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70 LASTBRAWL※
◆◆◆喧嘩のシーンがあります 暴力的な描写が苦手な方はご注意下さい◆◆◆
ある日の深夜
駒井から連絡を受け、菱和は繁華街を彷徨いていた
電話で駒井が指定した場所に向かい、煙草を咥えながら怠そうに歩く
駒井はとある喫茶店を待ち合わせ場所にし、そこで菱和を待っていた
菱和は喫茶店に入り、駒井の姿を捜した
窓際の席に座っていた駒井が気付き、軽く手を上げる
「居るか?」
「‥‥あすこ」
駒井が指差したのは喫茶店の真向かい、雀荘が入っている小さなビルだった
駒井は高野がやられた今、『次は自分がやられるかもしれない』という危険を冒し、古賀の動向を探っていた
決まった曜日に必ず出入りする店があるとわかり、その規則性を確認して菱和に連絡をした
菱和はいち早く“不利益”の原因を叩こうと、機会を見て古賀を伸してやるつもりでいた
「ほんとに、やんのか?」
「ああ」
菱和は駒井の向かいに座り、煙草に火を点けた
ゆっくりと煙が立ち上ぼり、菱和はぼんやりとその煙を見つめた
「もし怪我したら、バンドに響くんじゃねぇの?」
「そんなの、お前にゃ関係ねぇだろ」
「‥‥そりゃ、そうだけど‥‥‥‥」
駒井は注文したままだった冷えたコーヒーを、申し訳程度に啜った
向かいのビルから、若者の集団が出てきた
先頭に古賀が、その後ろから男達がぞろぞろと湧いて出てくる
「‥‥古賀の他にあと7、8人くらいいるか」
「お前はもう帰れよ。わざわざありがとな」
菱和は煙草の火を消し、席を立ち上がった
駒井もすく、と立ち上がる
「‥俺も行く」
「‥‥喧嘩出来んのか?」
「出来る気は、しねぇな」
「じゃあ帰れよ。別にお前の為にやるわけじゃねぇし」
「わかってるよ、そんなこと。でも俺も、高野がヤられたことで頭きてんだ。何も出来ねぇかもしんねぇけど、俺も行かせてくれ」
大事なバンドメンバーを傷付けられた駒井は、怒りにうち震えた
本来なら古賀一人を叩ければ良いのだが、どういうわけかいつも古賀の後ろに群れる連中がいた
多勢に無勢では勝ち目は無い
だが、報復をしては古賀達と何ら変わらない
思い悩んでいたところ、菱和が『古賀のことを探って欲しい』と頼んできた
菱和の喧嘩の強さは折り紙付きだが、わざわざ菱和に古賀をどうにかして貰うつもりはなかった
ただ、菱和に一目置いている駒井は、菱和の頼みならばと快く引き受けたのだった
例え足手まといだとしても───意地でも引くつもりがなさそうな様子
「‥‥‥、好きにしな」
菱和は駒井の意志を否定せず、喫茶店を出た
***
古賀とBLACKERの残党達は、無駄な喧嘩や万引きといった類いの非行を繰り返していた
補導や逮捕されたメンバーも少なからずおり、その評判はBLACKERが幅を利かせていた頃から見ると既に地に落ちたものになっていた
学習能力の無い餓鬼同然の古賀達に集団で痛め付けられた高野
嘗ては駒井も菱和に対して同じようなことをしてしまったが、猛省し改心した
同じ立場になって初めて、菱和の想いが理解できた
何の抵抗も出来ない人間を集団でフクロにする卑劣さを、許せなかった
自分がやったことを棚上げするつもりはないが、駒井はその怒りをぶつけるつもりで古賀の名を呼んだ
「───おい、古賀」
名前を呼ばれ、古賀は振り返った
そこには嘗てのバンド仲間の姿がある
「何だよ、ちょうど良かった。‥‥そろそろお前の番かなぁと思ってたんだよ」
BLACKERの残党達は、『噂の奴らだ』と云わんばかりに菱和と駒井を見る
「お前、高野に‥‥」
「あ?裏切ったお前らが悪いんだろ?当然の報いさ」
悪びれる様子もなく、古賀は高野をフクロにしたことを自供する
そして、舐めるように2人を見た
「‥‥お前らの次は“あいつら”だ。特に“あのチビ”、生意気に啖呵切りやがってよ。菱和、お前も殺してぇくらいムカつくけど、あのガキにも相当ムカついたよ。ったく、ちゃんと教育しとけよな」
リサを拉致られ、ユイに刃物を向けられたあの日のことが思い起こされる
二度とあんなことが起きてしまわないようにと願い、それを実現させる為に来た
古賀の厭らしい視線を鬱陶しく感じ、菱和は冷たく呟いた
「もうあいつは俺とは関係ねぇよ」
「あ?何だそれ」
「やめたんだよ、バンド」
「へぇ‥‥‥‥じゃあまた俺とやる?独りぼっちで可哀想だったお前に声掛けてやったのは俺だぞ、忘れたのか?仕様がねぇから、また仲間に入れてやるよ」
「何度も云わせんな。“死んでもごめん”だ」
「ふーん‥‥そんじゃあ、今から死ねよ。望み通り殺してやっから」
古賀の目付きが、おかしい
古賀は何も、変わっていない
狡猾で冷酷で、自分を中心に地球が回っていると信じて疑わないような人間
駒井は、古賀が段々“憐れ”に思えてきた
「お前、いい加減にしろよ!!そんなことしたって何の意味もねぇんだって‥‥!」
「知るか。とにかくムカついてんだよ。さ、早いとこお前らボコるからついて来いよ」
BLACKERの残党達に囲まれ、菱和と駒井は人気のない場所へと連れて行かれた
***
「さて、どっちからにする?選ばせてやっても良いぜ。それとも2人いっぺんにヤっちまうか?」
古賀はニヤけ顔をして、菱和と駒井を交互に見る
BLACKERの残党達も、暴れたくて堪らない様子だった
怯えた様子の駒井を尻目に、菱和は低く呟いた
「───何云ってんだお前」
「‥‥あ?」
「俺はお前をボコりに来たんだよ。‥‥周りの奴等は引っ込んでな」
大人しくついてきた菱和だが、古賀以外の人間と喧嘩をする気は皆無だった
「何だとてめぇ!」
「ナメてんのか!?」
BLACKERの残党達は、自分達を畏れる様子の無い菱和に食って掛かる
「───菱っ‥‥!!」
駒井の叫び声は、そのうちの一人が意気揚々と殴り掛かってきたことを告げるものだった
───口で云ってもわかんねぇってことだな
菱和は手を軽く握り直し、力を込めた
相手の攻撃をするりと避け、その顔面を思い切り殴り付けた
男は鼻血を吹き出して倒れ、身体を痙攣させ口から泡を垂らした
「───なっ‥!!?」
一瞬の出来事だった
たった一撃で、BLACKERの残党達は一気に青ざめた
『喧嘩が出来る』と軽い気持ちでいた連中は、その相手がのこのことついてきたことで更に勢い付いていた
だが、菱和の一発で、たった一発でその勢いは萎えた
この無愛想な男は衝撃的な強さで、自分達は足元にも及ばないと確信した
「‥‥てめぇらも殴られてぇなら後から好きなだけ殴ってやるよ」
菱和は、連中を一瞥した
その眼光は、ビビらせるのには十分すぎるほどだった
相手を殴った右手の手首を、ぶらぶらと振る
無意味な喧嘩を繰り返していた中学時代からの癖だった
「な、何だよお前ら‥‥早くやっちまえよ!!!」
古賀は怖じ気付くBLACKERの残党達に怒鳴り散らした
完全にビビっている連中は、誰一人微動だにしない
菱和は溜め息を吐いた
「‥‥お前って、いっつもそうだよな」
「は‥!?」
「群れて強くなった気でいるだけじゃねぇか。お前一人、怖くも何ともねぇよ。‥‥っつっても、束になって来たところで烏合の衆なんぞに負ける気しねぇけどな」
菱和が向き直ると、BLACKERの残党達は後退りをした
戦意などとっくに殺がれていた
古賀はギラリと残党達を睨み付けるも、徐々に近付いてくる菱和の足音に冷や汗をかいた
「何だよ。怖いのか?俺が」
「っ誰もてめぇなんか怖くねぇよ!!」
「そうか。じゃあ、お前一人でかかってきな」
菱和は掌を上に向けて指を折り返し、古賀を挑発した
BLACKERの残党達は使えない
菱和は臨戦態勢に入り、いつでも殴る準備が出来ている
最早後には引けなくなった古賀はギリ、と奥歯を鳴らした
鼓動が早くなり、呼吸が乱れる
慌ててポケットをまさぐり、ナイフを取り出した
菱和は古賀が握るナイフを一瞥した
「‥‥一つ云い忘れてた。今お前がかかってくんなら、この場でお前を再起不能にする。動けるようになってまた同じようなことすんなら、また再起不能にする」
「は‥‥“再起不能”?‥‥‥出来んのかよ?」
「するよ、今から」
菱和は拳を握った
「‥‥お前が俺に関わろうとする限り、何度でも伸してやるよ」
ドスの利いた声と、眼光
謂われもない恐怖感が、古賀を支配する
ナイフを持つ手は震え、膝も笑い出す
それでも古賀は、菱和に対する憎しみをぶつける
「───いい加減気付けよ!俺じゃねぇ、お前が元凶なんだよ!!!お前さえいなくなりゃ全部済む話なんだよっ!!!」
そんなこと
「──────知ってるよ」
菱和は低い声で呟いた
そう、俺が全ての“元凶”だ
こんな奴と関わっちまったばっかりに、無関係の奴らまで知らぬ間に巻き込まれる
そんなのは、二度とごめんだ
だから、消えるんだよ
その存在が初めから無かったかのように
それがいちばん手っ取り早いだろ
俺が居なくなれば、全部済むんだろ
どうなっちまっても良いんだよ、この身体も心も存在も記憶も、全部
今の俺に、失うものは何もねぇ
「──────教えてやろうか?“喧嘩のやり方”」
菱和は不敵に笑い、向かってくる古賀を煽った
***
素手の菱和と、武器を持つ古賀
菱和は頬に軽く一発浴びたのみ
一方、見るも無惨に血塗れになった古賀と握っていたナイフは、情けなく地面に転がっている
その差は、歴然だった
菱和はナイフを手に取り、古賀に馬乗りになった
より殺傷能力のある握り方に持ち替えて力を込めると、古賀の顔面目掛け、一気にその刃を降り下ろす
「‥‥っあ‥っっ!!!」
古賀は死を覚悟し、固く目を閉じた
その場にいた全員が息を飲んだ
菱和が古賀を殺めたと、誰もが思った
だが、古賀が今身体に感じるのは菱和に殴られた痛みだけだった
目を開けると、そこには自分を見下ろす侮蔑を含んだ無表情
ナイフは、古賀の頬の横に突き立てられていた
「───“これ”は、人を傷付ける為の物じゃねぇ。“凶器”使わなきゃなんねぇようなら、ぜってぇ喧嘩にゃ勝てねぇよ。‥‥その悪りぃ頭でよぉく覚えときな」
菱和は吐き捨てるようにそう云い、立ち上がった
煙草を取り出し、火を点ける
そして、怠そうに煙を吹かす
───‥‥‥美味ぇ
思えば喧嘩の後の一服は美味かったなと、菱和は中学時代を思い出した
「菱和!」
静観していた駒井が菱和に駆け寄る
やはり、菱和の喧嘩の強さは目を見張るものだった
予想通り自分は何も出来ずに終わってしまったが、菱和が大怪我を負わずに済んだことに安堵した
「びびったぁ‥‥マジで刺したかと思った」
「んなことしねぇよ。‥‥まぁ、これで少しは大人しくなんじゃねぇの」
菱和は髪を掻き上げ、古賀を見下ろした
大の字に倒れたままガタガタと震え、視点が定まっていなかった
煙草の煙を吐き、菱和はBLACKERの残党達に一瞥くれた
「‥‥大勢でフクロにしか出来ねぇなら、喧嘩なんざやめちまえ。それは喧嘩じゃねぇ、“弱い者いじめ”っつーんだよ」
そう云うと菱和は煙草を投げ捨て、地面に転がる古賀とすっかり縮み上がったBLACKERの残党達を残し、颯爽とその場を離れた
駒井も、菱和の後に慌ててついて行った
「お前、あんときより強くなってねぇか‥‥?」
「さぁ。知らねぇ」
「あんときは、本気じゃなかったのか?」
「いや、本気だったよ。でもあんときと今回じゃ全然状況違うし。‥‥でも仮にあれが100%だとしたら、今日は120%だったかもしんねぇ」
「ひぇ‥‥‥古賀、相当痛かったろうなぁ‥‥」
「一遍痛い思いしねぇと、相手の痛みもわかんねぇんだよ。だから平気で人を傷付けられんだろ。喧嘩っつーのは、殴られる方は当然痛てぇけど、殴る方も痛てぇんだ。そんなこともわかんねぇ奴は、端っから喧嘩する筋合いなんかねぇ」
嘗て、菱和は絵に描いたような不良だった
万引きや薬等の行為はしなかったが、喧嘩は日常的に繰り返していた
その殆どが、『相手がやってきたから自分もやった』ものだった
その相手の多くは大概報復にやって来て、売られた喧嘩を買う日々を繰り返しているうちに次第に喧嘩慣れしていった
しかし、“凶器”を用いて喧嘩をするようなことは無かった
そんなことで勝てたとしても、何の意味もないと思っていた
ある日を境に、菱和は喧嘩をやめた
相手を殴る為に振りかざしていたその手は、楽器を弾く為のものへと変化した
喧嘩よりも、断然有意義な時間を過ごせた
一体、どんな不良だったのだろう───達観した様子の菱和を見て、駒井はそう思った
「‥‥そうだな。‥‥‥‥てか俺、ほんとに何も出来んかった‥‥ごめん」
「別に。云ったろ、お前の為にやったんじゃねぇよ」
「‥‥、手、大丈夫か?顔も」
「ああ、別に何とも」
「そっか‥‥なら、またすぐライヴ出来そうだな」
駒井の一言に、菱和は歩みを止めた
ユイたちの目の届かないところで、何とか“不利益”を取り除くことが出来た
だが、いつまた同じようなことが起こるかわからない
“元凶”である自分は、やはりあのバンドにいることは相応しくないのかもしれない
何か問題が起こる度にこんなことを繰り返していては、ライヴはおろかバンドすら続けられなくなる
バンドをやめたとしたら、もうベースを弾くこともないかもしれない
それならそれで、もう良いんじゃねぇか
あいつらを突き放したままで、今更『またバンドやりたい』なんてどの面下げて云えるか
大体、あいつらを護る為なら、俺なんかどうなったって良いんだ
バンドが出来なくても、ベースが弾けなくなっても構わねぇ
‥‥でも、あっちゃんには伝えとかなきゃなんねぇかな
「‥‥‥‥もう、戻れねぇよ」
「へ?」
「‥‥何でもねぇ」
菱和はまた煙草を取り出し、喫いながら歩き出した
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