかしさが募る毎に、より布団に潜り込む
その様子を見て、菱和はくすっと笑った
「何、照れてんの?」
「‥‥‥んん‥」
「‥‥なぁ。あれってさ、ほんとの話?」
「‥嘘云ってどうすんだよ」
「いや、熱に浮かされて云ったんかなーと思って」
「違う、よ。頭は冴えてたから‥」
「ふぅん‥‥。じゃあ、本気にして良いの?」
「う、うん‥本気、だよ」
「そっか。じゃあ、もっかい聞かせて」
「へ?」
「もっかい」
「‥‥‥‥、病人いじめんなよ」
「いじめてねぇ。確認だよ、カクニン」
「‥‥‥、‥‥」
菱和は心底意地の悪そうな顔をしていた
ユイは困惑し、また口唇を尖らせた
「‥‥さっき云ってくれたじゃん、“好き”って。‥やっぱ、熱の所為で変なこと口走った感じ?」
「違う、よ!ほんとにす───」
穏やかに、真っ直ぐと、菱和の瞳がユイを捉える
その眼差しに、吸い込まれそうになる
出かけてしまった言葉を飲み込むことも出来ず、ユイは尻すぼみに残りの言葉を発した
「───き、だよ‥‥」
「‥‥、よく聞こえなかった。やり直し」
「───アズっっ!!」
「‥何だよ」
───もう、恥ずかし過ぎてまともに顔見れないよ!
澄まし顔の菱和に対し、ユイは羞恥で熱くなった顔を隠すように頭から布団を被り、ボソリと呟いた
「‥‥嫌い」
「‥あ?」
「嫌いだよ、アズなんて」
「‥あっそ」
突っ慳貪な返事をすると、菱和は仰向けになった
ぎ、とベッドが軋み、ユイの身体も揺れる
───冗談だとでも思ってるんだろきっと。からかってくるアズが悪いんだ、アズが‥‥
そうは思いつつも、菱和から素っ気ない返事以降何もリアクションがないことに少し不安になり、布団から顔を覗かせた
横を見遣ると、菱和と目が合う
何か云いたげなユイに、菱和は目を細めた
「‥‥何だよ」
「‥‥‥‥ごめん。今の、嘘」
「‥何じゃそりゃ」
「恥ずかしいんだよ、今更だけど」
「ふふ‥ほんと今更な」
「‥‥‥てか、迷惑じゃ‥ない?」
「何が?」
「その‥‥‥“好き”‥って、云ったこと」
「何で?全然」
「‥‥、そう‥」
「───俺もお前と同じだからさ」
何が同じなのか、分からない
ユイが少し首を傾げると、菱和はその仕種に笑み軽く息を吐いた
「‥‥‥‥お前はちゃんと云ってくれたけど、俺はまだだったな」
そして頬杖をつき、ユイの方を向く
「‥好きだよ、お前のこと。‥‥“友達としてじゃなく特別な好き”、な」
ユイの瞳を真っ直ぐ捕らえ、菱和は優しく笑みながらそう云った
ユイは目が点になった
暫し目を瞬かせる
「‥‥‥‥、ほんと、に‥?」
「ん。ほんと」
「‥‥‥んなこと云って、またからかってんじゃ‥」
「いや、至ってマジだけど」
「‥‥俺に合わせてくれて、とかじゃなくて?」
「‥そこまで親切じゃねぇよ、俺」
菱和はくすくす笑った
まさか意中の相手が自分と同じ気持ちを抱いているとは、思いも寄らないこと
菱和を疑うのも気が引けるのだが、ユイにはまだ実感が沸かないでいた
「───嘘じゃ‥な、い?」
「うん」
「ほんと、に‥‥?」
「うん」
「‥‥そう‥思っちゃって良い、の?俺、自惚れちゃうよ‥」
「自惚れ?上等じゃん。お前、さっき“本気にして良い”って云ったろ。だから俺も本気で云った。‥『お互い同じ気持ちだった』ってことで良いんじゃねぇの」
「ん、‥でも、なんか、何ていうか‥その‥‥」
目も合わせられず、もじもじするユイ
「───ユイ、おいで」
「え‥‥“おいで”、って‥?」
「言葉だけじゃ信用してねぇっぽいから態度で示そうってだけ。ほら、ここ来な」
菱和は布団を広げて、ユイを自分の胸元に呼び寄せた
ただでさえ至近距離
これ以上近付けば心臓の音までバレてしまいそうな気がした
「なっ、なん‥‥信じてないわけじゃないけど‥」
「なら早く来いよ」
「で、でも‥‥」
「‥はぁやぁく」
急かされたユイは『ままよ』と思い、菱和の胸にとん、と額をつけた
「‥‥よしよし」
腕枕される形になると、菱和は布団を掛け直した
頭に、菱和の顎が当たる
熱と緊張、ふんわりと香ってきた菱和の香水の匂いに、頭がくらくらしそうになる
「‥‥めっちゃ、緊張する‥」
「俺もだよ、ばーか」
「‥え‥‥‥アズでも、緊張するん‥だ」
「たりめぇだろ。好きな奴が至近距離にいんだぞ。あんま余裕ねぇよ、俺だって」
「好きな、奴‥‥‥」
口ではそう云うが、緊張している様子など全く感じられない
反面、“好きな奴”という言葉に、ユイの鼓動は只管早く打ち続けている
「‥‥余裕無いついでなんだけどさ、ちょっと良い?」
「え?な───」
ぼそりと呟いた言葉に返事を返す隙もなく、ふわりと鼻を擽る香水の香り
肩に、背に、身体に伝わる体温
背中に回る、大きな腕
“抱き締められている”と自覚するのに、さほど時間はかからなかった
「んんっ‥‥ちょっ‥」
「何だよ、嫌?」
「や‥ちが‥‥けど、だって」
「何?」
ユイには予想外過ぎる行動だった
一気に顔が熱くなり、思わず両手で菱和の胸を押さえ付ける
徐に顔を覗き込まれ、更に戸惑う
「こ、困る‥」
「困る?」
「ん‥どうしていいかわかんない」
「‥‥どうもしなくて良いよ」
ユイは手を退けられ、再度菱和に抱き締められた
恥ずかしさに耐え切れず抵抗してはみるものの、熱のせいもあってか体が思うように動かず、弄ばれている気分だった
『どうしていいかわからない』という思いも『どうもしなくて良い』とあっさり打ち消され、胸の高鳴りに息苦しさを覚える
「‥‥もおぉ‥‥‥‥死に、そ」
「は?何で?」
「苦し‥‥ヤバいって‥っ!」
「あ、何?」
菱和が手を緩めると、ユイは手で顔を覆い、身体を強ばらせ、ひたすら困惑していた
「‥大丈夫か?」
「大丈夫じゃないよっ、も‥心臓破裂するっ!!」
肩で息をするユイを見て、菱和はく、と笑った
「‥別に良いよ、破裂しても」
「良くないよ!俺慣れてないんだから、こういうの‥!」
「そりゃ俺もだから」
「‥は‥‥‥、‥っても、全然そんな風に見えないよ、アズは‥」
「‥‥‥どういう意味だよ?」
「いや、だから‥慣れてそう、ってか‥」
「慣れてねぇっつんだよ。俺もこんなことすんの初めてだから」
「そ‥‥なの?」
「ん。つか今一瞬過ぎて感触とか何も分かんなかった。もっかいやらして」
「や‥で、でもさ、‥心の準備ってやつが‥‥」
「知っかよそんなもん。別に捕って食ったりしねぇから。‥‥‥‥もっかい、“ぎゅっ”てさせて」
そう云って、菱和は腕を広げる
『“ぎゅっ”てさせて』
優しく云い放たれたその言葉は、ユイの思考回路を完全にバグらせた
最早熱の所為なのか緊張の所為なのかもわからなくなった身体の暑さをどうにかしたいという思い
不思議と『抱き締めて欲しい』という思い
交錯するユイを急かすように、菱和は隙間をぽんぽん、と叩いてくる
「‥‥お邪魔します」
「どーぞ」
ユイは、困惑しながらも菱和に身を預けることにした
先程のように額をくっ付けると、菱和はユイを抱き寄せる
自分の心臓の音が耳障りでならない
バクバクなり続ける鼓動に耳を塞ぎたくなる
ぎゅっと目を閉じ、何とか心を無にしようと試みたが、所詮は無駄な足掻きだった
緊張でガチガチになった小さな背中を、菱和はゆっくりと擦った
「ほんと、慣れてねぇのな」
「何だよ、悪い?」
「別に。俺もだし」
「‥嘘だ、そんなの」
「嘘じゃねぇし」
「じゃあ、何で、こんなこと‥‥」
「云ったろ、『余裕ねぇ』って。我慢出来んかった」
「‥‥そういう、もん?」
「好きだったらしたくなるもんなんじゃねぇの。少なくとも俺はそうなんだけど‥‥っつーか、この期に及んでそんなんどうでも良くねぇ?」
「わかんない‥よ」
「そっか。じゃあ、俺もわかんねぇ」
「だから、『わかんない』なんて絶対嘘だろ‥!」
「嘘じゃねぇっての。疑り深い奴だな。あんまりしつけぇとちゅーしちまうぞ」
菱和は若干苛ついたようにユイの顎を掴み、顔を近付けた
ユイはまた慌て出す
「べっ、ベロチューなんて無理無理!絶対無理!」
「‥‥いつ『舌入れる』っつったよ」
「え‥違う、の?」
「っつうか、しても良いなら今“ベロチュー”するけど。良いの?」
「なっ‥まっ、まだ!俺にはまだ早いっ‥‥!」
更に顔を近付けてくる菱和をガードするように、ユイは両手で顔を塞いだ
そのあまりの慌てように、菱和は噴き出した
「‥くっ‥ふふ‥‥‥そうなの?」
「んん、ん‥‥もぉ、そうじゃなくて‥‥っていうかやり方わかんないし!」
「じゃあ一回やってみりゃ良いだろ。“習うより慣れろ”って云うじゃん」
「あっ、アズは出来るかもしんないけど、俺はまだ無理なのっ!」
「‥わかったわかった。悪かったって。まだ早いのな。‥‥おいで、ユイ。何もしねぇから」
「‥‥ぅうー‥‥‥‥」
唇を尖らすユイの目が、少し潤んでいる
菱和はくすくす笑ってユイの頭をぽんぽん、と叩いた
『何もしない』という言葉を信じることにしつつも、ユイは不安そうに菱和の胸に戻った
「‥な、さっきのもっかい云って」
「な、に?」
「“好き”、って」
「え、な‥‥も、もう云ったじゃんっ」
「また聞きたい」
「えー‥ぅうー‥‥‥‥好、き‥だけど‥‥」
「なんて?」
「も‥からかうなよ‥‥!」
「‥かわい」
くす、と笑う菱和
ユイをまた抱き締める
さっきよりも、力を込めて
「‥あったけー‥‥」
珍しく無防備な声
菱和の腕の中にいる安心感に、どんどん心が満たされていく
ユイは力が入らないなりに、漸く自ら菱和に抱きついた
「アズ‥」
「‥ん?」
「‥‥、好き」
「ん。‥‥俺も好き」
「ありがと、アズ」
「‥こちらこそ」
2人は顔を見合わせ、笑った
───あったかい‥アズの匂いがする
布団や枕から香る菱和の香水の匂い
それは今隣にいる菱和本人からより強く香り、同時に菱和の体温も感じる
“一緒に居る”という実感が、より増していった
「‥なんか温くて眠てぇ。‥‥寝るか」
「‥うん」
ユイは菱和にすり寄った
ほぼ無意識だったその仕種が堪らなく可愛く感じた菱和は、子供をあやすようにユイの背中をとんとん、と叩いた
心地好いリズムと大きな掌の感触に、ユイは安堵の中で眠りに就いた
「‥おやすみ」
空が少し明るみ始めている
車の走る音と未だ降り止まない雨音が、微かに夜明け前の部屋に響いていた
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