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76 FEVER①
暫く無人だった室内は、すっかり冷えきっている
部屋に入ると、菱和はタオルでユイの頭を拭き、濡れている服を脱がせて、自分の部屋着を着せる
ヒーターをつけてユイをベッドに寝かせると体温計をユイの腋に挟み、「寝てろ」と云い残して寝室を出た
───相変わらず器用だな
部屋に入ってからベッドに運ばれるまでの動きがあまりに機敏なことに、ユイは朦朧としながらも感心した
風邪薬を捜しにリビングへ向かった菱和
薬を見つけると部屋着に着替え、冷蔵庫の中に具合の悪い人間でも食べられそうな物はないか物色し、序でにキッチンで煙草を喫い始めた
予想外の出来事ではあったが、寒空の中数時間も人を待たせ、結果的に風邪をひかせてしまったことに少なからず罪悪感が募っており、溜め息混じりに煙を吐いた
ユイはぼーっと天井を見つめていた
思ったよりも体が怠く、熱のせいで暑いのか寒いのかもわからない
布団や枕からふんわりと、菱和のつけている香水の香りがした
微かに煙草の匂いも混じっている
───‥‥‥‥アズの匂いがする
会いたくても会いたくても会えなくて思いあぐねいていたが、やっと会えた
体の具合は絶不調だが、菱和に会えた、一緒にいるという喜びが、ユイの心を満たしていた
「───もう鳴った?」
菱和は水の入ったコップと薬を持ち、寝室に戻ってきた
もうとっくに報せの音は鳴り止み、ユイの腋に挟まったままの体温計を手に取ると、呆れた視線を寄越す
「‥39度2分」
「あ‥アズ‥‥ごめん、ね。俺、平気だから‥‥」
「いいから寝てろ」
身体を起こそうとしたユイは菱和に制止され、布団をかけ直された
溜め息を吐き、菱和はベッドの脇にどたりと座り込んだ
髪を掻き上げ、ユイを一瞥する
「‥‥‥アホかお前は」
「う、ん‥アホだよね、ほんと‥」
「マジで、な。‥‥俺が帰ってこなかったらどうする気だったんだよ」
「それでも待ってたよ。会えるまで、ずっと」
───こいつなら、やりかねないな
「‥そうか」
菱和はくす、と笑った
「‥‥会いたかったんだぁ‥アズに」
顔色が悪いながらもにこりと笑いながらそう呟くユイ
菱和にまた罪悪感が募る
「‥悪かった」
「なに、が?」
「風邪引かせちまって」
「ううん、だいじょーぶ‥」
「‥‥水飲むか?」
「‥うん」
菱和はベッドの脇に座ってユイを起こし、肩を支えてコップを手渡した
ユイは水を飲むついでに手渡された薬も飲み、ほ、と一息吐く
そして、弱々しい声で話し出した
「‥‥‥‥あの、ね、アズ」
「‥‥ん?」
「俺ね、色々考えてたんだ」
菱和はコップを受け取りテーブルに置くと、ベッドに座り直した
「‥‥‥うん。何?」
「アズと同じクラスになって、友達になって、仲良くなって、一緒にバンドもできて‥‥嬉しかったよ」
「うん」
「だから、アズが居なくなっちゃって、‥‥すげぇ淋しかった」
「うん」
「俺‥‥俺ね、アズのこと、好きだ。友達としての好きとはちょっと違う‥ってか、“それ以上の特別な好き”っていうか‥‥‥‥上手く云えないんだけど、多分そう‥なんだ」
「‥うん」
「‥‥だからね、アズと一緒にバンド続けたい。‥またみんなで一緒にやりたい」
「うん」
「アズと‥一緒に居たい」
「うん」
「‥‥‥それだけ、伝えたかったんだぁ‥」
菱和はユイの一言一言にただ頷いていた
顔色が悪いながらも何時もの調子で笑むユイに、溜め息を吐く
「‥んとにアホだなお前は‥‥そんなこと云う為だけに風邪引きやがって」
ユイは力なく「うん」と云い、頭を垂れる
「だって‥顔見てちゃんと伝えたかったんだもん‥‥来週まで、待てなかった‥‥。ここで待ってたら、早く会えるんじゃないかと思って‥‥‥へへ」
高熱を出してまで自分を待ち続け、気持ちを吐露したユイ
『友達ごっこ』などと云い放ち、ユイたちを拒絶し遠ざけていたことを、菱和は酷く後悔した
自分の決断がもう少し早ければこんなことにはならなかったかもしれないと思うと、今までの行いに無性に苛ついた
一度自覚してしまったら、いつまで経っても“想い”を断ち切ることが出来なかった
伝えたくても、伝わるわけがないと思っていた
“普通”であって、“普通”ではないから
互いに、ずっと“そう”想っていた
知らなかった
ただ、今はより一層
愛おしくて、堪らない───
相手がぶつかってきたなら、こちらもぶつからないわけにはいかない
これからのことを憂いても仕様がない
菱和も、自らの想いをぶつける決心をした
「───‥、もう、わかったから」
「アズ‥?」
「‥‥俺も少し、話して良い?」
「うん‥」
「悪かった。マジで」
「平気だよ、これくらい」
「‥熱のことだけじゃねぇ。ずっと露骨にお前らのこと避けてたろ。沢山連絡くれてて、わざわざ実家にまで訪ねてきてくれたってのに」
「‥‥ん‥」
「‥‥‥‥俺も考えてた。お前らと一緒に居て良いのかなって。そんな資格あんのかな、って」
怪訝な顔をするユイに笑いかけ、菱和は続けて話した
「───怖かった。ずっと」
菱和が恐怖感を覚えるとは、露程も思えない
どういうことなのだろうかと、ユイは首を傾げる
「‥怖い?‥‥何で?」
「大事なんだ。もうずっと前から大事なものになってたんだよ。お前も、佐伯も、あっちゃんも、リサも、バンドも全部」
「‥‥大、事‥」
「うん、すげぇ大事。傷付けたくねぇんだ‥傷付いて欲しくねぇんだ、お前らには。でも俺が関わるようになってから何度か危ねぇ目に遭わしちまってるし、このままじゃいつまで経っても同じだって思った。それなら、『俺が消えるしかねぇ』って結論になった」
「そんなの、俺ら何とも思ってないよ。アズと一緒にバンド出来ない方が、ずっと嫌だ‥‥」
「わかってる、もうわかった。お前らが俺を受け入れてくれてることはもうずっと前からわかってた筈なんだ。ただ、俺に覚悟がなかっただけだ」
「覚悟?」
「ん。‥‥お前らと一緒にいる覚悟」
そう云って、菱和は真っ直ぐユイを見つめた
「もう、お前らからも自分からも逃げねぇ。バンドも辞めねぇ。また誰か殴っちまうかもしんねぇし、迷惑かけることもあると思うけど、これから先、何があってもお前らのことは必ず護る。約束する」
約束事が、どんどん増えていく
でも、もう、決して破りはしない
だから───
「‥‥‥‥だから‥、‥‥『だから』っつーのも変な話だけど‥‥‥‥俺、またお前と一緒に居て良い?」
菱和の言葉に心が暖かくなるのを、ゆっくりと感じる
「‥‥駄目って云うと思う?」
ユイがいつもの無邪気な顔を見せると、菱和は首を傾げた
「‥駄目か?」
「ふふ、んなわけないっしょ!」
天真爛漫なユイの笑顔が弾ける
その顔を見て、菱和も笑った
「‥‥ありがとな、ユイ」
「ん?」
「我妻から聞いた。俺のこと“待ってる”って」
「ああ、うん。てか、店長に色々話しちゃった‥‥ごめん」
「いや。‥っつうかもっと早く帰って来るべきだった。そしたら風邪引かせずに済んだかもしれねぇのに‥‥ごめんな」
「んーん。結果的にアズに会えたから、良いんだ」
「‥‥お前、ほんと良い奴な。我妻も云ってたけど」
「‥店長が?」
「うん。お前ら蔑ろにする俺が悪い、ってさ。ほんとだよな」
「ふふふ。‥‥‥‥俺も聞いたよ、アズのこと」
「‥‥何て?」
「アズは、昔は口が悪くて生意気な不良だった、って」
「‥‥の野郎、んなこと云いやがったのか」
「でも、真面目だからちゃんと話せば伝わる、遠慮しないで話しておいで‥って。やっぱ、店長がいちばんアズのこと良く知ってるね」
「‥まぁ、付き合い長いしな‥‥」
「‥‥店長が背中押してくれなきゃ、俺こんな風に自分の気持ち伝えられなかったよ‥‥あ、あとリサも」
「リサ?」
「うん。話したんでしょ?」
「あー‥‥‥‥説教された」
「へ?アズが?」
「ん。『バカ』ってさ」
「‥‥そういや俺もリサに『バカ』って云われたよ」
「‥‥‥‥なんか、ほんとバカみてぇだな。ふたりしてリサと我妻にお節介焼かしちまって」
「‥‥‥‥くっ‥ふふ、ははは!なんか可笑しいね!」
「‥‥ほんとな、参るわ」
2人は顔を見合わせて、笑った
2人を見守り、説教までかましてくれた友人がいることに惜しみない感謝をした
一頻り笑い、ユイはその笑顔を菱和に向ける
「‥おかえり、アズ」
“おかえり”
菱和の耳に谺するユイの声
───そっか
「‥‥、ただいま」
菱和は柔らかく笑み、返事をした
頑なにならず自分自身に素直でいれば
少しでも相手に甘え寄り掛かっていれば、もっと早くこうしていられた筈なのに
それでも、気持ちを伝えるのは容易ではなく、「叶わぬ想い」だと思い込もうとしていた2人
随分と遠回りしてしまっていたが、相手も自分も気持ちを吐露した今───互いに互いを想い合っていたということを知り、それ以上2人が傍に居られない理由は何も無かった
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