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72 FACT
バンド休止の最中
ユイと拓真、そしてアタルは、マンスリーライヴの観覧に来た
観る側として会場に来るのは久し振りのことだったが、逆に新鮮な気持ちだった
いつものようにリサとカナも誘い、犇めき合う人混みに紛れてライヴの開始を待った
相変わらずの盛況振りで、ライヴ前の会場内はごった返している
アタルはライヴが始まる前に一服をと、喫煙所に向かった
───次にマンスリー出れんのは、いつになるかな
そんなことを考えながら喫煙所で煙草を吹かしていると、オレンジに近い金髪の大柄の男がアタルに声を掛けてきた
「のせー!!」
「‥ターシ!」
アタルを苗字の“一ノ瀬”から捩って“のせ”と呼ぶ人間は、一人しかいない
それは、アタルと古い付き合いのある『WINDSWEPT』というバンドのギタリスト、高橋だった
「元気かよぉ!?まだ髪赤くしてんのか、相変わらずガラ悪りぃな!」
「お前こそ!久し振りだなー。いやー、いつかのときは助かったよ。お前が何とかってチームの奴とダチじゃなかったら、危うく俺も喧嘩するとこだった」
「それはそれで良かったんじゃねぇの?昔はよくやってたじゃんよ!」
「‥“よく”って、そんな頻繁にじゃなかったろ!たまにな、たまーに!」
「ははっ!直前になって尊に止められたりしてなー。‥‥てか、お前ら今日出てなかったんか」
「ああ。っつうか、バンド自体暫く休みだ」
「‥‥何で?」
「ちょっと、な」
アタルは目を細めて笑い、少し困った顔をして見せた
「お前らも出てないんか。てか暫くマンスリー出てねぇんじゃんよ」
「おう、皆忙しくてな。そんで今雄大の奴、両足骨折してっからよぉ」
「骨折だぁ?何でまた?」
「バイクでコケたんだよ。足使えなきゃドラム出来ねぇべよ?」
「確かにな。‥‥でも笑いはとれんじゃねぇの?ギプスつけたままバスドラ踏みまくってよ!」
「んなことで笑いとってどうすんだよ!」
ガラの悪い2人の男が、ゲラゲラと笑っている
そのインパクトは、とてつもなく強烈なものだった
他の喫煙者たちはアタルと高橋の容姿にビビってしまい、いつの間にか喫煙所にはアタルと高橋しかいなかった
そんな中、2人組の男がアタルと高橋に近付いていく
「───‥‥‥あの」
「‥あ?」
涙目で笑っていたアタルは、声のする方を振り返る
2人組の男は、高野と駒井だった
「‥‥Hazeの‥ギターの人、ですよね?」
「‥‥?誰だお前ら?」
「! お前ら確か、古賀と一緒にバンドやってた‥‥」
高橋は2人をじろりと睨み付ける
若干たじろぐも、2人は話し出した
「あの‥‥菱和のことで、話があります」
***
ユイたちは、ドリンク片手に雑談をしていた
本来なら今日も4人揃ってステージに上がっていたかもしれないと考えると、今ここに菱和の姿が無いことが歯痒くて仕方ない
それでも、バンドの意向として“待つ”と決めた以上、待ち続けるしかない
あーでもないこーでもないとどうでも良い話を進めていると、喫煙所から戻ってくるアタルの姿と共に、高橋の姿も見えた
「‥あ、高橋くんじゃん!」
「よっ!元気かぁボウズども!」
「あははー、元気元気ー!」
「喫煙所でアタルに会ってよー。乗りかけた船だからついてきちった」
「‥‥ん?何それ?」
「なんか、こいつらが話あるみてぇよ」
そう云ってアタルは、親指を立てて後ろを指す
「‥!!!」
アタルと高橋の後ろを見ると、高野と駒井の姿があった
2人の姿を捉えると、ユイと拓真はリサとカナの前にすっと出る
リサとカナをつけ回した張本人たちだ、もしまた何か悪いことが起こったら菱和に面目が立たない
ユイは、2人を冷たく睨み付けた
「‥‥何の用だよ」
「そう喧嘩腰になるなっつの。ひっしーのことで、話があるんだと」
アタルがユイの頭をぽん、と叩く
「‥アズのこと‥‥?」
怪訝な表情のユイと拓真、そしてリサとカナ
駒井は、真剣な面持ちでユイたちに話し出した
「‥‥‥俺らとバンドやってた、ギタボの奴覚えてるか?古賀ってんだけど、そいつがBLACKERの残党使って菱和と俺らをボコろうとしてずっと狙ってて、この前こいつがヤられたんだ」
そう云って駒井は高野の方を見る
高野は、顔に幾つか絆創膏を貼っていた
痛々しく痣が残っている
「その話したら菱和がキレちまって‥‥ついこないだ、古賀をボコボコにした。でも別に、俺らの為にやったんじゃねぇんだ。‥あんたらのこと護る為に、やりたくもない喧嘩したんだ」
───あいつ、もしかしてあの怪我‥‥‥
リサはピンときた
傷の手当てをしたあの日のことを思い出すと、また胸がちくんと痛んだ
「‥‥‥‥マジかよ‥‥ひっしー‥」
次々と真実が語られ、拓真は眉を顰める
やはりリサとカナがつけられていたことを知っていたのだとわかり、より最善の策を尽くせなかったことを悔やんだ
駒井は続けて話した
「‥‥そんとき、菱和、『もう戻れねぇ』って云ってたんだ。どんな理由か知んねぇけど、もしか菱和がまだバンドに戻れる余地があるなら、そうしてやりたいと思って‥‥」
「‥‥‥『戻れない?』」
ユイたちにも、その理由はわからなかった
菱和がバンドに戻ってくる“余地”など言わずもがな
その日の為に“皆で待つ”と決めたのだから
「‥‥‥、何でそんなこと云ったんだろ」
「さぁな。あいつの云う“不利益”って、十中八九その古賀とかいう野郎のことだろ。あいつがボコったんなら、とっくに“問題”は解決してる筈だよな‥‥なんか他の理由があるってことか。‥っていうか、あいつまた喧嘩したんか。手、大丈夫なんだべか」
「大丈夫です。結構殴ってたけど‥‥あいつ自身も、軽く一発殴られただけでケロっとしてました。“あんとき”は無抵抗だったからってのもあって‥‥でも元から喧嘩はめちゃ強かったみたいですね」
「そんな強えぇのかよ、そいつ?」
“乗りかけた船”と云い、混ざって話を聞いていた高橋は、堪く興味を示す
「ばっか、強えぇなんてもんじゃねぇよ。あんときも10人くらい、一人でぶっ飛ばしたんだかんな」
「マジでぇ!?そりゃあ将樹も頭上がんねぇわな」
「マサキって、BLACKERの頭の奴か?」
「そーそー。古賀ってやつ、下っ端の奴等使ってだいぶ好き勝手やりやがったから将樹と俺でシメたんだけどよー。まだ懲りてなかったんか」
「‥‥最近、パクられたみたいすよ」
「そうなん?」
「なんか、窃盗とか薬もやってたみたいで」
「ふぅーん‥‥ま、どうでもいっか」
パクられたということは、暫くは古賀の脅威を心配する必要はない
安堵した拓真は、未だ謎だったことを高野と駒井に尋ねる
「リサとカナちゃんの後をつけたのは、何で?」
「古賀がまだ恨んでるってこと、菱和に伝えて貰おうと思っただけなんだ。それ以上の理由はない。そんときも、あいつわざわざ俺らんとこまで話聞きに来たんだ。『無駄な喧嘩したくねぇ』って‥‥誤解させるような真似して、すまなかった」
「それから、‥‥‥“あんとき”も‥‥ごめん」
高野と駒井は、頭を下げた
リサは軽く溜め息を吐いた
「‥‥もう良いけど、別に」
一同は、それぞれ神妙な面持ちで菱和のことを思った
菱和はまた、我が身が傷付いたとしても大切なものを護ろうとしていた
自分達の知らぬ間に、また、護ってくれた
自分達のことを、想ってくれていた
その想いは、間違いなく本物だ
『戻れない』と思う理由は、何なのだろう?
バンドやメンバーが嫌になったわけではなかった
“暇潰し”なんかじゃなかった
『護りたい』と思うほど、大切なものではなかったのか
ならば、早く戻ってきて欲しい
『戻れない』理由が『喧嘩をしたから』とかいうものだったりしたら、そんなことは大した理由じゃない
でも
例えどんな理由であっても
自分達は、待ち続けるしかない
今理由を話せなくても、菱和はきっと、きちんと決断するだろう
その結果がどうであれ、菱和の口からその言葉が聞けるまで、自分達は待ち続ける
「‥‥‥‥アズ」
ユイがぽつりと呟いた菱和の名は、ざわつく会場の喧騒に飲まれて消えた
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