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54 手
菱和が加入してから初めてのライヴが終わり、ユイは安堵して帰宅した
ギターを下ろすとスタンドに立て掛け、ベッドに仰向けに寝転がり、長い溜め息を吐いた
天井を仰ぎ、今夜のライヴでの出来事を反芻した
天井に手を伸ばし、翳してみる
もう、手は震えていない
今まで経験したことのなかった手の震えは、菱和に握られると不思議と落ち着きを取り戻した
暖かく、大きな、優しい手だった
あの手が、指が、ずっと欲しかった
そして、その望みは叶った
学校に居ればペンを握り、字を書く
バンドではベースを弾き、練習が終われば自宅で料理をする
自分と自分の大切なものを、護ってくれたこともある
今日は、震える自分の手を握ってくれた
自分と同じように震えていたが、その手はとても大きく、心強かった
──────アズの手って、良いなぁ
ユイは菱和の手の感触を思い出し、ぎゅっと拳を握り締め、菱和の存在に只管感謝した
***
週明け、月曜日
昼休み、リサはお弁当を持って屋上に向かった
重いドアを開け放つと、柵に寄り掛かって怠そうに景色を眺めている菱和が居た
菱和はリサの姿を一瞥すると、また怠そうに景色を眺めた
リサは、菱和と同じように柵に寄り掛かった
「‥‥‥‥あいつらは?」
「みんなでコンビニ行った」
「ふーん‥‥お前は行かなかったの?」
「別に用事ないし」
「そっすか」
会話が途切れると、リサは菱和をじっと見つめた
リサの視線に気付くと、無愛想に口を開く
「‥‥何」
「‥‥‥‥別に」
リサはふいっと顔を逸らした
菱和は、何か云いたげな様子のリサを覗き込んだ
「‥‥ああ。俺、殴られるの?」
リサには菱和を殴る理由が見つからず、眉を顰めた
「───は!?何でそんなことしなきゃなんないの!」
「云ってたじゃん、『つまんなそうに弾いてたらぶん殴る』って」
菱和は意地悪そうにくつくつと笑い出した
その言葉に、リサはむすっとする
「‥‥そんなことする必要、ないじゃん」
「そうなの?」
「‥‥‥‥つまんなそうには、見えなかったから」
「‥‥そっか」
菱和の笑みは、意地悪なものから穏やかなものに変わっていた
リサは少し咳払いをした
「‥‥‥‥‥何ていうか‥‥昨日、ほんと凄かった。たけにい‥‥ユイのお兄ちゃんが居た頃の音も好きだったけど、あんたのベースも安心して聴けた。あんたもみんなも、‥‥凄く楽しそうだった」
「ん、すげぇ楽しかったよ」
「だから‥‥‥‥‥‥‥‥『だから』っていうのも変だけど‥‥‥‥ユイのこと、これからも宜しくね」
リサは菱和と目を合わせず、唇を尖らせてそう云った
素直ではない態度とは裏腹に放たれたリサの言葉
リサなりにユイを気遣い、大切な存在であるユイのことを『宜しく頼む』と云ってきた
つい数ヶ月前までは、こんな風に会話が成立することすら想像出来なかった
菱和はリサにも受け入れられているということを、素直に嬉しく感じた
「‥‥‥‥ん、わかった」
そしてまた、穏やかに笑った
ドアの方が騒がしくなる
ユイと拓真、カナ、そして上田が揃って屋上へと来た
「リサー、お待たせー!ポッキー買ってきたから、後で食べよ!」
カナがリサに手を振る
4人は昼食を持ってリサと菱和の元へと駆け寄った
「あー腹減った。早く飯食うべ」
「っていうか、2人ともまだ食ってなかったの?先食ってて良かったのに。もしか、待たせちゃってたんだったらごめん」
「いや、なんも。少し話してたからな」
「何話してたの?」
「‥心配性な保護者からの、大事なお話」
「保護者って云うな!!」
「保護者?」
「うっさい!!余計なこと喋るな!聞くな!」
「リサ、座ろ。お腹空いてんでしょ?早くご飯食べよ!」
きつく声を荒げるリサを宥めるようにし、カナはリサを座らせた
ユイは全員が昼食の準備を整えたところで手を合わせて号令をした
「んじゃま、頂きまーす!」
「ほーい」
「頂きやーす」
輪になって食べる昼食
いつの間にか、この光景が“いつものこと”となった
先日のライヴの話題を交えつつ、終始穏やかな時間が流れた
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