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63 護りたいもの
ユイたちが帰宅した後
部屋はしんと静まり返り、無機質な空間になる
油ものが多かった今夜の食事
ユイと拓真は下らない話をしながら2人で食器を洗い、片付けた
綺麗に並んだ食器をちらりと見て、菱和は換気扇の下でだらだらと煙草を喫い始めた
───ほんと、何なんだろうなあいつら
ついさっきまでキッチンに並んで食器を洗っていた2人の姿を思い出し、菱和はほんの少しだけ笑んだ
リビングのテーブルに置きっぱなしの携帯が音を立てて震える
菱和は煙草を持ったままリビングへ向かい、携帯を手に取った
見慣れない番号からの着信だったが、菱和は何の躊躇いもなく通話ボタンを押した
「‥‥‥はい」
『‥‥‥‥‥‥‥‥』
電話の主は、何も喋らない
かけてきた奴が無言とは、どういうつもりなのか
若干苛ついた口調で、菱和は返答を促す
「‥‥もしもし」
『‥あ、あの‥‥‥‥菱和?』
「‥‥誰」
『俺。‥‥駒井だけど』
BURSTにいた頃は互いに番号を登録していたが、脱退に際して必要ないと思った菱和はとっくに電話帳から古賀や駒井の番号を消去していた
駒井は未だ、菱和の番号を登録したままなのだろう
特に不信がることもなく、菱和はぶっきら棒に言葉を返した
「‥‥‥‥なんか用か」
『あ、ああ。あの、前に話した件なんだけど‥‥』
「‥‥‥‥古賀のこと?」
『ああ。‥‥今まで何もなかったか?』
「別に何も」
『そっか‥‥それなら良いんだ。あいつ、元BLACKERの奴等集めて、お前のこと捜してるみてぇで』
「‥‥‥‥ふーん」
『‥‥‥高野がさ‥‥昨日ヤられたんだ‥‥‥‥大したことはなかったんだけど‥‥。とにかく、お前も気を付けてた方が良いかもと思って‥‥』
駒井の声は、少し震えているように感じた
嘗て共にバンドをやっていた
ただそれだけの関係だった筈なのに
『バンドはバンド』と区別していた菱和と、結果的に古賀にひれ伏す形になっていた高野と駒井
高野が何者かに襲われたとなれば、自分にもその危険があるということ
いつ来るかわからない古賀やBLACKERの残党の恐怖に怯えるのもわからなくはない
逆恨みされる筋合いなど皆無なのだが、古賀は口で云ってどうにかなる相手ではない
それは、菱和も駒井も重々理解している
───マジでどうしようもねぇな
菱和は煙草を喫い、溜め息を吐くように煙を吐き出した
「‥‥‥‥わかった、どうも」
『あ、菱和』
「‥‥何」
『お前のことだから大丈夫だと思うけど、マジ気ぃ付けて‥‥あいつら、何するかわかんねぇからさ‥‥‥‥もしかしたら、また‥‥』
「‥‥ん。んじゃ」
駒井はまだ何か云いたげな様子だったが、菱和は通話終了ボタンを押した
そのまま携帯をソファに放り、少し短くなってしまった煙草を喫いにキッチンへ戻った
先ほどまでの騒がしく賑やかな雰囲気の余韻が、一気にぶち壊されていく
雰囲気だけならまだしも、自分を取り巻く全てのものが侵食されていくような気がする
駒井が云いたかったことは、恐らく自分以外の人間が傷付けられる可能性のことだろうと菱和は思った
現に、自分と話していたというだけの理由でリサは拐われたのだから
そんなことは、駒井の口から聞かずともわかっていることだった
高野と駒井から話を聞いた段階で、既にその可能性も頭の中に入っていた
そんな話、今更改めて聞きたくはなかった
菱和は、苛ついて髪を掻き上げた
確かに自分一人ならどうとでもなる
不本意ながら喧嘩することも厭わねえ
また骨折ったりしたら結局バンドに迷惑かけることになっちまうけど‥‥
それよりも、あいつらに危害を加えられることだけは絶対にあっちゃならねぇ
仮に、今すぐ古賀たちをぶっ潰しに行ったとしても、また報復とか下らねぇこと考えるかも知れねぇ
どうすれば良い?
どうすればあいつらを危険な目に遭わせずに済む?
どうすれば───
ぐるぐると思考が巡る中、菱和は一つの結論に辿り着いた
──────俺が今後一切あいつらと関わらなければ良いのか
その結論とは、『まずは自分がユイたちから離れること』だった
屋上に集い囲む昼食
下らない話を交えてのバンド
どうにかなってしまいそうなほどの高揚感を味わえるライヴ
先ほどまでのような和やかで楽しい雰囲気
愛おしいと想っている、ユイの笑顔───
その全てを自ら手離すのは、名残惜しくて仕様がない
本当は、自分の意志に反している
だが、背に腹は変えられない
苦渋の決断だが、致し方ない
あいつらの身に危険が及ばないなら、てめぇの意志なんざどうだって良い───
「──────‥‥‥‥“寿町”‥‥」
菱和はちらりと時計を見た
時刻は22時を回ったところ
直ぐ様煙草の火を消し、ジャケットを羽織った
ソファに放ったままの携帯と、煙草をポケットに押し込んで自宅を出た
覚悟を決めた菱和の行き先は、一つしかなかった
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