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62 青椒肉絲、油淋鶏
菱和が高野と駒井に会いに行ってから二日後
学校に行き、屋上で昼食を摂り、放課後はスタジオへ
この日は学校の課題があるとのことで、アタルは不参加だった
スタジオでの練習が終わると、菱和の自宅へと向かう
普段と変わらない時間を過ごすユイ、拓真、そして菱和
ユイと拓真は心配を掛けまいと、リサとカナが高野と駒井につけられていたことを未だ菱和に黙っている
菱和は既にその事を知っており、一人秘密裏に動こうとしている
『自分の思惑はまだバレていない』と、互いに思っていた
自宅へ向かう道すがら、菱和は2人に献立を問う
「今日は何食う?」
「んーとね‥‥‥‥じゃあ、中華が良い!」
「中華、ね‥‥‥何が良い?」
「青椒肉絲と、油淋鶏!」
「佐伯もそれで良い?」
「うん。‥‥‥‥あ、じゃあ炒飯もお願いして良い?なんか手伝うから」
「‥‥わかった」
───こいつら、熟、食欲あるな
そう思い、菱和は少し口角を上げた
足りない食材を買い足し、2人は菱和の自宅を訪れた
ユイと拓真はあーでもないこーでもないと会話を続けながら室内へ上がる
2人が来ることで、必要最低限の家具しか置かれていない殺風景な室内が一気に賑やかになる
最早BGMとなりつつある2人の雑談を背に、菱和はすぐに調理に取り掛かる
「‥‥あ、俺野菜切るよ。ちょっと手洗わして」
拓真はキッチンへ行き、手を洗う
菱和はその好意に甘えることにし、拓真が下拵えを終えるまで煙草を喫って待っていることにした
ユイも、拓真が包丁を握る姿をにこにこしながらカウンター越しに見守る
野菜に包丁を入れていく拓真を見て、菱和は煙を吐きながら云った
「手際良いな」
「まぁねー。ひっしーほどじゃないけど、俺もたまに料理やるんだー」
そう云いながら、拓真は上機嫌で次々と野菜を切っていく
「‥‥へぇ。じゃあ、機会があったらなんか作って」
「いやー‥‥それは無理っしょ」
「何で?」
「そりゃ、ひっしーにゃ敵わんからさー。完全に見劣りしちゃうもん」
「そんなことないじゃん。いつだったか拓真が作ったコロッケ、美味かったよ!」
謙遜しつつもさくさくと下拵えを進める拓真に向かい、ユイが身を乗り出して話し出した
「ふーん‥‥コロッケ、ね‥」
低く呟いた菱和の声に、拓真の手がぴたりと止まった
ちらりと横を見ると、菱和が煙草を咥えたまま目を細めている
「おまっ‥‥余計なこと云うなよ‥‥!てかコロッケなんてだいぶ前の話だし!」
「何だよー?良いじゃん!また今度作ってよ!」
「たっくん、俺もコロッケ食いたい」
「うぅー‥‥‥‥勘弁してよー、菱和さぁん‥‥」
心底意地悪そうな顔をした菱和に“たっくん”と呼ばれた拓真は苦笑い
ユイはにこにこしながら2人を眺めていた
***
拓真が材料を切り終えたところで、続きは菱和にバトンタッチ
ユイと拓真はリビングで相変わらず談笑をしている
中華特有の香辛料と胡麻油の香り、強火で炒められる食材の音に、ユイも拓真も次第にそわそわし出す
細切りのピーマン、筍、牛肉に、オイスターソースが絡んだ青椒肉絲
香ばしく揚がった鶏肉に葱がふんだんに盛られてある、甘酸っぱい香りの油淋鶏
炒飯には青椒肉絲と油淋鶏の調理で余った細かな野菜が入っており、彩り豊かである
テーブルに並んだ中華の数々は、益々ユイと拓真の食欲を唆らせる
2人仲良く手を合わせ、菱和の料理に舌鼓を打った
「濃くないか?」
「ぜーんぜん。美味い、美味いです」
「ほんと、美味い!油淋鶏サイコー!あー、あっちゃん勿体ねぇー!こんな日に来れないなんて!」
「うんうん。まぁ、今日は大変残念でした、ってことで」
ユイと拓真は次々と食事を頬張る
2人の食欲に満足し、麦茶を注ぐ菱和は2人にひょんな疑問を尋ねた
「‥‥そういや、あっちゃんてどこで働いてんの?」
「寿町にある“JAM”っていう店だよ」
「寿町‥‥‥‥」
「なに、気になるの?」
「いや、どんなとこなんかなーと思って」
「めっちゃお洒落だよ!カウンターの後ろにボトルが沢山並んでてさ、キラキラしてんの!俺あの店大好き!」
ユイは青椒肉絲を口一杯に頬張った
「へぇ‥‥行ったことあんのか」
「うん、ちょこっと遊びにね。まだお酒飲めないから、ほんとに行っただけ。ひっしーは、来年なったら呑みに行けるね」
「そっか。アズ来年ハタチになるのか。‥‥なんかオトナって感じ!」
「ほんと。ハタチって聞くと、いきなり大人になったような感じするよなー」
咀嚼しながらうんうん、と頷く2人
「‥‥お前らもあと3年したら二十歳じゃん」
「3年て、意外と長いよ!ね?」
炒飯用の蓮華を咥えながら、ユイは拓真に云った
拓真は麦茶を飲み干して一息ついた
「んー、そうなぁ。‥‥‥‥二十歳の自分って、何やってんだろなー。いまいち想像出来ねぇや」
「二十歳になっても、バンドはやってたいなぁ」
「そうだな。それは俺も思う。何を於いても、バンドは続けてたいな」
「アズは?」
箸を進めつつ、ユイと拓真は菱和を見つめた
「‥‥‥‥、俺も続けられてたら良いなと思う」
穏やかにそう云い、菱和は麦茶に口をつける
菱和の言葉に安堵の気持ちを覚え、ユイははにかみながら云った
「バンドとアズの飯は外せないな、ずっと!」
「二十歳になったらお前も料理くらい覚えろよ」
「無理無理!俺不器用だし!」
「‥‥最初から諦めんなよ」
「だって、料理って難しくない?あの料理にはこの材料でー、この調味料使ってー、って。俺、頭使うの苦手だしさー」
「いやいや、同じことだよ。‥‥例えばさ、」
拓真は箸を置いた
「今こうやって飯食ってるけど、何が目的?」
「‥‥腹減ってたから?」
「うん。空腹を満たす為、だよな?じゃあさ、ギターは何の為に弾いてる?」
「そりゃあ、‥‥もっと上手くなりたいから、かな」
「うん。つまりさ、『空腹を満たす為』に、『料理をする』。『上達する』に、『ギターを弾く』。ほら、おんなじっしょ?」
「‥‥‥‥うん」
「だから、ギターに費やしてる情熱をちょこっと料理に向ければ出来るようになるんじゃないの?実際、ギター上手い人って料理にハマる人多いみたいよ」
「ふーん‥‥‥‥」
料理もギターも、“結果”ではなく“過程”を楽しめば何倍も面白い
そして、“過程”を重んじれば“結果”は自然についてくるものだ
拓真の話はとても分かりやすく、ユイも菱和も感心し納得した
「───‥‥でもさぁ、やっぱ俺は料理出来なくても良いや」
「え、何でそうなんの?」
拓真は拍子抜けした
「もし俺が料理にハマっちゃったら、アズの料理食う機会減るかもしんないじゃん!それなら、もっとギター弾けるようになった方がずーっと良い!こんな美味いもん食えなくなるなんて、絶対やだ!」
ユイはにこっと笑いながらそう云い、油淋鶏を美味しそうに食べた
「‥‥ああ、そりゃごもっともだわ。俺もこんな美味い飯食えなくなるのは嫌だな」
ユイには料理を覚えるつもりなど更々無いということがわかり、若干呆れつつも、拓真はユイの言葉に同意した
今まで、他人に食べさせることを前提に料理を作ったことの無い菱和は、自分の腕など所詮人並みだと思っていた
だが、実際に他人に食べさせてみて初めて、人並みよりは少しくらい上なのかも知れないと感じた
事実、菱和の料理を口にしたユイも拓真もアタルも絶賛しており、世辞で『美味い』と連呼しているようにも思えない
それならば、
───もっと精進しなきゃなんねぇかな
「‥‥‥‥そうかい」
食事を進めるユイと拓真を見ながら、菱和は少し口角を上げた
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