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67 Waitin' ①
「ああもう何なんだよ2人揃って辛気臭せぇ面しやがって!シャキっとしろ!」
菱和との一件の報告をと、ユイと拓真は課題の手が空いたアタルの自宅へ集まった
アタルが3人分のコーヒーの乗った盆を持ち自室へ戻って来ると、2人は俯き、深刻そうな顔をしている
特に、ユイは菱和の実家から帰宅して以来ずっとそんな調子だった
この様子じゃ食事も満足に摂らなかっただろうなと思い、拓真は溜め息を吐く
「‥‥それが出来たら苦労しないよ‥‥‥‥」
「あん?なんかあったのか?」
自分用の濃いブラックコーヒーを一口啜り、アタルは眉を顰めた
「‥‥最近、ひっしーずっとガッコ来てなくてさ。何日か前にアパートとかあけぼのの実家とか行ってみたんだ。実家の方に居たみたいで、たまたま会えたんだけど‥‥‥」
「‥だけど?」
「‥‥‥‥‥アズ、もう俺らと『バンドやらない』って。‥‥‥‥ずっと、遊びで付き合ってたって‥‥『良い暇潰しだった』‥って‥‥‥‥」
「喋り方も表情もいつもと全然違くて、ひっしーじゃないみたいだった。一方的にそんなこと云われたから、全然頭が追い付かなくてさー‥‥‥‥」
ユイは、今にも泣き出しそうな震えた声でぽつりぽつりと話した
拓真も途方にくれたように、頭を掻いてあの日の状況を伝える
思い出す度に胸が苦しくなる、菱和の最後の言葉
あの顔も、あの言葉も、全ての出来事が幻であって欲しいと何度も願った
一方的に告げられた脱退と別れに、ユイは酷く落ち込んだ
それもこれも『もし自分の所為だとしたら』と今までの自分の言動の全てに夜通し後悔が渦巻き、夕べは明らかに寝不足だったとわかる顔をしている
天真爛漫、明朗快活が服を着て歩いているようなユイの目付きに活気がほぼ無く、拓真もアタルも今のユイの姿に居た堪れなくなりそうだった
───なるほど、そうきたか。‥‥ほんと、不器用だな
アタルには菱和がどのように行動するのか幾つかのパターンが浮かんでいたが、やはり自分一人だけで解決する道を選んだのだと知り、“菱和らしい”とも、少し“残念”だとも思う
『でも自分が“楽しい”とか“これが良い”って思ったら、結局何でも良いのかなって』
その手段が本当に正しかったのかどうかはさておき、それは菱和が自分の気持ちに従ってやったこと
それならば、自分達のことを想ってくれた友達への惜しみ無い気遣いを有り難く受け取ることとして、全てを成し遂げるまで見守るしかない
恐らくそれが自分達に出来る“精一杯”だと、アタルは思った
「ふーん‥‥‥‥」
「『ふーん』て‥‥それだけ?何で驚かないの?俺ら、結構ショックだったんだけど」
「‥‥だってこの前、あいつうちの店来たし。そんとき色々聞いたし」
「──────え!!!!?」
アタルはフルボリュームの声に吃驚し、咥えていた煙草を落としそうになった
2人は、身を乗り出して必死に問う
「何だよそれ!いつの話!?」
「『この前』ってどれくらい前!?」
「あ?あー‥‥‥2週間くらい前、かな」
呑気に煙草を吹かしながら今頃になってそれを伝えるアタルに、ユイは食って掛かった
「───‥っ何で黙ってたんだよそんな大事なこと!!あっちゃんはもうアズのことなんかどうでも良いっての!?」
途端、アタルはギラリとユイを睨み付けた
「んなわけねぇだろバーカ!!あいつにも俺にも色々事情があんだよっ!!普通に考えてあいつが本気でそんなこと云うわけねぇべ!バンドが“遊び”だったって?冗談抜かせ!あいつはそんな軽率な奴じゃねぇよ、もしそうなんだとしたら何でわざわざ俺んとこ来て『バンド休ませろ』なんて云う必要があんだよ!勝手に消えりゃ良いだけの話じゃねぇか!!」
ユイの怒鳴り声に負けじと声を張り上げ、矢継ぎ早にがなるアタル
ユイと拓真は、アタルが話したことを頭の中で繰り返した
何をどう考えても菱和の言動とは矛盾しており、2人は益々困惑する
「何‥‥それ」
アタルは一息吐き、今度は穏やかに、冷静に話した
「‥‥‥あいつな、『“出来ることなら”抜けたくねぇ』ってよ。わざわざうちの店来て俺に嘘吐きに来る必要がどこにある?意味不明過ぎんだろ。それに、俺には『辞める』じゃなくて『休ませてくれ』って云ってた。だから、お前らに云ったことは本音じゃねぇよ、ぜってぇ。‥‥俺が保障してやる」
ユイや拓真が菱和を想う気持ちは、アタルもまた同じだ
菱和は、ユイたちと“一緒に居たい”という想いを押し殺し、“護りたい”という想いを優先させた
自分自身が危険因子だと捉え、自分が居なくなることで“ある問題”の早期解決を図るつもりでいる
わざわざアタルのバイト先に出向いたことから察するに、それは不本意な決断だったのであろうことは想像に難くない
そんな不器用な一面も、菱和らしいところなのかもしれない
どんな想いで自分の店に足を運んだのか
不本意な決断を下すのにどれほどの勇気を要したのか
どんな気持ちでユイと拓真を突き放したのか
自分達のことを想ってくれている気持ちを無駄にはしたくない
アタルは、そう思っていた
菱和がふざけていたとも、アタルが嘘を吐いているとも思えない
昨日の菱和の言葉は自分達の為に已む無く吐き出されたものだとわかり、ユイは胸がぎゅっとなった
「‥‥あっちゃんには、そんな話してたんだ‥‥」
色々と合点が行き、拓真はぽつりとそう云った
「一応、『リーダーだから』ってよ。ほんとそういうとこ真面目よな、あいつ。いつまで経っても敬語で喋りやがるし」
───ひっしーらしいや。きっとまた、あっちゃんが『敬語使うな』って云ったのに真面目な顔して『はいわかりました』とか云ったんだろうな
本質的には菱和は変わっていないのだと思い、拓真は安堵した
「他に、何か云ってた?」
「なんか、『自分がバンドに居ることで生じる不利益を今すぐどうにかしたい』、ってよ」
「‥不利益‥‥‥?具体的に、どういうものか聞いた?」
「いや。なにか出来ることあんなら協力してぇと思ったけど『一人でやる』っつったからよ。そんなに突っ込む気もなかった」
ユイにも拓真にも、菱和が語ったという“不利益”について思い当たることが一つだけあった
それは、菱和の元バンドメンバーがリサとカナを付け回したこと
どういう流れで耳にしたのかはわからないが菱和はそれを知り、また責任を感じて今度も自分一人で解決しようとしているのだろう
あの話をしてから、ユイも拓真も菱和に察せられないようごく自然に振る舞った
菱和の前では絶対にそのことを口にせずにおり、リサやカナから情報を得たとも考え難い
もしかしたら、直接話を聞いていたのかもしれない───
菱和が居ないところで件の話が出来たと思っていた拓真はそんなことが頭を過り、より細心の注意を払うべきだったと猛省した
「そっかー‥‥‥。‥‥てか、あっちゃんはどうするつもりでいたの?」
「端からあいつの問題が片付くまで待つ気でいたよ、機会見てまた声掛けるさ。あいつはバンドに必要な人間だ。今すぐ代わりを捜す気はねぇ」
「‥‥‥‥それでも、もしアズが『もうやらない』って云ったら‥‥?」
ユイは、最大の不安を口にした
アタルは煙草を消し、コーヒーを一口啜った
「あいつが折れるまで口説くよ。‥‥でもあいつ頑固だからな‥‥‥ほんとにマジでどうしょもなかったら‥‥そんときゃそんときだ」
自分のカップを置くと、2人にコーヒーの入ったカップを渡しながら尋ねる
「‥‥‥‥で?お前らは、どうしたい?」
アタルは、いつも『どうしたい?』と訊く
菱和が加入する前のHazeのリーダーは尊だったのだが、それはその名ばかりのものだった
それも『アタルよりも誕生日が早いから』という理由のみで決められたことであり、基本的には尊とアタルが2人でバンドの方針を決めていた
尊が脱退した直後より、アタルは『面倒臭せぇ』と思いながらも“年功序列ルール”に則りリーダーを務めることになった
ルール云々よりもまず、バンドの最年長者であるアタル
『一番年上だからリーダーにならなくてはいけない』ということは決して無いのだが、自分から学ぶことなど皆無かもしれないと思いつつも“人生の先輩”であることに変わりはない
だからと云って、口は悪いが威張ったりはせず、常に2人の意見を尊重するよう心掛けている
冷静且つ幅広い視点でバンドやメンバーを見られる能力のあるアタルは、リーダー気質なのだ
ユイも拓真も、穏やかに『どうしたい?』と訪ねられ、心置きなく自分達の気持ちを整理した
拓真は少し冷えたコーヒーを啜り、ふ、と息を吐いた
「‥‥‥‥俺も待とうかな、ひっしーの問題が片付くの。いつ終わるかはわかんないけど、いつかは絶対終わるよね」
「そうだな。‥‥おいチビ、お前は?」
ユイは受け取ったコーヒーに映る自分の顔を見つめていた
何とも情けない顔だった
アタルも菱和も、いつも自分達のことを考えて行動しているというのに、『菱和が居なくなったのは自分の所為だ』と悩んでばかりいた
きっとこのままでは何も変わらない
今の自分には何が出来るか、それを考えて行動するしかない───
「‥‥‥‥俺もアズのこと待つ」
唇を噛み締め、ユイはそう呟いた
アタルはぐしゃぐしゃとその頭を撫で回す
「ぅわっ‥‥!」
「じゃあ、そういうことでいくべ!あいつの問題が解決するまで、バンドも休み!ただ、個人練習はサボらねぇこと。それで良いか?」
アタルはニコッと笑い、ぽん、とユイの頭を叩いた
「‥‥うん」
「おっけー」
特に異論もなく、ユイと拓真は頷いた
「あー‥‥あともう一つ。あいつ、お前らのことすげぇ気に入ってると思うぞ。『こんなバンドにはもう二度と出会えない』って云ってたし。てめぇの気持ち偽ってでも大事にしたいと思ってんだよ、お前らのこと」
そう云って、アタルは新しい煙草に火を点ける
今の2人を、より安心させる言葉だった
やはり、菱和は変わっていない
ユイも拓真も、菱和の想いがじんわりと胸に沁みた
「‥‥俺もそう思うわ。このメンバーじゃなきゃ、駄目なんだよね」
「‥‥俺も、みんなのこと大好き」
「知ってるっつーの!っつうか、あいつとなら泥被ったって何とも思わねぇよな?」
「‥そんなことくらい、寧ろ喜んでやるし!」
「一緒に問題解決することくらい、どうってことないんだけどなー」
「俺もそう云ったんだけどよ、やっぱ相当頑固だわあの野郎。‥‥‥‥だから、あいつがいつでも“ここ”に帰ってこれるように準備しとこうぜ。俺らが出来るのはもうそんくれぇのことしかねぇよ、多分」
アタルは溜め息混じりに煙を吐いた
バンドとしては、菱和が下した決断を全て受け入れ、“来るべき時”に備えると決めた
また4人でバンドが出来る日を待ち望み、ユイは漸くコーヒーに口を付けた
「っうえっっ!苦っ!!‥‥あっちゃん!何だよこれ!」
「あ?お前は“角砂糖3つ”だろ!?ちゃんと入れたっつーの!」
「あー、こっちがユイのだよ。滅茶苦茶甘いもん」
「何で取り替えようとしないんだよっ!俺がブラック飲めないの知ってるくせに!」
「いやー、どんな反応するのか見てみたくて」
「‥拓真の意地悪!」
「そうカリカリすんなって。ほら、俺のと取り替えてやっから」
「あっちゃんだって何も入ってないだろ!何だよ2人して、苦いコーヒー飲めるからってバカにして!」
拓真とアタルは何時ものようにからかい、ユイも自分らしさを見せた
菱和との約束を無事に果たしたアタルは、少しだけ肩の荷が下りたような気がした
楽器の技術は折り紙付き
その上、見た目に反し随分と情の深い人間であったのだということを知る
菱和という人間をバンドに加入させたことに後悔など何一つ無い
『幾らでも待てる』と思わせるほど、その腕と人間性には価値がある
菱和の持つ“全て”が、バンドにとって必要不可欠なものとなっていたのだと実感するアタル
ふざけ合うユイと拓真を見て、呆れたように口角を上げた
───‥‥‥‥自己犠牲が過ぎんぜ、お人好し。早く帰ってきやがれ
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