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73 Waitin' ③
マンスリーライヴが終わり、次の週
ユイは未だ、屋上で昼休みを過ごしていた
特別用事のない放課後は、陽が暮れるまで屋上に居た
霜月も半ば、流石に風が冷たくなってきた
じっとしているだけでも身震いするような寒さ
拓真やリサの心配を他所に、ユイは屋上で過ごすことを止めなかった
あの時の冷たく固い無表情は、優しさを隠す為のものだった
氷のような冷たい顔の裏側の心は、優しさただ一つ
だが、ユイたちを護ることと引き換えに、菱和は独りになった
心から“護りたい”と想ってくれていたことを、嬉しく思うと同時に切なくも感じる
自ら選んだ道なのだろうが、その孤独を何とかしたい
もう独りじゃない
その孤独はもう必要ない
そのことに、気付いて欲しいと願う
いつも菱和が居たこの場所に居ることで、菱和の気持ちや孤独が理解出来るような気がしていたのかもしれない
「‥‥っくしっ。‥‥あー、寒‥‥‥」
一つ嚔をし、ユイは腕を擦った
ユイが“恋患い”を拗らせている
最早、口で云ってどうにかなるレベルの拗らせ方ではなかった
柄にもなく黄昏るユイの背中は、いつもより小さく見えた
拓真とリサは溜め息を吐きながら、放課後の歩道を並んで歩いていた
今日もユイは、屋上で黄昏れている
木枯らしが木々の葉を揺らし、殆ど水分が無くなった落ち葉がひらひらと舞い上がる
もう、冬は目前だ
何となく自宅に帰りたくなく、リサは拓真の家に寄った
拓真は温かいココアを淹れ、リサに渡した
冷えきった身体に、じんわりと沁みる
「‥‥ユイ、何時までああしてるつもりなんだろうな」
「あいつが来るまでやるんじゃない。そのうち絶対風邪引くよ。せめて教室で待つとかしてくれれば良いんだけど」
「んなこと云ってもさ‥‥ユイが云うこと聞くわけないっしょ。あー、なんか良い薬ないもんかねー」
「薬なら、あるでしょ」
「へ?何?」
「‥‥あいつが学校来れば、解決する」
「‥いやでもさ、メールも電話も返ってこないとこ考えると、学校にはまず来ないと思うんだけど」
「そんなもん、やってみなきゃわかんないじゃん」
「そりゃそうだけど‥‥」
椅子に座り、腕組をしてうーんと唸る拓真
「‥貸して。あいつの連絡先、入ってんでしょ」
「え、ちょっ‥‥」
リサは、机の上に置きっぱなしだった拓真の携帯を手に取った
電話帳を開き、菱和の番号を自分の携帯に控える
菱和はリサの携帯の番号を知らない
拓真からの着信にすら出ないのだから、知らない番号からの着信に応じる可能性はより低い
それでも、リサは電話をかけ続ける
通話ボタンを押し、10コール目くらいで切り、リダイアルする
凡そ5分近く、それを繰り返した
まさに、“鬼電”だった
「‥‥かけ過ぎじゃね?」
「こんくらいやんなきゃ出ないよ」
逆効果なのではと思いつつも、拓真は菱和が電話に出てくれることを願った
云ってやりたいことが山ほどある
苛つきながらも、リサは電話を掛け続けた
なかなかに諦めが悪く、負けず嫌い
友達を想う気持ちなら、自分だって負けてはいない
大事な友達の恋路なら、その想いはより強くなる
滑稽だと笑われても良い
そんなことはどうでも良くなるくらい、幼馴染みへの想いは真っ直ぐだ
リサの願いが通じたのか、突然コール音が止み、嗄れた声が聴こえた
『‥‥‥‥誰』
低くぶっきら棒な声に負けず劣らず、リサはぶっきら棒に返事をした
「‥‥私だけど」
───出たのか
リサが言葉を発したのを聴き、拓真は顔色を変えた
『‥‥、番号、誰から訊いた?』
「拓真。今、拓真の家に居るから」
『‥‥そ』
電話口から、息を吐く音が聴こえる
恐らく、煙草を喫っているのだろう
JPSの煙が、漂ってきたような気がした
『‥‥なんか用か?』
「何で学校来ないの?」
『‥‥‥‥‥‥』
「答えて。何で?」
『‥‥‥‥、行ったところで、何がどうなるってんだ』
「は?」
『俺はあいつらに「もうバンドやらねぇ」って云ったんだ。今更ガッコ行くことに何の価値もねぇ』
「‥‥どういう意味?」
『‥‥‥‥言葉通りだよ』
「‥‥『もうバンドやめるから学校にも来ない、ユイにも拓真にも会わない』ってこと?バンド辞めるのとユイたちと友達辞めるのに何の関係があるって云うの。それとこれとは別問題でしょ。何で全部一緒くたにしちゃうわけ?バンドを辞めたって、ユイたちとは友達で居られる筈でしょ」
『‥‥‥‥ほんとにそう思うか?』
「‥‥何?」
『俺とダチで居て、あいつらに何の徳があるんだ。俺が居る所為で、今まで有り得なかった問題が色々起きてんだろ。もう、嫌なんだ。これ以上嫌な思いして欲しくねぇんだよ。‥‥あいつらにも、お前にも』
友達付き合いに不慣れな菱和
他人とコミュニケーションを図るのは元々苦手な方だ
それ故か、菱和は大きな勘違いをしている
友達の大切さはユイたちと共に過ごすことで充分学んだ筈だが、“友情のなんたるか”をまだ知らない
友達の為に身を引くことは、時として大事なことかもしれない
でも、菱和のそれは、“優しさ”じゃない───
「‥‥‥‥何云ってんの」
リサは次第に俯いた
徐々に苛立ちが募り、みるみるうちにそれは怒りに変わっていく
「───っバカっっっ!!!」
話の内容はわからずもリサを見守っていた拓真は、突然の叫び声に心臓が弾けたかと思うくらい驚いた
「ただの損得であんたと友達で居るわけないでしょ!!友達はそんなに軽いものじゃない!ユイも拓真も、ちっともあんたを恨んでない!!!」
リサは力任せに叫び散らした
リサの『バカ』に驚いたのは菱和も同じだったようで、電話の向こうは静寂に包まれている
そんなことはお構いなしに、リサは続けて話をする
「‥‥今まで何があったのか全部聞いた、あんたの元バンドメンバーから。わざとなんでしょ、『バンドやらない』って云ったのも『暇潰しだ』って云ったのも、何もかも全部。あんたはそんなことする奴じゃない、誰もそんな風に思ってないんだよ!それにね、あんたが学校来なくてもユイは屋上に居るの!ずっとずっとあんたのこと待ってんだよ!!それがどういうことか、あんたならわかるでしょ!?‥もう、見てらんないんだよ!いい加減ユイのこと見ろ!!ちゃんとしろっ!!!」
拓真の胸がぐっ、と詰まる
いつもクールな幼馴染みの、滅多に見ることのない激昂振り
それは強かで優しい、大事な幼馴染みを想う気持ち
思いの丈を存分に菱和にぶちまけたリサは、肩で息をしている
こんなにも大声で叫んだことは、久しく記憶に無い
拓真の部屋にも電話口にも、再び静寂が訪れる
「‥‥‥‥ユイに云わなきゃなんないこと、ある筈でしょ。約束して。来週からガッコ来て、ユイにちゃんと自分の気持ち伝えて。‥‥もし来なかったら、今度こそマジで殴るから」
菱和は、リサの想いを黙って聞いていた
リサがユイを想う気持ちは、出会った当初から知っている
──────こいつも俺も、あいつのことになったら見境無くなんな
恥も外聞も捨てて友達の為にここまで本気になれるものかと驚くと同時に、ユイとリサの関係が羨ましく思った
そして、何だか可笑しくなった
『───‥‥‥‥っく‥‥っ‥‥ふふ‥‥』
電話の向こうで、菱和が笑っている
その声は、リサを更に苛つかせた
「‥何笑ってんの?」
『‥‥いや、何でもねぇ。‥‥‥‥云っても良いのか?あいつに』
「私の許可なんて、必要ないでしょ。ユイはあんたを拒否したりしないから。絶対に。だから、‥‥ちゃんと向き合って」
『───‥‥‥‥わかった。‥‥来週から、ガッコ行くよ』
「‥‥必ずね」
『ん。約束する』
ユイは自分を絶対に拒絶しない
その言葉が何よりも心強く感じた菱和は漸く折れ、約束をした
軽く息を吐き、リサは通話ボタンを押した
静観していた拓真は、恐る恐るリサの顔を覗き込む
「‥‥‥‥リサ‥‥」
「‥‥云いたいことは全部云った。来週から、学校来るって。‥‥あとは、どうなろうと知ったこっちゃない」
「‥‥それ、めちゃくちゃ無責任じゃん」
「‥‥‥‥、そんなことないと思うけど」
「え?」
「拓真だって、応援したいでしょ。‥‥“2人”のこと」
拓真は目を丸くした
ユイの気持ちは知っていたが、まさか菱和も同じ想いを抱いているとは───
リサと菱和は似ている
ただ、それだけだと思っていた
似ているからこそ、なのだろうか
あまり感情を表に出さない2人は、その裏側でとてつもなく強い想いを抱いている
自分の知らぬ間に菱和とも充分親しくなっていた様子のリサに、『してやられた』などと思った
「‥‥‥‥知ってたのか‥‥ひっしーのことも、ユイのことも」
「‥マック行こ、拓真。アップルパイ食べたい」
「‥‥3個くらい御馳走しようか?」
「‥、2個で良い」
拓真とリサは携帯と財布を持って、最寄りのファストフード店へと向かうことにした
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