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74 Waitin' ④
金曜日
ユイはこの日も、昼休みと放課後を屋上で過ごした
日一日と、寒さが増しているように感じる
もう少しで期末テストがやってくる
勉強もギターも、何も手につかない
今の自分を見たら、菱和はどう思うだろうか
『バカみてぇ』と云って、呆れた顔をされるだろうか
待ち続けることは、苦ではない
きっと菱和は、決断する
その答えを、自分は待ち続ける
今は、孤独でありませんように───
そんなことを、強く願った
陽が落ちかけ、ユイは溜め息を一つ吐き、帰宅することにした
陽が落ちると、より寒さが増してくる
帰宅途中に吐いた息は、白くなった
しんと静まり返った部屋に、いつも以上に孤独感に苛まれる
久々にギターを弾こうと、準備をする
大好きな、黄色のレスポール
兄の尊から貰った、大切な宝物
この楽器のお陰で、自分は菱和との縁が出来た
ここ暫く触っていなかった所為か、指がもたつく
それでも、ずっと弾き続けてきた指先は固くなり、もう痛みなど感じない
何とか感覚を取り戻そうと、我武者羅にギターを弾く
「───いってぇっっっ!!」
突然、1弦が切れた
バチンと切れた金属の細い弦が指に当たり、持っていたピックは弾かれて床に転がった
「ああもうっっ‥‥!」
苛ついたユイは、ギターをベッドに投げ捨てた
スプリングで跳ねたギターから、微かに金属音が響いた
「───‥‥‥‥」
ギターに八つ当たりするとは、自分はよっぽど重症なのだと実感する
こんなことをしても、ただ空しいだけなのに
“恋患い”とは、何というものなのだろう
何も手につかなくなるくらい、その思考を狂わせる
こんな思いをするくらいなら、いっそ忘れてしまった方が───
───出来ないよ、そんなこと
「──────‥‥ごめん。痛かったよな」
ユイはギターを抱え、抱き締めた
誰かが階段を昇ってくる音がした
軋む音が止み、私服のリサが部屋のドアを開ける
「───リサ」
「‥‥なんて顔してんの、あんた」
今にも泣き出しそうな子供のような目
云い様の無い不安に駆られる顔
縋るようにギターを抱え、すっかり小さくなっている
ユイのこんな顔、見たくない───
「っバカっっっ!!!!!」
菱和にぶちまけたように、リサはユイにも同じ言葉をぶちまける
ユイは驚き、飛び上がりそうになった
「もうバカ!!!あんたら2人ともバカなんだよっ!!!」
「は‥!?な、なん‥‥」
リサは吃驚したまま吃るユイを一瞥し、溜め息を吐いた
「‥‥は‥‥‥‥バカ過ぎて笑える。ほんとバカ」
謗ることを止めないリサに、ユイはむっとする
「‥知ってるよ!わかってるよ!俺だって自分がバカなことくらいっ‥‥」
「この大バカっ!!いつまでもうじうじすんなっ!!」
「なっ‥‥じゃあどうすれば良いんだよ!!皆で待つって決めたんだよ!もうそうするしかないじゃんか!」
ユイは菱和に会えない苛立ちを、リサは互いにどうしようもない勘違いをしているユイと菱和に
2人は、ストレスをぶつけるように怒鳴り合った
今までの長い付き合いの中で、これほど云い合いをしたのは意外にも初めてのことだった
暫しの睨み合いの後、リサは息を吐いた
「───もう、そんな必要ないよ」
「‥‥?‥‥何、それ」
「‥あいつなら来週から学校来る。ちゃんと、自分の気持ち伝えなよ」
「え‥‥」
「鬼電したら出たよ。大丈夫、ちゃんと約束したから。‥もし破ったら、今度は私があいつを殴るから。‥‥‥‥だから、もうそんな顔しないで」
そう云って、リサは穏やかにユイを見る
こんなリサの顔を見るのは、久し振りだ
何とも云えない安心感が、ユイの心を落ち着かせた
拓真にもリサにも、多大な心配をかけた
自分には特別な幼馴染みが2人もいる
例え菱和に想いが届かなかったとしても、拓真とリサはきっと傍に居てくれる
何の根拠もないが、そんなものは必要ない
互いを想う絆は、確かに此処にある───
リサは、ユイが抱えるギターに手を伸ばす
少し重いレスポールを携えた
「‥‥弦が切れたギターは、可哀想だよ。張り替えなきゃ」
ユイの大好きな黄色のレスポール
まるで生き写されたように、ユイに似た“音”を出す
大切な宝物、大切な相棒
ほんの一瞬でもギターを粗末に扱ってしまったことに、ユイは胸がチクリと痛んだ
「‥‥‥‥そうだな。‥‥俺、弦買ってくる」
ユイは顔を上げ、笑顔でリサを見た
その顔は、いつもの天真爛漫なユイだった
「‥‥、いってらっしゃい」
リサは穏やかな表情のまま、階段をかけ降りるユイを見送った
***
スタジオ経営も行っているsilvitの閉店時間は深夜近く
特に急ぐ必要もなかったが、ユイは足早にsilvitへと向かった
時間を確認しようとポケットをまさぐったが、携帯が見当たらない
思えば、机の上に置きっぱなしだった
───‥‥まぁいっか、弦買ったらすぐ帰れば
携帯がなくて不便なことといえば、時間がわからないことと、大事な電話に出られないこと
後者は少し困るが、どうせすぐに帰宅すれば良いと思ったユイは、携帯のことなどどうでも良くなった
来客を報せるベルの音に気付き、我妻はドアの方を見遣る
「いらっしゃい‥‥あら、ユイくん」
「店長、こんばんは」
「珍しいね。今日は一人なの?」
「ああ、うん。拓真もあっちゃんもバイトで、今日は個人練習の日。‥‥でも弦切れちゃって」
「また1弦かい?よっぽど沢山弾いてるんだよねーユイくんは」
「‥俺の取り柄、ギターしかないから!」
そう云って、ユイはにこっと笑った
「えーと、D'Addarioだよね」
「うん、レギュラーライトで」
「おっけー。バラの1弦、おまけしとくね」
「アリガト、店長!」
我妻は弦のコーナーを物色してお目当ての弦を手に取り、ユイに手渡した
レジを打ちながら、ユイに尋ねる
「ところでさー、ユイくん」
「あ、はい?」
「最近、アズサちゃんどうしてる?」
バンドを休んでいる菱和は、silvitにも顔を出していないようだった
「‥‥俺も知らないんだ。学校にも、来てないから」
「え、そうなの?どのくらい?」
「3週間‥‥4週間、くらいになるかなぁ」
「‥そんなに?」
「‥‥‥うん」
「‥‥ふーん‥‥‥‥」
会計を済ませたユイは、直ぐに帰るつもりが結局店内を物色して歩いた
壁一面に飾られた“ASK”と書かれたギターたち
キラキラと照明に照らされ、新しい飼い主が現れるのを待ち侘びる
一度足を踏み入れれば、絶対に離れ難くなる
それが、楽器屋だ
「飲む?俺の奢り」
我妻は、ギターを眺めていたユイに梅サイダーを手渡す
「あ、どうも!さっすが店長、頂きます!」
「ユイくんそれ大好きだもんね。あ、適当に座んなよ。もう店閉めちゃうから」
「え‥‥良いの?閉めちゃって」
「どうせ今日はスタジオ予約も入ってないから。アズサちゃんの話も訊きたいし、ゆっくりしてってよ」
そう云って、我妻は梅サイダーと一緒に買った自分の缶コーヒーの蓋を開けた
「‥‥アズサちゃんと、何かあったの?」
「ん‥、何から話せば良い、かな」
「そんなに色々あったの?ここ1ヶ月くらいで」
「‥‥‥‥うん」
「そう‥‥。じゃ、ユイくんが話し易いところからで良いよ」
サングラスから覗く我妻の目が、細く柔らかく見えた
***
ユイは我妻に打ち明けた
菱和に初めて声を掛けた日のこと
ここでセッションをした時こと
菱和がHazeに入る為に喧嘩をし、骨折したこと
加入後のライヴで、手を握ってくれたこと
学校に来なくなった日のこと
自分達を護るために、菱和が嘘を吐いたこと
そこまで想ってくれていたこと
来週から登校する筈であること
早く戻ってきて欲しいと、願っていること───
学校生活からバンドの活動まで、菱和と過ごしてきた時間のほぼ全てを、我妻に話した
我妻は時折頷きながら、ユイの話を聞いた
一頻り聞き終えると、軽く溜め息を吐く
「そっ‥‥か。そんなことがあったのね」
「‥‥でも、あんま自信無くなってきた。友達に『うじうじするな』って怒られたんだけど、アズに会うのちょっとだけ怖くなってきちった。‥や、ほんとはめちゃくちゃ会いたいんだけど‥‥」
薄く笑いながら不安そうにするユイ
───ああ、ユイくんはほんとに良いコだなぁ
我妻は、ユイの頭を撫でくり回したくなった
「───アズサちゃんはね、」
穏やかな口調で話し出した我妻の声に、ユイは顔を上げた
「‥‥前は物凄ーーーく目付き悪かったんだ。もう、『僕は不良です』って顔しててね。口は悪いし生意気だし‥‥‥って、今でもそこはあんま変わんないか。‥‥でもね、ベースを弾くようになってから凄く変わったんだ。ギラギラしてた目付きが段々穏やかになっていってさ」
菱和の過去のことは、恐らく本人か我妻からしか聞く機会はない
ユイは我妻の話に耳を傾けながら、興味深そうに頷く
「アズサちゃんにベースを勧めたの、俺なんだよね。アズサちゃんはギターよりベースが似合ってると思ってね。今にして思えば大正解だった。君らのバンドに入ったことも、凄く良かったと思ってる。アズサちゃん楽しそうだもんね、やっぱ」
「そんな感じ、だった?」
「うん。アズサちゃんのあんな顔、今まで君らとスタジオ入った時くらいしか見たこと無いもん」
「‥‥‥そっかぁ」
自分と同じように楽しい時間を過ごしていたのだとわかると、嬉しさのあまりつい笑顔が溢れてくる
我妻は、はにかむユイの頭をぽん、と叩いた
「‥‥大丈夫だよ。多分わかってると思うけど、アズサちゃんて見た目よりもずっとずっと真面目で優しいから、ちゃーんと話を聞いてくれるよ。遠慮しないで、どーんとぶつかっておいで」
優しくそう云う我妻の言葉に、ユイは少しずつ自信を取り戻した
駄目で元々、当たって砕けろ
そう、自分に云い聞かせた
「‥‥ありがと、店長。店長と話出来て、良かった」
「いえいえ。陰ながら、応援してるから」
「‥うん!ほんとに有難う!‥‥あ、もしアズが来たら、“待ってる”って伝えて」
「わかったよ。伝えとく」
ユイはギターの弦を提げて、元気良くsilvitのドアを開けて出ていった
「‥‥さぁーて‥‥‥‥オジサンは更にお節介焼いちゃおっかなぁ」
ユイを見送ったあと、我妻は軽く伸びをして、携帯を取りに行った
***
『アーズサちゃんっ。元気ぃ?今どこにいるのぉ?』
「‥なんか用か」
『何でそんなに冷たいのー。用事がなかったら電話しちゃ駄目?ってか、大事な用事だよー』
「だから、何なんだよ」
『最近、学校行ってないんだってねー。真吏ちゃんにチクっちゃうよ?君のお母様と俺の関係、忘れたとは云わせないぜ』
「‥‥‥性格悪りぃな、てめぇ。前から思ってたけど」
『まぁま、冗談は置いといてー。‥‥さっき、ユイくんが店に来たよ。色々聞いたよ、ユイくんたちと喧嘩中なんだって?』
「‥‥まぁ、そんなとこ」
『駄目駄目ー。絶対駄目ー。すぐ仲直りしてよ』
「何でお前にそんなこと云われなきゃなんねぇんだよ」
『何でって?友達だからに決まってるっしょー!あのコたちのこと蔑ろにしたら、俺が怒っちゃうよ。マジで“おこ”だからね。‥‥いや違うな、“ムカ着火何とか”だよ』
「無理して若者ぶった言葉遣うなよ、鬱陶しい」
『ほんとだねー、なんか自分でも恥ずかしくなってきた。‥‥まぁ良いや。それより、ユイくんから伝言預かってんだけど』
「‥‥伝言?」
『‥“待ってる”、ってさ』
「───‥‥‥‥‥、‥‥我妻」
『うん?』
「俺、今から家帰るわ。来週からガッコだし」
『‥うん、そうだね。それが良いね。‥‥っていうか、今どこにいるの?』
「‥‥‥ラブホ」
『え?ちょっ───』
───確実にそんなとこいないだろ
通話が切れた携帯を見つめていた我妻はそう思いつつ、満足げな様子で閉店作業を始めた
窓から空を見上げると月や星はなく、厚い雲が夜を覆っていた
「‥‥一雨来そうだなー」
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