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61 密談②
時刻は間もなく日付を越える
菱和は3人の余韻が残る自宅を後にし、車を走らせた
行き先は隣街にある、乗降客の少ない無人駅
二度と足を踏み入れることはないと思っていた街に、再び赴くことになろうとは───
憂いながら、行き交う車も殆ど無い深夜の道を通る
目的地周辺で車を停め、溜め息を吐いた
ここは嘗て、よく通っていた街───前に在籍していたバンド、“BURST”の拠点であった街だ
街の外れにはBURSTとして最後にライヴを行った会場も、リサが拐われ監禁された廃ビルもある
あの夜のことを思い出せば鬱になってしまいそうなほど忌まわしい地となってしまったこの街は、BURSTのメンバーであった古賀、高野、駒井の地元でもある
足の無い高野と駒井の移動手段は、主にバスと電車だった
最寄りの駅で張ってれば、必ず現れる──────
BURSTとして共に活動していた頃、帰宅は決まって深夜過ぎだった
2人が未だ以前のような生活を続けていて、運が良ければ会える筈だ
菱和は無人の駅構内で2人が現れるのを待つことにした
隅にあるベンチに腰掛け、煙草に火をつける
足を投げ出し怠そうにし、学校でユイたちの話を聞いてからずっと同じことを考えていた
高野と駒井は、基本的にはいつも古賀に従っていた
古賀の何を恐れていたのかはわからないが、3人の上下関係ははっきりしていた
どちらかといえば喧嘩が得意だったり好きだったような印象もなく、リサが拐われた一件も古賀の命令でやったとしか思えない
今回、リサとカナをつけ回したことも、古賀の命令なんだろうか
だとしたら初めから古賀の所に行けば話は早いのだが、リサの話だと古賀の姿は無かったと聞く
もしかしたら、別の理由があるのかも知れない
理由もなく人を殴ったりはしない、したくない
だからまずは、2人がそんなことをした理由を知りたい
ただ、理由によっては、再び完膚なきまでに叩きのめす───
老朽化し、寂れた無人駅
最終列車が通過する音が聴こえた
「‥‥‥‥でさ、この前の箱で仲良くなった奴が‥‥」
「ああ、あの人な。ちょっと頼んでみっかー‥‥」
男の話し声がする
声の主は、ギターを背負った高野と、スネアが入ったバッグを提げた駒井だった
高野がいち早く菱和の姿に気付き、立ち止まって驚愕する
「──────‥‥‥‥菱、和‥‥!」
「え?‥‥あ───」
駒井も菱和に気付き、立ち止まる
───今日が無理なら何日か通うつもりだったけど、運が良かったな
「──────‥‥ツラ貸せ」
菱和は立ち上がって煙草の火を消すと、無表情で2人に一瞥くれ、ついてくるよう顎で促した
高野と駒井は困惑気味だったが、歩き出す菱和の後をついて行った
駅構内を出て、脇にある駐輪場まで歩く
菱和は2人に向き直り、低い声で云った
「───この前のライヴの帰り、俺のダチつけ回したんだってな」
高野と駒井は、ギクリとする
菱和は、更に低い声で語気を強めて云い放った
「‥‥‥‥どういうつもりか知んねぇけど、場合によっちゃお前らのこと今この場でどうにかしねぇとなんねぇんだよな」
限り無く無表情な菱和の顔にたじろぐ高野と駒井は、慌てて弁解した
「い、いや‥‥ちょっと話あって‥‥‥‥」
「あの女たちにじゃなくて‥‥‥‥‥‥寧ろ、菱和に」
「──────は?」
菱和は予想外の2人の発言に面食らい、眉を顰めた
「‥‥‥‥だったら初めから直接俺んとこ来いよ、回りくどくて面倒臭せぇ。‥‥何だよ、話って」
苛ついた口調で話す菱和に畏縮する2人
『この場でどうにか』とは云いつつも現時点では菱和には手を出す気は無く、2人も菱和がそういう人間ではないことはわかっているのだが、“あんなこと”をした自分達へならば今にも殴りかかってきそうだと若干おどおどしている
「‥‥古賀の野郎がさ、お前のことまだ相当恨んでるから、『気を付けろ』って伝えて欲しかったんだ」
「ほんと、それだけ伝えて貰おうと思って‥‥」
2人の行動は古賀の命令によるものではなく、自分達の意思だったらしい
菱和は若干呆れ顔でまた軽く溜め息を吐いた
「‥‥‥‥誤解されるようなことすんなよな」
「いや、それは悪かった。でも‥‥“あんなこと”しちまった手前、面と向かっても云えなくてさ」
「警戒されても仕方ないってわかってたけど‥‥とにかく、古賀のことお前に伝えたかっただけだから」
2人は未だ菱和を若干畏れつつも真に菱和の身を案じ、真剣な眼差しを向ける
「‥‥ふーん‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥でもびっくりした。まさかこんなとこで待ち構えてるなんて」
「‥‥あいつら不安がってたし、ほんとならもう誰だかわかんなくなるくれぇ伸してやるつもりだった。でも無駄な喧嘩したくねぇし、どっちにしても話くらい聞かねぇとと思っただけだ」
古賀絡みの話であったことに落胆しつつ、意図的にリサやカナを傷付けようとしていたわけではなかったことに安堵し、菱和は煙草に火をつけた
怠そうに煙を吐く菱和
その態度と相反する菱和の心理と、言葉
思い返せば、菱和は見た目に反し『真面目で実直な男』だった
高野も駒井も、菱和の第一印象は『何を考えているのかわからない怖い奴』だった
しかし、いざ話をしてみるとすぐに畏怖の対象ではなくなった
サポートとしての立場ではあったものの、練習やライヴには欠かさず参加し、用が済めば直ぐに帰宅
ただ単に興味がなかっただけかもしれないが、打ち上げやファンの女子高生たちとの乱痴気騒ぎに混ざったことなども皆無
“BLACKER”が他のチームと喧嘩をするときに駆り出されたりすることもあったのだが、菱和は一度足りとて加勢に行ったことはない
菱和の腕ならば、高野と駒井を“伸す”のに時間はかからないだろう
だが敢えてそうせず、自分達の行動の意図を知りたいと深夜にわざわざ隣街まで赴いた
菱和にこんな行動力があるとは、高野も駒井も予想外だった
そして、今菱和の身近にいる人間は、一刻も早く危険因子から遠ざけたいと願うほど大切な存在なのだろうと思えて止まない
駒井は、その思いを素直に言葉にした
「───‥‥ほんとに大事なんだな、あの女とかバンドのダチのこと」
駒井の一言を聞き、菱和の脳裏にユイやリサの顔が浮かぶ
───もう、
「‥‥‥‥‥‥、ただ大事とか、そういう次元じゃねぇ」
聴こえるか聴こえないかわからないほど低く呟いた菱和の言葉に、高野と駒井は怪訝な顔をする
「え?」
「‥‥何でもね」
菱和がそれ以上言葉を発することはなく、高野は軽く息を吐いた
「‥‥ま、こっちも古賀のこと伝えられたしちょうど良かった。ここまで車で来たのか?」
「ああ。‥‥つか、俺にそんな話するってことは、もう古賀とは切れてんの?」
「切れてるも何も、俺ら元々ただバンドやりたかっただけだし‥‥‥‥古賀が“BLACKER”とつるみ出してから、ワケわかんなくなっちまって‥‥情けねぇ話だけど、いつの間にかあいつの言いなりになってた」
「“BLACKER”も今回のことで解散したっぽい。古賀は頭の人にも高橋って人にもボコられたんだけど、俺らは手ぇ出されなかった。そういうのもあって、実は俺らも古賀に恨まれてんだ‥‥正直、いつ何かされるかってビクビクしてるよ」
高野と駒井は顔を見合わせて苦笑いした
気に入らないというだけで無関係の友人に手を掛けようとした古賀のことを思えば、2人が怯えるのも多少は理解出来た
───だからって、こいつらには何の義理もねぇけど
菱和は少し気を張らなくてはならないと思い、俯いて煙草の煙を吐いた
「‥‥‥‥お前の今いるバンド、すげぇ良いな」
高野がそう云ったのを聞き、菱和は顔を上げた
「観に行ったんだ。今回のも、先月のマンスリーも。菱和には、あのバンドが合ってる」
駒井も高野の話に同調する
「‥‥‥‥そりゃどうも」
菱和はふい、と目を逸らし、少しだけ口角を上げた
伸び伸びと楽しそうにベースを弾く菱和の姿は、2人の脳裏に鮮明に焼き付いていた
Hazeというバンドこそ、菱和が本領を発揮出来る場所であると実感し、加入直後にも関わらず見事に溶け込む菱和の才能にただただ感心するばかりだった
元より、菱和はHazeへの加入を強く望んでいたが、再三行われたBURST脱退の話し合いは平行線を辿るばかりだった
そして“、あんなこと”が起こった
高野も駒井も、なんて下らないことをしたのだろうと悔い、菱和がHazeとしてベースを弾く姿を見て『加入出来て良かった』と心から思った
「‥‥‥あんときは、マジですまなかった」
「ほんと云うと、俺らずっと後悔してたんだ。まさか古賀があすこまでやるなんて思ってなくてさ。古賀を止めることも出来なくて‥‥ごめん」
唐突に、2人は“あの日のこと”を詫び、頭を下げた
───古賀に比べりゃ、こいつらはまだまだまともだな
謝罪する2人の姿を見て、菱和は後先考えず伸さずに済んで良かったと思う
「‥‥‥‥別に。‥‥っつうか、俺もお前ら殴ってるし」
「‥はは。そういやそうだっけ。めっちゃ痛かったわ」
「ほんと。あんな重いの食らったの初めてだったな」
菱和は2人を殴ったことを微塵も後悔しておらず、謝罪する気も更々無かった
例え古賀に脅され命令されてやったことであったとしても、菱和にとっては大切な友人を傷付けられるところだった
それは、何よりも赦しがたいことだ
犯した罪は消えない
それを本人たちが悔いているのならばそれで良いと思い、それ以上喋ろうとはしなかった
古賀と決別した2人はHazeに加入した菱和の噂を聞き、ライヴを観に行った
そこには、BURSTに居た頃とはまるで別人のような菱和の姿があった
見違えるほどステージ映えし、自分達とでは決して見せることの無かった菱和のベースのプレイに目を奪われ、驚愕した
菱和の真の姿を目の当たりにした2人は、自分達の技術が菱和の腕には到底及ばないことを痛感した
そんなことは端からわかっていたのだが、それでも、共に活動してくれていたことには感謝していた
菱和が“活きる”場所
それは自分達のところではなかった
凄腕のベーシストとバンドをやっていたという事実と誇り
惜しい人材を失った後悔
多大な羨ましさと、期待
“あの”一件以来、高野と駒井の頭の中は、そんなことばかりで溢れ返っていた
「陰ながら、応援してっから」
「またライヴ観に行くよ。楽しみにしてる」
2人は、菱和にそう云い残して去っていった
リサとカナは、もう高野と駒井につけ回されることはない
それだけでも今日は良かったとしよう
‥‥‥‥でも、まだ一つ、問題が残ってる
それをどうするかは、また考えることにする
取り敢えず、今は
───‥‥‥‥‥‥‥眠みぃ
菱和は車を取りに、駐車場へと向かった
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