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66 “友達ごっこ”
アタルに話を通したところで凡そ一週間ほど時間を使い、菱和は駒井から情報収集をした
どうすれば古賀の脅威からユイたちを遠ざけることが出来るかを、思案し続けた
その間、一度も学校には行かず、ユイや拓真が不審に思い訪ねてくる可能性もあるだろうと思い、実家に赴いていた
連絡をしてみると両親は長期で家を留守にしていることがわかり、学校に行かないことを咎められる心配もない
ほんの少し罪悪感を抱きつつも、心置き無く実家で過ごした
自分の部屋として与えられた、8畳の室内
アパートと同じく必要最低限の物しか置かれていない殺風景な空間に、煙草の煙が漂う
菱和は椅子に座り、机に頬杖をついてぼーっとしていた
携帯が音を奏でる
恐らく、ユイか拓真からの連絡だ
もう何度目だろう
登校しなかった最初の日から、毎日連絡を寄越している
『今日、学校休み?』
『風邪引いたの?』
『アズ大丈夫??寝てたらごめんね』
『今日17時からスタジオだよー!来れたら来てね!』
『ひっしー、具合悪いの?メール見てたら返事くれると嬉しいっす』
『なんか必要なものあったら買ってくよ!』
『今まで休んだ分のノート取ってあるから、学校来たときに渡すね』
菱和は、完全無視を決め込んだ
折り返し電話をかけることもなければ、メールも読んではいるが一切返信していない
多少頻度は減ったものの、それでも2人は電話とメールをし続けている
きっと、他にも方法はあった筈だ
だが、今はまずユイたちから距離を置くことしか考えられなかった
要らぬ心配をし、何の事情も聞かされず只管無視され、2人はわけがわからないでいるだろう
『薄情な奴だ』と、いっそこのままフェードアウトしてくれれば───つい、そんな都合の良いことを考える
──────‥‥‥‥俺なんかの為に
チカチカと着信の報せが点灯している携帯を見て、菱和は罪悪感を募らせた
***
菱和が学校に来なくなってから一週間余り
拓真も菱和にメールをしたが、返事は一向に返って来ない
「もう、一週間経つよね‥‥」
「うん。流石に心配だな。風邪にしちゃ長引いてるし、なんか別な事情あんのかもしんないなー」
「‥‥俺さ、これからアズのアパートに行ってみようと思うんだけど‥‥‥‥拓真、‥‥ついてきてくれる?」
「ああ良いよ、勿論。ってか、何でそんなこといちいち確認すんだよ」
「‥‥俺、アズになんかしちゃったかなぁ‥‥と思って」
「そうなの?」
「‥‥‥もしそうだったらなんか気まずくて‥‥って云っても、身に覚えは無いんだけどさ‥‥」
「まぁそりゃそうかもな、お前の場合。空気読まないのが特技だしな」
拓真はいつもの調子で軽く笑った
ユイは『やはりそうなのか』と思い、俯きながらぽつりぽつりと話す
「‥‥‥‥、やっぱり、俺無自覚に人のこと傷付けてんのかなぁ。‥‥拓真も、俺の所為で嫌な思いしたこと、ある?」
ユイはナーバスになっており、拓真の云ったことを真に受けてしまっていた
菱和が居ないことが、その原因が自分にあるのではないかと思い落ち込むほど、ずっと自分の性格について考えていた
今までは、そんなことをこれほど真面目に考えたことはなかった
空気を読まないことは自覚しているが、そのことで本気で怒ったりする人間は周りにはいなかった
それは周りの人間の優しさか、それとも諦めか、どちらにしても、迷惑を掛けたことも無くはない筈だと思った
もし菱和を怒らせたり困らせたりして愛想を尽かされたのだとしたら、この性格は改めなくてはならないと真剣に悩んだ
いつも天真爛漫なユイのこんな姿は、付き合いの長い拓真でさえ初めてに見るに近いほど
───ひっしーが居ないことが、よっぽど堪えてんだな。そりゃそうか、だって‥‥‥‥
拓真はユイの肩をぽん、と叩いた
「‥‥冗談だって。俺はお前と居て、嫌な思いしたこと一度も無いよ」
「‥‥‥‥ほんと?」
「ん。そうじゃなかったら、こんなに長いこと一緒にも居ないべし」
そう云って、拓真はにこっと笑った
ユイとの長い付き合いの中で、拓真はよく『何故ユイのようなちゃらんぽらんな奴と一緒に居るのか』と不思議がられることがあった
“空気の読めない困ったちゃん”の程好いストッパーともなっており、ユイの“お守り”と云われたこともある
だが、拓真はそのことを負担だとか面倒臭いなどと感じたことはなく、周りのそういった声は寧ろ『余計なお世話』だと思っていた
空気が読めないことに困る以前に、ユイと友達で居ることは自分にとって物凄く価値のあること
拓真は、自分の意志でユイと一緒に居るのだ
今の自分の姿が恥ずかしくなったユイは、少しはにかんだ
珍しく過剰にナーバスになっているユイにとって、マブダチである拓真の存在は心強かった
***
アパートまで行ってはみたものの、菱和は不在だった
チャイムを押しても、ドアを叩いて呼び掛けても、菱和は出てこなかった
このアパートには菱和しか住んでおらず、他の住人に尋ねるという手立ても使えない
ユイと拓真は諦め、仕方なく帰宅することにした
「はー‥‥‥‥‥やっぱりなんかあったのかなぁ‥‥」
落胆の色を隠せず、ユイは益々菱和のことが心配になった
落ち込むユイを見て、拓真は菱和のことは勿論、ユイのことも心配になった
「‥‥‥‥‥‥案外、実家に居るかもしんないな」
ふと、拓真が一つの可能性を口にした
盲点だった
菱和には、帰るところが実質2つある
ユイはぱっと顔を上げて、ぱちんと手を叩いた
「‥そっか!じゃあ実家も行ってみよ!」
「っつっても、“あけぼのの高台”ってことしかわかんないしなぁ‥‥大雑把過ぎる」
「一軒一軒回れば良いっしょ!」
「マジで?まぁ‥‥恐らく表札掲げてるよな」
「‥‥ついてきてくれる?」
「当たり前っしょ!早く行くべし!」
笑顔で促す拓真にどこまでも感謝し、ユイは弾けるような笑顔を見せた
先程までの落胆振りなど無かったかのように生き生きとし出したユイを見て、拓真は少し安堵した
***
2人は高級住宅街方面へと、只管自転車を漕ぐ
僅にでも可能性があるなら、それに賭けたい
アズに、会いたい──────
ユイは、期待に胸を膨らませた
2人は高台までの長い登り坂の手前で自転車を降りた
今度は自転車を押しながら、一軒一軒表札を見て回った
豪邸ばかりが立ち並ぶ、この街の一等地
その一つに、菱和の実家がある
住宅街とはいえ軒数はさほど多くはなく、10軒目辺りで“菱和”と書かれた表札の家を見つけた
2人は目の前の豪邸を見上げ、絶句した
菱和の実家であろう住宅は、ユイ達の自宅周辺にはまず無い規模のものだった
その面積は、凡そ200坪
必然的に、土地面積は更に大きい
煉瓦の塀で囲まれ、出入り口には鉄製の頑丈な門が設けられている
白と黒の高級感溢れる3階建ての上物には、5台ほど駐車出来そうなバカでかいガレージが併設されているのが見えた
他の住宅もかなりの規模のものだが、これほどまでにでかい家だとは全く予想がつかず、2人は思わず息を飲んだ
「これ‥‥‥‥だよね」
「‥‥‥‥多分」
「‥でっけぇなぁー!!これがアズんちかぁ!」
「なんか、とてつもないクラスメイトだったんだな、ひっしーって。‥‥急に遠い存在に思えてきた」
目の前の豪邸にただただ感心し興奮するユイに対し、拓真は『建築費用に一体幾らかかったのだろう』と途方もないことを思った
ユイは自転車を停め、躊躇わず呼び鈴を鳴らした
暫し待ってみるものの、応答は無かった
「‥‥居ないね」
「‥‥居ないな」
「‥‥‥‥‥‥」
菱和に会えるかもしれないという期待は外れ、ユイは軽く溜め息を吐いた
「‥‥もしかしたら今はたまたま出掛けてるだけかもしんないし、こっちもあっちもまた来てみるべし!‥さ、陽暮れるから帰ろ」
「‥‥‥‥うん‥!」
本当は、菱和の姿が確認出来るまで家の前で待っていたいくらいだった
だが、そんなことをしたら拓真にも迷惑をかけてしまう
また日を改めようと決め、ユイは前を向いて自転車を押して歩き始めた
陽が傾き始め、空が橙に染まり出す
ユイは菱和に会えることを待ち望み、拓真はえらくこの場に馴染めないと感じながら、自転車を押して歩く
坂道を下っている途中、前方からやたら長身の男が怠そうに歩いて来るのが見えた
それが待ち望んでいた菱和の姿だと認めるのに、時間はかからなかった
「‥アズだ」
「え‥‥‥‥あ、ほんとだ!ひっしー!」
「アズ!!」
ユイは菱和に手を降り、自転車を押しながら走った
拓真も、そのあとに続く
煙草を買いに出掛けているところだった菱和は、自分を呼ぶ声に顔を上げた
前方に見える、自転車を押して坂道を下る制服姿のユイと拓真に、驚きを隠せなかった
自宅までは数百メートル
電話やメールのように無視することも出来なくはない
だがわざわざ実家を訪ねてきたくらいだ、2人は納得しないだろう
今すぐ、どうにか突き放すしかない
でないと、2人はまたこうして訪ねてくるだろう
一時的にでも永遠にでもどっちでも良いから、自分との接点を早く立ち切りたい
そうすることしか、今の俺には出来ない───
菱和は覚悟を決め、その場で立ち止まった
「めっちゃ心配したよ!メールも電話も返事来ないし、『独りで倒れてたらどうしよう』とかって‥‥」
「元気そうで安心したよ。もしか、ただのサボり?」
「‥‥どうしたの?アズ」
2人が傍まで来ても、菱和は声を発さなかった
わざわざ俺を捜しに来たのか、何の連絡も返さないから
そりゃあ不思議だよな、つい前日まで仲良く喋ってた奴が、いきなり行方晦ましたんだから
でも、俺にそこまでする価値があんのかよ
一体、何の為にそこまでするんだ
‥‥‥‥いや違う、“ここまでさせちまった”んだな
何つーか、マジで良い奴だなこいつら
そこまで俺のこと想ってくれてんのか
だったら尚のこと、俺みてぇな人間と一緒に居るべきじゃねぇ
“あんな”危険も、その可能性も、全部こいつらの前から無くしたい
何が何でも“護る”って、決めたんだ
その為なら、俺なんかどうなったって構わねぇ
今までこいつらと過ごしてきた時間に、何の後悔も無い
「──────もうお前らとバンドやらねぇ」
菱和は一言、そう呟いた
頭の中で考えていたこととは全く裏腹の、冷たく突き放す言葉
「‥‥‥‥え」
ユイも拓真も、目を丸くした
突然の脱退宣言に、ただ驚くばかり
訳がわからず2人が困惑していると、菱和は今までに無いほど感情の無い声で話した
「‥‥‥‥やっぱり、俺には“友達ごっこ”でしかなかった。ダチとかバンドとか、危うくマジになりそうで、バカみてぇだった。‥‥ベースは早いとこ他の奴当たってくれ」
あまりの感情の無さに、今目の前にいるのは『本当に菱和なのか』と思わず疑ってしまうほど
ユイは眉を顰める
「‥‥‥‥ア、ズ‥‥何‥云って‥‥」
「ちょっと待って、ひっしー‥‥」
拓真には、菱和の言葉が本心とは思えなかった
2人の疑念や困惑を他所に、菱和は更に2人を憤らせるような言葉を放つ
「“友達ごっこ”も、案外楽しかったよ。ありがとな、今まで。良い“暇潰し”だった」
薄ら笑いを浮かべ、菱和はそう云った
ユイの中の何かが、プツンと切れた
「───なんだよそれ」
抑揚なくボソリと呟いた刹那、ユイは菱和の胸ぐらを掴んだ
自転車がガシャリと音を立てて倒れる
「何だよそれっ!!!どういうことだよ!!?」
「‥ユイ!!やめろって!」
完全に冷静さを欠いたユイは拓真の制止も聞かず、両手に力を込める
菱和は若干よろけた
「“友達ごっこ”って何だよ!?本気でそんなこと思ってんのか!!今まで遊びで俺らと付き合ってたって云うのかよ!!?俺は───」
そこまで怒鳴り散らしたところで、ユイははっとした
元々菱和は無表情だが、目の前にあるのは、今まで以上に固く、冷たい、ただの“無”
そこからは、何も感じ取れない
「今は‥‥‥止めとこ」
拓真はユイの腕をそっと掴み、菱和から離した
ユイはそのままだらりと脱力した
菱和は表情を崩すことなく、何も云わず去っていった
門を開け、中に消えていく
がしゃん、と門の閉まる音が、閑静な住宅街に谺した
残り香に、『あれは確かに菱和だった』のだと思い知らされる
呆然と立ち尽くすユイ
まるで化け物でも見たかのような驚愕さ、空しいような、哀しいような、それらが全て混ざり合った、何とも云い難い顔をしている
拓真は自分の自転車を停めてユイの自転車を起こし、その背中を軽く叩いた
「‥‥ひっしーが本気であんなこと云うわけないじゃん。きっと何か理由があるんだよ、あっちゃんに相談してみよ?」
拓真に促され、ユイは漸く動き出した
やっと会えた、嬉しかった
幸せに思えたその気持ちは、あっという間に瓦礫のように崩れる
心にぽっかりと穴が空いてしまったように感じた
「‥‥‥‥‥‥‥アズ‥‥‥‥」
何時かのように菱和の愛用する香水の香りを反芻しながら、ユイと拓真は夕暮れの住宅街を抜けて行った
***
自室に入った菱和はドアを閉め、そのまま寄り掛かり、前髪を掻き上げた
無機質な天井を見上げると、何とも云い難い表情のユイの顔を思い出す
拳を握り、思い切りドアを叩き付けた
哀しませたくなんかなかった
傷付けたりしたくなかった
ユイのあんな顔、見たくなかった
だが、2人を突き放すことが出来た
これで良い
これであいつらと会わないで済む
失ったものはめちゃめちゃでかいけど、あいつらが無事でさえいてくれればそれで良い
“ごっこ”なんかじゃなく、確かに俺は満たされてた
あとは、静かに忘れてくだけだ
例え2度と戻れなくても、今まであいつらと過ごしてきた時間は偽りじゃなく、頭にも心にもしっかり刻まれてる
それだけで、もう充分だ
唯一心残りがあるとすれば、“想いを告げられなかったこと”‥‥か──────
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