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64 密談③
アタルは自宅で大学での課題を進めていた
課題が終わると遅めの夕飯を済ませ、だらだらとバイト先へ向かった
バイト先であるバー“JAM”に着いた頃、時刻は22時半を少し過ぎていた
スタッフルームに入り、ロッカーを開け、店の制服である真っ新な白いシャツと黒いスラックスに着替える
「はよーっす」
店に出るなり、店長がアタルに手招きした
「あ、アタルくん。お友達来てるよ」
「へ?トモダチ?」
「端のボックス入ってもらってるから」
「‥‥ほーい」
アタルが一番端のボックスを覗き込むと、ソファに座り怠そうに煙草を吹かす長身の男───菱和が居た
見た目は成人男性に見えなくもないが、年齢を偽ってまで酒を呑みに来たとは考えにくい
何か他に理由があるのではないかと思ったアタルは、いつものように気さくに話し掛けた
「‥‥よう。練習どうだったよ?」
菱和は顔を上げ、軽く会釈した
「‥‥‥‥お疲れ様です。ぼちぼちっすね」
「そっか。何飲む?」
「烏龍茶貰ったから、大丈夫す」
「そうか?ビールでも注いで来るか?」
「‥‥俺まだ未成年すよ」
「そうだっけ、はは」
アタルは菱和の向かいに座り、煙草に火をつけた
「っつうか、よく俺のバイト先知ってたな。云ってたっけ?」
「ユイと佐伯に聞きました」
「そっか。なんかあったか?」
「ちょっと、話あって」
「ん、何だよ?」
菱和は煙草を灰皿に押し付け、神妙な面持ちでアタルに話す
「───‥‥‥‥暫く、バンド休まして欲しいんす」
神妙な面持ちながら、眼光には何やら強い意思を感じる
想像していたよりも深刻そうな話であると考え、アタルは煙草を灰皿に置き、菱和の顔を覗き込むようにして尋ねた
「‥‥‥嫌んなったか?」
「んーん、全然。寧ろ、すげぇ楽しいす。楽器やってて良かったって、ほんと思う。‥‥でも、このままバンドに居たら、“また”何か起きちまうってこともないとは限らない。‥‥だから、そうならない為にはどうすれば良いか、少し考える時間欲しいんす」
自分がバンドに居ることでリサが拐われた“あの日”のようなことが、最悪それ以上のことがまた起こり得るかもしれない
どちらにしても、歓迎できる出来事ではないことに変わりはない
菱和は駒井から電話があったことでより一層それを危惧し、その可能性をアタルに打ち明けた
アタルは火をつけたばかりの煙草を一旦消した
「なんかあったんか?」
「‥‥‥‥今はまだ」
「‥‥‥、だったら、そんなん今考えることもねぇんじゃねぇの?」
「‥‥今すぐにでも、俺が居ることで生じる不利益をどうにかしたいんす」
「不利益、ねぇ‥‥‥‥。‥‥理由如何によっては、お前がバンド抜ける可能性もあるってことか?」
「‥‥なくはない、と思います。とにかく、迷惑かけたくないんす。俺の中の問題なんで、俺一人で考えさせて下さい。‥‥こんな話してすいません。まずはリーダーにちゃんと話さなきゃと思って‥‥すいません」
菱和は頭を下げた
わざわざバイト先まで出向いて自分にこんな話をするということは、第三者が介入することは恐らく無理だ
菱和が真面目な性格であることは十分理解しているが、頑固な一面があることも知っている
“あの日”もそうだった
周りの制止も聞かず、菱和は一人で廃ビルへ向かった
“あの日”の全てのことに、菱和は責任を感じていた
それはアタルも重々理解している
そして、今も──────
幾ら自分達が力を貸すと云ったところで何が何でも菱和は一人で解決しようとする
アタルはそう感じた
「‥‥そっか‥‥‥‥わかった。‥‥でも一つ聞かしてくれ。お前のほんとの気持ちはどうなん?お前自身は、“抜けたい”とか思ってんの?」
「出来ることなら、抜けたくないす。‥‥こんなバンド、きっともう二度と出会えない」
菱和は俯き、そう呟いた
決して誰でも良いわけではない
このバンドは、絶対にこのメンバーでなければいけない
バンドとは、そのどれもが奇跡としか云いようがない確率でメンバーが集まり出来ている
そう想えるバンドに出会え、メンバーにも恵まれ、そこに居られることがこの上なく嬉しい
絶対に失くしたくない、とても大切なもの
自分にとって、バンドはとても重要な位置を占めている
「ははっ、だろうな。どのパートも粒揃いだからな、俺含めて」
アタルはドヤ顔をし、ニヤけながら煙草を咥えた
菱和は頷き、くす、と笑った
「‥‥‥‥俺ん中では、すげぇ大事なもんです。バンド自体も、メンバーも。‥‥バンドが無くなったり続けられなくなったりすることと自分の気持ち、そんなん比べるまでもなく前者の方がずっとずっと大事す」
バンドや自分たちに対して抱いている感情を素直に吐露する菱和
アタルは嬉しく思った
菱和を、手離したくはない
今のバンドにとって、菱和は不可欠である
真っ直ぐで真面目な菱和の性格やプレイは、バンドの冷静さや調和を保ち、しっかりと支えてくれる大切な存在だ
そして、バンドのリーダーである自分に筋を通そうと訪ねてきたことに対し、やはり『真面目な奴』だと思えてならない
少し呆れた顔をしながら、煙草を吹かす
「‥‥‥‥お前って、案外不器用なのな。料理はめちゃくちゃ上手ぇのに」
「そうすね‥‥不器用すね。‥‥色々考えたけど、これが今自分に出来る精一杯でした」
「そっか。‥‥‥‥でもよ、これだけは云っとく。あいつらも俺も、おめぇの云う問題に巻き込まれたりすることくらい何とも思っちゃいねぇぞ。例えそれがバンド存続の危機に直面するようなことだったとしても。‥‥特に、あのチビは」
アタルは煙草を咥えたままニヤリとした
アタルにも菱和にも、“あのチビ”の顔が浮かぶ
──────ユイ
菱和は、ふっ、と口角を上げた
「‥‥‥‥確かに、あいつは特にそうかもしんないすね」
「だろ?あいつ、本気で空気読まねぇときあっかんな。‥‥ま、俺でなんか力になれることあったらいつでも云ってこい。あいつらには、折見て話しとくよ」
「‥‥お願いします。すいません、迷惑かけて」
「気にすんな。おめぇがとことん納得するまで考えりゃ良いさ」
「‥‥はい」
「お前、まだ時間ある?折角来たんだし、ゆっくりしてけよ」
「はい」
「‥‥‥‥あとよ、マジでいい加減敬語止めろよな。前にも云ったろ?」
「わかりました」
「‥‥、二日酔いどころか五日酔いになるくれぇ呑ますぞてめぇ」
「勘弁してください。っつうか、そんなことしたら捕まりますよ」
「‥バレなきゃ良いんだよ!」
アタルは菱和をジロリと睨み付け、煙草を灰皿に押し付けた
決してアタルをおちょくるつもりはないのだが、まだ暫くアタルには敬語を使い続けようと思い、菱和は少し笑った
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